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僕の大切なもの (後中)

「君さぁ、よく見たらカワイイ顔してるよね。結構俺の好みだわ」

 ふいに金髪の男が津山さんを指してそう言った。

「謝罪ついでにちょっと俺の相手してくれよ」

「おま、一人だけ抜け駆けとかキタねーぞ」

「ウルせーな。お前も勝手に探しゃーいいだろうが」

「チッ、じゃあ俺たちも探すか。どっかにカワイイ子はいねえかなーっと」

 金髪の男の言葉を受け、他の男たちもキョロキョロと周り見回し始める。


「ほら、こんな奴らほっといていいから早くこっち来いよ」

 男は、突然の指名に戸惑いを隠せないでいる津山さんの腕を掴み、自分のもとへと引き寄せようとする。

「離して……ください」

 津山さんはこれを拒もうとするが、

「いいじゃん、いいじゃん。ちょっと話し相手になってもらうだけだからよ」

 と、離す様子がない。

「どうせその顔で、今まで何人も男たぶらかしきたんだろ? 俺一人増えたって……」


「離してくださいっ!!」


 教室中に響き渡る声。

 聞いたことのないような津山さんの叫びに男たちも一瞬静まり返った。

「おおコワッ。でも俺ってさー、女の子の嫌がる顔が好きなんだよ。なんか昂ってきたわ」

「うわー、出たよ、変態男の本性が」

 しかし逆に男の何かを焚きつけてしまったようで、津山さんは一向に強くなる男の手から逃れられずにいた。


「やめろ! 津山を離しやがれ!!」

「恭太郎も落ち着いて!」

 今にも男たちに襲いかからんとしている恭太郎を再びなだめる。

「止めるなよ涼。俺はもう我慢できねぇよ!!」

 だが僕の言葉など、すでに聞く耳持たないと言った様子だ。


 このままでは取り返しのつかないことになってしまう。

 津山さんの安全が最重要だが、今の恭太郎を野放しにすることもできない。

 予想外の出来事の連続に、次第に僕の中には焦りが生まれてきていた。

 状況を打開するために思考を巡らせるが、頭の中が混乱して上手く考えがまとまらない。

 どうすれば……僕はどうすればいいんだ……

 そんな焦燥に駆られていたとき……


(──どうした? お前ともあろうお方が、ずいぶんと取り乱してるじゃねぇか?)


 いつものように君が僕に話しかけてきた。

「……何か用? 今、大変なんだよ」

(はっ、何言ってやがる。その原因を作ったのが自分だってことにお前は気づいてないのか?)

「僕が……原因……?」

(そうだ。お前があそこまで下手に出なければ、あいつらがここまでつけ上がることもなかった)

「僕はただ平和的に解決できる手段として……」

(その結果がこのざまだ。ったくお前の偽善っぷりにもほとほと呆れるな。いい加減気づいたらどうなんだ? お前のやり方じゃあ、なんにも解決しないってことによ)

「だからって、君みたいな方法じゃ……」

(相手がかわいそうってか?)

「そうだよ」

(くく……お前、本当にそう思ってるのか?)

「……何が、言いたいの?」

(わからないのか? なら教えてやるよ。お前の行為は他人を思いやるように見えても、結局は自分を守るための口実にすぎないんだ)

「違う……僕が君みたいな行動をしないのは……」

(自分が傷つきたくないからだ。だからそうやって相手の機嫌を取ろうとする)

「……違う!」

(何が違う? じゃあ、なぜ今すぐ津山美咲を助けようとしない? あいつらを止めようとしない!? それはお前が恐れているからだ。お前の嫌いな────)

