僕の大切なもの (後上)
昨日に引き続き、快晴の空の下に開催された文化祭二日目。
何週間も前からみんなで準備してきた文化祭だが、それも今日で終わりだと思うとどこか名残惜しい。
みんなが忙しなく準備に勤しんでいたことが昨日のように感じられ、楽しい時間はあっという間に過ぎていくものだと改めて思い知らされる。
こんな気分のときは、本でも読んで気持ちを切り替えたくなるものだが、今の僕には、そんな感傷に浸っている余裕などなかった……
「ほら涼、そんなところでボーっとしてない。次の注文が入ったわよ」
「ああ、ごめん。すぐに用意するよ」
茜から受け取ったオーダー用紙を確認し、すぐに紅茶の用意に取りかかる。
温めたポットに適量の茶葉と100℃まで沸かしたお湯を入れ、約二分半ほど蒸らす。
時間になったら、ポッドの中を一回だけかき混ぜ、カップに均等に注いでいく。
ベストドロップと呼ばれる、最後の一滴まで注ぎ終えたら完成だ。
これは津山さん曰く『紅茶を美味しく淹れられる手順』らしい。
一度、家でやるように自分で適当に淹れたものと津山さんが淹れてくれたものを飲み比べてみたことがあるが、味や香りなど確かに津山さんのモノの方が美味しかったのを覚えている。
「こっち、ケーキの用意できたぞー」
ケーキの用意に取りかかっていたクラスメイトの声が聞こえ、僕も自分の作業に戻る。
「こっちも5番テーブル様用の紅茶の用意できたよ」
「はい、じゃあこれ次の注文ね」
完成した紅茶と引き換えに茜から再びオーダー用紙を受け取り、僕は休む暇なく作業に取りかかる。
二日目の今日も、僕たちのクラスは好調なスタートだった。
まだ午前の時間帯だというのにすでに半分以上の席が埋まっている。
この分だと、正午過ぎにはまた満員になるだろうことが予想できた。
客足が好調なのは、嬉しい限りだが……
「神谷さん、これ次の注文です」
「あ、うん、ちょっと待って。これができたらすぐに取りかかるよ」
いかんせん忙しい。
今はホール担当の茜たちとキッチン担当の僕ら、合わせて十人ほどで回しているが、僕のようにまだ作業に慣れていない者もいるため、作業スピードがそれほど速いわけではなかった。
それでもお客さんも注文も入れ替わり立ち代わりにくるため、泣き言を言っている時間はなく、僕たちはひたすら作業に集中していた────
「ありがとうございましたー」
ホールからお客さんを見送る声が聞こえ、僕は近くにあった椅子に腰かける。
「ふー、とりあえずひと段落ね。お疲れ様」
言いながら茜がキッチン側に入ってきた。
茜の言うとおり、今は一時的にお客さんの流れが途切れ、今までいたお客さんたちも先ほど退店した人で最後だったので、僕たちにつかの間の休息が訪れた。
「かなり繁盛してる方だよね、僕たちのクラスってさ」
近くの椅子に座り、水を飲んでいた茜に話しかける。
「そうね、予想以上の売り上げだわ。きっと午後からはもっと増えるわよ」
「でも僕たちも作業に慣れてきたけど、これ以上増えるとさすがに人手が足りないよ」
予想以上の客足に、みんなの顔からは早くも疲労の色が見え始めていた。
このままでは店が回らなくなるのではと懸念していたが、
「大丈夫よ。お昼の時間帯は一応多めに人数用意しといたから」
どうやらその心配の必要はなかったようである。
さすが頼りになる指揮官様だ。
「いらっしゃいませー」
新たな来客を知らせる声。
僕たちのつかの間の休憩も終わりだ。
「じゃあ私も仕事に戻るから、そっちもよろしくね」
それだけ言って茜はホールに戻っていった。
僕も「うん」と返事をし、再び作業に取りかかっていく。
それからしばらくして、ちらほらと客足が増え始めたころ、昼からのシフトを組まれたクラスメイトたちが教室に戻ってきた。
その中には恭太郎の姿もあったが、
「よう……涼か……」
まるで生気を感じなかった。
例えるならそう、真っ白な灰。
「どうしたの? 元気なさそうだけど」
「ああ……実はな……」
「他校の女の子をナンパして、ぜーんぶフラれたんですよね」
ひょいと恭太郎の後ろから津山さんが姿を現す。
「げっ、なぜそれをお前が知ってる!?」
