第2話-2 殺人現場は目撃者の夢を見るか
探偵に「同行してくれませんか」なんて言われたことがある人間は、世の中にどのくらいいるだろうか。
おそらく一般論として、悪いことを何もしていなければ、人生で探偵に会うことすらないだろう。
僕は普通に生活していただけで悪いことをした覚えはないのだが、探偵に同行してほしいと言われてしまった。
特に透子さんのことが嫌いとかそういうことではないのだが、できれば断りたい。
僕の勘は悪い時だけすこぶる当たる。おそらく探偵業務に同行してほしいのだろう。
普通に考えれば部外者を同行させるなんて愚行ありえない。だが、透子さんは…やりそうである。
しかし、そうでない可能性もあるので一応聞いておこう。
「ちなみにですけど、どこにですか?」
透子さんはニコッとして、
「もちろん《《事件現場》》にです」
僕の顔が、透子さんの満面の笑みに答えようとして失敗した形で固まるのが分かった。
おそらく考えた中で一番最悪な回答だろう。
事件現場だって?真っ先に想像するのは―――殺人。ドラマの見過ぎではあるだろうが、そんな言葉、殺人が起きた時しか聞いたことが無い。
断らなければ―――ならない。
しかし、僕が口を開く前に透子さんが、
「予定があれば、全然…全然いいんですけど…できれば…ついてきてほしいなって…一人で行くことになりそうなので…」
今にも泣きそうな顔で透子さんはこちらに同情を誘ってくる。先手を打たれてしまった。
そんな顔をされては断ろうにも断れない。しかも扉は一つしかなく、そこには透子さんがいて、通せんぼされている。
「えっと、今日は…予定は…無いです」
僕は顔をそらしながら、予定がないことを口を滑らせてしまう。
もう一度透子さんの方を見ると、先程の泣き顔が嘘だったかのように、笑顔でいっぱいだった。
少しイラっとしてしまった気持ちを抑え、僕は聞き直す。
「えっと僕で本当にいいんですか?龍巳さんとか」
「あの人ダメです。もう本当信じられないですよ。予定があるから、一人で行けって、かよわい女の子を一人でそんな場所に行かせるなんて酷いです」
透子さんは少し俯きながら、また泣く真似をしている。
すると、その声を聞いて透子さんの後ろから龍巳が顔を出し、「女の子って歳かよ」とだけ言い残し、事務所を去っていった。
透子さんは真顔になり、すぐに顔を笑顔に戻した。
今の顔は何だったのだろうと考える暇もなく、部屋の外で待つ依頼人のところまで連れて行かれた。
「では行きましょうか」
透子さんの合図とともに依頼人も立ち上がり、事務所を後にしようとするが、僕は電車代をもらっていないことを慌てて訴えた。が、「同行費と一緒にお返しします」とだけ返されてしまった。
まだ同行すると言った覚えはないのだが、いつの間にか同行することになってしまっていた。
そして、僕たちはコーヒーの匂いが残る事務所を後にして、事件現場に向かった。
道中、僕が物置部屋に押し込まれている間に、何を話していたのか透子さんに聞いた。
どうやら、この依頼人、佐々川依子の夫である佐々川裕司が殺されたという。
予想通り殺人事件だった。ただ、予想外だったこともある。容疑者として挙がっているのは、佐々川さん夫婦の《《息子》》らしい。
そしてその息子はというと、昏睡状態。葵と同じだ。
彼は引きこもりらしく、普段から外には出てきていないらしい。にもかかわらず彼がその容疑者になった理由はあった。
夫が殺されたとされる時間帯に、家にいたのは息子ただ一人。外部から侵入された形跡もないらしく、警察は息子が目覚めるのを待っているという。
ただ、依子さんはまだ強盗の可能性があると考えていて、それで透子さんに依頼してきたらしい。息子のことを、佐々川勇気を信じていると。
「着きましたね」
僕と透子さんと依頼者の依子さんは、事件現場である佐々川家に着いた。
一般的な住宅街にある何の変哲もない普通の家。はたから見れば中で殺人事件が起きたなんて思えない。家は規制線で囲まれていて、関係者以外は入ってはいけないようになっていた。
しかし、透子さんはテープを無視して堂々とくぐろうとする。
「ちょっ透子さん!!それは流石に!!」
僕は慌てて制止しようとするが、規制線の中に入ってしまった。
