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君が教えてくれたもの (中)

「すー、はー」

 寒空の下、茜は一つ深呼吸をして心を落ち着けた。

 目の前の建物を見据え、これから会いに行く人物とどんな会話をするのか、頭の中で一通りシュミレーション行う。

「よし!」

 自分で自分の背中を後押しするように声を出した後、茜は正面の門から中へと入った。

 門の横には茜が通っている学校の名前、そしてその後に続く『男子寮』の文字が書かれた看板がかけられていた。


 目的の部屋の番号を思い出しながら階段を上る。

 ここに訪れるのは、これで何度目だろうか? 

 などと考えながら、茜はさらに廊下を進んでいった。

 基本的にこの男子寮に女子は立ち入り禁止であるため、茜も入学してからの二年間で、まだ片手の指で足りるほどしかこの寮内に入ったことはなかった。

 そのどれもが学校の用事などで入る必要があったものである。

 今回この場所を訪れたのは、茜の個人的な要件だが、今までここを訪れたどの要件よりも茜にとっては重要だった。

 目的の部屋を見つけ、ドアの前で足を止める。

 それはこの寮に住んでいる、とある生徒の部屋の前。

 表札には『神谷 涼』と書かれていた。


 ドアの前でまた一つ深呼吸をし、三回ほどノックをする。

 しかし数秒待っても返事はなく、茜は再びドアをノックした。

 が、やはり返事はない。

「留守……かしら?」

 そう思い、今度はドアノブをゆっくり回してみる。

 茜の思ったとおり、ドアには鍵がかかっており、涼はまだ帰っていないようだった。

「まったく、どこにで寄り道してるのよ」

 そんなセリフをつぶやきつつも、この緊張から逃れ、どこかホッとしている自分がいることに茜は気づいた。

 その場で涼を待つわけにもいかず、仕方なく茜は寮の外で涼の帰りを待つことにした。


「はぁ~」

 かじかむ両の手に優しく息を吐きかける。

 本格的な冬の到来。

 マフラーだけでは寒さを紛らわせるには足りず、コートももう厚手のものにしなければならないと茜は思った。

 時間が経つのは早いもので、球技大会の練習のために外を薄着で走り回ったことが昨日のように思い出される。

 季節は思っているよりもあっという間に移り変わっていってしまう。

 季節だけではない、その中で過ごしている自分たちも少しずつ変化していってしまうのだ。

 身体も、そして心も……

 ずっと変わらない者などいない。

 それは当たり前のことであると茜は十分に理解しているつもりだった。

 しかし今回だけは、その変化を当たり前のこととして受け入れられないでいた。


 文化祭最終日。

 その日の出来事を境に自分のよく知っている人物が唐突な変化を遂げてしまった。

 その人物を一言で表すならば優男。

 性格は典型的な真面目君、でもたまに嫌味っぽい。

 頭はいいが、運動はてんでダメ。

 負けん気がなく、覇気もない、おまけに体力も並以下ときている。

 それだけならばただのヘタレた男としてしか見ていなかっただろうが、涼は違った。

 やると決めたことにはいつも一生懸命。

 誰にでも平等に接し、自分のこと以上に他人のことを思いやるという変わり者だった。


 昔、勉強嫌いな恭太郎が自分たちと同じ今の学校に入りたいと言ってきたときには、恭太郎のために手製で必死に問題集を作っていたのが思い出される。

 苦労を表に出すことはなかったが、茜は知っていた。

 そのために自分の勉強時間と睡眠時間を削っていたことを……

 それでも、ほぼ全教科満点で試験に合格していたことには驚きを隠せなかったが……

 しかし、そのおかげで自分たちが今、こうして楽しく過ごせているのだと茜はしみじみ思う。


 そんな涼の優しさは、進学しても変わることはなかった。

 美咲が拾ってきた猫のために必死でいろいろ考えていたのがいい例だろう。

 ボケーっと何を考えているのかわからないときもあったが、皆と話すときにはいつも笑顔を浮かべていた。

 その顔を見るたびに、今日も平和だと茜は感じていたのだ。

 これではどっちが男でどっちが女かわからないなと、茜は小さく笑った。


 だからこそ茜は今回の涼の変化を受け入れられずにいた。

 そんな涼が、他の男たちを相手に大喧嘩を繰り広げたことが……

 もとを辿れば、あの男たちに非があるのは十分に理解している。

 クラスの仲間に手をあげ、皆で一生懸命に作り上げたものを壊した。

 その罪を償わなければならないのも当然だ。


 しかし……

 茜は今でも思い出すことができた。

 男たちの恐怖に支配された叫び声を……

 体に怪我を負い、苦痛に歪んだ表情を……

 それを見ているのが辛かった。

 そして、それを目の前で悠々と実行している涼を見ているだけで胸が痛かった。

 それに我慢できず、涼に泣きつくなどという行為におよんでしまった。


 自分たちのために涼がおこなったことだとしても、茜にはそれを黙って見ていることができなかったのだ。

 その後すぐに茜は貧血で倒れてしまった。

 茜が倒れる間際に見たのは、苦悶に歪んだ表情で自分の名を呼んでいた涼の姿。


 それから二週間がして、再び涼の姿を見たとき、茜はあれが夢ではなかったのだと思い知らさせれる。

 以来、涼は人が変わったように人当たりが強くなり、自分からは誰とも関わろうとしなくなった。

 涼がそうなってしまった原因の一端が自分にもあるのだと思うと、自分がどう涼に接すればいいのかわからず、今日まで涼と口をきけずにいたが、いつまでもこのまま臆病でいてはダメだと思い、今日は思い切って涼の自宅を訪ねてみたもののこの有様である。


