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白雪胡桃の推理

「『恋桜』に呼び出したのは……僕とここで話し合う為?」

「うん。それも一つ。そして名越君。あなたと一緒に検証してみたかったの」

「検証?」


 白雪しらゆき 胡桃くるみは、不細工な魚のぬいぐるみを手に、恋桜に振り返った。


「名越君……もう一度確認するね。私が送った、下駄箱の呼び出しの手紙……受け取って嫌な気分になったでしょ?」

「……うん。ちょっと無いなぁって、思ったよ。いくら恋桜だからって……優魔君が死んだ所に呼びだされるのは……」


 今までの学園なら『下駄箱の手紙と恋桜への呼び出し』は、間違いなく恋を予感させる組み合わせだった。けれど『明石優魔の死』が加わった事で、もうときめきは消え去ってしまっている。曖昧に伝えると、白雪さんは真剣な顔で頷いた。


「そう……『恋桜』の伝説は、優魔君の死で道連れになった。もうここで告白しても、今までみたいな空気にはならない。名前までは知らなくても、始業式で死んだ彼の事はみんな知っている」

「そう……だね」

「よかった。私、そのことを確かめたかったの。実験台にしてごめんね?」

「ふぅん……それで、何か手がかりを掴めたの?」

「うん」


 手紙での呼び出しは、彼女なりの実験だったらしい。『もう恋桜の伝承は死んだ』と、確かめるための行為だった。多分彼女は、優魔の真相に近づいている。無言で続きを促すと、彼女は目線を正樹に向けて語った。


「私ね、優魔君が『恋桜』で死んだ事に意味があると思うの」

「どうして?」

「だって……ただ死ぬだけなら『恋桜』を選ばなくたっていい。電車に引かれるとか、屋上から飛び降りるとか、方法はいくらでもあると思うの。でも優魔君は『わざわざ始業式に、全校生徒に見せびらかすように死んでいた』んだよ? きっとこの場所そのものに、何らかの意味を持たせたかった……そんな気がするの」


 正樹にはない視点だった。彼はずっと『何故優魔は死んだのか?』を考えていたけれど……どうして『恋桜で死んだのか』を考えた事は無かった。

 そう、今時死ぬ方法さえ、ネット一つで検索が出来てしまう。死に方でさえ、多様性が得られるようになってしまった。

 だから……その無数の選択肢の中から『恋桜で死ぬ』事を選んだのなら、きっとそこに意味がある。確かに何かありそうな気がするが、正樹には全くピンと来ない。難しい顔で唸る彼に、同学年の胡桃は推測を述べる


「優魔君の狙いは……恋桜の噂と関係があると思う」

「それは、どういう?」

「名越君、体験したでしょう? 『もう恋桜で告白しても、恋が実らない』……それどころか、逆効果な気がしたと思うの」

「……そうだね。ちょっと嫌な気分になった」


 どう考えても告白のシチュエーションが出来ていたのに……『優魔の死』が恋桜に影を落とし、全く良い気分にならなかった。多分これは正樹固有のものではない。誰だって似たような感想を抱くだろう。彼女は頷き、桜の木に触れる。


「優魔君ね……恋桜には『恋の祝福』が込められているって言っていたの」

「祝福……」

「ここで告白すれば、恋が叶う……全部が全部じゃないけれど、背中を押したり、少しだけ気持ちを前向きにする『おまじない』がかかっている……恋桜の話を、そう呼んでいたの」

「でも、その祝福は消えてなくなった。優魔の死が取り憑いていて、とても恋や告白の気分にならない」

「それが優魔君の狙いだったんじゃないかな……この恋桜から『恋の祝福』を打ち消すことが……」


 白雪さんの言いたい事は、正樹にも何となくわかった。『恋桜』の話は、優魔の死によって不吉な印象が付きまとう。恋が叶うという言い伝えや逸話を、恋を叶いやすくする『祝福』と言うのなら……確かにそれは消えてなくなった。

 優魔は、呪いや魔術を行使できる。それだけの知識を持っていたらしいし、周辺の人間も信じていた。正樹はちょっとピンと来なかったが、今回の体験で分かった気がする。

 目に見えない何か、実体のない何か。形を持たない境界線。直接心に作用するモノ。優魔が扱い、操って来たのは多分、そういうモノなのだろう。恋の祝福を打ち消すなんて芸当は、確かに優魔がやりそうな気がする。

 ただし、それだと……


「優魔が『恋桜』を呪うつもりだった……そう言いたいんだね?」

「うん。現にもう祝福は消えているでしょ?」

「なら……優魔は自殺した事になるよ?」


 白雪さんは、ぬいぐるみのぷーちゃんを抱きしめて俯いた。彼女の中にも、それは疑問だったらしい。

 生前の明石 優魔は『自殺だけはしてたまるか』と憎悪を滲ませて言っていた。勿論急に心変わりする可能性もあるけれど、彼が自殺を選択する事は、納得がいかない。


「優魔は……自殺するような人間だったかな。それだけはしないって、僕は聞いた覚えがあるよ。それに……白雪さんの言いたい事も分かるけど、恋桜の祝福を打ち消すためだけに、自殺する?」

「あぁ……良かった。名越君も同じところで分からないんだね。私もそうなの」

「やっぱり、自殺する理由としては弱いよね?」

「うん……ぷーちゃんが、この恋桜が関係ありそうって言ってくれたんだけど……細かい所までは分かんなくて。だから何か思いつかないかなって、名越君を呼んだんだ」

「実験も兼ねて?」

「……うん。ごめんね?」

「いいよ。僕も真剣に、優魔の死んだ理由を探しているから」


 優魔の死は何なのか。自殺なのか、他殺なのか、恋桜と関係はあるのかないのか。じっと桜の木の下で佇む、一組の男女生徒に対し、叱責めいた忠告が飛んだ。


「――あなた達、何やってるの!? まさか告白する気じゃないでしょうね!?」

「えっ……? ううん、違います」

「僕たち、ここで死んだ生徒が、なんで死んだのかを考えているんです」


 声を荒げたのは、中年の女教師。ストレスからか皴を寄せ、ところどころシミのある肌が年齢を感じさせて寂しい。素直に答えた二人に対し、さっと顔色を変えて強引に二人の手を引いた。


「え? え? ちょっとちょっと! 何するんです?」

「――答えを教えてあげる」

「!?」

「えっ!?」


 先生が、優魔の死について知っている? 顔を見合わせる二人に対し、ヒステリックにい女教師は吐き捨てた。


「あの生徒ね……三月の卒業式に来ていたの。恋桜の木の下で――一人の生徒に、告白していたの」

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