表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

悪夢

8-3「エウル、覚悟を決める」のアニャン側。

 気付くと、私は崖にしがみついていた。この下は危ないと知っていた。

 必死に上を目指して登ろうとするのに、体が泥のように重く、うまく動かない。


 ふと、気配を感じて後ろを振り返ると、そこには可愛らしく笑っているあの少女(、、、、)がいて、あっと思ったときには、ガツ、と頭を殴られていた。

 ずるずると体が滑り落ち、死に物狂いで崖にしがみついた。下まで落ちたら殺される。

 もがくように手足を動かして、のろのろと上へ向かって逃げる。なのに、少女の持つ棒は長く、また殴られて、落とされる。何度も何度もそれを繰り返した。


 ところが何度目かに見た少女の顔は、いつのまにかあの少女ではなく、お嬢様になっていて、私は反射的に息を呑んで体を縮めた。


「おまえ、人に迷惑ばかりかけて、恥ずかしくないのかい? おまえみたいなのろまは、死んだ方が人のためだよ」


 そうだそうだ、と少女が笑う。その隣にいるニーナも。

 その後ろには、ミミルも、パタラも、スレイもいた。他の男たちも。エウルの部族の人達も。

 誰もが嘲笑い、棒を持って追いかけてきた。


 私は草原を走って逃げた。一生懸命走ろうとすればするほど、なぜか腕も足もろくに動かない。

 あっというまに追いつかれ、彼らが棒を振り上げた。いっせいに打ち下ろされる。私は頭を腕で覆ってしゃがみ込んだ。


「やっ! あ、エウル、助けて、エウル!」


 いないのはわかっていた。それでも呼ばずにはいられなくて、叫んだはずが、くぐもった声しか出なかった。

 こんな声では、誰にも届かない。誰も助けてくれない。絶望が心を染め上げる。

 ところが、伸ばした手がつかまれて、ぐいっと引かれ、大きな体に包み込まれた。


『大丈夫だ、耀華公主。もう大丈夫だ』


 エウルの声だった。私は夢中で抱きついた。

 ばくばくする心臓に息を荒げながら、確かめたくて目を開けると、崖も草原もどこにもなく、炎の影が時折チラチラと天幕の内部を照らしだしていた。

 何が現実なのかわからず、それでも力強く抱きしめてくれるぬくもりが幻とは思えない。私は半信半疑で尋ねた。


「エウル? 本当に、エウル?」

『ああ、そうだ、俺だ。耀華公主。……ここは天幕の中だ。俺はあなたの傍に居る。もう怖いことはない』


 そうだった、とようやく思い出す。エウルが私を助けに来てくれたのだ。

 ……怖かった。怖かった。とても、とても、怖かったのだ。


「……ふ。う……」


 涙がこみあげてきて、私はエウルに顔をこすりつけた。包み込まれる安心感に、冷たい塊になってしまっていた心が、ゆるんで楽になっていく。

 彼が甘やかしてくれるままに、ぐすぐすと泣いているうちに、また眠気が襲ってきた。


 この腕の中にいるうちは、きっと怖い夢は近付いて来られない。

 私はエウルの服を強くつかんで、睡魔に攫われ、眠りの淵に落ちるにまかせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