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君がいて、僕がいる (中)

 息を切らしながら、少年は走った。

 この先は行き止まりだ、という男の声を聞いても構わずに。

 通路の終わりに差し掛かり立ち止まるが、後悔はない。

 ほんのわずかだが、少年は望む時間を手にしたのだ。

 もう一人の自分と対話をする時間を────


「なんの真似だ?」

 叱責は、目の前に立つもう一人の自分に向かって向けられたものだった。

「こうでもしないと、止まってくれそうになかったから」

 弱々しい声はすぐさま、周囲の闇に呑まれていく。

「まさかとは思うが、こんな状況になってもまだ、お前は俺に手を出すな、なんて言うつもりじゃないだろうな?」

 後ろめたい何かがあるのか、涼は答えに詰まった。

「黙ってないで、なんとか言ったらどうだ?」

「僕はやっぱり嫌いだよ。喧嘩とか暴力とか……誰だって痛いのは嫌なはずだ」

 苦々しく吐露する涼を見て、失望したようにリョウは深いため息をついた。


「ここから、逃げよう。君ならそれができるはずだ」

 意を決したように涼は提案をする。

 それを聞いたリョウの瞼がピクリと動いた。

「逃げてどうする?」

「警察に奴らのことを伝えるんだよ。それで奴らは捕まる」

 必死に理解を求める涼だったが、リョウは薄く、馬鹿にしたような笑いを漏らすだけだった。

「そういうことか。読めたぜ、お前の魂胆が。ここから逃げ出して、警察に行ければよし。もしそれが失敗しても奴らの恨みをお前がすべて買えば、奴らはそれで満足。お前の筋書きではそれでめでたし、めでたしってわけだ。どうやらそれも失敗に終わったようだがな」

 すでに涼一人の犠牲では、彼らは止まらない。

 涼がこの事件を解決するためには、もはや警察の力に頼るしかないのだ。


「それが、誰も傷つけない方法だよ」

「はっ、半端な正義感と覚悟で実行した挙句がこの様だ。そのうえ、まだそんなことをぬかしやがるときた。もう────笑う気すら失せるな」

 リョウの表情が変わった。

 まるで忌むべきものを見るような不快を表した顔。

 そんな変化にも涼はお構いなしだ。

 気にも留める心の余裕すらないのだろう。


「さあ、早くここから脱出しよう」

「ふざけるな。誰がお前のような死にたがりの命令を聞くと思う?」

 さも当然のようにリョウはもう一人の提案を拒否した。

「ルール上でも、俺の抵抗は認められている」

「もしもの場合は状況を見て僕が判断するとも言った」

「お前は俺を買いかぶりすぎだ。さすがにあの人数にバイク付きじゃあ、俺にだって奴らは振り切れない」

 真偽のほどは、本人にしかわからない。

 しかし、どうあっても涼の考えを受け入れる気がないのは確かだった。


「そんなこと、やってみなくちゃわからないじゃないか」

 瞬間、チッと舌を打つ音が涼の耳に届いた。

 直後に全身が凍りつく。

 すでにリョウの視線は敵意を込められたものに変わっていた。

 その猛禽類を思わせる視線の重圧は、同じ存在である涼にさえ、多大なプレッシャーに感じられる。

「無駄だ。お前のようなお花畑な頭じゃ、奴らの思考は計りきれない。後悔を重ねる前に、ここでまとめて始末したほうが利口ってもんだぜ」

 これもリョウなりの考えあっての行動だったのかもしれない。

 だが、リョウが取ろうとしているその方法こそが、自分にとっての後悔なのだと涼は思っていた。

 慣れているとは言い難いが、リョウの重圧は過去にも経験がある。

 意識を強めることにより、どうにか視線の束縛を逃れ、涼は叫んだ。

「そうやって無駄に犠牲を増やすことが────ッ」

 しかしすぐに新たな束縛が、涼の言葉を遮った。


「──なら教えてくれよ。お前はあと何度傷つけば気が済むんだ?」


 怨嗟に満ちた声だった。

 少なくとも涼には、そう感じられた。

 鋭い一本のナイフとなって、胸の奥にまで突き刺さるような感覚。

 強く、黒々しい感情に染まった言葉。

 言った本人も無自覚のことだったのかもしれない。

 けれども同じだった。

 自分という人間を壊し、自分という人生を狂わせたあの男。

 憎んでも憎んでも憎み足りない、実の父を貶するときと同様。

 まるで自分を苦しめている人間に投げかけるような悲痛の嘆きに涼は言葉を失った。

 

