三十四話、末裔たちの戦場
今後もずっとクソ長文章になると思うけど諦めて欲しい
決戦の朝、見込んだ者たちへの血分けを終えたリュナは『儀式』の締めに入っていた。
目前にいるのは新たに血族となった選抜歩兵たち、今や人を超え、姿を変じ、それでも明瞭な自我を維持して全員がかつてそうした様に捧げ銃の姿勢で整然と隊列を組んで新たなる部族の長に対する礼儀を示している。
その先頭にいるのは部族伝来の聖剣を腰に差し、リュナに手ずからによって調整されて機能を回復した外骨格鎧を装備したシュワンツの姿。
他の選抜歩兵と同様、人から逸脱した青い肌、背から翼を、額から一対の角を生やした悪魔や淫魔の様な姿化したかつての部族の長の顔には人の頃の面影を多く残しつつも皺やシミが消え、かつての長寿を誇った旧人類の三十代半ばと言える程の力強さと若々しさがみなぎっている。
しかして、人の頃にあった白髪や髭は変わることなく艶を増して生え揃っている。
かつての老人から老いの部分を消して男前にした様な、そんないでたちであった。
右手には今回の選考から漏れた48thの部族兵や吸収された他の部族の兵員や傭兵たちが選抜歩兵と比べれば統制が取れないながらも整列してリュナを見守っている。
その中には怪我から復帰したクロエやジバの腕の中が定位置になりつつあるデュラ、そして裏切りの族長ゴゾクも含まれていた。
ゴゾクは選抜歩兵以外の変異の祝福を与えられた『要人』から外された事に内心異議と不満を募らせつつも、それを顔に出さぬように務めているのが見て取れた。
もっとも、それはたやすくリュナに気取られる程度の浅はかな努力に過ぎぬという事を本人は気づく事すら無いようであった。
左手にいるのは集団の雑務をこなしながらリュナの目となり耳となる事を使命とする奴隷や下層労働者で構成される信者たちが平伏しつつリュナの姿を伺っているのが見えた。
その最前列では片膝をついて鋭い光を放つ眼光を向けてくるむくじゃらの猿の様な姿の異形が存在していた。
それは狒々の様に変貌した神官長であった。
その姿はどこか未だエンキへの意識や未練があるかのようですらある。
或いは、神官長にとって強さとはエンキこそが基準となっているのか。
面相すら変わりつつも、あの血走って見開かれた目だけは決して変わってはいなかった。
忠誠を誓うと都度叫びながらもその眼光には異様な圧が付きまとっている。
いずれにしろリュナはその忠誠心を永く受け入れる事を覚悟し、今後への期待も込みで血を与える事にしたのだった。
「諸君、この遠征も終わりが近づいてきている。今日は決戦となるだろう。まず最初に我が申し出を受け入れてくれたシュワンツ族長及び選抜歩兵諸君に感謝と謝罪を捧げたい。よくぞ得体のしれぬであろう我が血を受け入れてくれた」
今や変じた己の肉体と溢れ出てくる力を好ましく受け入れている選抜歩兵たちも、早朝に血分けを提案された際には動揺し否定的な姿勢を崩さなかった。
それを変じさせたのは変異してなお理性を維持している姿を示したシュワンツの助力あってこそだった。
シュワンツは先祖伝来の剣を生身で掲げて見せ、新たなる時代と力を齎す王の到来を配下に演説し、来たるべき決戦を号令し、熾烈な戦いに生き残る唯一の道がこれであると説き、全員を納得させたのだった。
「この遠征が終わりまで私は族長の一臣下として状況を静観するつもりであった。だが、これより戦う相手は力においては私すらも上回るであろう一流。そして必ずや入るであろう無粋な乱入者の影すらもある。私が行動したのは諸君らの救う手立てがあるにも関わらず、無意味に死んでいく事を惜しいと思ってしまったが故の事だ。異議がある者もいるだろう、憤りを覚える者もいるだろう、物申したい者はこの場で名乗り出よ」
その言葉に歩を進めるは前族長たるシュワンツと神官長。
シュワンツの顔に嫌悪感は無く、むしろ心穏やかな様子が見て取れる。
神官長は射抜くような視線をそのままに、笑みを浮かべている様は敵意が無くとも悪鬼の如くだ。
「神よッ!ただ尽くす事のみが許されるである身分である我らにこの様な恩恵を与える慈悲深き者になんの異議がありましょうかッ!御身はただ望むままに進み、蹂躙されるがよろしいのです!矮小なる我らは最後まで着いていきますぞッ!」
