9. 女騎士と金の剣
ブナやナラが鬱蒼と茂る森の中で、剣戟の音が豁然と響きます。
髑髏兵士は錆びた剣を手にしており、生者への恨みがにじみでた恐ろしい剣撃を繰りだします。
我等の女騎士は劣勢に立たされていました。なにせ相手は不死の怪物。腕を切り落とそうとも、首を刎ねようとも、直ぐに再生してしまうのです。
「あっ、しまった!」
腐葉土の重なった足場で滑り、一瞬の気が緩んだときに髑髏兵士の斬撃を浴びて、女騎士の剣は手から離れてしまいました。
そして、剣は銀光を反射しながら飛び、傍らにあった泉に落ちてしまいます。
女騎士はあっと言う間に泉の縁に追いこまれてしまいます。
「これは困った。剣がなくては勝てない。泉を泳いで渡れるかしら」
女騎士は皮の鎧の下に鎖帷子を纏っています。いくら軽量化してあるとはいえ、防具すべてあわせれば、幼児ひとりほどの重量になります。泳法を訓練していない女騎士は泉に沈んでしまうに違いありません。
万事休すといったところで、奇跡が起こります。
突如、水面が黄金郷に繋がったかのごとく輝きだすではありませんか。
そして、輝きの中に薄く透けた長衣を纏った泉の女神が現われました。
「貴方が落としたのは、この金の剣でしょうか」
「違います!」
女神が問いかけてきますが、女騎士は髑髏兵士の攻撃を避けるために精一杯。
「それでは貴方が落としたのは、この銀の剣でしょうか」
「いいえ、違います。刀身は鋼です。普通の剣です!」
「ああ、素晴らしい。正直者の貴方には、金の剣、銀の剣――」
「うっ。えいっ!」
追い詰められた女騎士は一か八か身をひき、髑髏兵士の斬撃を胸甲の丸みを帯びた場所で受け流します。そして素早く体を入れ替え、髑髏兵士を泉へ突き落としたのです。
「ふう、手強い相手であった。これで、村人も安心して薪を拾いに森へ来られるだろう。あっ。危急のこと故、湖の女神様をないがしろにしてしまい申し訳ありません」
「いえ、構いません。貴方に剣を返し、金と銀の剣も差し上げましょう」
「なんとありがたいことでしょう。金と銀の剣は鋳つぶして売り、貧しい者に与えたいと思います」
さて。泉を去ろうとする女騎士の背中に、女神が声をかけます。
「お待ちなさい。貴方が落としたのは、金の髑髏兵士ですか」
「女神様、いま、いったいなんと仰ったのかしら」
さて、困りました。確かに女騎士は戦いの末に、髑髏兵士を湖に落としているのです。正直に答えれば強敵が三体になってしまいます。
嘘をつけば落としたものは没収されてしまうのですが、正義の女騎士は嘘をつけません。
「むむ……」
「さあ、女騎士よ、答えるのです。貴方が落としたのは金の髑髏兵士ですか。それとも銀の髑髏兵士ですか」
「これも我が試練と思い、受けとるのみ。私が落としたのは、普通の髑髏兵士です」
「正直者にはすべてを与えましょう」
女騎士は苦戦の末に見事試練を乗り越え、大きな金銀を手に入れました。それから、貧しい者達に配って大層感謝されたそうです。
さて、女神様は、正直者が必ずしも得をするわけではないと教えたかったのか、貧しい者に多く施すために敢えて女騎士に試練を与えたのでしょうか。
私達には分からないことです。