「違う! 僕は────!!」


「────何をしているの!?」

 唐突に開かれた戸の音と、僕の声をかき消すほどの声量にその場にいたみんなが驚き、声のする方向を向いた。

 開かれた戸の先には、遅れて戻ってきた茜が立っていた。

「いったい、これはどういうことかしら?」

 いつにもまして気丈な態度を保ちながら、茜は教室内の様子を確認するように見回す。

 午前中の賑やかで活気に満ちていた様子とはうって変わり、今は殺伐とした静寂な空気が流れている。

 みんなの顔からは笑顔が消え失せ、不安そうな顔や今にも泣きだしそうな顔をしている者が多数いた。

 見知らぬ他校の生徒に拘束されている津山さん、その男たちに向かっていこうとしている恭太郎。

 その誰もが異常と思える光景を見て、茜は何を思っているのだろうか……


 大方の状況を呑み込めたのだろう、茜は津山さんを拘束している金髪の男の前へと歩いていく。

 テーブルに置いてあるタバコ入りのカップを一瞥し、

「美咲を離しなさい」

 男を真っ直ぐに見据えながらそう言った。

「そんな恐い顔すんなよ。ちょっと話し相手になってもらおうとしただけじゃねーか」

「嫌がってるじゃない」

「お前にはカンケーねーだろ。そもそもこの女が俺たちお客様を不快な気分にさせたのが始まりなんだぞっ。これくらいのサービスは当然だろうが!」

「美咲は故意にそんなことをする子じゃないわ。それに先生から聞いてるわよ。あんたたちの学校の生徒が、昨日もウチの文化祭で問題を起こしたって」

 語調を強める男の反論にも、茜は怯む様子はない。


「あー、それたぶん俺たちのダチのことだわ。今日もいっぱい人数引き連れて来てるって言ってたから、よかったら呼んでやろうか? もっとすごいことになると思うぜ。ふへへ!」

「これ以上、私たちの文化祭で好き勝手やろうとするなら、こっちにだって考えがあるわよ」

「やってみろよ。そしたら俺たちも仲間召集して好き放題やらせてもらうからよ」

 嘲笑うかのような笑みを浮かべながら、男はポケットから取り出した携帯をちらつかせる。

「そんなことしたら、あんたたちもただじゃ済まないわよ。最悪、警察沙汰になって退学もあり得るわ」

「退学だぁ!? 恐かねぇよそんなもん。知ってるか? 未成年てのは法律で守られてんだ。ちょっとやそっと悪いことしたくらいじゃあどうってことないんだぜ! こんなことしたってなあ!!」


「きゃあっ!」

 今度は腕ではなく、服を鷲掴み、強引に津山さんを自分のもとへと引き寄せた。

「てめーっ、やめやがれ!!」

 その瞬間に恭太郎が男に掴みかかる。

「おいおい、客に手を出すのかよ。ほら殴ってみろよ、その瞬間てめぇらの楽しい楽しい文化祭はお終いだけどな、へへ」

「ぐ……くそ」

 そのセリフを聞いた恭太郎の腕がピタリと止まった。

 男の言うとおり、暴力沙汰になどなったら確実に僕たちの文化祭はそこで終わってしまう。


「わかったら。とっととその手を離せや!!」

「があっ!」

 逆に男に殴り返された恭太郎は、勢いそのままに後ろのテーブルに突っ込んでいった。

「菅君!!」

「あっはははは!! だっせぇ奴」

 その様子を見て、男たちは愉快そうに笑い出す。


「いい加減にしなさいっ!!」

 教室内に乾いた音が響き、笑い声がピタリと止まった。

「最低よ、あんたたち!」

 茜の渾身のビンタを受けた男の頬は赤くなっており、その威力のほどが窺える。

「ほら、早く逃げなさい!」

「は、はい……」

 突然の衝撃に驚き、男が掴んでいた腕を離した隙に茜が津山さんを逃がす。

 男は唖然とした表情のまま動かなかったが……

「……このクソ女が……調子に乗りやがって!」

 次第に男の顔が険しく豹変していくのが目に見えてわかった。


「危ないっ、茜!!」

 男の異変を感じとり、茜に向かって注意を促したが……

「え? ……きゃあっ!」

 今度は逆に茜が頬を思い切り叩かれ、倒れ込んでしまう。

 だが、男の行動はこれで終わりではなかった。

 テーブルの上に置いてあったティーカップを無造作に放り投げたのだ。

 幸いにもカップは人ではなく壁に当たり、硬質な音を立て粉々に砕け散った。


「あー、もういいわ。もうマジぶっ壊したくなったわ。おい、お前らもわかってんだろうな」

「はいはい、その代わり帰りになんか奢れよな」

「あーあ、せっかくカワイイ子と遊ぼうと思ったのによ」

「これが終わってから、持ち帰っちまえばいいんじゃねーの?」

「それいいねぇ。俺もそうしよーっと」

 金髪の男の声を受けた男たちが全員立ち上がり、何事かを始めようとしていた。

 しかし、この場にいた者たちは、なんとなく理解していた。

 これから始まることが、僕たちにとって、けして喜ばしいことではないことを……


「あらよっと!」

 手始めに男たちは、自分たちの使っていたテーブルを蹴り倒す。

 大きな音を立ててテーブルがひっくり返り、少し遅れて、上に載っていた茶器が床に落ちて割れる音が響いた。

 割れたカップからこぼれた紅茶が、まるで流れ出る血の様に床を紅色に染めていく。


「やめなさい!」

「ウルセーんだよ。お客様に逆らうとどうなるか覚えとけや! ひゃーっはっはっはっはぁっ!!」

 茜の制止に微塵も耳を傾けず、男たちは次々と教室内の備品を壊していった。

 椅子やテーブルを蹴り飛ばし、カップやお皿を叩き割り、カーテンを引きちぎり……

「お、おい、誰か先生呼んでこい!」

「そうはさせるかよ!!」

 みんなが長い時間と労力をかけて積み上げてきたものが、瞬く間に崩れ去っていく瞬間だった────


「はは……これじゃあ、後片づけが大変そうだね」

 近くに飛んできたお皿の破片を一つ拾い上げ、僕はそうつぶやいた。

「せっかくみんなで頑張って準備してきたのに……」

 文化祭に向けて、みんなで案を出し合いながら準備してきた日々が自然と脳裏に浮かんできた。

 あんなにみんなで苦労して作り上げたものが、こんなにも脆く、あっけなく壊れてしまう……

 僕のせいで……?