五体投地せんとばかりに土下座した神官長が叫ぶ。
それに合わせ、信者たちも両膝をつき、深々と頭を垂れてそれに倣った。
「王よ、今や貴殿の血を受けた者に貴殿の在り方に疑問や敵意を向ける者などおりはしないのである。どうか、我らが忠義と族長の証を受け取っていただきたいのである」
眼前まで歩み寄ってから片膝をついたシュワンツが恭しく腰に差した聖剣を両手でリュナに捧げる。
背後の選抜歩兵たちも銃を片手で抱え、統率された乱れの無い敬礼によってその行動に賛同する。
これこそがリュナとシュワンツが取り決めた最後の儀式、族長交代を明確に行う事による指揮系統変更の明確化であった。
それだけは必ずやらねばならぬとシュワンツが譲らなかったが故に、リュナはある程度時間を消費してでもそれを行う決断をする事となった。
この後に部隊が移動しても接敵は昼過ぎ程度になる予定だ。
これがどう戦闘に作用するかは未知数、だが少なくとも夜までには決着がつくだろう。
こちらか向こうか、どちらかが滅びるのだ。
そんな二人の打合せ通りの劇とも知らず、迂闊にも反論に便乗しようと数歩ほど歩み出ていたゴゾクが周囲の行動、そして背後で既に片膝を屈してリュナを受け入れている民衆の姿を把握してから取り繕うように膝を屈して頭を垂れている。
否、実際にはこれすらも行き当たりばったりだと言って良い。
早朝にやると決め、今ここで勢いに任せて結成式を行うに至ったのだ。
だが、その儀式の進行に遅延も滞りもありはしない。
同じ血と知識を分け合った二人の心は一つだ。
「貴公らの忠義、感謝する」
リュナは鞘より引き抜いた聖剣の青い刀身を衆目に晒す様に掲げ、空を切らんとばかりに虚空へと一閃を放つ。
風が猛り狂い、空気が震え、空間が悲鳴を上げ、放たれた空間斬撃が輝きながら空へと飛び去り消えていく。
周囲から漏れるのは恐れと尊敬を伴った感嘆の声だ。
これこそまさしく、伝説の通りの聖なる武器、そしてそれを扱う恐るべき騎士であると。
蒼き剣の伝説は文明が崩壊してなお、否、崩壊したからこそ異世界より来訪した侵略者の武器であるとして伝説となっている。
己の腕で持ち上げ、振るう事が出来る者はそれだけで計り知れぬ強者であると言っても良い。
砕けて破損した不完全品を振るったエンキはただそれだけで強者として恐れられたのだ。
その力を衆目にあえて晒すことでシュワンツとリュナが人から逸脱した存在であると言外に喧伝し、権威を示したのだ。
「王よ、最早我らはかつての分裂した部族に非ず。新たなる名が必要です」
「新しい名か、何か良い案はあるかい?」
「御身と我らを繋ぐもの。いずれ全ての者がそうなると恐れて来た呪いの象徴。今や祝福となって我らが一族に等しく流れる血。それに我らが祖の言葉を使い『青き血族』とするのはいかがであろうか」
「ブルーブラッド、良い名だね」
満足そうに頷いたリュナは返礼とばかりに鞘に納めた聖剣をシュワンツへと再び返す。
「族長の位と貴公の献身と忠義、確かに受け取った。その上で私は族長としてこの剣を貴公に下賜する。存分に暴れまわるが良い」
顔を近づけたリュナはシュワンツにだけ見える様に軽くウインクして見せた。
対するシュワンツも笑みを浮かべて剣を受け取る。
「族長の厚意に感謝を!我ら一同最後まで供に地平の果てまで突き進む所存であることをこれよりの戦いで御見せしよう!」
剣を受け取ったシュワンツが背後に振り向きながら聖剣を引き抜き、叫ぶ。
聖剣もまた、正当な主である事を示す様に消えては現れる異界の文字を刀身に投影しながらに光り輝いた。
「征くぞ死に損ないのゲス野郎どもッ!齢40を超えてもくたばらなかった意地を見せてやるのだッ!」
応じるはかつての部族の英雄にして古参兵たちの集まりである選抜歩兵たちの野次と雄叫びだ。
「勝って当然の戦いだ!臆する奴はいるまいな!」
銃剣が取り付けられた突撃銃を天高く掲げ、左右の同胞を見回しながら最初に叫んだのは昨夜には今生の別れを覚悟していたスターロンであった。
シュワンツの演説に応じ、最初に血を受け入れたのもこの古くから共に歩んできてくれた副官であった。
「オヤジがやるってんなら俺たちもとことん行くぜ!この地獄道をよぉ!」
