第十一話 『王都の暗殺者』
王都に近づくにつれその全貌が明らかになっていく。
港を挟んで南北に扇状に広がる街は外周を稜堡と防衛用の運河に囲まれている。
湾内には大小の船が所狭しと行き交い、この都市が貿易と商業の覇権を握っている事を物語っていた。
船は北側の街へ入港すると速度を落としてゆっくりと接岸した。
「ふわぁ――。疲れた……」
桟橋を渡り埠頭に降り立ったサクは大きく伸びをする。
「ふふっ。そうですね。お尻が痛くなっちゃいました」
埠頭はその全体が船のターミナルとして機能しているいわば王都の玄関だ。そこでは旅人達の様々な人生模様が描かれていた。
「アガーテ様ですね。長旅お疲れ様でした。司法局からお迎えに上がりましたマキネンと申します」
と、そこへ一人の男性が近づいてくる。人の良さそうな笑顔の若い役人で、その手にはバッジを持っていた。
「お出迎え有難うございますマキネンさん。エニグマから報告があったかと思いますが、アムネジアの村襲撃犯十一名を護送して参りました」
アガーテは背筋を伸ばして対応する。
「大変でしたね。私も話を聞いてびっくりしました。普通護送船を出すものなんですが……。でも無事到着されて良かった。それでは行きましょう」
埠頭から橋を渡るとそこは扇状に広がる街のほぼ中心地だ。そこから真っ直ぐ伸びるマーケット通りの両端には多種多様なテントが並び賑わいを見せている。
マキネンはマーケットを横目に東に歩き始めると一行もその後に続いて行く。
「綺麗な街だな……」
サクは街の景色に思わず溜息をついた。
区画整備された街には煉瓦造りの細長い建物が隙間もなく並びその間を運河が流れている。連続した切妻屋根の三角形が夕暮れの空を切り取り、まるで絵画のように美しかった。
やがて街の中心から同心円状に流れる四つの運河を渡り王都の最外側に位置するエリアに入って行く。
周囲は建築中の建物ばかりで薄暗く、とても雰囲気の良い場所とはいえない。
「急に人気がなくなったな……」
と、サクが最後尾で呟く。
「この辺りは拡張工事中の区画なんです。王都は人口増加が著しいですからね」
しばらくするとマキネンは一棟の建物の前で足を止め、手にしていた地図をもう一度確認する。
「……ここです」
どうやら建物は煉瓦造の集合住宅のようだ。まだ建築中のためか周囲に木組みの足場を残しており、扉や窓は取り付けられていない。
「マキネンさん、司法局は確かセントラル地区ですよね。何故こんな所に……?」
アガーテは怪訝な面持ちだ。
「ええ……。実は今回の事件に王宮直属の機関である『上級情報局』が関心を持っているようでして、人気の無い場所で接触したいと場所を指定してきたんです」
「王宮直属の?」
「はい。まあ、私も上司にここに案内するよう指示されただけなんですが。さあ、入りましょう」
一行はマキネンを先頭に建物の中に入る。
建物は共通のエントランスと階段を持つ構造のようだ。左右に一階二部屋の入口と背後に二階へ続く階段がある。
その時、ヒュンと屋内で風を切る音がする――。
「危ない!」
危険を察知したサクは一同を押しのける。直後、地面に鋭利な物体が突き刺さっていた。
「あら、よく避けたわねぇ……」
女の声がした――。妙に艶っぽい声だった。
暗闇に眼が慣れるにつれ一人の女性のシルエットが浮かび上がっていく。
黒いドレスに身を包み階段に浅く腰掛けるその身体は豊かでしなやかな陰影を描いていた。
奇妙な事に女の周りには二本のロープ状の影が空中でうねっており、それはまるで頭をもたげた二匹の蛇のようだった。
「オフィウクス⋯⋯」
護送中の男の一人が呟く。
「失礼ねぇ。それは貴方達が勝手に呼んでいる名前でしょう? ……でもいいわ、貴方達の命で許してあげるから――」
と、オフィウクスと呼ばれた女は出入口を塞ぐように飛び降りて舌舐めずりをした。
「どういう事だ! 上級捜査官は?」
「まだ解らないのかしら。そんなもの居ないわよ」
「やべえぜ旦那。こいつは裏の世界じゃ知らない者はいない暗殺専門の女だ! 鞭を蛇の様に自在に操るから『蛇使い』って呼ばれてるんだ!」
「ペラペラと五月蝿いわね。仕事のヘマをした貴方達の尻拭いをしてあげているのに。まぁ、成功しようがしまいがどのみち貴方達は消される運命なのだけど……」
「なるほど。ターゲットは男達って訳か……。どうやらお前達は最初から都合のいい鉄砲玉だったみたいだな!」
サクはそう言いながらアガーテと男達に目配せをする。
そのまま自然を装ってアガーテの前に立つと腰の後ろでそっとナイフを差し出した。
相手は恐らく特殊能力を持ったプロの殺し屋だ。
この状況下で後ろ手に縛られた上数珠繋ぎにされていては男達の命に関わるだろう。『緊急避難』として一時的に自由を与える判断だった。
アガーテは静かにナイフを受け取る。