「……来やがったな」

 誰かの気配を感じ取り、リョウはつぶやいた。

 目先の分身に目をくれると、腑抜けたように俯く姿を見せているだけ。

 これ以上くれてやる言葉はないと、一度目を伏せるとくるりと涼に背を向けた。

 心の奥につっかえを感じながら、リョウは再び戦地に戻っていった。

 一人残された少年は、自責の念に胸を押さえ、嗚咽を漏らす。


 ──ああ、僕はなんてことをしてしまったのだろうか。


 胸を穿つような悲しみは、痛みとなって少年の心を軋ませた。

 それが正しきことだと信じ、貫いてきたことが、逆に苦しみを生む結果となってしまったことに。


 始まりは、同じはずだった。

 受けるべき愛情を代価に痛みと憎しみを与えられるだけの日々。

 そんな日常の中で、二人は別々の考えを持つようになった。

 一方は痛みを嫌い、それを生み出す憎しみを手放した。

 そして、それを作り出す暴力を拒んだ。

 一方は痛みを嫌い、それを増長する悲しみを手放した。

 そして、それを打ち消す暴力に頼った。


 人を助けるためだからと、我が身をいとわぬその姿は他者には聖人君子と映っていたかもしれない。

 だが、体を共有するもう一人の存在には、狂人の蛮行としか映らなかった。

 あれほど苦しめられた痛みに我が身を晒す行為が正常な人間の行いだとは到底思えなかったのだ。

 我が身を削り、他者を助けることになんの意味があるのかと────






 緩慢な足取りで男は現れた。

「お祈りは済んだか?」

 悠々とした声。

「…………」

 男を睨む少年の目は依然としてその鋭さを失ってはいなかった。

 どうやら先ほどの逃走は、あきらめからの敗走ではなかったようだと男は推測する。

 かといって何かが変わったわけでもなし。

 戦場では理屈では計れないことが起きうることもある。

 敵の不可解な行動にいちいち気を取られていては、それこそ相手の思う壺。

 男は何を気にすることもなく、少年に最後の勧告をした。

「今回は運がなかったとあきらめな。お前がいくら足掻こうが、ここから逃げ出すことは不可能だ。認めたくはないが、ここには俺より実力が上の人間もいる。今のお前の力じゃ結果は歴然だぜ」

 固く口を結ぶリョウに言葉はない。

 瞳が望んでいたものは、ただ純粋な闘争のみだ。

「俺の言うことなんぞ、もう聞く耳はないってか。……いいねぇ。それでこそ、俺が見惚れただけのことはある」

 不敵な笑みを浮かべ、男はゴキンッと指を鳴らしながら拳を握った。

「ならさっそく────第二ラウンド開始といかせてもらうぜぇ────!」






 ああ……僕は、大馬鹿者だ。

 どうして……どうしてもっと早く気づいてあげられなかったのか。


 ──僕の行いが、ずっと君を傷つけていたことに。


 この体は僕たち二人のもの。

 僕がこの体を傷つけるたびに、君も同じように傷ついていた。

 知っていたはずだ、君の過去を。

 感じた思いは、無くしたものは違えど、共に味わったはずだ、あの地獄を。

 殴られるたびに、蹴られるたびに、罵声を飛ばされるたびに痛かった。

 だから僕たちは痛みを嫌った。

 なのに僕は同じような痛みをずっと君にも味あわせてしまっていた。

 君は自分の身を守るために、その痛みを払っていただけなのに。

 なのに僕は、君が人を傷つけたという結果だけを見て、君のやり方は間違いだと決めつけていた。

 今ならわかる。

 僕の本当の過ちが、暴力という解決方法を使ってしまったことではなく、その結果を君に押しつけてしまったことなのだと。


 僕は最低だ。

 あれほどまでに固執していた人助け。

 それを君という僕以外の存在を犠牲にすることで成り立たせていた。

 君が僕を憎むのも当然だ。

 君にとって僕は、父と同じ痛みを与える要因でしかない。

 そんなことも知らずに、僕はまた同じことを繰り返そうとした。

 もっと早くに君のことを理解してあげていれば……

 君のことを考えるたびに、自分の愚かさに苛まれていく。


 僕たちは、決して交わることのない二本の線なのだと思っていた。

 だから僕は賭けに出たのだ。

 強引に君を外に出し、僕がダメなら他の人の線とでも交わってくれればと。

 他人とのつながりの大切さを君にも知ってほしかった。

 でも、そのときから僕はすでにあきらめてしまっていたんだ。

 君を理解することを。

 本来なら僕が初めに担うべき役目を放棄した。


 君の闇を垣間見て、その深さが恐ろしかったから。

 そこに踏み込む勇気が僕にはまるで足りなかったから。

 いまさら何を言っても言い訳に過ぎないのだろう。

 もう何度目の後悔か、数えることすらも馬鹿らしい。

 こうしてまた僕は君の力に頼り、同じように後悔を重ねていくのか?