「どうせ死にに来たんだ!せっかくだしもう一回生きてみるかぁ!?」
「俺は永遠の39歳だからゲスじゃねぇけどな!」
「族長万歳ッ!ん?今族長辞めたんだったか!?」
「腰と肩の痛みと目の霞が消えて最高と来たらやるっきゃねぇなぁ!」
「関節痛がねぇ日ってぇのは最高の戦争日和だぁ!」
スターロンの激に応じて捧げ銃を崩し、銃や拳を宙に上げた異形の選抜歩兵たちが戦意に沸き立つ様にリュナとシュワンツも自然笑みが浮かぶ。
「今日、我らは一つの集団となり、一族となった!勇気を示せ!献身を示せ!我が血族に相応しい勇者となり、賢者となり、奉仕者となれ!その暁には必ずや私はお前たちを私と同じ高みへと導こう!」
シュワンツの横に並び立ったリュナが己の黒い槍を掲げながら、高らかに宣言する。
見据える先は選抜歩兵以外の兵士や奴隷たち。
「これは始まりに過ぎぬ!我らの歩みは今日、ここより始まるのだ!人の殻を破り、偉大なる魔になる栄誉はこの場にいるすべての者にある事を忘れるな!」
自然、奴隷や兵士たちの目に欲望と闘志が燃え上がる。
目の前にいる輝かしい成功者たち、それになる機会があるのだ。
少ない資源を巡って敵だけでなく味方の筈の人間たちとすら争わねば生きていけなかった飢えたる者たちに、今を生き延びようとも先細りの未来しか手に入れられなかった絶望せる者たちに、リュナの言葉は麻薬の様に精神に素早く作用し、伝播していく。
「我はここに『青き血族』の誕生を宣言する!皆の者、我についてくるが良い。私がこの地獄に道を作ってやろう!」
黒き槍を地面に突き立て、おりしも吹いた突風に短い銀髪をなびかせながらリュナは終末後の世界における新たなる始まりを宣言した。
返ってくるのは振り上げられた拳と歓喜の咆哮、今や全員の心に高品質のガソリンがぶち込まれたように野望の炎が燃え上がっていた。
最早、青い血は凶事を齎す災厄ではない。
呪いは祈りに反転した。
新しい時代を作る、確固たる祝福に。
総勢千四百余名、そこには出立時よりも半数近くを失いつつもより強力で強固な統一された価値観によって統率された一つの部族の姿があった。
「時にシュワンツ、君たちの部族は戦いの前に男のケツを掘るのが習慣らしいね?」
「いかにも、我が王よ。戦う前は男を掘り、勝利し生き残った後は女を抱くのが習慣である」
熱を帯びた叫びが残る中、リュナは並び立つシュワンツに問う。
それに対し、シュワンツはかつてと変わらぬ口調と態度で新たな主に答える。
遜った態度や敬語は不要とリュナに言われた事を律儀に守っての事だった。
「よろしい、よく分かった」
シュワンツの返答に満足した様に笑顔で頷き、次いで足元であいも変わらず土下座の体勢を崩さぬ神官長に片膝をついて語り掛ける。
「神官長、『撒き餌』の残りを全てここに。ついでに活きの良い奴を二人見繕って欲しい、出来るね?」
「はっ!我が神よッ!即座にッ!」
即座に五体投地せんばりに深々と土下座をしていた神官長が次の瞬間には突風の様な速度で動いた。
それに合わせ、幾人かの信者たちが呼応するように神官長に付き従い、集団を離れていく。
彼等がリュナとシュワンツの目前に捕虜を連れてくるのは数分とかからなかった。
それはかつてリュナを討ち滅ぼさんと決起した族長集団の残党たちであった。
『波』突破時に後衛の損失を抑えるために残されていた者たちは生き残って尚、凄惨な未来しか与えられる事は無かった。
「うん、ありがとう。その二人にはまた別の役割があるからね」
「ははぁッ!」
先の定位置に戻った神官長が拉致した二名を両腕で地面にねじ伏せながら深々と頭を下げる。
忠臣との会話を終えたリュナは正面に並び立つ新たな血族に向けてなおも続く歓声を超える大声を張り上げた。
「我が血に耐えし同胞諸君!そして一族の諸君!これより一時間後に出立する事とする!準備が整うまでこの者たちを好きにすることを許そう!かつての作法に従い、存分に嬲って英気を養うが良い!」
リュナの血に耐えた部族の英雄たるかつての選抜歩兵たち、そして今回の選別から外れた48thの部族兵たちが寛大な措置に歓声を上げる。
「男の尻に興味の無い同胞諸君には朝食を振る舞おう!新鮮な水と混ざりものの無いパン、そして干した果実の甘露を味わうと良い!食い過ぎて腹を壊さぬように気をつけよ!」
