『ぷーちゃん』の推理
意味不明。理解不能。すべてを読み終えた『名越 正樹』は……激しい知恵熱に襲われ、目が回りそうだった。
なるほど……確かにこれでは、警察が遺書として認識するのは無理だろう。正樹も文章を読むのが精一杯で、中身がまるで入ってこない。
だけど内容に、確かに自殺を仄めかすような文言が含まれている。自分から命を絶つ予告をし、その方法通りの『明石 優魔』の死体が始業式に発見された。動機はさっぱり分からないけれど、これを遺書として認定する事も出来るだろう。
「これを見る限り、優魔君は自殺で間違いない。警察の人が『死体に第三者の気配がない』って所を見ても、殺された可能性は低いと思う」
恋桜の木の下で、正樹は白雪 胡桃にノートの写しを見せていた。死んだ彼への考察は、やはり現場で行いたい。難しい顔で写しを見つめていた彼女は、文章に読み疲れ目元を揉んでいた。
「うーん……難しい言い回しだよ……でも自殺な所は間違いなさそう?」
「だね……けど動機がさっぱり……」
「……ぷーちゃんに聞いてみよう」
白雪さんがバックに手を伸ばし、その中に入っていた『不細工な魚のぬいぐるみ』を取り出した。そう言え最初に会った時も、彼女はぬいぐるみを抱えていた。かなり大事にしている事が分かる。
白雪さんは写しを桜の木に立てかけ、ぬいぐるみの顔を写しに向ける。これなら確かに『ぬいぐるみがノートを読んでいる』構図だが、他の人が見たら怪しげな儀式に見えるかもしれない。
正樹の不安に気が付いた白雪さんは、彼の内面をのぞき込むように……ぐっと顔を伸ばして尋ねる。
「やっぱり、不気味?」
「え? 人によっては、そう感じるかもなぁ……って感じだけど」
「名越君は、どう思う?」
「人それぞれじゃないかな……僕には『ぷーちゃん』の事は良く分からないけど、白雪さんが大切にしている事は分かるよ。だから、傷つけるような事を言うのは、良くないんじゃないかな……」
正樹なりの考えに、白雪さんは苦笑する。彼女は『ぬいぐるみのぷーちゃん』と、生前の明石優魔の関係について話し始めた。
「私ね。小学生の高学年から、ぷーちゃんの声が聞こえるようになったの。表情とか、機嫌とか、なんとなく『分かる』ようになったんだ」
「そう……なんだ」
「でも誰も信じてくれなかった。誰も認めてくれなかった。だから周りには内緒にしていたけど、私とぷーちゃんはいつも一緒にいたの。でも……中学二年生の時、優魔君は『気が付いた』の。私は嬉しかった。この話を信じてくれる人なんて、今まで一度もいなかったから……」
彼女が大切にしているぬいぐるみ。いつしか白雪さんは、ぷーちゃんの声や意思を、感じられるようになったという。人によっては引く話だけれど、より魔術や呪いに傾倒していた優魔は、白雪さんのぬいぐるみに『気が付いた』らしい。正樹には分からないが……学校にまで持ち込むぬいぐるみだ。大切にしているのは想像できるし、優魔であれば『感じる』事も出来たのかもしれない。正樹に真偽は判別できないが、彼女に感覚を合わせて正樹は話す。
「そっか。だから白雪さんも……ううん。白雪さんとぷーちゃんも、優魔君の死を探っていたんだね」
「うん……優魔君の死は、ぷーちゃんもショックだったから……もし犯人がいるなら、絶対に見つけたい。自殺にしたって……優魔君が死んだ理由に納得したい。彼は……普通の人と違ったかもしれないけど、周りが思うほど悪い人じゃ無かったよ。責められた時だけ、相手を責めただけ。目に見えない物や、形にしずらいモノに、手を触れる事が出来ただけだよ……」
優魔が生前、語っていた言葉が思い出される。有害か無害かより、人は異物かどうかで集団から弾き飛ばす。彼は異物だったけれど、周りが思うほど有害ではなかったのだろう。白雪胡桃と名越正樹は、そのことを知っていた。
どうにか、優魔の自殺は止められなかったのだろうか。何か悩みが原因だったのだろうか。彼女の最後の言葉を聞くと、そんな思いが湧き上がってくる。彼女も同じ気持ちなのか、次の言葉を何とか探して、口ごもっていた。
そんな中、彼女が急に『ぷーちゃん』の方を見た。どうやら解読が終わったらしい。彼女がぬいぐるみを拾い上げ、正樹も写しを手に取る。何度か白雪さんが相槌を打つと、困惑混じりに正樹にも教えてくれた。
「ぷーちゃんが言うにはね……自殺だけど、自殺じゃないって」
「え?」
白雪さんも、意味を理解しきれていない様子だ。首を傾げながらも、彼女は『ぷーちゃん』の推理を代弁する。
「優魔君の自殺は……未来に対する不安や絶望もある。でも、一番の動機はそこじゃないみたい」
「――じゃあ、失恋のショックって言うの?」
「ううん。それは『絶対に違う』と思う。だってこの写しでも、自殺を仄めかしているけれど……『失恋のショック』については、一言も触れていないでしょ?」
「あっ!?」
そうだ。フられて失恋で自殺するなら、絶対にそのことは記載するだろう。この死を予感させるノートの中には、告白した相手の事に一度も触れていない。警察の捜査でも『告白したその日が最初の接点』と判明している。だから『ぷーちゃん』はこう推理したようだ。
「優魔君は多分……告白する相手は誰でも良かったんだ。相手の名前さえ知らなくても、問題が無かった……って『ぷーちゃん』は言っている」
「意味が分からない……それじゃあなんで告白なんか……」
「優魔君の狙いは――『告白してフられる場面を、たくさんの人に見せる事』そして『自分の死体を多くの人に目撃させる事』――優魔君の告白は『最初からフられる前提』でやった事。これらの行動は彼の目的の『仕込み』? 最後は運って……ごめん、私もちょっと全部は分からない……」
「!?」
意味不明は相変わらずだが、理解は少しだけ進んだ気がした。
色気一つ無かった『明石 優魔』は、告白して結ばれる事を期待していなかった……それはまぁ、分からなくもない。元々優魔君は恋愛に興味は無さそうだったし、初対面の相手への告白が、成就するなんてありえない。
けれど……『最初から告白を成功させる気が無かった』とすれば、この不可解な行動に筋が……いや、やっぱり通っていない。
失敗の分かり切った告白をした挙句、周囲にいた人にその場面を目撃され、始業式に恋桜の木で自殺……この一連の行動に、一体どんな道理があるというのか。お互いに意味を理解しかね、恋桜の木の下で固まる二人。そんな時、心底心配するような声色で、話しかけてくる生徒がいた。
「君たち……早くその『妬み桜』から離れなよ」
「えっ……? なぁに『妬み桜』って……」
「この木は『恋桜』ですよね?」
「昔はそうだったみたいだけど……始業式で死んだ生徒がいただろ? ソイツの亡霊が取り憑いたせいで、逆に呪いになっちゃったんだよ」
思わず顔を見合わせた二人だが、白雪さんはすぐに『ぷーちゃん』に目線を落とし呟く。
「遅かった……? すべて優魔君の狙い通り……?」
すべてのピースは、この時この場面で揃う。
彼の狙い、彼の目的、それはまさしく『彼自身が、呪いになる事』だった。




