魔王の娘たち5
続きです。
主人公は厄神の息子でもありますから、魔界でも結構な立場にあります。
人間の女性を花嫁にしたり、人間の子供を招いたりと、魔界の住人はこれと言って人間を拒絶することはありません。
勝手な一言
「元気があれば空でも飛べる」
詠み人 闘魂トナカイ
第四章 魔王の娘たち5
頭の中が真っ白になってから浮かび上がったのは、幼かった自分たちの姿。
厄塚が完成し、昔よりも頻繁に厄災の海と魔界との交流が増えてきた。
そして俺にとって魔王城は絶好の遊び場だった。
厄災の海も一見すれば普通の島国だが、厄災のもととなる原厄の溜まり場であり、生物が住めるような環境じゃない。それでも俺がそこに住めたのは、厄神が厄災を食べさせるように俺を育ててくれたからであり、その結果として俺は厄災に対する耐性が高いから。
それでも幼い俺にとって、住み慣れた厄災の海より魔界のほうが心身ともに調子が良い。厄災の海のように飲み込まれる心配のない俺は、その日も魔王城を闊歩していた。
しかし魔王城はとても広いので、魔王の娘のだれかがいつも案内してくれる。
「ユーヤは機械科学にキョーミがあったんだね」
そして俺を機械工学研究所に案内してくれたのは、魔王夫妻の次女、ヤシャ。
魔王の娘たちに序列のようなものはないが、それでも姉妹である以上そこには暗黙の上下関係が存在し、次女のヤシャは長女のハンニバルに次ぐ意向をもっている。
しかしヤシャにはハンニバルとは明らかに違う、身体的特徴がある。
プラチナのなかにストロベリーのような色が入った綺麗なロングヘア。おっとりとした表情が良く似合う顔つき。上質なミルクを溶かしたような肌。ほっそりとしているが引き締まった身体には、めかし込んだ東洋の着物は重たく見えた。
実に愛らしい女の子なのだが、もっと簡潔に一言で表せば雛人形と言えよう。
すでに何人のも妹をもつ次女であり、姉として呼ばれる存在でありながらも、ヤシャはだれがどう見ても少女よりも幼女にしか見えないほど小さくて幼い。
そんな幼女なヤシャを、俺はぬいぐるみのように抱えてみた。
「ちょっと、止めなさいよ」
若干嫌がるヤシャだが、別に嫌がらせでこんなことをしたわけじゃない。
ヤシャの小さな身体では、安全防壁越しにある機械が見えないからだ。
「ヴィンセントが作った飛行船って、あれか?」
俺が研究所にやってきたのは、ヤシャの言う通り機械科学に興味があるから。
特に五番目の娘であるヴィンセントは機械開発に特化した発明魔王であり、新しい飛行船を作っていると聞いていた。
俺も一人で厄災の海を渡れる〈厄災を運ぶ船〉の思案を練っていたため、ヴィンセントの発明品は重要な参考対象だった。
しかし研究所には試作品の飛行船やら自動車やらが散乱し、俺ではどれがヴィンセントの飛行船かが分からない。ヤシャなら知っているかもしれないと、訊ねてみた。
「んー……ヴィンちゃんのはつめーひん?」
妹をヴィンちゃんと呼ぶヤシャが俺の指摘した飛行船を、俺に抱えられながら確認。
「たぶんそうだよ。私は学者タイプじゃないから分からないけど、完成予想図としてヴィンちゃんがデザインしたのはあんな感じの飛行船……大型の移動とか輸送用じゃなくて、機動力とスピード重視の一人乗りのヒコーキだって」
ヤシャの説明はかなり荒いが、それでも見た目からでも分かることもある。
ヴィンセントの飛行機は噴射式のもので、翼の大きさと形から考えるに、状況に応じて翼の性質が変わる可変翼……気球や飛行船やヘリコプターとも違う、戦闘機のひな型だ。
問題があるとすれば機能性能……一概に機能性能と言っても、減加速の高上や小回りが効くとかだけじゃなく、空中でいかにして姿勢を保ち続けるかだ。
ホバリング、長距離移動、スピード、耐久性、サイズ……全部求めるのは不可能か?
