第13話 『港町への帰還』
港町シェラングーンに帰港した僕らは、この街に常駐している懺悔主党の人たちに迎え入れられて港近くの宿に落ち着いた。
その頃にはすっかり日が暮れて、港町は宵の口の賑やかさに包まれていた。
とりあえずの休憩用に提供された大部屋のバルコニーからは街の明かりがよく見える。
潮騒と海風が心地良く、僕らは作戦後ということもあって皆、疲れを癒やす様に各々体を休ませていた。
「鳥や魚になって逃げた乗組員たちの多くが、何とかここに辿り着くことが出来たみたいだ」
懺悔主党の仲間達からの報告を受けていたブレイディーは、部屋に入って来るとホッと安堵の息をつきながらそう言った。
「良かった。少しでも多くの人が助かって」
ブレイディーに飲み物を差し出しながら僕もホッと息をつく。
彼女はそれを受け取ると目礼して室内のソファーに腰を落ち着けた。
ヴィクトリアはそのソファーの裏側に背中を預けるようにして床に座り、羽蛇斧に付着した塩気を布で拭き取って手入れを行っている。
バルコニーに置かれたいくつかのテーブルには軽食が用意されていて、ノアはそれらをつまむのに夢中でこっちの話はまったく聞いていない。
そしてジェネットは今、奥の部屋のベッドで休息をとっていた。
「ジェネットは大丈夫かな」
「大丈夫さ。彼女は懺悔主党で一番強いんだ。少し休めばまた元気になるよ」
そう言って微笑むブレイディーに僕も少し気分が落ち着くのを感じた。
その時、室内の白い壁に突如として映像が映し出される。
そこに映っていたのは、王都の司令室にいる神様とアビーだった。
【諸君。ご苦労だった】
【皆さん~。お疲れさまです~】
【ジェネットとブレイディーからだいたいの報告は受けている。その宿に十分な支援物資を送っておいたので使ってくれ】
それから神様は現時点で得ている情報を僕らに教えてくれた。
南の海上に向かっていく姿を見て以降、足跡が途絶えていたアナリン。
今のところ彼女の姿を見た者はいないということだった。
【だが、彼女が移動に使っていた天馬が、シェラングーン北のシーブリーズ山の山頂で目撃されている。今、そこに偵察班を向かわせた】
アナリンの天馬……確か雷轟とかいう名前だったな。
まさに雷のごとく、ものすごい速度で飛ぶ天馬だ。
「でもアナリンはなぜそんな場所に天馬を置いていったんだろう……」
「シーブリーズ山は観光名所でも何でもない平凡な山だからね。地元の樵や山菜採りくらいしか入らない。人目に付きにくいってのはあるかもしれないけど」
そう言うブレイディーもその顔に疑問符を浮かべている。
あれだけ特徴的な天馬だ。
置いて行くのは人に見られる危険が伴う。
【天馬・雷轟。このゲームの中であの天馬ほど早く移動できるプレイヤー及びNPCはいない。だがそこまでの推進力を出せるということは、必然的にそのエネルギー消費量は大きくなる。これは推論だが、雷轟は定期的に休ませながらではないと、それほど長く飛ぶことは出来ないのかもしれないな】
神様の話にブレイディーはポンッと手を叩いた。
「なるほど。南の海上に向かう予定だったアナリンは、途中で雷轟のエネルギーが尽きて海に落下することを恐れて、あの山に隠したのかもしれないね」
「雷轟を捕獲できれば、アナリンは高速移動の手段を失うことになる。僕らと違って彼女にはサポートしてくれる仲間はそれほど多くないはずだし、一矢報いることが出来るね」
少し明るい兆しが見えてきたためか、部屋の中の空気が軽くなったように感じられる。
そのせいか、武器の手入れに専念していたヴィクトリアも会話に入って来た。
「アナリンの居場所は掴めそうなのか」
「雷轟を山に置いているってことは、それほど遠くには行ってないのかもしれないよ」
「けど、もしその山にアナリンが残ってたりしたら、懺悔主党の連中だけじゃ危ないんじゃねえのか?」
そう言うとヴィクトリアは磨き終えた羽蛇斧を腰に戻して立ち上がる。
今にも飛び出して行きそうなヴィクトリアを神様が制止する。
【まあ待て。確定の情報がない以上、迂闊にここを動かない方がいい。おまえたちが山に向かうことが分かれば、逆にアナリンは警戒して山に近付かなくなるかもしれんからな】
神様の話にヴィクトリアは舌打ちしてソファーにドカッと腰を下ろした。
【ジェネットを回復させるのに、出来れば一晩は欲しい。明日の夜明け前に出発できるよう、こちらも情報を集めておくから、おまえたちはそこで休息を取ってくれ。ただし……】
神様はそう言うと僕を指差した。
【アルフリーダは一度ログアウトして王都の本体に戻れ。あまり長くその状態でいると、疲労がたまっておまえ本来の体が弱るからな】
そうか。
そろそろ戻らないといけないのか。
この体に慣れてきたせいか、ログアウトをして体から抜け出すというのが妙な感じがするけど、これはあくまでも仮の姿だもんね。
僕は皆に声をかける。
「みんな。僕は一度王都に戻るね」
そう言った途端、後ろから不意に体をムギュッと掴まれた。
「ひえっ!」
僕の体を両手で掴んだのは、いつの間にか食事を終えて僕の背後にいたノアだった。
「アルフリーダ。まだ作戦途中だぞ。戻る必要はあるまい。このままここにいるがいい」
「ノ、ノア。でも僕、このままの体だと……」
「冗談だ。話は聞いておったわ。そなたの元の体がダメになってしまっては、ノアが食べられなくなってしまうではないか。やはりこんな小さなメスの姿より、いつものオスの姿の方が食べ甲斐があるからのう」
そう言うとノアはニンマリと笑って牙を見せた。
「ハ、ハハハ……そ、そうだね」
「すぐに戻って来るのだぞ」
そう言うとノアは僕を手放してくれた。
すると後ろからまた別の手が伸びて来て、またもや僕の体を掴む。
「ひいっ!」
今度はヴィクトリアだ。
彼女はその大きな右手で僕の胴をひと掴みにしていた。
「アルフリーダ。こっちのことは心配すんな。立ちはだかる敵は全部アタシがぶっ潰してやるからよ」
そう言うとヴィクトリアはいきなり僕を引き寄せてギュッと抱きしめた。
「うぷっ」
彼女の豊満な胸に包まれて息が出来なくなる。
く、苦しい!