「いいえ……。その男達もだけど、私を目撃してしまったお兄さんとお嬢さん。それと運の悪いお役人さんもなの!」
と、オフィウクスは状況が理解できずに硬直していたマキネンに鞭を振る。
「うっ!」
マキネンは左肩を刃物に貫かれその場にうずくまる。
「大丈夫か? 」
サクが近づこうと踏み出した瞬間、それを見透かしていたかのように二本の鞭が襲い掛かる。
しかしサクは転がっていた丸椅子を拾い上げそれを盾にして跳ね返すと、アガーテに一階の一号室に逃げ込むよう指で合図を送った。
アガーテは頷くと男達を引いて機敏に走り出し、サクもまたそれを邪魔されないよう間に立ちはだかった。
その結果、正面から対峙した状態でサクとオフィウクスの視線が絡み合う。
「お兄さんの存在は想定外ね」
「そりゃどうも⋯⋯」
サクはそう言いながらゆっくりとマキネンの肩を担ぐ。傷が痛むのか息が荒い。
「でも、そんな怪我人と一緒じゃ私からは逃げられないわね」
と、オフィウクスは鼻で笑って余裕の様子だ。
「⋯⋯さて、どうかなっ!」
しかし、サクはオウィウクスの思惑に反して得意のダッシュで一足飛びに一号室に滑り込んでしまった。
「――――ッ!」
流石にオフィウクスも違和感を覚え始める。
「……お兄さんは何者なのかしら?」
「何者でもないよ。ただのアムネジアの村の居候さ」
サクは壁越しにそう言うと、全員を後退させながら奥の部屋に移動する。どうやら屋外へ通じる出入口があるようだ。
壁際までたどり着いたところで男達に話しかける。
「お前ら、縄は解けたか? 名前は?」
「ヤンセンだ、旦那!」
「……ハンセン」
「ヨハンセンだよ!」
と、リーダ格の三人が息の合った返答をする。
「いいかヤンセン達、アガーテさんを守れ! 上手くやればお前達の減刑を申し出てやる! いいよね? アガーテさん」
「……はい!」
「承知したぜ旦那! いいか野郎ども、アガーテ嬢を死んでも守るぞ!」
「頼むぞ。俺はこいつを倒すっ――」
と、振り向きざまに左ストレートを放つ。
二号室側から中庭に回っていたオフィウクスが背後から迫っていたのだ。
砕けた煉瓦と共にオフィウクスが吹き飛び、サクはそれを追って中庭に飛び出した。
中庭の中央でオフィウクスは静かに立ち上がる。月明りに照らされてその姿が露わになっていく。
腰まで伸びた黒髪、黒いドレス。端正な顔立ちだがその瞳には狂気を宿していた。
「危なかったわ……。貴方、能力者ね。しかもその力を制御出来ていない」
「ご明察。こっちに来たばかりでね。加減がよく分からないんだ」
「……こっちに来たばかり?」
そう言いながらオフィウクスは鞭の連撃を繰り出す。それはまるで意志を持った蛇のように先端の刃物が次々に襲う波状攻撃だ。
が、サクはそれを短距離ダッシュで避けつつ間合いを詰めて行く。
「そうくると思った」
オフィウクスは二本の鞭を脚のように使って飛び上がり、棒高跳の要領でサクを飛び越えて立ち位置を反転させる。
「しまった!」
標的をアガーテに変え黒い影が疾走する。咄嗟にヤンセン、ハンセン、ヨハンセンが壁になり、彼らの手下達がアガーテを囲んだ。
「邪魔よ!」
オフィウクスは身体を回転させ鞭の竜巻攻撃を放つと、たまらず三人が弾き飛ばされる。壁を突破したオフィウクスはアガーテを囲む男達を躊躇もなく次々と突き刺していった。
「来ないで……」
守部を失ったアガーテは部屋の奥へ後ずさりする。
「これでおしまい!」
「キャッ」
アガーテは思わず顔を伏せる——。
その瞬間、二度の轟音と激しい衝撃に襲われた。
不思議な事に身体のどこにも痛みはない——。
恐る恐る目を開けるとそこにあるのはサクの背中だった。
頭上からはパラパラと埃が落ちており、見上げると天井に大穴が開いている。
サクは二階から仮設の床板を破ってアガーテの前に現れたのだ。
突き出した右掌はオフィウクスごと攻撃を弾き返し、その周囲には円錐状の煙が発生していた。
――手応えはないか⋯⋯。何か武器が必要だな。
「アガーテさん、ナイフを!」
「はい!」
サクはアガーテからナイフを受け取ると右手に持ち替えて中庭に飛び出した。
暫しの静寂の後、立ち昇る土煙の中から突如無数の瓦礫が矢のように襲い掛かる。
サクはそれを冷静にナイフで弾き返し暗闇に火花が舞った。
しかし、そこに生じた一瞬の隙を狙ってオフィウクスは空中に飛び上がっていた。
「やらせない!」
迷わずナイフを一閃する――。
その剣筋は前方の建物を木組みの足場ごと切断し、ゆっくりとその上半分がズレていった。
間一髪でそれを避けて着地したオフィウクスは二本の鞭を切断され、呆然と立ち尽くしている。
「冗談じゃない。私は勝てる相手しかターゲットにしないの。『来訪者』が相手だなんて契約になかったわ!」
そう吐き捨てるとオフィウクスは暗闇の中に去っていった。
「ふう、なんとか撃退できたね……。みんな無事?」
振り返ると、満身創痍の男達が転がっていた。




