第12話 『海上の惨劇』
魔術師カイルの策謀によって閉じ込められた潜水艇から脱出することが出来た僕らだけど、そんな僕らの目の前に広がっていたのは受け入れ難い光景だった。
僕らをこの海まで運んできてくれたガレー船が木っ端微塵の残骸となって大海原に漂っていたんだ。
「ガ、ガレー船が……」
そこには多くの船員や懺悔主党のメンバー、そして僕の大切な友達であるヴィクトリア、ノア、ブレイディーが乗っていたはずだ。
皆は……皆はどうなったんだ?
考えたくない悲劇が脳裏をよぎり、僕はそれを振り払うように頭を振る。
すると僕を抱きかかえてくれているジェネットの体がピクッと動いた。
「ア、アル様。あれを」
ジェネットの声に顔を上げると、数百メートルほど先の空にひとつの人影が浮かんでいるのが見えた。
あれは……。
その人影も僕らに気付いたようで、すぐに近付いてくる。
それは1人じゃなくて2人だった。
正確には1人の小さな人影が、別の人影を抱きかかえている。
僕よりも視力のいいジェネットはいち早くその人物を見分けて歓喜の声を上げた。
「あれは……ノアとブレイディーです!」
彼女の言う通り、前方から飛んできたのはブレイディを抱えたノアだった。
よかった。
2人とも無事だったんだ。
ノアに抱えられたブレイディーが元気そうに声を上げた。
「ジェネット! アルフリーダ君!」
「ブレイディー! ノア! よかった」
幸い2人とも見たところ大きなケガはないみたいだ。
僕らは再会を喜び合ったけれど、すぐにブレイディーの表情が曇る。
「見ての通り、ガレー船は撃沈されてしまったんだ」
「一体何があったの? ヴィクトリアは?」
「君らが敵船に向かってから、ワタシ達は敵の爆撃から逃げ回っていたんだ。ノア嬢とヴィクトリア嬢があの奇妙な爆撃を迎撃してくれていたから、何とか船への直撃だけは免れていたんだけど……」
「突然、巨大なイカが現れおったんだ」
ブレイディーの話に割り込むようにしてノアが忌々しげにそう言う。
「イカ?」
「クラーケンだよ。アルフリーダ君」
クラーケン。
それは誰もが知る海の魔物だ。
全長数十メートルの獰猛な巨大イカで、船を襲うと言われている。
陸から遠く離れた沖合にしか生息しないから、もちろん僕は直接この目で見たことはない。
「忌々しいあのイカめが長い脚で船に絡みつきおったんだ」
ノアはその時のことを思い返しているのか、憮然たる表情でそう言った。
ブレイディーもそれに追随する。
「そうそう。船は身動きを止められて、そのおかげで上空から狙い打ちさ。集中砲火を浴びてさすがに迎撃しきれず、あえなく撃沈と相成ったわけだ」
そしてガレー船は大破してしまったのか。
「もう船がもたないとなった段階で私はありったけの薬剤を乗組員たちに渡し、彼らは鳥や魚となって船から脱出したんだ。おかげで自分の分まで使い切ってしまったよ。アルフリーダ君。鳥化の薬液は余ってないかい? いつまでもこうしてノア嬢に抱えてもらっているのも悪くてね」
「まだいくつか残ってるよ。ちょっと待ってて」
僕は彼女に鳥になる薬液を渡し、彼女はその一時間薬を飲んでカモメの姿に変身し、ノアの手から離れて海風の中に羽ばたいた。
僕はそんな彼女に声をかける。
「ブレイディー。でもそれなら船に乗っていた人は皆、助かったってこと?」
「それがね……中には運悪く爆撃の巻き添えを食ったり、イカの脚に捕まって締め上げられたりして命を落とした人もいたんだよ。果たして何人が無事に生き残れているかは正直分からないんだ」
「そ、そうだったのか……あの、ヴィクトリアは? 彼女は今どこに? まさか……」
「ヴィクトリア嬢は果敢にクラーケンに立ち向かっていってね。斧で何本もの脚をぶった斬って大活躍だったんだけど……」
そう言ってため息をつくブレイディーを抱えたノアがフンッと鼻を鳴らした。
「あのイノシシ女、勢い余ってクラーケンに飛びかかっていき、そのまま一緒に海に沈んだわ」
「ええっ! そ、そんな……引きずり込まれたってこと?」
「いいや。あれはむしろ自ら飛びかかってイカもろとも沈んだという感じだな。脳筋の考えることは分からぬ」
そう言うとノアはやれやれと首を振った。
「で、でもそれじゃあヴィクトリアは海の底に……」
「そなたも心配症よの。アルフリーダ。あの筋肉ゴリラが海に沈んだくらいで死ぬものか。奴はそんな繊細な体はしておらぬわ。ほれ。あそこを見ろ」
そう言うとノアは蛇龍槍で眼下の海面を指し示した。
するとそこには海面に力なくプカプカと浮かび上がってきたクラーケンの姿があった。