なんて人だ。早く来てくださいと言わんばかりにこちらを向いて、手招きしている。透子さんに対し、僕と依子さんはどうしたらいいか決めあぐねていた。
ただ、そのタイミングで別の場所からも制止が入った。
「ちょっと君たち!!何してるんだ!!」
声がした方向を見るとそこにはスーツ姿の男が、慌てて走ってきていた。
終わった。あまりの透子さんの無茶苦茶振りに、正直帰りたい。ここは部外者として乗り切るしかないのだろうか。
近寄ってきたスーツの男は息を切らしつつもこちらを警戒した目つきで僕、依子さん、そして透子さんの順番に顔を見ていった。
そして、透子さんを見た途端、すこぶる嫌そうな顔をした。
「げっお前は月隠探偵。なんでここに…」
と言いながら、依子さんの方を向いて、あぁなるほどなといった顔をしていた。
「あれぇ?ブッキーじゃないですか。ブッキーが対応しているなら私に言ってくださいよ」
「いや、ブッキーって呼ぶな。山吹と呼べ。あとできればお前の力なんて借りたくない」
どうやら二人は知り合いのようだった。しかし、あだ名で呼ぶことを拒否しているのを見るに、あまり仲良くはなさそうに見える。
「で?龍巳さんは今日はいないんだな」
山吹さんはきょろきょろしながら龍巳がいないことを気にしている。透子さんと知り合いであるならば、龍巳とも知り合いなのは当然であろう。
「今日は龍巳さんの代わりに彼に来てもらっているんで」
僕は透子さんに紹介され、山吹さんの方を向きいた。
「逆凪楓です」とだけ言ってペコッとお辞儀をすると「山吹一警部、ブッキーと呼んであげてください」となぜか透子さんの方から返ってきた。それに対し、山吹警部は透子さんのこと睨みつけた。相も変わらず透子さんはニコニコしていた。
山吹警部はため息をつきながら、
「仕方ない…遺族の依頼という形なら、今回は目をつむる。はぁ…今回もお前に頼ることになるとはな。未解決事件なんてない方がいいのは分かっている。…荒らすなよ。絶対に。基本的に物は触るな。いくら警察の基本的な捜査が終わっているとはいえな」
とだけ言って去ろうとする。
去ろうとする山吹警部を透子さんは呼び止め、「ちょっと凶器と、刺し傷だけ教えてもらえません?」と聞いていた。
聞き耳を立てると、凶器は台所にあった包丁、刺し傷に関しては怨恨があったとしか思えないほど、腹部と胸部を刺されていたとのこと。
そして、被害者である佐々川裕司さんは恨みを買うような人物には見えなかったらしい。
僕もそんな人になれたらいいなと、考えていると「さて、入りましょうか二人とも」と透子が呼んでいるので、山吹警部の方をちらちら見ながら恐る恐る規制線をくぐる。
なにかよくないことをやってる感じがして、少年時代に戻ったような、少しわくわくしてしまう自分に正直引いてしまう。
鍵は開いていて、中も至っておかしなところは無かった。入ってすぐ左には台所とダイニングがあり、被害者が倒れていたであろう場所には白い印が残されていた。
透子さんはきょろきょろして、まじまじといたるところを見ていた。僕もきょろきょろするが、特に気になるところも無く、ただ挙動不審な奴みたいになってしまう。
こういう捜査なんて人生で一度も無いだろうからできれば力になりたいが、そんなことできるはずも無かった。
「依子さん、包丁はいつもどこに?」
透子さんはさっそく捜査を始めて、依子さんに詳細を聞いていく。
「そこの引き出しに…外に出しておくと危ないですから」
と、キッチンのすぐ下の引き出しを指さした。
「お料理はいつもお一人で?」
「…はい、そうですね。夫は台所にはあまり立たなかったですから…」
そこまで言って、依子さんは言葉が詰まり、突然泣き始めてしまった。おそらく夫のことを思い出して泣いてしまったのだろう。僕はこういう時どう接すればいいかわからなかったが、透子さんはすぐに依子さんに寄り添い、背中を撫で始めた。「すみません。旦那様の事を聞いてしまって」と透子さんはすぐに謝り、透子さんもそういうことできるんだなと、少し感心してしまった。何目線だよと言われると少し困ってしまうが。
少しすると、「もう大丈夫です」と依子さんは落ち着いたことを透子さんに伝え、深呼吸していた。