ヴィンセントの技術にすべてを頼るのは、さすがに無理がある。
でもあれだな……厄神や厄子にとって厄災は巨大なエネルギーの塊だ。
厄災とヴィンセントの技術を組み込めば、厄子だけに可能な船が作れるかもしれない。
「考え込むのは良いけれど、いつまで私を抱えているつもり?」
ヤシャが下から俺の顔を見上げていた。
ちっちゃい幼女の見た目同様、軽いからすっかり忘れていた。
〈厄災を運ぶ船〉は考えるとして……ヤシャはこれ以上成長しないのか?
「正直な話、俺はヤシャに対してどう接するべきなのか分からない時がある」
「なによ? 普通に接すればいいじゃない」
首をかしげるヤシャだが、なんと言うか、俺とヤシャには特殊な繋がりがある。
「ヤシャは俺より年上だから姉に当たるが、どう見ても妹にしか見えないし、そもそも俺はヤシャが姉でも妹でも許容できないな」
「あのね……私はユーヤのお姉ちゃんでも、ユーヤが私のお兄ちゃんでも良いけれど、ユーヤもマザコンは大概にしないとダメだよ?」
「俺をマザコンと言うのなら、おまえだって奥方様にべったりじゃねーかよ」
俺もヤシャも自分の母親のことは大好きだけど、それがマザコンに当たるのかどうかは自分で判断できない。第三者の主観として、ヤシャが俺をマザコンと呼べばそうなのだろうし、俺がヤシャをマザコンと呼べばそうなってしまうのだろう。
その意見については、言い争っても無意味なのでとやかく言う気はない。
だが問題なのは、ヤシャにとって俺の母さんは奥方様と同じぐらいママだってことだ。
ヤシャの出産時、奥方様の陣痛が突然にして予定日よりも早く訪れてしまい、正規の助産婦さんが間に合わず、奥方様は緊急出産を余儀なくされた。緊急出産に対して魔王は大慌てだったが、その日はたまたま厄神と魔王が魔王城で会談をしていた。
緊急出産でパニック状態の魔王を叱責した母さんは、魔王にお湯を沸かせ毛布を用意させハサミなどの器具の消毒を命じ、母さんは産屋として奥方様の寝室に飛び込んだ。
そして母さんは奥方様を励ましながら、胎児を丁寧にとりだした。
そんな経緯があるためか、ヤシャは魔王夫妻の子供であると同時に俺の母さんを、産みの母ならぬ取り出しの母として認識していた。
ヤシャにとって、俺の母さんはまさしく『厄ママ』そのもの。
奥方様も母さんに感謝したらしく、胎児の名付け親になって欲しいと願った。
だからヤシャは魔王の娘でありながらも、夜叉と、東洋系の名前がつけられたのだ。
そんなヤシャだからこそ、義理とはいえ厄神の息子である俺は、接し方に困る。
「思い出すね……ユーヤは厄ママに懐く私を押しのけようと必死だったよね」
「それを言ったら、奥方様にあやされていた俺にマジギレしていたのはヤシャだ」
ようするに、俺とヤシャは似た者同士だったってことだ。
それに他人の子供から自分の母さんを『ママ』なんて呼ばれると、子供としては恐い。
似た理由で俺はヤシャを『お姉ちゃん』と呼ぶことも、ヤシャから『お兄ちゃん』と呼ばれることにも抵抗がある。
それでもヤシャの方が年上だからか、姉妹が多いからか、ヤシャは抵抗が薄いようだ。
「深く考えることもないよぉ。厄ママも私たちを可愛がってくれているし、マーマの出産が近くなるとパーパはユーヤに八つ当たりしていないと、落ち着かないからね」
「ヤシャが生まれたのをきっかけに、魔王は奥方様の出産が近くなると母さんを呼ぶようになった。魔王だろうがなんだろうが、いざという時の男の無力さを痛感したのだろう」
無力さを痛感するのは良いのだが、その矛先を俺に向けるのはどうかと思う。
「そのうちユーヤも『お兄ちゃん』から『パーパ』って呼ばれるようになるかもね」
