3話 推しと友人になりたい
縁談騒動から早数日。
すっかり体調も回復したことで、私はアメリアへ謝罪とお礼の手紙を書く。
「御機嫌よう、アメリア。この間は大変な思いをさせてしまってごめんなさい、体調は万全なので、もしよかったらまたお茶に誘ってもーーー………」
「フレイヤ様!アメリア様がいらっしゃってます!!」
え……??
リンの声に弾かれたように顔を上げ、ぱたぱたと足音を立てながら階段を駆け下りる。はしゃぐ心のままに客間の扉を開いた。
そこには柔らかな緑色の髪のアメリアが、いつもと同じように笑顔を浮かべーーーーーー。
ては、いない。
笑顔ではないのだ。
沈んだ表情で、悲しげに目を伏せている。
「フレイヤ様、ごきげんよう。ごめんなさい、急にきてしまって…」
「いえ、…いえ、いいの、でも、どうしたの!?アメリア…貴方とても悲しそう…」
たしかにゲーム内でのアメリアの泣き顔シーンはスクショしたけれど!でも、実際目の当たりにすると押しの泣き顔………つらい………っ!!!幸せに笑っていてほしい…!!
「……お父様が…縁談の話を、持ってきたのです…」
「え、…それは…誰、との…?」
もしかしてそれはオリバー?とも思ったけれど、この表情からしてそれは違うらしい。ゴクリと唾液を飲み込み、震えながら言葉を紡ぐ彼女を見遣った。
「シグルド殿下です」
告げられた言葉に、ざっと血の気が引く。
要はこういうことなのだ。私が縁談を断ったばかりに、同年代で同等の貴族の娘に白羽の矢が立ってしまった。それが、アメリアなのだ。
足元からまるで凍り付いたように冷えていく感覚と、9歳という年齢。
彼女とオリバーが出会ったのは5歳の誕生日と公式ガイドブックにも書いてあった。なんならお互い一目惚れだったとも。
つまり、私の行動のせいで既に想いあっている2人を今現在引き裂こうとしている事実に引きつったような声が喉から出た。
「それ、は、」
「……ごめんなさい、わたし、フレイヤ様しか同年代のお友達がいなくて……だから、誰かに聞いて欲しくて」
「こ、断ることは、できないの?」
「できます。お父様もお母様も優しいから。でも、家のことを考えたら…きっと、その方が」
あああー!!!!ファンタジー特有の家のための婚約ね!成る程ね!よくあるわよね!でも、そんな、断れる状況なのに、断るしか理由がないのに、そんな。
9歳の小さな脳みそで必死に考えを巡らせる。
過去の記憶があれど、単なる偏差値低めの高校の女子高生の考えなんてたかが知れていて。それでも自分のせいで推しが引き裂かれそうになっているこの状況が耐えきれずに頭をフル回転させる。
なにか、なにかアメリアが罪悪感も抱かずに自然と両親に断れる理由ーーーー………!!!!
「アメリア、あのね、それ、断ってもらうことはできる…?」
「え………?」
「わ、わたし、シグルド殿下に一目惚れしてしまったの。だから、アメリアが殿下と婚約してしまったらきっと…………かなしいわ……………」
は、と髪と同じの瞳が見開かれた。
「でも、フレイヤ様、お断りになったって」
なんでその情報まで流れているの……!?!?
「ええ、ええ、その通り。でもね、つい先日殿下の肖像画をみせていただいたの。とても素敵な方で…一目で心を奪われてしまったの!だからお願い!勝手を言ってるのは重々承知しているけれどわたしから殿下を奪わないで……!!!」
ああ、懐かしいな。これ、確かフレイヤがゲームの中で主人公に言っていた台詞だ。
一目惚れだったって。奪わないでって。
プレイヤーとしては正直王子のキャラにそこまで魅力を感じなかったからどうぞどうぞって感じだったけど、もしかしたらこういうやむを得ない事情があったのかもしれない。
「そう……なの、ですね。」
あまりにも必死な様子に、信用してくれたのかアメリアがつぶやく。
「…今凄くホッとしてるの…、そうやって言って下さって、フレイヤ様のために婚約を辞退するって可能性が見えてきて。自分のせいじゃないって、フレイヤ様のためだからって。逃げられるって、ほっとして、悪い子だわ……」
ほろほろと、柔らかそうな頰に涙が伝った。
ああ、アメリアは確かにどのルートでも優しくて、婚約者を奪われるオリバールートですら主人公のために真っ直ぐに献身的に尽くしてくれる子だった。
だから凄く好きで、大好きだったんだ。
そんな子が自分のためのエゴを、他人に押し付けることに耐えられるわけがないんだ。
それでも、わたしは。
「……悪い子でいいじゃない。」
オリバールートを初めてプレイしたとき、ずっと仲の良かった友人の婚約者に心奪われる主人公が嫌だった。
別ルートでの2人を見ていた分、好きになってしまったからという理由でオリバーと密会する主人公も、家庭環境やらを改善されたことで長年の婚約者からいとも簡単に鞍替えするオリバーも。
何より、隠れて泣いていたアメリアに何もできない自分が嫌だったんだ。
プレイヤーという、主人公の向こう側にいる存在なのに主人公は勝手に進んで行ってしまう。自分の気持ちとは裏腹に主人公は幸せそうなのが余計に、置いていかれてしまった自分のアメリアへの気持ちが無碍にされたようで辛かった。
でも、今は違う。
主人公のように献身的になってもらえる存在でも、親友と呼べる存在になれもしないだろあけど、わたしの前にはアメリアがいる。
「悪い子でも、いいのよ。好きな人といる方が、ずっといい。自分の好きに生きていた方が、貴方も、貴方を大事だと思う人のためにもなるわ。」
涙を拭ってやりながら、笑顔を見せる。
きょとんと大きな瞳が丸くなって、それから一気に涙が溢れて。
まるで宝石みたいだわ、なんて思っていたらひしりと抱きつかれて声を上げてアメリアが泣き出した。
背中を撫でながら、きっと彼女はあの世界でもこの世界でもこうやって人知れず泣いているのだろうと心が痛くなる。
一頻り泣いたら少し落ち着いたのか、少し離れながらアメリアが真っ赤に泣き腫らした目で笑う。
「ありがとうございます、フレイヤ様」
「お礼を言われるようなことなんて、何もしてないわよ。あ、でもー…どうせだから、お礼代わりというのはなんなんだけども」
敬語と様つけ、やめてほしい。
照れ臭いと思いながらも、やけに恥ずかしくて視線を逸らす。驚いたような気配と、そして柔らかく笑った声。
「分かったわ、フレイヤ」
推しと友人になれました……!!!!!!