「友達と校内を回ってたら、ナンパ中の菅君を偶然見かけたんですよ。おもしろそうだったからしばらく様子を観察していました」
いつもの微笑みを携えながら津山さんは言う。
「なあ、俺のどこがいけなかったと思う!? ちょっとがっつき過ぎてたか? まさかキモいとか思われたのか? ってかお前も思ってたのか!?」
どれだけ悔しかったのやら、烈火のような勢いで恭太郎は津山さんにアドバイスを求めていた。
「えーと、あれはキモいというより……ウザいですね」
「………………」
津山さんの辛辣な返答を聞き、恭太郎は石のように固まってしまった。
「女の子をナンパするセリフもセンスに欠けていましたし、遠目から見ていても正直、ウザかったです」
そしてガラガラという音が聞えたと錯覚するほど、見事に恭太郎は崩れ落ちていった……
「あら、あんたたちも戻ってきてたの」
ホールから戻ってきた茜が津山さんたちに気づいて声をかける。
「って、なんで恭太郎はそんなへこんでるのよ?」
「恭太郎にも悩みがあるんだよ、今はそっとしておいてあげて」
一応フォローを入れておく。
「まあ悩むのはいいけど、戻ってきたならさっさと働いてちょうだい。お客さん増えてきて忙しいんだから」
と、茜が促すものの、
「……いいんだ……家に帰れば画面の中にいっぱい彼女がいるし……へへ、へへへ……」
恭太郎は絶賛現実逃避中だった。
「どうしようか?」
「ここは私に任せてください」
意気揚々と津山さんが恭太郎に近づいていく。
「菅君。菅君は決して顔は悪くありません。黙ってクールに仕事をこなしていれば、きっと女の子の方から声をかけてくれますよ」
そっと肩に手を置きながら津山さんは恭太郎にそうささやいた。
「なに!? それは本当か?」
それを聞いた恭太郎の顔に再び生気が宿っていく。
「はい! 私が保証しますよ」
「いやー、そう言われたら、なんかイケる気がしてきた。よーしバリバリ働くぞー!!」
こうして恭太郎は無事に完全復活を遂げた。
「単純な男の子って扱いやすくていいですね」
最後に津山さんがそう言って微笑んでいたのは、僕の胸の中だけにしまっておくことにしよう。
「どうでもいいけど、終わったなら早くしてちょーだい」
「はぁ」とため息を出し、呆れながら茜が言った。
「おっ、なんだよ西崎いたのかよ!」
相変わらずのハイテンションで恭太郎が茜に絡み始める。
恭太郎は茜の前に立ち、茜の全身をチェックするように見回した。
「何よ、人のことジロジロと見て」
「西崎、馬子にも衣装だぜ!」
昨日茜に言われたことをビニョーに違うニュアンスだが言い返していた。
確か恭太郎は馬子にも衣装の意味を勘違いしていたような気が……
「はいはい、どうせ自分でも似合ってないのはわかってるわよ」
恭太郎は褒め言葉のつもりで言ったのだろうが、茜はそのままの意味で解釈してしまったようだ。
「そんなことありませんよ。とっても似合ってます。ねー、神谷君」
「うん。僕もとってもかわいらしいと思うよ」
津山さんに話を振られ僕も思うままに答える。
「かわいらしいって……ま、まあ、褒められて悪い気はしないわ」
「おっ、西崎の顔が赤くなってるぞ」
「う、うるさいわね!! 早く仕事を始めるわよ」
恭太郎に茶化された茜は、頬を赤く染めたまま、再びホールへと出ていった。
「じゃあ、私たちもお仕事を始めましょうか」
「よっしゃー、今度こそ俺のイケてるところを見せて、彼女をゲットしてやるぜ!!」
「まあ、ほどほどに頑張ってよ」
いつもどおりのやり取りを終え、みんながそれぞれの仕事に取りかかっていく。
作業をしているみんなの顔は生き生きとしており、店内はどこも活気で満ち溢れていた。
僕もみんなに負けぬようにと気合を入れなおす。
残りあと半日。
今年も一生忘れることのない最高の文化祭になるような気がしていた────
それは午後に入り、お客さんのピーク時を迎えようとしていたときのこと。
「ごめーん! 材料が足りないの。誰か買ってきてくれない?」
そう言ったのは、料理を担当していた女子。
予想以上の売れ行きに、用意していた材料が足りなくなってしまったとのことだ。