 ……いや、違う。

 償いはしなければならない。

 この責任だけは、先延ばしにはできない。


 ここで足を止めれば、それこそもう手遅れになってしまう。

 間違いは、正すことができるから間違いなんだ。

 今ならまだ間に合う。

 僕たちはまだ、スタートラインにすら立てていないんだから。

 だから終わらせるんじゃなく、始めよう。

 新たな一歩をここから────!






「シッ!」

「うらぁ!」

 交差する拳と拳。

 激しい火花は依然としてぶつかり合う。

「よく粘るじゃねぇか。さっきのダメージがまだ残ってるだろうによ」

 男は見抜いていた。

 リョウが先ほど受けた腹の一撃が、いまだに回復しきっていなかったことに。

 ズキズキと体を蝕む痛みは、リョウの動きを徐々に鈍らせていく。

 また時折駆け抜ける頭痛も集中力を乱す一因となっていた。

 持ち前の獣じみた反射神経で、どうにか戦況を互角にまで押し上げているが、予断を許さない状況であることに変わりはない。


「チッ……邪魔くせぇ」

 頭を振り、痛みを払う。

 『神谷 涼』にとって理由のわからぬ痛みほど、煩わしいものはなかった。

 ギリギリと頻度を増して擦れる歯がリョウが冷静さを欠いていることを表す。

 代わりに増していくのは、煮えたぎるような苛立ち。

「ほんとにお前は俺を楽しませてくれる」

 飛来する拳に混じる称賛の声さえ、今のリョウには煽りに聞こえてならない。

 いつまで経っても優位をとれない戦況。

 無意識に生まれる焦りは、リョウに無謀な攻めを強要させた。

 自身をここまで追い詰めているのは、リョウ自身の心に他ならないと気づかずに。


 左、右、左、右……

 乱れた心は、ただでさえ本能任せのリョウの攻撃をさらに単調にさせる。

 男もそんなリョウの動きを完全に掴みつつあり、リョウに敗北の二文字を叩きつける準備を着々と整えていた。

 振り子のような、リズミカルなリョウの攻撃を躱すことに徹し、拳をねじ込む最善のタイミングを探る。


 すでに攻撃のモーションは男には筒抜けだった。

 左が来る……こいつを避けて、俺の拳を打ち込めば、今度こそジ・エンドだ。

 男の脳内に、数秒後の完璧なシミュレーションができあがる。

 想定外の事態は多々あったが、本筋に変更はない。

 リョウが左拳を振りかぶり始めたと同時に男は体を真横にずらした。

 リョウの攻撃の軌道からは外れ、逆に己の右拳正面にリョウを捉える。


 マズい……

 己の危機に面して初めて、リョウは自分の浅はかな行動を呪った。

 止めようにも、脳はすでに体に命令を出している。

 リョウにはもう、ブレーキをかけることができない。


「お前はよく頑張ったよ。だがお前一人じゃ、ここが限界だ────!」

 男のシミュレーションはまさに完璧だった。

 リョウの心理を読み切ったその洞察力も追い詰めた実力も確かなものだ。

 ただ一つ、誤算があったとすれば……


「違う────僕たちは一人じゃない!!」


 左、ではなく右。

 来るはずのない方向から飛んできた意識外からの一撃を男に躱すことなどできるわけもない。

 見事に打ち込まれた右拳は男の首をねじらせた。

「ぬがぅっ……!?」

 狙ったのか、はたまた偶然か、顎を穿つような一撃は男の脳を揺さぶらせるには十分だった。

 意識はあるのに体に力が入らない。

 力なくよろめいた足は男の巨体を支えることができず、ガラガラと音を立てて崩れ落ちるかのように男に尻餅をつかせた。


 おそらく誰にも予想することすらできなかった奇襲。

 本来ならよくやったと褒められて然るべき奇策。

 しかし投げかけられた言葉は、


「ッ────人形風情が、何度俺の邪魔をすれば気が済む!?」


 賛辞などではなく、深い憎しみのこもった侮蔑。

 吐き出された感情は、無窮の闇に溶けていく。

 浴びせられた激情を、涼は真摯に受け止め、申し訳なさそうに表情を曇らせながら、リョウを見据える。

 逆に浴びせかけた本人は、うっとなり一歩退いた。