背後でノアが怒りの声を上げる。
「コラーッ! このメスゴリラ! そなたの暑苦しい肉でアルフリーダを窒息させる気か!」
「うるせえ! 別れのハグをしてるだけだ!」
こ、この2人を心配するとしたら敵に倒されるとかじゃなく、このケンカだな。
神様。
犬猿の仲の2人が同じチームで良かったんでしょうか。
「と、とにかく2人とも。あまりケンカしないでね」
僕はようやくヴィクトリアから解放されて宙に舞うと2人にそう言った。
そしてブレイディーと一緒に奥の部屋に向かう。
奥の部屋ではベッドに横たわりジェネットが休んでいる。
眠っている彼女の頭の上ではコマンド・ウインドウが表示され、細かい文字の羅列が今まさに続いていた。
ブレイディーはベッドの脇に置かれた椅子に腰を掛け、ジェネットの額にそっと手を触れた。
「我が主が遠隔で彼女のメンテナンスを行っているんだよ。おそらくあと一時間くらいで終わると思うけど、彼女が目覚めるまで待つかい?」
そうしたいのは山々だ。
ジェネットのそばで見守っていてあげたい。
でも今は作戦行動中だ。
そんなことをしたらジェネットも責任を感じてしまうだろう。
そういうわけにはいかない。
僕はジェネットに近寄ると、眠る彼女の手に自分の手をそっと重ねた。
「ジェネット。いつも無理ばかりさせてごめんね。僕、一度神様のところに戻るよ。早く良くなってね。またすぐに戻ってくるから」
そう言うと僕はジェネットの顔をじっと見つめた。
このシェラングーンは初めてジェネットと2人で出掛けた思い出の街だ。
本当はもっと別の形で訪れたかったけれど、それはまたいつでも出来るよね。
だから早く元気になってね。
僕は胸に色々な思いが溢れてきて、その場からなかなか動き出せなかった。
ジェネットとの付き合いも長くなってきた。
彼女はいつも僕が困っている時にそばにいてくれて、いつも優しい笑顔を僕に向けてくれる。
今まで何度彼女に救われてきたか分からない。
彼女には立場もあるし、様々な使命を負って大変な人生を生きている。
でもジェネットには幸せになってほしい。
僕はそう願わずにはいられなかった。
「あ~コホン。アルフリーダ君。ジェネットのことがかわいくてたまらないのはよく分かった。で、どうする? もう少し残るかい? 今すぐ戻るかい?」
「ハッ! ご、ごめんごめん。僕、ボーッとしてたね」
「うん。ジェネットを見つめたまま魂が抜けたのかと思ったよ」
ニヤニヤしながらそう言うブレイディーに僕は急に恥ずかしくなり、ジェネットのそばから離れた。
「も、戻るよ。神様にもそう言われたしね。ブレイディー。ジェネットをよろしくね」
「任せたまえ」
そう言うとブレイディは両手を大きく広げて目を閉じた。
「……ブレイディー? 何してるの?」
「あれ? ワタシとはハグしないのかい?」
そう言ってメガネの奥で片目を開くブレイディが意地悪に笑う。
「もう。からかわないでよブレイディー」
彼女はいつもこんな調子だけど、色々と困った時にもこうしていつも通りにしてくれるブレイディーの存在もまた、僕にとっては心を軽くしてくれるありがたい存在だった。
彼女も大切な友達だ。
僕はブレイディーに右手を差し出す。
「大変な状況だけど一緒に乗り切ろう。ブレイディーの知識と技術力に期待してる」
「科学者冥利に尽きるよ」
そう言うと僕らは握手を交わした。
それからすぐに僕はログアウトをして妖精の体から意識を王都へと戻したんだ。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 第二章 第14話 『夜の語らい』は
明日12月29日(火)午前0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




