10. 女騎士と赤ずきんちゃん
むかしむかし辺境の村に、可愛らしい娘がおりました。希少な赤い染料で染められた頭巾を被っていたので、村の者からは赤ずきんちゃんと呼ばれて、たいそう可愛がられておりました。
ある日、お母さんが赤ずきんちゃんに言います。
「赤ずきんちゃん。この葡萄酒の入った木筒とパンを、森の入り口に届けておくれ。けれど、森の中には入っては駄目だよ」
いま、森では女騎士が悪い魔物と戦っています。危険な魔物なので、けして森の奥に入ってはならないのです。だから、村人は森の入り口に食料や葡萄酒を届け、女騎士の無事を祈るしかないのです。
「お母さん、分かりました。この葡萄酒とパンを森の入り口に届けます。わたし、一度も騎士様にお会いしたことがないの。どんなに素敵な方なのかしら」
さて、赤ずきんちゃんが森に行くと、森と原の境界に女騎士が立っています。
「こんにちは、騎士様。私は村にすむ娘です。村のみんなは赤ずきんちゃんと呼ぶわ」
「ああ、よく来たね。お腹が空いているんだ。娘さん、早く近くにおいで」
(あら。おかしいわ。正義の心にあふれた素敵な方という噂と、印象と違うわ)
女騎士の瞳が怪しく輝くのを訝しんだ赤ずきんちゃんは、葡萄酒とパンの入った籠をぎゅっと握って尋ねます。
「どうして、騎士様は高らかに名乗ってくださらなかったのかしら」
「それはね、騎士が名乗るのは吟遊詩人が語る物語の中だけだからだよ」
「どうして、騎士様は体を鋼の甲冑で護っていらっしゃらないの?」
「それはね、私は腕力では男性に勝てないから、装備を軽くして戦うためだよ。さあ、お腹が空いてしまったよ。赤ずきんちゃん、もっと私の近くにおいで」
手招きする女騎士は森の縁に立って、木々の影の暗いところから出てこようとはしません。
「どうして、兜をつけていらっしゃらないの?」
「それはね、兜がないほうが視野が広いからだよ。私は敵の攻撃を防ぐのではなく、避けるのです。それにこの美しい金髪なら、乱戦になっても味方は私を見失わないでしょう」
「どうして、盾を装備していらっしゃらないの?」
「それはね、盾は矢を防ぐためのものだからだよ。山の中では必要ないんだよ」
「どうして、従者がいないのかしら」
「それはね、私には必要ないからだよ。従者の役目は、重い武具を戦場まで運んだり、重い甲冑を着るのを手伝ったりすることだからね。私の装備は全部あわせても、お嬢さんよりも軽いから、従者の世話になる必要はないんだよ」
「どうして、馬に乗っていないの? 騎士は騎馬に乗るから騎士と聞いたわ」
「それはね、勘違いですよ。領主様や教会、もしくは素敵な女性に忠誠を誓い、気高く生きる者を騎士というのですよ。そう……。気高い生き方……。くっ」
そのとき、突如として女騎士の体から黒い靄が吹きだしました。
「やあ、いかん。女騎士の悪しき心に取り憑いて悪さしようと思ったが、なんと気高い志。追いだされてしまった。ああっ、太陽の陽差しを浴びてしまった。ああっ」
黒い靄は断末魔の叫びをあげると、風に吹かれた灰のように何処かへ消えてしまいました。
女騎士は、春の陽差しのように晴れやかな笑みを浮かべます。
「やあ、ありがとうあかずきんちゃん。君のおかげで、私は意識を強く保つことができた。騎士とは弱き者のために戦う者」
女騎士は跪くと、あかずきんちゃんの手をとり、そっと唇で触れます。
「どうして、私の胸が高鳴るのかしら。悪い魔物はいなくなったというのに」
「それはね、悪い魔物を間近に見てしまったからでしょう。おいでなさい、抱きしめてあげるから」
「ああっ、女騎士様」
「さあ、私が傍らにいればもう安心。よろしければ、一緒にパンを食べながらおしゃべりでもいかが」
「はい。よろこんで」
二人は暖かな陽差しの下で、しばらくパンや葡萄酒を口にしました。赤ずきんちゃんの胸はますます高鳴るばかりでした。
はて、どうしてかしら。
赤ずきんちゃんが飲むには、葡萄酒が少し濃かったのかもしれませんね。




