第14話 『怪獣大戦争!』
「もう。いきなりはカンベンして下さいよ。エマさん」
全てが終わった後、僕は乱れた兵服の胸元を直しながらエマさんに抗議するようにそう声を漏らした。
うぅ……恥ずかし過ぎてエマさんの顔をまともに見られない。
「うふふ。ビックリしたでしょ」
そう言うとエマさんは悪戯っぽく笑う。
ミランダが見ていない時で本当に良かった。
え?
この非常時に何やってんだって?
いや、不埒なことは一切していませんからね?
エマさんが僕にしてくれたのは確かに今後のために必要なことだったけれど、この局面でこんなことをしていたのがミランダに知られたら後で絶対にシバかれる。
恐る恐る立ち上がり、ミランダの玉座の横に立つと、彼女は今も戦いに集中していた。
だけど僕には分かる。
勇ましいその横顔には疲労の色が滲んていた。
かなり疲れてきているはずだ。
ミランダ城を操るミランダとアニヒレートの戦いはいよいよ佳境を迎えようとしている。
僕はミランダの隣に立ち、彼女をじっと見守った。
今おそらく彼女は闇狼と同化しているんだろう。
僕が隣に立っていても気付かずに、モニターを凝視している。
この状態でアナリンに襲われたら、ミランダは抵抗することも出来ないだろう。
だから僕が彼女を守らなきゃ。
僕は緊張に拳を握りしめながらミランダの戦いを見守る。
「ゴアアアアアッ!」
「ガルルルルルッ!」
二体の巨大な魔物が激突する。
それはもはや人智を遥かに超越した怪獣大戦争だった。
そして闇狼とアニヒレートがぶつかり合うたびに、どこからかどよめきが上がっている。
何だ?
不思議に思った僕がモニターを確認すると、もうすでに住民の避難が完了して無人の都と化しているシェラングーンの街の前方1キロメートルほどの平原には、作戦本部の残存兵がまだ数十名陣取っていた。
彼らは遠巻きに二体の巨大な魔物同士の戦いを見守りながら、アニヒレートが攻撃を受けてよろめくたびに大歓声を上げていた。
もちろん彼らは突然現れた謎の狼を操っているのがミランダだとは露とも知らないだろう。
だけどシェラングーンの街への侵攻目前にしてアニヒレートの前に立ちはだかった闇狼を救世主でも見るかのように憧憬し、歓声を上げている。
そしてこの戦いを見守っているのは彼らだけじゃない。
空にはまだ数多くの記録妖精たちが展開し、この激闘の様子はゲーム内全体に生配信されている。
ゲーム内のリアルタイム・チャット上には、2体の巨大な魔物の戦いに興奮した観客らの熱狂的な書き込みが殺到していた。
闇の玉座で闇狼を操るミランダは好戦的な笑みを浮かべる。
「一気に押し切るわよ!」
ミランダが勢いに任せてけしかけた闇狼は、すばやい足取りでアニヒレートの背後に回る。
そしてその背中を駆け上がるかのように前脚の爪を立て、そのままアニヒレートの首の後ろに噛みついた。
「ガウッ!」
「ゴアアアアッ!」
アニヒレートは怒りの声を上げて暴れ狂い、闇狼を振り落とそうとするけれど、闇狼の顎の力はとてつもなく強いらしい。
ガッチリと食い込んだ牙はどんなに振り回されようと離れない。
業を煮やしたアニヒレートの体が黄金の光を放っていく。
これは……ヴィクトリアとノアを戦闘不能に追い込んだ黄金熱線だ。
まずい!
「ミランダ! やばいよ!」
僕の声が聞こえているのかいないのか、ミランダは力強く声を張り上げた。
「もう手の内はお見通しなのよ!」
ミランダがそう言うとアニヒレートの足元の地面から無数の黒い手が伸びてくる。
亡者の手だ!