「じゃあ、私が買いに行ってくるわよ」
ホールからキッチンに仕事場を移した茜が、いの一番に答える。
「ありがとー。紙に必要なものを書いといたからお願いね」
メモを受け取った茜が、必要なものを確認していく。
「けっこう多いわね……そうだ涼、あんたも荷物持ち手伝ってよ」
「うん、いいよ」
茜の頼みに僕は首を縦に振った。
「じゃあ、ちゃっちゃと行ってきましょうか」
というわけで、僕たちは外出の許可を取り、買い出しに出かけたのだった。
「はあ……はあ……ほんとに量多いね……」
「それだけ売れ行きがいいってことよ。喜ばしいことじゃない」
数十分後、両手に袋を掲げ、僕たちは学校へと帰還した。
「あ、私は職員室に寄って先生に報告して行くから、涼は先に教室に戻ってちょうだい」
昇降口で茜といったん別れ、僕は教室を目指して歩き出す。
時間的に見れば、今ごろは客足がピークを迎えている頃だ。
早く戻って仕事に取りかかろうと、意気揚々と教室に戻っていく。
教室が目前に迫ったとき、僕は奇妙な光景を見た。
それは、僕たちが宣伝用に作ったチラシを片手に三人の女子グループが、僕らのクラスの喫茶店に入ろうと戸を開けたときだった……
その女子たちは入口に立ったまま中に入ろうとせずに、何か二~三言話したと思ったら、避けるようにどこかへ移動してしまったのだ。
その光景を見て、頭に「?」を浮かべていると今度は子連れの母親がやってきた。
「ママー、ボク早くケーキが食べたいよっ!!」
「はいはい、もうすぐ食べられますからね」
親と子のなんとも微笑ましい会話を繰り広げながら、先ほどの女子たちと同様に戸を開くが、中の様子を見た母親は、なぜか入店することをためらっていた。
そして子供に「また後で来ましょう」と伝え、親子共々残念そうにその場を後にしてしまった。
そういえばと、僕はふとした違和感を覚えた。
戸が開けられたときに聞こえる中の様子が先ほどまでとは違っていた。
お客さんたちがテーブルを囲んで楽しそうに会話をする声もクラスメイトたちの活気のある声も聞こえなくなっていた。
代わりに聞こえてきたのは……
「「ギャハハハハハハハハッ!!」」
若い男たちの大きな笑い声。
中の様子を確認するべく、急いで教室に戻る。
戸を開いたときに目に入ってきたものは、真っ黒な学ランを着た5人の男子学生の姿。
その中には昨日、僕とぶつかった金髪の男の姿もあった。
他にお客さんの姿は見当たらない。
男たちは真ん中のテーブル席に座り、教室中に響くほどの大きな声で雑談をしていた。
中にはテーブルに足を乗せている者もおり、お世辞にも行儀が良い人たちとは言えない。
そして微妙に鼻をつくこの匂いは、タバコの残り香だ。
すぐ近くにいたクラスメイトの女子に事情を聴く。
彼らは僕と茜が買い物に行っている最中に来店してきたらしい。
そして現在のような迷惑行為を行っているうちに、他のお客さんは逃げるように退店してしまったという。
「あの人たちっていうか、あの制服着てる人たち、昨日も他のクラスでいざこざを起こしたらしいよ。被害に遭ったクラスの友達が言ってたもん」
どうやら僕の思っていた以上に状況は芳しくないようだった。
僕は彼女に「教えてくれてありがとう」と告げ、どうしたものかと考える。
先ほどの話では、みんなは彼らに関わることを拒み、誰一人として彼らに注意をしていないと言う。
とりあえずその辺りから、彼らと接触を試みるかと考えていたとき、キッチンから津山さんが姿を見せた。
津山さんは片手にオボンを持ち、注文されたであろう品を持って、男たちの席へと歩いていく。
「お待たせ致しました。こちらがご注文の品になります」
いつもの微笑みを浮かべながら何事もないように接客をしていく。
みんなはその様子を黙って静観していた。
そして、注文の品をすべてテーブルに並べ終わった後、
「お客様、店内ではあまり大きな声で話すと他のお客様のご迷惑になるので慎みください。またおタバコを吸う、テーブルに足を乗せるなどの行為もご遠慮願います」
と、僕もやろうとしていたことを、至極自然に津山さんはおこなった。