すでにライフが尽きて息絶えているみたいだ。
クラーケンの頭にはヴィクトリアの武器である両手斧・嵐刃戦斧が深々と刺さっていた。
そんなクラーケンの動かない胴体の上では、胡坐をかいて座っているヴィクトリアの姿があったんだ。
「ヴィ、ヴィクトリア!」
僕はたまらずに彼女の元へと急降下していく。
ヴィクトリアも僕に気付いたみたいで元気に手を振ってくれた。
「ヴィクトリア!」
「よう。アルフリーダ。おまえも生きてたか。海の藻屑と消えずにすんで良かったな。心配したんだぞ」
「ぼ、僕は何ともないけど、君こそ大丈夫なの?」
「大げさなんだよ。おまえは。アタシはちょっとイカ獲りしてただけだっての」
そう言うヴィクトリアだけど、1人でクラーケンを相手に海中で取っ組み合いをしたせいか、体のあちこちから血を流し、そのライフも半分以下まで減っていた。
僕は即座に金環杖を振りかざす。
「天の恵み」
金色の粒子を浴びたヴィクトリアが心地よさげに大きく息をつき、そのライフが大きく回復していく。
そんな僕らの傍にジェネット達も降りて来てくれた。
「ヴィクトリア。無事で何よりです」
「ようジェネット。で、首尾はどうだったんだ?」
「船の主は倒しましたが、アナリンと王は見つかりませんでした。我々はまんまと囮に誘い出されたことになります」
無念そうにそう言うジェネットに、ヴィクトリアは笑顔で立ち上がる。
「そうか。ま、そう気を落とすなよ。こっちも空から狙い撃ってくる奴には逃げられちまった」
彼女らの話によれば、上空からの爆撃はガレー船が大破した後にピタリと止んだという。
「どうやら狙撃手の目的は我々の船だったようだね」
「ええ。ブレイディー。私たちが潜水艇の中で相見えたカイルという獣人老魔術師も私たちを倒すことよりも、潜水艇に閉じ込めて足止めをすることが狙いのようでした。おそらく私たちを引き留めておくための時間稼ぎだったのでしょう」
ブレイディーとジェネットはそう言って互いに顔を見合わせた。
アナリンが今どこにいるかは分からないけど、おそらく神様がすでにその足跡を追っているだろう。
焦る気持ちはあるけれど、船は撃沈され、仲間たちは散り散りになってしまった。
今は態勢を立て直すことを第一に考えよう。
激しい戦いの後で皆、疲弊しているし、ジェネットも休ませてあげたい。
「ノア。疲れてるところ悪いけど、ジェネットに肩を貸してあげてくれる? もう法力が尽きかけてて飛ぶのも辛いみたいなんだ」
「そのようだな。ノアは別に疲れておらぬから構わぬぞ」
そう言うとノアはその小さな体でノアに肩を貸してくれた。
「ありがとうございます。ノア」
「そなたほどの者がそうまで消耗するとは、そのカイルとかいう男はそれほどの手練れだったのか?」
「単純に戦闘の実力という点では決して脅威ではありませんが、任務を遂行するためならば自らを犠牲にすることを厭わぬアナリンへの忠誠心という点では、かなりの脅威でした」
確かにそうだ。
カイルはジェネットの攻撃を受けて命を落としたけれど、時間を稼ぐという目的は果たしたんだ。
そうした意味では勝ったのはカイルで、僕らはまんまと彼らの思惑にハマッてしまったことになる。
カイルがどんな経緯でアナリンの部下になったのか分からないけれど、敵がそこまでやってくるってことは相当な覚悟を持って今回の王と王女の誘拐事件に関わっているはずだ。
こちらも同じく覚悟を決めて物事に当たらなければ、今回のようにまんまと出し抜かれてしまう。
だけどまだここからだ。
まだ僕らにも逆転のチャンスがあるはずだ。
ジェネット、ヴィクトリア、ノア、ブレイディー。
ここにはまだこんなに頼りになる仲間たちがいてくれるんだから。
「さて、船も無くなってしまったし、とにかくシェラングーンにこのまま飛んで戻るとしよう。アルフリーダ君。ヴィクトリア嬢に鳥化の薬液を」
ブレイディの言葉に頷き、僕は持っていた薬液をヴィクトリアに渡す。
彼女はそれを飲むと赤い鷹に変身した。
それから皆で陸に向かって15分くらい飛んだところで、僕らは一隻の船を発見した。
夕陽に赤く染まる海を渡って来たそれは、神様が派遣して僕らを迎えに来てくれたシェラングーンの漁船だった。
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次回 第二章 第13話『港町への帰還』は
明日12月28日(月)午前0時過ぎに掲載予定です。
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