第十話 『護送〈後編〉』
サク達一行は長い階段を下りて滝の下流側へ到着していた。
「――港?」
サクは思わず声を上げる。
眼前に広がる港――いわゆる『河川港』だが、サクは内陸でこれほどの規模のものを見たことがなかった。
それもその筈だ。内陸水運の盛んだった時代ならともかく、急流かつ小河川の日本ではなかなかお目にかかれないものなのだ。
「はい! 河川港の街『エアストブール』です。王都の次に大きな港で、『小王都』とも呼ばれている位なんですよ」
本流から大きくヨの字に切り込んだ港には大小の船が停泊している。貨物船から旅客船、観光用の遊覧船まであるようだ。
港から扇状に広がる街の方に視線を向けると、街中を流れる運河が陸をいくつものピースに切り取りそれを大小の橋が結んでいる。そこに木組みの家が立ち並び、街の中心部には一際大きな建物が頭を覗かせていた。
「大聖堂にも案内してあげたいところですけど、また今度の機会ですね!」
と、言ってアガーテはまっすぐ港を目指す。
その途端、護送中の男達はロープに引かれながら残念そうな表情を見せる。
「どうしたお前ら?」
「この街は『パテ』が美味いんだよ」
「腹減ったな——」
「みっともねぇ……」
リーダー格の三人がそれぞれ呟く。
「ははは! もうちょっと我慢してろって。後で何か食わせてやるよ」
旅客ターミナルにやって来ると、巨大な蒸気船が接岸していた。三階建ての舷側式外輪船で、二本の煙突を生やしている。
旅客船というよりも貨客船といった方が正しいのだろう。旅人と物資を積み込む労働者の熱気に辺りは包まれていた。
「すごいなこりゃ!」
サクが思わず感嘆を漏らす。
「すごいですよね……。ビブール川はアストラの大動脈なんです。この川を通じて人も物資もお金も国中に行き渡るんですから」
しかしそんな高揚感も束の間、乗船手続きの際に問題が発生していた。
「だから、罪人は他のお客様と一緒に乗せられません! 何度言ったら解るんですか! その方が『来訪者』だとしてもです!」
水運組合の職員二人が困った客――サク達一行の対応に手を焼かれていた。
「でも、私達は王都の司法局からのこの男達を護送しろと言われているのです!」
アガーテも引き下がらない。
「それはあなた方の都合でしょう? 私達も乗客の安全を守る義務があるんですよ。もしその罪人が逃げ出したらどうするんですか!」
「それは不可能だと思うよ」
サクはそう言って一歩前に出る。
「何故そんなことが言えるんですか!?」
「何故って……」
サクは徐に空を見上げる――。
直後、バッと飛び上がり姿が見えなくなるほど上昇したかと思うと、次の瞬間には急降下して何事もなかったかのように着地していた。
ポカリと口を開けたまま言葉も出ない職員に、サクはその腕の中にあるものを差し出す。
それは空中で捕まえた一羽の『雁』だった。
「――――ッ!」
「ごめんな、お行き!」
サクは雁を逃すと、
「ね! 俺からは逃げられないって」
と、白い歯を見せる。
「ほ、本当に『来訪者』様なんですね……。でもだからといってですね――」
「……解った。取引きしよう! もし船が賊に襲われたら俺が用心棒になる。その代わりに貨物室の空いたスペースを間借りさせてもらいたい。もちろん正規の料金は支払うし面倒事も起こさないと約束する。なっ? お前ら」
「そりゃあ旦那には手も足も出ない事は解ってるし、そもそもこれから素直にお裁き受けようってのに心象悪くなるようなこたぁしねぇよ!」
と、男達のリーダーが答える。
「という訳だ。どうだろうか?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「無事乗船できて良かったですね!」
とは、ニコニコ顔のアガーテだ。
その周りには荷馬車に酒樽に小麦粉袋の山⋯⋯。一行は一階の主甲板貨物室の船尾に座り込んでいた。
既に船は王都を目指して出航しており、後ろ向きに流れて行く白波を見物する分にはこの場所は特等席だ。
船の速度は上流の艀船とは比較にならないほどだ。
「アガーテさんごめんね。勢いであんな取り引きしてしまって……」
「いいえ! 機転を利かせて頂いて感謝しています。お陰でこうして乗船できたのですから。……さて、この辺で食事にしましょうか!」
「やった――!」
男達が一斉に歓喜の声を上げる。
「待て待て待て!」
「お前ら、言っとくけどこれだけの人数だ。満足出来るほどあげられないからな!」
と、サクが念を押す。
「グ――グ――……」
男達は配られた携行食を大喜びで食べると、満たされたのか横になって昼寝を始めていた。
それから長い時間船に揺られる事を余儀なくされるが、船尾からの眺望はアガーテの解説もあってサクを飽きさせなかった。
地溝谷の水平線に望む丘陵。川岸の河岸段丘と斜面に広がるブドウ畑。
やがて峡谷に入ると途端に川幅が狭くなりスリリングだ。
高地を抜け、川と川が合流しさらに大河へと成長していく。
遂には最下流に辿り着いて広いデルタを流れていた。デルタとは川の流れが緩くなり、堆積の速さが海がそれを奪う速さより大きくなる時にできる中洲状の大地だ。
そうして生まれた多数の分流を船は進んで行った。
「見えました! あれが王都アストラです!」
アガーテの指差す先に巨大な河口都市の影が見える。
「旦那、俺達もあんなド田舎から帰れて嬉しいよ!」
「お前が言うな!」
鼻を刺激する潮の香りが旅の終点が近いことを知らせていた。