「遅いわね……」

 待つこと約一時間。

 時刻はまだ夕方だが、陽はすっかり落ち、街頭には光が灯り始めていた。

 ここに来るまでの茜の緊張の糸はすっかり切れ、このまま待ちぼうけを食らってしまうのではと思われたそのとき……

 道の向こうから学生服に身を包んだ男子生徒がこちらに歩いてくるのが見えた。

 街頭に照らされたその姿は、まさしく神谷涼そのもの。

 涼も茜の姿に気づいたのか、一度その足を止めたが、再び男子寮のある方向に歩き出してきた。

 茜も意を決して、涼に向かって歩き出す。

 そして、その距離が数十センチに縮まったとき、二人は足を止めた。


 茜はできるだけ自然に振る舞おうと考えていたが、いざとなると再び訪れた緊張のせいか、涼の目を正面から捉えることができず、視線がやや下に向いてしまう。

 しかし、涼の方から話しかけてくる様子はなく、茜は心を落ち着けながら口を開いた。

「その……今日は涼に話があって来たんだけど……時間、あるかしら?」

 そう尋ねるものの涼からの返答はなく、二人のあいだにしばしの沈黙が訪れた。

 涼からの返答はないが、涼は足を止めたまま茜を視界に捉えている。

 もしかしたら涼も自分の突然の訪問に戸惑っているのかもしれないと茜は考え、涼からの返答を待ち続けた。


 返答を待つあいだも茜の視線が落ち着くことはなく、涼の様々なものが目に入った。

 基本的にはいつもどおりの制服姿だが、ズボンの裾が少し土で汚れていたのが目に留まった。

 そして、それ以上に気になったのが涼の手。

 甲の部分に時間が経過して固まってはいたが、血らしきものが付着していた。

「どうしたのその手……血がついてるわよ。どこか怪我でもしたの?」

 ついつい他人に世話を焼いてしまう癖が幸いしてか、涼からの返答を待っていることを一瞬忘れた茜は、普段のように自然に話すことができていた。


「何かあったの?」

 聞きながら、茜がゆっくりと視線を上げていく。

 すると涼の口がゆっくりと開かれるのが見えた。

「ああ、これか──」

そして涼はそのまま言葉を紡いでいく。

「──さっき菅恭太郎の奴をぶん殴ったときにでもついたんだろ」




 涼の思いがけないセリフに茜は一瞬言葉を失った。

 そしてその真意を確かめるため、視線を涼の目に合わせたとき……

「ッ……!!」

 茜の背中に怖気が走った。


 違う。

 茜がまず思ったのはそれだった。

 はっきりとした根拠は何もない。

 あえて言うなれば自分の感覚。

 その身体に走る感覚がはっきりと告げていた。


 あれは自分のよく知る『神谷 涼』ではないと────


 見た目は瓜二つだが、まるで違っていた。

 それは様子が変わったなどというレベルの話ではない。

 同じ顔をした別人、という方がまだシックリくるくらいだ。


「いったい何の用だ? わざわざ人の家まで来て」

 そんな茜の様子などお構いなしに今度はリョウの方から尋ねる。

「あなたは……誰?」

 しかしリョウ求める答えは茜の口から聞けることはなく、変わりに今度はリョウの方が驚かされることになった。

 そんな質問をすれば誰だっておかしい奴だと思うだろう。

 しかし茜はそれを口に出さずにはいられなかった。


「何をおかしなことを言ってるんだ? 神谷涼に決まってるじゃねぇか」

 茜の質問に驚きを見せたリョウだったが、すぐに普段の要領で答える。

 もはや本気で自分たちのことを隠す気などないのだろう。