「息子さんの部屋は?」
落ち着いた依子さんに対し、すぐに捜査に戻る透子さん。
そして、案内された場所は二階に上がってすぐの部屋だった。
「開けていいですか?」と問う透子さんに対し、依子さんは「はい」とだけ言って扉を開ける透子さんを見守る。
部屋を開けると、見るに堪えない惨状だった。地面にはゴミが散らかり、子供用机にはパソコンが一台ゴミに囲まれて置いてあった。
他に気になるものも無いぐらいにはゴミだらけだった。
特に何も言わず、透子さんはあごを触りながら部屋を見つめていた。
僕は依子さんに息子について聞こうと思い、透子さんから少し離れて、依子さんを呼んだ。
「息子さんはいつから引きこもりなんですか?」
「えっと、中学校で何かあったらしく、それから…」
目を逸らしながらそう依子さんは答えた。
学校のいじめとかか?そういえば、自分の学校にもいじめはあった気がする。その時は、いじめたやつが転校することになって落ち着いたが、やはり現実問題それは稀なのだろう。
しばらく他愛のない話をしていると、急に透子さんがこちらに近づいてきた。
「楓さん。寝ましょう」
「え?今ですか?でも息子さんはここには…」
「大丈夫です。ここなら、彼の夢に入ることができます」
葵の時は本人の傍で寝ていた。だから本人がここにいないのに夢に入れると言われても、すぐには信じられなかった。
しかし、透子さんは当然できますよと言いたげな顔をしていた。僕はそんな透子さんを見て、一呼吸置き、「わかりました」とだけ言って覚悟を決める。
覚悟を決めたといっても、また夢の中に入るのか…少し憂鬱になる。と言っても今回は見ず知らずの人なのだが。どういった夢を見ているのだろうか。
「安心してください。息子さんは目を覚ましますから。私も、彼は犯人ではないと見ています。そして、おそらく―――彼は目撃者だと思います」
透子さんがそう言うと、依子さんは深くお辞儀して、声を震わせながら「お願いします」と透子さんに声をかけた。透子さんも「任せてください」とだけ言って僕の方に向く。
僕がどうやって入るんですか?と聞こうとすると、
「楓さん、その前にこれ渡しておきますね。あと私のものも持っていてください。ちょっとやる気出すんで」
と、電車代とスマートフォンを渡してきた。透子さんは目を細め、いつもより少しだけ笑顔を崩していた。おそらく遠隔で夢に入るには頑張らないといけないのだろうと思いつつ、僕はそれを受け取り、今度こそ聞いた。
「で、どうやって夢に入るんですか?」
「それはもちろん―――この部屋のあのベッドで寝ます」
…なんて言った?あのベッドで?息子さんの家族がいる目の前で嫌な顔はしたくなかったが、さすがに嫌な顔をしてしまった。何せ何週間洗っていないかもわからないベッド。それに周りはゴミで囲まれている上に、鼻が曲がりそうな嫌な臭いが部屋中を漂っている。
寝ようにも寝られない気がするが。
「それより、楓さん、トイレ行っといたほうがいいんじゃないですか?コーヒーも飲みましたし」
言われてみればそうだ。カフェイン摂取で尿意がする。この年になって、おねしょなんて恥ずかしくてできない。僕は依子さんにトイレの場所を聞き、トイレだけ済ませてきた。
「何も触るなって言われたのにトイレしちゃうなんて悪い人ですねぇ」
やられた。透子さんはにやにやしながら僕に嫌味を言ってくる。「勘弁してくださいよ」とだけ言って、僕と透子さんは部屋の中に入り、寝る準備をした。透子さんはベッドで横になり、僕はそのベッドのそばにあった椅子に座って寝ることにした。病院の時とは違って、背もたれがあるので、多少寝やすくはなっている。
ただ、やはりこの匂いだけは慣れない。むしろ息子さんの夢に入るのではなく、ただの悪夢にうなされそうだった。
「それでは、依子さん、起きたらまた会いましょう」
透子さんは依子さんに呼びかけ、完全に眠る体勢になった。
依子さんは気を利かせたように、部屋の扉を閉め、部屋には眠りにつこうとする二人だけが取り残された。
僕は透子さんから受け取ったスマートフォンをズボンの上から握りしめながら、目をつむる。
その時僕は、何か嫌な予感が脳内を巡っていた。