 思わず飛び出た自身の言動に後悔の念を抱きながらも、それを悟られまいと更なる言葉で覆い隠す。

「……これで本当に最後だ。次に俺の邪魔をしてみろ。そのとき俺はお前に何をするかわからないぜ」

 自分でも嫌気が差すほどつまらなく、おもしろ味のない脅し文句。

 涼はリョウの言葉を一言一句受け止めると、ああ、やっぱりそうだったんだ、と納得をしたようにつぶやいた。

 突飛な涼のセリフにリョウは訝しげに眉をひそめ、まるで自分の内が覗き見られているような嫌な感覚に強く唇を噛んだ。

 涼は続けた。

 ずっと僕は、君にとっての”人形”だったんだね、と────


 『奏者』と『人形』

 それが、リョウにとっての二人の『神谷 涼』の理想の関係だった。

 以前、リョウは涼のことを自らの操り人形だと謳った。

 不完全な自分の代役として『神谷 涼』を演じ、社会という舞台の上で命令のままに踊り続けるだけの人形。

 それが、お前なのだと。

 しかし涼は人形になることを拒んだ。

 そんな生き方では『神谷 涼』は幸せにはなれないからと。


 そして涼はあくまでも対等な立場で、リョウとの賭けに出たのだ。

 リョウも、それをあっさりと承諾した。

 面倒事を嫌う彼が、なぜか?

 それは認めざる負えなかったからだ。

 自分たちの立場が”対等”であることを。

 二人の優劣は肉体の主導権で決まる。

 今の二人が主導権を半分ずつ持ち、対等の存在であることは互いに認識しているとおり。

 だが、人の感情とは時に不合理なもの。


 あの晩。

 悠然と月が輝く下で。

 リョウは無情な現実を受け入れ、『神谷 涼』になることをあきらめた。

 あきらめたはずだった……


 ”どうして同じ『神谷 涼』なのに、俺とお前でこんなにも違うんだ?”


 持たぬがゆえに生まれる感情。

 それは嫉妬であり、劣等感でもある。

 同じ存在であるがゆえに、リョウはその差に苦しんでしまった。

 だから浸る。

 優越感というぬるま湯に。

 お前は『人形』であり、『奏者』である俺には逆らえない存在であるのだと。

 対等なはずなのに、見下さずにはいられない。

 それらはすべて、ひっくり返せば”憧れ”からくる妬ましさだった。

 これもリョウの中に根づいてしまっている負の一部。

 黒く塗りつぶすことはできても、消し去ることはできないのだ。

 ──それを乗り越えない限りは、永遠に。


「君にとって僕の存在は妬ましいものなのかもしれない。でもね、僕もずっと君のその強さが羨ましかった」

「はっ、知った風な口をききやがって。俺の強さだと? 俺のこの力はお前の最も嫌悪するものだろう」

「確かに君の力を疎ましく思ったことがあるのは認めるよ。だけど僕は、いざというとき何もできない、自分の力の無さがみじめで悔しかったんだ」


 持つ者と持たざる者。

 その関係は正反対の二人にならば、どちらがどちらにも当てはまるのは不思議なことではない。

 互いが持たぬものを持っているからこその正反対なのだ。

 持つものに憧憬し、自身に劣等感を覚え、対象を妬み嫉み、疎ましささえ覚える。

 同時にそんな自分をいとましく感じることもある。

 渦巻き連鎖する負の感情は次第にコンプレックスとなり、二人の相互理解をさらに遠ざける要因となった。

 知らず知らずのうちに心は狭量に。

 血を分けた兄弟以上に近しいもう一人の自分すら、我を満たすための道具でしかなくなってしまう。


「それでも僕は、自分が正しいと信じて疑わず、僕にできる方法で人の為に生きてきたつもりだった。でも、君の言葉に気づかされたんだ」


『お前はあと何度傷つけば気が済むんだ?』


「他人の為になることだけじゃ意味がない。他人と同じくらい自分のことも大切にしなくちゃダメなんだって。僕はそんなことにも気づかずに、この体を、君を傷つけ続けてしまっていた」

「はっ、そうかよ。やっとテメェの偽善の愚かさに気づいたか。そいつは大いに結構。ならこれから自分がどうすればいいかわかるだろ? 俺の邪魔をせずにおとなしく引きこもっていることが、お前にできる唯一のこと」