 その口調は優しい涼ではなく、粗暴なリョウのものだった。


「いいえ、違うわ」

 リョウの返答を茜ははっきりとした口調で否定する。

「あなたは涼じゃない。私のよく知っている涼とはまるで別人よ」

 茜の確信めいた直感はそう告げていた。

 それは長年、涼の近くにいた者だからこそわかる感覚。

 その茜がリョウの近くに立ち、その瞳を真っ直ぐに見据えて初めてわかる感覚だった。


 文化祭のとき、茜が最後に見た涼は激しく苛立っているように思えた。

 あえて例えるなら赤。

 その瞳の奥は激しい怒りに苛まれるように真っ赤に燃えていた。

 しかし目の前の人物は違う。

 その瞳の奥は深い闇、安易に立ち入ってしまえばもう戻れないほどの漆黒に染められていた。

 平常でいても漏れ出してしまうほどのその禍々しい雰囲気は二週間やそこらで纏えるものではない。

 それがあの涼ならばなおさらだと、茜は考えたのだ。


「くく……ははははははっ! 俺に堂々とそんなことを言ってきたのは、お前が初めてだ。そう、お前の言うとおり。俺も神谷涼だが、お前たちのよく知ってる奴とは別人だ」

 愉快そうに笑い、リョウは茜の言葉を肯定する。

「そうだな……わかりやすく言うなら、二重人格ってやつだ。俺はアイツの中に潜むもう一つの人格ってところだな」

「あなたのこと、涼は知ってるの?」

「もちろんだ。つっても俺とアイツじゃあ、まるで気が合わねぇけどな」

 傍から聞けば誰も信じないであろう陳腐な内容。

 それでも、茜はリョウの言葉をすべて真実として受け入れていた。

 そうでなければ、今のリョウの状態を説明することができないからだ。

 雰囲気だけではない、今となってはその口調、行われる仕草、あふれ出る自信、ほとんどが涼とは似ても似つかないものばかりだった。


「最近、涼の様子が変わったのは、あなたのせい?」

 これ以上の無駄話は不要と茜は単刀直入にリョウに尋ねる。

「違うな、変化を望んだのはアイツの意思だ。まぁ、そうなるように仕向けたのは俺だけどなぁ」

 茜が必死さを表情に表すたびに、リョウの口調は嘲笑を含んだものとなっていく。

「涼を元に戻して」

「無茶言うなよ。体を共有しているとはいえ、他人を変えるなんてことが思いどおりにできると思うか?」

 やれやれと言わんばかりにリョウは両の手の平を上に掲げる。

「なら、涼に合わせて」

「はっ、そいつは無理な相談だ」

 リョウの口調からおどけた雰囲気が少し消えた。

「なんでよ?」

「アイツは今、とても不安定な状態にある。ヘタに触れれば崩れてしまう瓦礫の山のようにな。ただでさえそんな状態のアイツを俺がお前に合わせると思うか?」

「私に……?」

 茜は今のリョウのセリフに疑問を持った。

 今の言い方では、まるで茜だけに合わせてはいけないと解釈ができる。


 茜の驚きの反応を見たリョウは、何か思いついたとばかりに口元を緩めた。

「なんだ、気づいてなかったのか? くく……かわいそうになぁ、アイツが今苦しんでるのは、お前のせいでもあるんだぜ」

「私の……せい?」

「そうだ。あのとき、お前がアイツの邪魔をしなければ、アイツは今こんなに苦しむこともなかったんだ」

「あのとき……」

 リョウの言葉の一部を復唱し、茜は思い当たる節を探る。

 答えはすぐに見つかった。

「それは、文化祭で私が……喧嘩している涼を止めに入ったこと……?」