しかも通常のそれよりもはるかに大きくて長い。
それは黄金の輝きを増していくアニヒレートの全身にまとわりつき、その体表をすっぽりと覆っていく。
まるでアニヒレートの体が亡者の手によってコーティングされてしまったかのような状態だ。
するとそのまま亡者の手がアニヒレートの体を持ち上げ、ものすごい勢いで空に向かって伸びていく。
アニヒレートの巨体をものともせず押し上げていくその手の長さは尽きることを知らず、まるで童話に出てくる豆の木みたいだった。
そしてアニヒレートの巨体が拳大に小さく見えるほど高く押し上げられたその時、上空で大きな爆発が巻き起こった。
黄金熱線だ!
だけどかなりの上空に持ち上げられていたおかげで、僕らのいる地上には熱風がわずかに吹き付ける程度にしか余波は届かなかった。
すごい!
ミランダのアイデア勝ちだ。
これなら爆発の影響をモロに受けることはない。
しかもアニヒレートは空を飛ぶことが出来ない。
黄金熱線によって亡者の手が消え去ったことで、アニヒレートは空中に投げ出されたまま成す術なく落下してくる。
「ゴアアアアッ!」
そしてそのままアニヒレートは地面に激突した。
ものすごい地響きと衝撃に僕は思わず耳を塞いだ。
巻き上がった土埃が視界を遮る。
あれだけの巨体があれだけの高度から落下すれば、こうなるのも無理はない。
そしてその衝撃に見合った大きなダメージがアニヒレートのライフゲージを盛大に削る。
「ら、落下ダメージだ」
アニヒレートもまさか自分の体が空高く持ち上げられるとは思わなかっただろう。
人智を超える存在であるアニヒレートを、人の身であるミランダが凌駕する。
それは今までアニヒレートにさんざん煮え湯を飲まされてきた身としては痛快な光景だった。
そして煮え湯を飲まされたのはミランダも同じだ。
「まだまだこんなもんじゃ済まさないわよ!」
ミランダがそう言うと闇狼の両目が黒い光を宿す。
そしてそこから黒い光がアニヒレートに向けて放たれたんだ。
闇閃光だ!
それは今まさに起き上がろうとしているアニヒレートの左右の後ろ脚を直撃した。
「ガフッ!」
さすがに貫通まではしなかったけれど、アニヒレートの後ろ脚の剛毛が焼ける。
そしてその衝撃で図らずもアニヒレートは膝を地面について前のめりに倒れる。
前脚を地面について体を支えるアニヒレートの姿を見て、ミランダの顔に意地の悪い笑みが広がった。
「似合ってるじゃない。土下座のポーズ」
「ゴアッ!」
起き上がったアニヒレートは怒りに燃えて大きく口を開ける。
その矛先はもちろん闇狼だ。
「やばいっ!」
だけど僕が叫んだ時にはミランダはすでに対処を終えていた。
アニヒレートがその口から青い光弾を放とうとしたその瞬間に、闇狼も口を大きく開いたんだ。
「黒炎弾!」
ミランダの叫びに応じて闇狼の口から吐き出されたのは、彼女の得意魔法である黒炎弾だった。
それもアニヒレートの青い光弾に劣らぬほどの超特大サイズだ。
黒炎弾はアニヒレートが吐き出した青い光弾と空中で激突し、ものすごい衝撃を伴って双方が消滅した。
「そ、相殺された……」
あのアニヒレートの青い光弾を真正面から消し去るなんて。
この闇狼から放たれる黒炎弾のとてつもない威力に恐れおののく僕だけど、ミランダは不満げだった。
「何よ。相討ちってわけ? 気に入らないわね」
そう言うとミランダはそこから立て続けに黒炎弾を放つ。
アニヒレートもこれに呼応して青い光弾を連続で放ち続ける。
それらはすべて2体の魔物のちょうど中間点で衝突して相殺された。
2つの巨大なエネルギーの塊がぶつかり合うたびに、強烈な轟音が鳴り響き、閃光がまたたく。
その衝撃が大地を揺らして辺りに白煙が立ち込める。
こうして闇狼の体の中にいなければ、鼓膜が破れてしまうんじゃないかと思うほどの大音響だった。
闇狼とアニヒレート。
どちらも引かない互角の攻防が続くかと思われたけど、徐々にその戦況に変化が生じていく。
黒炎弾と青い光弾のぶつかり合うポイントが徐々にアニヒレート側にずれていく。
アニヒレートが……押されているんだ。
「ほらほらぁ! どうしたの熊野郎! こっちはまだまだ止まらないわよ!」
威勢のいいミランダの声が響き渡り、闇狼が黒炎弾を吐き出すペースが徐々に上がっていく。
一方のアニヒレートは青い光弾を放つペースが明らかに遅くなっていた。
ミランダが押してるんだ!