「あー、美咲ちゃん本当に言っちゃったよ」
「大丈夫かな……」
隣で津山さんを心配する声が聞こえる。
注意を受けた男たちは津山さんに視線を向けた後、互いに顔を見合わせ小さく頷き合っていた。
そして……
「いやー、すいませんねー。まわりにお客がいないから全然気ぃつかなかったわ」
反省の言葉を述べ、態度を改めてくれていた。
ちゃんと伝えれば、素直に理解してくれる人たちだと思ったのもつかの間。
「おっと、タバコも消さねぇとな」
一人の男が、口にくわえていたタバコをテーブルに押しつける。
真っ白なテーブルクロスの上に小さな焦げ跡ができたのが見えた。
「ほら、これでいいんだろ?」
男は、ほくそ笑みながら津山さんに向かってそう言い放つ。
「……恐れ入ります」
津山さんは最後にそう言い、テーブルを離れていく。
津山さんは小さく俯いており、髪で表情が隠れてしまっていたのでこちらからは、どんな顔をしているのか確認できなかったが、おそらく変わらずに微笑みを浮かべているだろうと僕は予想していた。
「何よあの態度、サイテー……」
「美咲ちゃん大丈夫だったかな……」
隣から、再び津山さんを擁護する声が聞こえる。
しかし何はともあれ、津山さんのおかげでとりあえず事態は収集した。
今まで教室を包んでいた重苦しい雰囲気がなくなっていき、みんなの顔から不安が消えていく──────
「あっれー、なんだこれ!?」
突如聞こえた声に教室内に再び緊張が走り、津山さんを含む全員がその動きを止め、声のする方を向いた。
声の主であろう金髪の男は、みんなに見せびらかすように、手に持ったカップから一本の髪の毛をすくい上げる。
しかし僕は気づいていた、その手に持つ一本の髪が金色であることに。
僕たちのクラスに髪を金色に染めている生徒はいない。
これがあの男の髪の毛であることは容易に想像できたが、それを指摘したところで、どうにかなるわけでもない。
何より、あのわざとらしい演技から察するに、これはすべて自作自演。
ともなれば、向こうもおとなしく引き下がってはくれないだろう。
下手をすれば、メニューに異物が混入する店として変な噂が流れてしまうかもしれない。
飲食店に関するうちの学校の規則は厳重だ。
小さな問題でも、どうなってしまうかわからない。
「おいおいなんだよこの味。こんなんで客から金取ろうとしてんのか?」
「うえっ、くそマジーな、ぼったくりじゃねぇかよ」
次々と男たちからクレームの声が上がっていく。
「こんなもん飲めるかっつーの」
そして一人が、いつの間にか吸いなおしていたタバコをカップの中に落とした。
「なあ、店員さんよぉ」
金髪の男が、その様子を一番近くで見ていた津山さんに声をかける。
「どおしてくれんだよ、せっかく楽しもうと思ったのに俺たち気分悪くなっちゃったよ」
はやし立てられた津山さんは、その場で固まってしまい、何も声を発しなかった。
「ダンマリ決め込んでねぇで答えろよ! どうしてくれるって聞いてんだよっ!!」
男は急に立ち上がり、近くの椅子を蹴り飛ばす。
教室中が静寂に包まれる中、一番最初に声を発したのは……
「もういい加減にしろよ!」
恭太郎だった。
「その髪、お前が自分で入れたんだろ」
恭太郎は津山さんを庇うように前に立ち、男たちに言い放つ。
「てめぇー、俺たちが嘘ついてるとでも言うのか!?」
向こうは予想どおり非を認めるようなことはせず、相変わらず高圧的な態度に出ていた。
「この場に金髪の奴なんてお前くらいしかいないだろが、いちゃもんつけるのもいい加減にしろ!」
しかし恭太郎も怯むことなく言い返す。
「チッ、それが客に対する態度か! 俺たちをなめてんのかコラァッ!!」
どちらも引くことをせずにらみ合う、一触即発な空気。
男たちだけでなく、恭太郎も冷静さを欠いているようで、いつもとは違う雰囲気を醸し出していた。
このままではきっとろくなことにはならないと、僕は仲裁に入ることにした。
まずは身内である恭太郎から止めに入る。
「ちょっと、落ち着いてよ恭太郎」
「何言ってんだよ涼。止めるなら俺じゃなくて……」
「いいから」