「そうだ。お前の余計な横やりのせいで、下手をすればアイツは壊れるところだったんだ」

 さらに追い打ちをかけるようにリョウは言葉を投げつけた。

「私のせいで……」

 その事実を聞いた茜は意気消沈したとばかりに目を伏せてしまう。


 そしてトドメとばかりにリョウは言葉を放つ。

「今お前がいるとアイツはどんどん苦しむことになる。お前はアイツにとっての疫病神なんだよ。それがわかったのならこれ以上俺の……」

 しかし……

「冗談じゃないわ!!」

「なに?」

「涼が本当に私のせいで変わってしまったのなら、私が責任を持って戻して見せる!! 私はあんたのなんかの言うようにはならないわ」

 リョウの言葉を遮って放たれた茜の言葉にリョウは一瞬気圧される。

 自分の話を聞いてもっとショックを受けると思っていたが、茜の意思はリョウの思惑のさらに上を行っていた。

 先ほどまでの余裕のある笑いがリョウから消える。

「あんたとの話はここまでよ。涼を出して」

 立場は打って変わり、今度は茜がリョウなどお構いなしにと会話を続ける。


「くくく……はは……はーはっはははははははっ!!」

 突然にリョウは高笑いを上げ、その行動に茜は一歩後ろにたじろいだ。

「菅恭太郎といい、津山美咲といい……アイツも相当キテたが、お前たちも中々のもんだな」

 リョウに再び余裕が戻り、茜は会話の主導権を握り返されてしまう。

 そして、再び挙がった友の名前に胸騒ぎを覚えた。

「そういえば、さっき恭太郎を殴ったって言ってたわね。まさか二人に何かしたの!?」

 二人の身の危険を案じ、自然と語尾が強くなる。


「さあ、どうだかな」

「ふざけないで!」

「別に俺は何もしちゃいない。ただアイツとちょっとした小競り合いがあってなぁ」

「どういうこと?」

 先ほどの川原での出来事を今の茜が知らないのも当然だった。

「そいつらも今のお前と同じようにアイツのためだかなんだか知らないが、ずいぶん熱心になってたぜ」

「美咲たちが……そう……」

 涼の身を案じているのが自分だけではなかったことに茜は心強さを得る。


「いったい、なんでアイツにそこまで構う? 別にお前たちに得があるわけでもないだろうに」

「そんなの決まってるわ。涼は私たちの大事な友達だからよ」

「友達、友達ねぇ……」

 茜の言った言葉をじっくりと吟味するようにリョウは二度繰り返す。

「友達、家族、仲間。綺麗な言葉でいくら見繕ったところで所詮は他人。俺には理解できねぇ考えだな」

 言いながら、リョウは茜との距離を詰めた。

 そして茜の顎を指先でくいっと上げ、狂気を感じさせるような眼差しで視線を絡ませる。


「だが、だからこそ俺にはアイツが必要なんだ。これ以上、俺の邪魔をされるのは困るんだよ」

「あんたが何を企んでるか知らないけど、私の考えは変わらないわ」

「はっ、強情な女だ。なんなら……今ここで消えるか?」

「ッ! 離して!!」

 反射的に危険を感じ取った茜は、リョウに向かって得意の平手打ちを浴びせる。

 しかし、その手はリョウの頬に届くことはなかった。

 リョウはその反射神経で茜の腕を掴み止めていたのだ。


「威勢のいい女は嫌いじゃないぜ。けどな……」

 今度は逆の手でリョウが茜に平手打ちを放った。

 それを受けた茜は倒れはしなかったものの、その威力を物語るように頬は赤く染まっていた。

「それとこれとは話が別だ。俺はお優しいアイツとは違う。俺の邪魔をしようってなら、女だろうがガキだろうがカンケーねー」