 リョウは満足気に言う。

 しかし涼は、それはできない、と首を横に振り、代わりにこう答えた。


「僕も戦う」


 声は叫びよりもはっきりとリョウの耳に届いた。

 詰め寄ろうとしたリョウの足が止まる。

 ありえないことにでも直面したように口はぽかんと開けっ放しになっていた。

 大きく開いた瞳で、もう一人の怪奇を見つめること数秒。

 思考に意識が追いついたのか、開いた瞳が細められる。

「いったい、なんの冗談だ。……それはお前が忌み嫌い、自分の命を課してまで否定してきた他人を傷つける行為のはずだ!」

 思わずリョウは、声を張り上げて問い詰めた。

 問い詰めずにはいられなかった。

 涼の発言は、今までの涼の在り方を否定するも同義。

 それをこんなにも容易く行う心境が正常であるとも思えない。

 ヤケでも起こしたのかと不安を抱かせるほどだ。

 しかし涼はその剣幕に臆することもなく、静かに口を開いた。


「争いごとも暴力も嫌いさ。それはきっといつまでも変わらないよ」

「なら、どうしてあんな言葉が出る?」

「僕がこうして生きてこられたのは、僕を取り巻く人たちのおかげだ。叔父さんと叔母さんが僕を大切に育ててくれた。大切な友達がいつもそばで支えてくれた。お父さんが僕のために身を削って働いてくれていた。そして君がこの体を守るために戦ってくれていたからこそ、僕はここにいることができる。この命はもう、僕の勝手でなくしちゃいけないものなんだ。だからそれを守るために僕は戦う────たとえそれが痛みを伴うことだとしても、もう迷わない」


 淀みのない真の言動は力となり、歪だった精神を在るべき形へと正す。

 リョウは思わず見とれてしまっていた。

 自己犠牲を疎わぬ人間とは思えぬほどの”生きる”という意志。

 その力強さに。

「……なるほどな。他人の為に生き、そのために戦うか…………」

 疑問にも得心がいったらしい。

「実にお前らしい────くだらない理由だ」

 しかしなお、リョウは涼を受け入れようとはしなかった。

 話は再び平行線を辿るかに思われたが────


「今まで、僕はずっと逃げ続けていた。散々偉そうなことを君に言っておきながら、いざとなると僕は自分の嫌なことを君に押しつけて、自分を肯定するために君を否定してきた」

「……? そんなこと、いまさら気に病む必要はねぇ。そのために俺たちは二人いるんだからな」

「もとを正せば、そうなのかもしれない。でも、こうも考えられないかな? 僕たちは押しつけるためじゃなく、助け合うためにいるんだって」

「助け合う……だと」

 そんな発想など夢にも思わなかったようにリョウはぼやく。

「ふはっ! 馬鹿を言うな、そんなこと無理に決まってるだろう。所詮俺たちは、わかり合うことのできない存在だ」

「今すぐにわかり合うことはできないかもしれない。でも今からでもわかち合うことはできる!」

「わかち……合う……?」


「『神谷 涼』は一人じゃない。君がいて、僕がいる。だから分け合おう。嬉しいことも、辛いことも、楽しいことも、悲しいことも。それが僕たちに許された生き方だ」


「……………………」

 リョウにとってそれは、胸を衝くような言葉だったのかもしれない。

 『神谷 涼』は”一人”であると決めつけ、自分は何者でもないと思い続けていたリョウにとっては……

 涼は一歩、リョウへと近づいた。

「僕も君と一緒に戦わせてほしい」

 言って、右の手のひらをリョウへ向ける。


 リョウは苦悩に苛まれているようだった。

 そんな迷いの姿を涼にさらすのは初めてだ。

 目の前に垂らされた一本の糸に揺れ動く心。

 リョウはそんな誘惑を、

「はっ……」

 息一つで塗りつぶす。


「いいだろう……そんなに言うのなら使ってやるよ、お前の力を。だが、勘違いするな。あくまで利害が一致したから共闘するだけだ。俺は考えを改めるつもりも、お前との賭けに負けを認めたつもりもない」

 あくまでも手段の一つとしてではあるが、リョウは涼の力を受け入れた。

「わかってるよ。これは単なる僕のわがままだ」

 今は、それでも構わない。

 心の中でそうつぶやき、微笑みを携えながら涼は答える。

 ならいい、とリョウは不満を残したようにうなずくと、

「そこまででかい口を叩いたんだ。せいぜい俺の足を引っ張ってくれるなよ」

 自分の左手を涼の右手に合わせた。


「ありがとう」

「礼を言われる筋合いなんかねぇ」

 いつの間にか、頭痛は消えていた。

 それに気づき、少年の固い口元が少しだけ綻んだ。


 こんな展開もたまには悪くない。

 そう感じることを鬱陶しく思いながらも、

「はっ、奴らに死ぬほど後悔させてやるぜ────俺”たち”を本気にさせたことをな」

 まあいい、と少年は自分を納得させた。

 二本の線は、まだ歪さを残しながらも、初めて明確な意思のもとに交わったのだった────

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