恭太郎の言葉を遮るように言葉を発し、行動を強制停止させた。
そして次はお客さんである男たちに向き直り、
「この度はお客様に不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
頭を下げ、謝罪をした。
僕の突然の謝罪に驚いたのだろうか、恭太郎だけでなく男たちも呆気にとられている。
「ほら、恭太郎も謝って」
「なんで俺たちが謝らなきゃならねーんだよ!! 謝るのは向こうの方だろ!」
恭太郎にも謝罪することを求めるが、拒まれてしまう。
「いい、恭太郎。僕たちは文化祭とはいえ、実際にお客さんからお金をもらう商売をやっているんだ。だからお客さんに誠意を払うのは当然のことだよ」
「それはそうだけど……俺たち何も間違ったことしてねーだろ。俺は嫌だぜ、こんな奴らに頭下げるのなんて」
これが今の状況を打開する一番の方法だと僕は思っているのに、恭太郎がなぜこうまで謝罪を拒むのか僕にはわからなかった。
「へー、こんな店でもちゃんとわかってるやつはいるじゃねぇか」
そう言って、金髪の男が僕の前へとやって来る。
「ほら、褒美に俺が茶をご馳走してやるよ」
そして右手に持ったカップの中身を僕の頭にかけてきた。
その瞬間、柑橘系の爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。
それは前に津山さんが僕に淹れてくれた紅茶と同じ香りだった。
とても美味しく、僕の一番好きな紅茶の香り……
この紅茶のどこが気に入らなかったのだろうか?
僕はふと、そんなことを思った。
「「ギャーッハハハハハハッ!」」
機嫌を直してくれたのだろう、男たちの笑い声がほとばしる。
「恐れ入ります」
彼らの機嫌を害さないよに僕は営業スマイルを浮かべながら再び頭を下げた。
「止めろよ涼! そんなことされてなんで笑ってんだよ!?」
また感情の昂りを見せる恭太郎。
さっきから何をそんなに興奮しているのだろうか?
「だからね恭太郎……」
僕が再び恭太郎を諭そうとしたとき……
「大変失礼致しました……これは私が淹れたものでして……お代の方は結構です。不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
いつの間にか僕の横に立っていた津山さんが謝罪の弁を述べていた。
恭太郎には伝わらなかったが、津山さんに僕の思いは伝わっていたらしい。
しかし僕の見た津山さんの横顔は、僕の予想とは違い微笑んでなどいなかった。
歯を必死に食いしばり、何かをこらえるように悲痛に歪んでいた。
それは僕だけが知っている顔。
川原での出来事のときの津山さんを彷彿とさせる表情だ。
なんで、そんな顔をしているの?
それが、僕の中に生まれた疑問。
今の僕には、あのときと同様に今の津山さんの気持ちを汲み取ることができなかった。
「神谷君の言うとおりですよ。ほら……菅君も謝ってください……」
津山さんにも促され、恭太郎は一瞬呆気にとられたような顔をしたが、
「……申し訳ありませんでした」
やっと納得してくれたのだろうか、ちゃんと謝罪をしてくれた。
「恭太郎?」
何か不穏な空気を感じ取り、恭太郎の方を見る。
その姿を見て、僕はまた自分の予想が外れたのだと悟った。
恭太郎は小さく震えていた。
両の手をギュッと握り、下唇をグッと噛みながら何かをこらえるようにその場に立ち尽くしている。
とても納得をしている人の様子には見えない。
ねえ、なんでそんな顔をしているの?
今すぐにでも二人にそれを問いたかった。
そんな苦しそうな表情をしている二人を見ているのは、とても辛かったから……
「へへ、やっとお客様に対する態度がわかってきたじゃねぇかよ」
「まぁ、そこまで言うなら俺たちも許してやらないこともないぜ」
だけど僕は、その男たちの言葉を聞いて、ほっとしていた。
これでまだ僕たちの文化祭は続けられる。
そうすれば、また津山さんも恭太郎もいつもみたいに笑ってくれるだろうと思ったから。
けれども事態は僕の予想だにしなかった方向へ進んでいった────