 容赦のないリョウのビンタを受けても、茜は真っ直ぐな瞳を滲ませることはしなかった。


「いい目をするじゃねぇか。その目が絶望に歪んでいく様を見るのは、さぞおもしろいだろうなぁ」

 リョウの言葉を聞いて、茜はさらに一歩距離をとり身構える。

 そんな茜をリョウは愉快そうに眺めていた。

「くく、安心しろよ。そのうちアイツはちゃんと返してやる」

「その言葉、本当なんでしょうね?」

「ああ。だが、そのときのアイツがどうなってるかは、アイツ次第だけどなぁ」

 どうにも底が知れないリョウの言葉に茜は困惑を隠せずにいた。

「ついでだから一つ警告しといてやるよ。俺はな、俺の邪魔をされるのが大嫌いなんだ。そして今、俺はそのせいで機嫌を損ねかけている」

 一度間をおいてリョウは再び口を開く。

「お前がもし、これ以上この件に関わるつもりなら…………お前の大事なお友達が大変なことになるかもしれないぜ」


 大事なお友達。

 茜はすぐに美咲と恭太郎のことであると理解した。

「二人を人質に私を脅そうって魂胆かしら?」

「好きにとってもらって結構。だが、これでお前は選ばなければならなくなった。菅恭太郎と津山美咲か、それともアイツか……」

「……………………」

 リョウが唐突に示した選択肢に茜は答えることができずに黙り込んでしまう。

「お前がどちらを選ぶのか見ものだな……くく……」

 あざ笑うかのようにリョウは言ったが、リョウには茜がどちらを選択するのか目に見えていた。

 

 茜は出会ったばかりのリョウの真意を掴むことができていない。

 だからといって、リョウが冗談を言っているとも到底思えなかった。

 そのため、リョウが本当に二人に危害を加える可能性が多少なりとも出てきてしまう。

 それを十分に理解しているであろう茜がどんな選択をするか、茜の性格を熟知しているリョウにはわかっていた。

「もし二人に手を出したら、ただじゃおかないわよ」

「くく……無様なもんだ。その友達とやらを思いやる心が、逆にお前の足を引っ張てるんだからな……」

 そう言うと、リョウは身構えていた茜の横を通り過ぎた。


「ちょっと、待ちなさい。まだ話は終わってないわ!」

 リョウの意図の読めない行動の連続に翻弄されながら、茜はリョウを呼び止める。

 そして、それに応じたリョウは無言のまま、茜の方を振り返ることなく歩みを止めた。

「あんたの目的はなんなの? あんたは涼をどうするつもり?」

「……ふん、そんなことをお前が知る必要はない。お前にはもうできることなんて何もないんだ。指でもくわえて、大人しくしていることだな」

 最後にそう言い残し、リョウは男子寮の中へと入っていった。


 そんなリョウの背中を黙って見送り、茜も帰路につく。

 涼の身を案じてはいるものの、これ以上何もできない自分に歯痒さを覚えた。

 皆が無事でいられるためには、リョウの言うとおりにするしかない。

 今の茜にできるのは、待つことだけだった。

 美咲と恭太郎を信じ、二人が涼を救い出してくれることを……

「……きっと大丈夫よ。待つのはもう慣れっこだもの」

 自分に言い聞かせるように、そう小さくつぶやいた。

 冬空に輝く星々は、誰かの心を写すように、次第に闇に飲まれていったのであった────

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