気持ち悪いことをヤシャに言われて、なんだか背筋が寒くなる。
お兄ちゃんでも恐いのに、パーパなんて言われると卒倒してしまう。
「こらぁ、おねーちゃんをかえせー!」
妙な空気におちいっているなか、甲高い声とともに過ぎ去った一陣の風。
一陣の風というのは比喩だが、俺の目に映るよりも速く、俺の腕からヤシャが消えた。
「ヤシャ!?」
いきなり消えたヤシャに俺は俺で大慌て。
魔王城で魔王の娘が姿を消したなんてことになれば、魔界を揺るがす一大事だ。
人魔戦争中でもあるため、俺は焦ったが……案外ヤシャはすぐに見つかった。
機械工学研究所内の空白のスペース。試作機を置くスペースであり、現在はテスト走行中で出払っているようだ。そのスペースにヤシャは二人の少女につかまっていた。
つかまっていると言うよりは、がっしりと保護されている感じ。
「リノアちゃん、ヴァージルちゃん」
ヤシャは自分のおかれている状況を確認するように、二人の少女の名前をつぶやく。魔王の娘全員と面識がある俺じゃないが、魔王城にいる年頃の少女となればほぼ確定。
「ヤシャの妹か?」
「そうだよ。七女のリノアちゃんに、九女のヴァージルちゃん」
ヤシャが紹介してくれたが、リノアもヴァージルもなぜか俺に敵意を向けていた。
「あなたね、ヤシャ姉様をユーカイしようとしているフトドキものは!」
リノアはヤシャを包むように抱き込み、俺から見えないようにしようとする。
「このロリコンの変態ヤロー!」
ヴァージルは騒ぎ散らしている。
なにがどうしてこうなったのかは分からないが、この二人は俺を不審者扱いしていた。
初対面とは言え、俺はこれでもハンニバルやヤシャとの交流は深い。
その妹たちと争う気はないが、そんな妹たちからのこの扱いは傷つく。
「リノアちゃん、ヴァージルちゃん、ユーヤは厄ママの息子で私のお友達だよ」
ヤシャは誤解を説いてくれるようで、妹たちにも俺を紹介してくれた。
とりあえずこれで解決……になるほど、甘くはない。
「なんてこと……ヤシャ姉様がマインドコントロールされている!?」
「厄ママの息子をカタリ、お姉ちゃんをダマスなんてっ……許さないぞ、この変態め!」
この二人はいったいなんだ? 俺は頭というより、脳の中心がグラグラとする。
「ヤシャ、おまえの妹たち他人の話を聞かないぞ?」
なんて言うか、俺の話はともかく、姉の話も聞かないのは妹としてどうだろう?
「お姉ちゃんに『お兄ちゃん』とか『パーパ』とか言わせて喜ぶロリコンの変態め! このボクがトーバツしてやる!」
「やっちゃえ、ヴァージル! ワルモノたおしてパパとママに褒められるんだぁ!」
勝手に盛り上がっている二人の少女たち。
そして俺は二人のテンションに驚愕した。
「他人の話を聞かないくせしてよりにもよってそこを聞いていたか!?」
一番厄介な部分を中途半端に聞いたせいで、とんでもない方向に勘違いしてやがる!
「いっくぞー!」
他人の話を聞かないヤシャの妹たちは、もはやなにを言っても無駄だった。
ヴァージルはまるで魔王の娘なのに正義の味方のように、たぶん本人はカッコいいと思い込んだ感じで襲ってきた。
どうしてこうなった!?
なんて叫ぶひまもなく、俺はヴァージルのヒーローショーに巻き込まれた。
戦争人間だからと言って、主人公にだって日常はあります。
もっとも彼の場合、日常においても厄災や魔王の娘たちに振り回されているため、静かとは言えない環境でしょう。
問題なのは、主人公の周りに奥方様以外の人間がいないため、基準となるべき人間がいないのでこれが日常だと思っていることです。
ついでに一言
「わしのオーバーコートが赤い理由はね――」
詠み人 聖夜のコマンダーS




