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なぜ彼は、恋桜で死んだのか  作者: 北田 龍一


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何故彼は、恋桜で死んだのか

 この学園の体育館と、本校舎の間の通路……そこには一本の桜の木がある。

 かつて『恋桜』と呼ばれていたその樹木に、近寄る人間はめっきり減った。特に――良い感じの気配を醸す、恋人になった者や、その一歩手前の甘酸っぱい空気の者、そして告白に望む者は、忌々しい目線で桜の木から遠ざかるようになった。


 原因ははっきりしている。

 ある卒業式の時『恋桜』にあやかって、告白に望む生徒がいた。彼は根暗だが、勇気を出して卒業生へと告白した。

 しかし彼は、こっ酷いフられ方をしてしまう。告白された側も、その周囲にいる人間も、勇気を出して告白した彼を嘲笑した。


 彼は深く深く傷つき、始業式の日に『恋桜』で首を吊って死んでしまう。そして同時に、自分の命を使って怖ろしい呪いをかけた。

 ……死んだ彼は、呪いや呪術を使える人間だった。『恋桜』で振られた悲しみと怒り、恨みから、彼は『恋桜』に取り憑き呪った。それ以降告白しても、恋は一切叶わなくなり、それどころか色恋に浮かれる人間が近寄れば、片っ端から呪われてしまうようになった。


 あるカップルは交通事故に会ってしまったり。

 付き合うまでは行かずとも、いい雰囲気だった二人は、突然の引っ越しで引き裂かれてしまったり。

 中には浮気に走ったり、別の誰かに心が移ったり、急に恋が冷めたりなどなど、この桜に近づくと、色恋が破局に至ってしまう――そんな怖ろしい呪いがある。この木は『妬み桜』だと、曰くつきの名で学園に根を張っていた。


『首を吊って死んだ生徒』は――今も桜の木でぶら下がって、愛や恋にうつつを抜かす人ににらみを利かせているという。色恋を妬み破局へ導く、呪われた亡霊として……死して尚もこの学園と、かつて『恋桜』と呼ばれた桜の木に、取り憑いている。


***


 ついに迎えた卒業の日。三月にしては暖かく、桜の木は満開の花を咲かせていた。

 ――にもかかわらず……体育館を出てすぐの、立地抜群の桜の木に集まる人はいない。皆わざわざ遠い桜の木に足を運び、送別や告白に望んでいた。

『妬み桜』から、多くの生徒が遠ざかる中……不細工な魚のぬいぐるみを抱えた卒業生と、一人の男子生徒が『妬み桜』に足を運ぶ。二人きりの静けさは、周囲の人から酷く浮き、不気味なものに見えていた。

 二人は、同時にため息を吐いて、桜の木に向けて――いや『桜の木の亡霊』に向けて言葉を紡いだ。


「こんな事が……こんな事が君の目的だったのかい? 優魔君――」


 去年の四月に、首を吊って死んだ生徒

 去年の三月に、告白に望んでいた生徒

『明石優魔』の真実を知る二人は、最初はこの展開に置いて行かれた。けれど時間が経つにつれ、彼の狙い、彼の意思、彼の目標を理解していった。


 多くの人に見つめられながら『恋桜』の木の下で、卒業生へ告白する。しかしその相手は初対面。何の関係もない相手への告白は、いくら恋愛成就の加護のあった『恋桜の木の下』でも、失敗する事は確実。

 しかしそれこそが、彼の第一の『仕込み』だ。

 当然彼はフられる。卒業生は初対面の告白者を、こっ酷くフるに決まっている。だがその場面を記憶する人間はいる。先輩後輩入り乱れての告白合戦となっていた『恋桜』なら、後輩や教師が目撃者となる。

 そして次に『始業式の日に、多くの人に認知させる形で、恋桜の木で自殺する』

 これは学園の関係者に、大いにショックを与える事件になるだろう。現に学校は休みになった。警察を巻き込んでの捜査になるが、ここで彼の『仕込み』が発動する。


 死んだ生徒は『恋桜』で告白に望んでいた。そして派手にフられていた――


 この事実があれば、多くの人は『失恋をショックに自殺した』と判断するだろう。実際は『初対面で恋愛関係は一切なかった』としても、告白した側は死亡し、告白された側は卒業済みだ。裏を取る手段はほとんど無い。印象と事実だけが先行し、恋桜に何か不吉な印象が付与されるだろう。また、一部の生徒は『自殺した生徒が、魔術や呪いに詳しかった』『行使できた』と信じていた。

 それが『恋桜』と結びつき、あとは何か『恋桜』近辺で、色恋のもつれや失恋エピソードが出てくれば――『恋桜』の祝福は消え、一人のフられて死んだ自殺者の不吉な印象と呪いが、定着する。


 何故彼は、恋桜で死んだのか――

 明石 優魔が死んだ理由は――『恋桜に取り憑いた、呪いの亡霊』になる事。あのノートに書かれていた通り『自分自身が呪いになる事』だった。まんまと彼は、その呪いを完成させてしまった。

 定着した伝説は、この『妬み桜』と共に根を張り、ここに命を持ち続けるだろう。確かに彼の身体は命を失った。紛れもなく自殺に間違いないが……同時に彼は『恋桜に取り憑いて、この学園に存在し続ける』――


「悔しいなぁ……恋桜の加護が消えた所まで、私とぷーちゃんは解けたのに」

「優魔の狙いは……加護を消すんじゃなくて、反転させる事だったんだね……」


 誰も寄り付かない『妬み桜』。男女一組であれば特に、絶対に寄らないその忌まわしきスポットに、一組のカップルが桜の木を見上げていた。


「この木を『恋桜』って認識しているのは、私たちが最後なのかな……」

「……そうかもしれない。全部が全部、優魔君の計画通りだよ……」


 二人が優魔の真実に、優魔が『学園の呪いとして定着する』と狙いに気が付いた時は、もう遅かった。すっかり『恋桜』は『妬み桜』として……新しい怪異と怪談として、学園に根を張ってしまっていた。

 けれど、唯一の例外がこの二人だった。『妬み桜』を全く恐れず、彼らは堂々とイチャついている。


「ふふ、それは違うんじゃないかな。私たちがくっつくのは、優魔君も予想外だったんじゃない?」


 ね、ぷーちゃん。と呟く彼女は、ぬいぐるみを抱えた手で、男子生徒にくっついた。

 優魔の死を追う中で、名越正樹と白雪胡桃は共に真実を暴いた。その時に生まれた関係が縁になり、卒業する頃にはすっかり良い仲になっていた。

 しかしとなると……この縁を結んだのは――


「僕らがくっついたのは、優魔のお蔭って事になるんだけど……」

「ん……そう言われちゃうとアレだけど、でも私たちだけは『妬み桜』は効かないし。……え? 何、ぷーちゃん。『むしろ二人を応援してる』だって? えぇ?」

「あー……まぁ、僕らは優魔君と、ちょっとだけ仲がよかったし。――なぁ、本当に君、自殺する必要があったのか……?」


 三人で話し合う未来もあったんじゃないか。

 三人で楽しく過ごす日々もあったんじゃないか?

 少なくても二人、君の真実にたどり着く人間がいたんだ。世界に絶望して命を絶つには、少し早かったんじゃないのか……?

 心の内で問いかけると、記憶の中の彼が、皮肉と苦笑を浮かべた気がする。

 吹き荒れる風。舞うは桜吹雪。忌まわしき『妬み桜』の花弁は、その時その一瞬だけは美しい。

 二人の背中を押すだけ押して、桜の木はじっと、学園に根を下ろしていた。

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