第20話 小説家は事件を調査する②
「――シャルくん……せめて私を呼ぶ時はシャーリーの手綱くらい握っててほしいかな」
シャーリーの部屋にやってきたミアはかなり不機嫌だった。
あれだけ大声を出して呼ばれたのだ、俺だってそうなるかもしれない。
「すみません……」
「まあ、良いけどね。――で、私を呼んだってことは何かあるんでしょ?」
「はい。ことは急を要します。簡単にお話しますね――」
俺はミアに事件のことと、シャーリーにしてもらった実験の結果を伝えた。
話す間、ミアの表情は変わっていき、心配する様子を見せたりしてくれた。
「――とんでもないことになっているわね……それで、そのハンカチの切れ端から、毒から犯人を特定したってわけね」
「そうです」
もし花を特定できたとしても、それが犯人に繋がるかはわからない。
それでも俺は今行動するしかないのだ。執筆スローライフを満喫するために……!
「シャーリー。それで、この反応をする成分は何なの?」
「アルカロイド、リコリン、アドニン……この三つの成分の可能性が高い……けれど、断定はできない」
「へえ……シャーリーの癖にそこまで特定できたのね。十分よ」
「――え、もしかして、どの花なのかわかったんですか!?」
話の流れからミアが花を特定できたのではないかと俺は前のめりになる。
するとミアはニヤっと笑い、玄関へと向かった。
「ほら、二人とも何してるの。行くわよ!」
「はぁっ!? メイクするから待ってよー!」
ミアの言葉に俺とシャーリーは目を合わせ、そして笑った。
三人一緒に毒と思われる花を探しに行くことになったのだ。
◇◇◇
「ねえ、ミア。これってどこに向かってるの?」
白衣を脱ぎ、別の服に着替えていたシャーリーがそう聞いた。
アパートから出た俺たちは、ミアの先導でどこかへと向かっていたのだが、彼女は何も言わずに歩いていた。
「花がある場所に決まってるじゃない」
「え、花がある場所ってどこよ。まさか王都の外に行こうってんじゃないでしょうね!」
「バカ……そんなわけないでしょう? 花は普通どこにあると思う?」
クイズタイムとなってしまった。
花は普通どこにあるのだろうか。
「うーん。木の近くとか花壇とか、植物園とか?」
「……まあ、そう考えるのがシャーリーっぽいね。シャルくんはどう?」
「…………花屋、でしょうか」
「ふふ。さすがはシャルくん。正解よ」
「――え、花屋!? 花屋に毒の成分がある花なんて売ってるの!?」
俺も同感だった。
だとすれば、誰でも気軽に手に入れられるということになってしまう。
「あなた、自分で実験して理解してたんじゃないの? ワインの成分と反応して毒になったんでしょ?」
「……そうだった。元々は普通の花だった」
「だから目的の花は花屋にあるのよ」
本当に気軽に手に入れられる場所に売っているらしい。
知識さえあれば、誰でもそれを毒として扱えるということになる。
「でも、私も全部の花屋を把握してるわけじゃないから、王都にある花屋を全部巡る旅をしてるってわけ。――ちょうど花も見たかった所だし」
俺が知りたいのは、どの店舗にその花があるかどうかだ。
だから、全ての店舗を巡る必要があった。
◇◇◇
「なかなか見つからないですね」
既に三店舗の花屋を巡った。
だが、目的の花は見つからなかった。
「仕方ないわ。気軽に手に入れられる花だとしても、売っていないこともあるし、その季節によっても手に入れにくい時期だってあるの」
「本当に詳しいんですね」
「単純な趣味だけどね。部屋にはいつも生花を飾っているから」
ミアはシャーリーとはまた違って、インテリアや身だしなみ、お洒落に敏感なようで、以前ちらりと見えた部屋もそれなりに整っていた。
だからといってもシャーリーがお洒落ではないということではない。
今着ている服も年相応に可愛い。ただ、朝のだらしなさが少しだけ目に入るだけだ。
「――すみません『フクジュバナ』ありますか?」
四店舗目。
目的の花である『フクジュバナ』があるかどうか、ミアが店員に聞いてくれた。
「『フクジュバナ』ですか? ありますよ」
そう店員から聞くと、俺たち三人は顔を見合わせて頷いた。
「見たいので、案内してもらえますか?」
「かしこまりました。――サラ! お願いできるー?」
店員は年配の女性だった。店長だろうか。