そしてとうとうアニヒレートのすぐ鼻先で黒炎弾と青い光弾がぶつかり合って破裂した。
「ゴフッ!」
その衝撃は凄まじく、アニヒレートはたまらず顔を後方にのけ反らせる。
次の瞬間。
「黒炎弾!」
間髪入れずに放った闇狼の黒炎弾がアニヒレートの顔面を直撃した!
轟音とともに大きな爆発が巻き起こり、朦々たる煙で視界が悪くなる。
「ど、どうなったんだ?」
僕は目を凝らしてモニターの中の煙が晴れていくのを見つめる、
すると……。
「ゴフッ……」
アニヒレートが口から煙を吐き出して、仰向けにゆっくりと倒れたんだ。
それはにわかには信じがたい光景だった。
悪魔のごとき頑強さを誇る無敵のアニヒレートが、大地に大の字になって横たわっている。
巨体が地面に崩れ落ちた地響きと、立ち込める土埃。
人の世界に暴虐の限りを尽くしてきた巨体の魔物がついに倒れる時が来た。
まだアニヒレートのライフは20000を切ったばかりのところだけど、この闇狼とのわずか10分足らずの戦いで、すでにアニヒレートは15000以上のライフを失ったことになる。
「フンッ! ザマー見なさい。あんたの弱点は自分よりも強い奴と戦ったことがないことよ。熊野郎」
傲然たる口調でそう言うとミランダは会心の笑みを浮かべた。
ミランダ。
本当に君は……すごい魔女だよ。
絶望的な戦いの中でも活路を見出して、勝利に向けて躊躇なく突き進むことが出来る。
僕はそんな彼女が誇らしかった。
「さあ立ちなさい。熊野郎。このミランダ城の力はこんなもんじゃないわよ。ケンカの続きをやろうじゃないの」
ミランダは勝ち気な表情でそう言った。
こうなれば彼女のペースだ。
そう思ったその時、僕と一緒にミランダの戦いを見守っていたエマさんが珍しく緊迫した声をかけてきた。
「オニーサン。手に汗握ってミランダの戦いを応援している暇はないかもよ。あれを見て」
そう言ってエマさんが指差したのは、僕らの前方に多数浮かび上がっているモニターのうちの一番端にあるそれだった。
時間の流れが歪められて遅くなったその回廊内では、先ほどとまったく変わらぬペースでアナリンが魔物を斬り伏せていた。
だけどそのアナリンの進む先、遥か前方にうっすらと扉のような物が見えてきた。
それはさっきまでは見えていなかったはずのものだ。
「あれは……まさか回廊の出口?」
恐る恐るそう尋ねる僕に、エマさんは彼女に似合わぬ神妙な面持ちで頷いた。
「予想していたよりもずっと早い。アナリンがもうすぐ時間歪曲回廊を抜けて出てくるわ」
アナリンが出てくる……。
エマさんのその言葉に僕は息を飲み、拳を握り締めたんだ。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 最終章 第15話 『縁の力』は
明日2月13日(土)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




