恋桜への呼び出し
(彼は『自殺だけはしない』って言ってたけど……)
放課後の教室、窓の外からぼんやりと『恋桜』を眺めて正樹は考える。桜の陰に人が見えてぞっとしたが、普通の女子生徒が立っているだけだった。
彼の死は他殺か? それとも自殺なのか? 首吊り死体のようにも見えたが、彼には怨まれる動機もある。『自分をイジメようとした相手への呪い』を行ったとされているが、真偽は分からない。
分からないが……『優魔に呪われた』と感じ、被害を受けたと思うなら、それを動機に復讐に走る可能性は考えられる。誤解も逆恨みも殺意に変えて、彼を自殺に見せかけて吊り殺した?
他殺の可能性は、高いように正樹には思えた。生前の優魔が『自殺はしない』と聞いたのもあるが、自殺だとするなら動機が分からない。
なら一体誰が殺したのか? 考えても分からないが、気になってしょうがない。釈然としない気持ちで下駄箱まで進むと、空いた上履きの所に一枚の紙切れが挟まっている。靴を履く前に紙切れを手に取り、文字を目で追っていくと、その内容に唸った。
“話したいことがあります。放課後『恋桜』に来てください”
『恋桜』への呼び出し――それも匿名の、上履きに手紙を送る方法で。
何も『恋桜』に頼らずとも、恋愛物として通じるシチュエーションだ。下駄箱の匿名の文を送る手法は、古来から続く告白パターンの一つ。そこに『恋桜』が加わる事により、告白の期待値は大きく上がる。何もなかったのなら、正樹も心が躍ったかもしれないけれど、今このタイミングは顔をしかめるしかない。
(優魔君が死んだ所に呼び出すか?)
あの桜の木の下で、人ひとりが死んだのだ。
ほぼすべての生徒が目にした、始業式での『恋桜』での首吊り死体。直接見ていなくても、その後学校に関われば必ず話題になる。
もはや『恋桜』の伝承は死んだのではないか? はっきり言って全くときめかない。むしろ空気が読めない、と言った感想さえ思い浮かぶ。このまま無視してしまってもいいが、けれど送り主は勇気を出して、正樹に手紙を出したのかもしれない。
しょうがない。気は進まないけど、ちゃんと面と向かって断ろう。手紙を胸にしまって、正樹は体育館の方へ足を進めた。
夕暮れの校舎、斜陽の陰に伸びる影法師。昼と夜の境目は、物の怪と遭遇しやすいと、魔術に詳しい優魔は語った気がする。
急に不安になった。まさかとは思うが、優魔の霊が自分に遺言を送りに来たのではないか? 不意に突拍子もなく、けれど妙に腑に落ちる想像が浮かんだ。
さほど親しくは無かったけど、他の元クラスメイトと比べれば、正樹と優魔の距離感は近い。そんな自分に、真実を囁くために――空気の読めない手紙を送ったのか?
ありえない……と言いきれないのが怖い。
優魔は恋愛なんて、視界にも入っていない人間だと思う。常識外れなこの手紙は、空気の読めない彼が差出人とすれば、一応の筋が通る気がする。告白に使うにしても、死者の出た『恋桜』より、屋上の方が良いと思う。
(なんか……急に怖くなってきた……)
彼は呪術を使えるらしい。正樹が信じているかは微妙だけれど、少なくても周りはそう信じていた。けれど、ここで少し冷静に考えてみる。もし死んだ優魔君からの呼び出しであれば、それは決して悪い事ではないのでは?
死んだ彼に、呪われる覚えはない。彼の死の真相を気にしていた正樹に対し、死してなお残った思念が、関わりを持っていた正樹に、真実を伝えようとしてくれている……のかもしれない。死者だからと言って、超常現象めいた相手だからと言って、それ即ち悪とは限らないのでは?
「ともかく、行ってみるしかない」
不気味さも、不穏さもあるが、この目で確かめてみるしかない。ともすれば重くなる足を何とか運んで、正樹は体育館に歩いていく。ちらりと見える葉ばかりの『恋桜』の脇に、人影が見えた。
長い髪、長めのスカート。手に何かを抱えている女生徒は、正樹を見つけると真顔で目を合わせた。
「名越君……だよね」
「……君が、手紙の送り主?」
「そうだよ。私は白雪 胡桃」
正樹は困惑した。彼女は……確か中学二年生の時、同じクラスだったような気がする。曖昧なのはそれだけ距離を置いていたからで、互いに無関心だと思い込んでいた。
しかし『恋桜』に呼び出したという事は、彼女にその気があるのだろうか? 申し訳ないが、だとするなら断るしかない。昔ならこの場所に素敵な効果があったかもしれないが、今の空気で利用するのはナンセンスだろう。彼の心理を読み取ったように、早速白雪さんは手紙に言及した。
「あの手紙を受け取って、どんな気分だった?」
「え……その……悪いけど、ちょっと……」
「いい気分には、ならなかったよね?」
「……うん」
『恋桜』の伝承は、もはや効果がない。それどころかむしろ、優魔の死によって不吉な印象が付与されている。だから正樹も、これがもし恋の告白なら断るつもりでいた。が、目の前の女生徒を見るに、告白は目的と思えない。彼女は手に抱えていたモノ……妙に色落ちした、けれど丁寧に繕われているぬいぐるみと目を合わせて、喋り始める。
「そうだよね……うん、ぷーちゃんの言う通りだった。やっぱり何か、これは大事な所なきがするよね」
「ぷ、ぷーちゃん?」
「うん。私の大切な友達。ぬいぐるみのぷーちゃん。ちょっと不細工なぷーちゃんだよ」
そう言うと、白雪さんは『ぬいぐるみのぷーちゃん』を正樹に見せた。……魚の顔の半魚人のぬいぐるみは、確かにかっこいいとか、かわいいからはかけ離れている。どう反応すればいいか分からない正樹に、白雪さんは「あはは、ごめんね?」と笑った。
「優魔君の友達って聞いていたから……そっか、優魔君みたいに魔法使いじゃないんだね」
「あれ、呪いに詳しいって噂じゃなかった?」
「多くの人には、彼が悪い魔法使いに見えていたから……ちゃんと普通の神様の話とか、魔法の事も詳しかったんだよ? 優魔君は」
「そうなんだ」
「うん。だから……私も気になってるんだ。なんで優魔君が死んだのか。真剣に考えているとしたら、中二の時同じクラスで、優魔君の傍にいた名越君と……ぷーちゃんを信じだ私しかいない」
「……」
ぷーちゃんの事は良く分からないが……彼女、白雪さんも『明石 優魔が何故、恋桜で死んだのか?』を探している一人らしい。なるほどここに呼び出された理由が、やっとわかった。