だからか、別の店員に案内を任せたようだ。
「こんにちは。ここからは私が案内させていただきますね」
サラと呼ばれた店員は三十歳前後で、どこか儚い雰囲気を持つ茶髪の女性だった。
俺たちは彼女の後についていくと、辿り着いたのは表で並べられているものとは違い、在庫をストックしておくようなエリアだった。
そして――鮮やかな黄色い花がそこにはあった。
「こちらが『フクジュバナ』です。先日売り切れたので、ちょうど仕入れたばかりなんです。綺麗な花ですよね」
綺麗な花には毒がある、というように『フクジュバナ』は、綺麗な黄色い花弁をつけた花だった。
一見すると毒を持っているようには見えない花だ。
「そうでしたか。ちなみに他にも黄色い花はありますか?」
「もちろんございます。――こちらをどうぞ」
ミアが『フクジュバナ』だけを目的としてやってきたのではないと思わせるためか、別の花も案内してもらう。
最終的にミアは個人的な花を購入し、花屋を出ることになった。
「ありがとうございました。またお越しください」
丁寧な所作でサラさんは俺たちを見送ってくれた。
「とりあえず一店舗目ってことで、他の店舗も回るよ」
「わかりました」
「…………」
「――シャーリー、どうかしたの?」
店内に入ってから、なぜかシャーリーは一言も喋らなかった。
いつもなら一番に喋って場を明るくするのに、そうではなかった。
「いや、いいの……後でわかることだから、気にしないで」
「変なシャーリー」
何かぶつぶつと呟きながら、シャーリーは意味深な態度をとった。
俺とミアは顔を見合わせると、この場では彼女に触れないことにした。
◇◇◇
「結果的に『フクジュバナ』があったのは三店舗かあ」
王都にある十数店舗での花屋を全て巡った俺たち。
その結果、『フクジュバナ』を普段から仕入れているのは三店舗ということらしい。
「お二人とも、本当にありがとうございます。騒動が収まったら必ず何かでお返しします」
「どういたしまして。何買ってもらおうか今から考えておこうかな」
「…………」
「シャーリー……いつまでそうしてるの?」
結局シャーリーは最後の最後まで無言を貫いた。
でも、俺も彼女に聞きたいことがあった。
おそらくシャーリーは、今回の件に関して何か気づいたことがあったのだろうから。
「シャーリーさん。気になることがあるのなら言ってください」
「うん……そうだね。でも……辻褄がどうやっても合わないんだ。だから、話半分に聞いてほしんだけど――」
シャーリーは一度周囲を確認して、それから小声で話しはじめた。
俺が違和感を感じていたこと、そしてシャーリーの考え、それが少しずつ繋がっていく。
だけど、彼女が言った通り、最後のピースがどうしても嵌まらなかったのだ。
それでもシャーリーの洞察力は俺の想像を超えたものだった。
彼女がいなければ、わからなかったことまでわかったのだ。
シャーリーはミアの方が頭がキレると言っていたが、俺は彼女の方が頭がキレるのではないかと思ってしまった。
「シャーリーさん、ありがとうございます。後は自分でなんとかしてみます」
「シャルくん、無理しちゃダメだよ。犯人は人殺しなんだから――それに、私にはあなたをおびき出そうとしてるようにしか見えない」
「それは私も同感」
「心配ありがとうございます。無茶なことはしませんよ」
と、言いつつも無茶するつもりではある。
こんなことに首を突っ込んでいたなんて家族に知られたら、心配するどころか、王都にまで乗り込んできそうである。
だから、家族に迷惑がかかる前に事件を収束させたい。
二人はどこかに寄って帰るとのことで、俺は彼女たちと別れると、一人帰路についた。
その途中で、ふと立ち寄ったタバコなど飲み物などを販売している露店。
並べられた商品の一部に新聞があった。
俺はその新聞を手に取ってみた。
『新進気鋭の小説家アシド・ローが仮面舞踏会で貴族を毒殺か』
見出しには、そう大きく書かれていた。
これはマズい。
お昼過ぎの時間ではあるが、この新聞は刷られているということは、この事件について王都民にはある程度知れ渡っているということだ。
スラマガ社が隠しきれないのなら、俺の家に辿り着くのは時間の問題。
早急に手を打たないといけない。
俺は家に戻ると即座に荷物をまとめた。
そうして最後に、ある人物の部屋のベルを鳴らした。