「違う……僕のせいじゃ……ない…………」


 もう、やめてくれ……

 いくら願っても、この騒動が収まらないことは十分に理解していた。

 今の僕がどうするのが正解なのか、それはわからない。

 それでも自分ができることをするしかないのだ。

 僕ができること、それは……


「お願いです。もうやめてください!」


 許しを乞うことだった。

「お願いします」

 それだけが僕が自分にできると考えた、唯一の行動だったのだ。


「涼……お前まだそんなこと言って……」

 恭太郎をはじめとするクラスのみんなが、頭を下げる僕をまるでおかしなものでも見るような目で見ていた。

 なんでそんな目で僕を見るのか一瞬不思議に思ったが、その答えもすぐに理解した。

 

 僕は、また間違えてしまったのだ。

 これでハッキリとした。

 やっぱり僕とみんなとのあいだには、目には見えないズレがあった。

 そしておかしいのはきっと……僕の方なのだろう。

 君の言うとおり、僕のやり方では何一つ解決することなどできないのだ。


「あん? そういやお前どっかで見た顔だと思ったら、昨日俺にぶつかってきたやつじゃん。お、いいこと思いついたぜ! 俺が今からお前を思い切りぶん殴るから、逃げずに受け止めろ。そうしたら考えてやるよ」

「……わかりました」

 男の提案に僕はそう返答し、その場に棒立ちになる。

「何やってんだよ涼! 早く逃げろ!!」

 恭太郎の声を無視して、僕はその場に立ち続ける。

 逃げることなどできるわけがなかった。

 僕がこの騒動を引き起こしてしまったというのなら、僕にはそれを止める責任がある。

 みんなで作り上げてきた文化祭を台無しにしてしまった責任が……


「いくぞ、動くなよ」

 直後に飛んできた男の拳を頬に受け、僕は床の上に無様に倒れこんだ。

「涼ッ!!」

「ぎゃっははははは!! こいつマジで受けやがった。バーカッ、こんなおもしろいこと、やめるわけねぇだろ!!」

 先ほどの言葉を一笑に付し、男は再び教室を荒らし始めた。


 口の中に広がる鉄の味を噛みしめながら僕は考える。

 いつから僕は間違えてしまったのか……

 何が正しくて何が誤りだったのか……

 僕はどうすればよかったのか……

 いくら考えても答えの出ない、迷いの渦に呑み込まれそうなときだった────


「茜ちゃん!!」

 今日何度目かの叫び声。

 しかし、今までのものとは明らかに様子が違っていた。

 津山さんのあまりにも取り乱した声を聞き、嫌な予感を覚える。

 僕は急いで起き上がり、茜の様子を確認するために辺りを見渡した。


「……え?」

 その光景を見たとき、僕は血の気が引いていくのを感じた。

 僕の青白くなった顔とは裏腹に、赤く染まった茜の姿が目に映る。

「茜ッ!!」

 茜の名を叫ぶ声は出たものの、突然のショックに体が固まってしまい、僕はその場を動けずにいた。


「西崎さん!!」

 茜の怪我に気づいたクラスメイトたちが茜のもとへと駆けつける。

「大丈夫よ……破片がちょっと当たっただけだから……」

「全然大丈夫じゃないよ! 早く保健室に行かないと……」

 茜は怪我をして倒れていた。

 飛び散った茶器の破片によって瞼のあたりを深く切り、見ているこっちが痛々しいほどに、血が流れ出ていた。


「あーあ、怪我しちゃったよ。これがホントの傷モノってやつ?」

「おっ、うまい!」

「「ぎゃーっははははははは!」」

 怪我をさせた帳本人たちは茜のことを心配するどころか、茜の姿を見ておかしそうに哂っていた。


「これくらい……平気よ。それより早く……あいつらを止めないと」

「動いちゃダメです。早く、このハンカチで傷口を押さえてください!」

 茜自身の性格なのか、それとも委員長としての責任感からなのか……

 怪我をしてもなお、茜は事態の収拾に務めようとしている。

 そんな茜の姿を僕は傍観していることしかできなかった。

 僕は自分の無力さを、ただ強く痛感することしかできなかったのだ────

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