男の尻に興味の無い48th以外の兵士や奴隷たちがこれに歓声を上げる。
場が興奮に包まれる中、腰に差した黒い剣を抜き放ったリュナがなおも演説を続ける。
「我らは今日、この地にて勝利する!これは前祝いだと思え!戦いが終わった後はこの場にいる全ての者と晩餐を開くとしよう!肉も酒も惜しまずにだ!故に——————」
掲げた剣を逆手に持ちなおし、地面に突き立てたリュナが獰猛な獣の様に吠え立てる。
「お前たち、死んではならぬぞ!生きてこそ得られる栄誉と幸福を共に享受するのだ!お前たちは今日から我が同胞だ!」
歓声は最高潮と化し、血族だけでなく選抜歩兵以外の部族兵や徴収兵たち、果ては奴隷すらも新たな王を称える叫びを上げ続ける。
その声を浴びながら、満足した様に剣を鞘に戻したリュナは片手を挙げつつシュワンツと神官長を伴って場を去っていく。
その後にはクロエとデュラを抱えたジバが追随し、主だった幹部たちが次々と場から去っていく。
「総員解散ッ!時間まで自由にして良しッ!」
代わって号令をかけたのはスターロンであった。
「新たな族長とゲネラルの恩寵だ!好きにしろ!」
そして、リュナに見捨てられたものたちの凶事が始まった。
奴隷や一般兵が離れた場所で配給される朝食を楽しむ中、リュナに反旗を翻し、そして生き残った者たちが新たなに生み出された魔族とその親類によって尊厳を蹂躙され、息絶えていく。
文字通り犯されるもの、より強い衝動となった破壊衝動や捕食衝動に任せて引き裂かれるもの、血を吸い尽くされる者。
一時間の猶予を与えられた筈の饗宴が終わるまで数十分と掛かる事は無かった。
糧となり、贄となる。
それがリュナの身内になる事も、新たな部族になる事も出来なかった者たちの辿った最後の価値であった。
「良い奴らだ、少しでも彼らが死ぬ数を減らさねばならない。頼んだぞ、将軍」
「…!」
饗宴が繰り広げられる中、リュナが呟いた単語にシュワンツは目を見開いた。
己の名が本来の名ではなく階級名であった事を看破されたが故に。
「そこまで気づかれていたとは、我が王に隠し立てなど不可能であるな」
「この時代の言葉は複数の言語が混じっていて難解だが、君たちの名称は訛りや変質が少なくて分かりやすい。名すら捨てて部族に奉仕した誇り高き戦士よ、共に戦えることを光栄に思う」
「了解しました、我が王よ。吾輩は出撃準備と編制の監督をさせて貰うのである」
「ああ、よろしく頼む」
シュワンツは姿勢を正して敬礼し、その場を離れていく。
「神官長、捕虜の片方は貰っておく。残りはラペナの元に送ってくれ」
「はッ!我が神よッ!して、御身のお子様はどちらに?」
もっともな疑問が帰ってくる。
あの儀式の場においてもラペナは顔を出さなかった。
純粋に興味が無いのだ、他人にも名誉にも。
「グイリンの近くで待機していてくれ、気が向いたら勝手にあの子の方から来るだろうからね」
「畏まりましたッ!」
首を掴んでいる捕虜の背骨を巻き添えで折らんほどに深く頭を垂れた神官長が捕虜の片割れを置いて去っていく。
「ジバ、お前にはまだ大した事を教えていないのに初陣に出さねばならない事を詫びねばならない」
「オヤジ…」
「状況はこちらに有利だが、不死王からの挟撃の危険が排除できない。今回は出し惜しみせずに全兵力を叩き込む。ここに至ってはお前も重要な戦力だ」
次いで振り返った先にいたジバにリュナは語り掛けた。
ジバに抱きかかえられたデュラが英雄を見るような目で父たるリュナに輝く眼差しを送っている。
「なんとかお前が生き残れる可能性は用意出来た。作戦中はクロエとデュラに従って慎重に戦うんだ。お前には勇気があるが技量はまだまだだ。暫くは人間の時と同じように戦う事を心掛けろ」
「オヤジ、俺の為にそこまで…!」
リュナの手がジバの肩に優しく置かれる。
そして数度叩きながらその腕に収まったデュラに目を向ける。
「デュラ、まだ寄生は使えないだろうがお前は賢い子だ。先達として後輩たちを指揮し導いてくれ」
「パパ…!うん、頑張る!」
「よし、では二人は朝食でも取ってくると良い。だが軽くしておくんだ、腹に入れすぎると動きが鈍るからね」
既に本当の姉弟の様に似た反応をする二人に自然と微笑みが浮かぶ。
家族が増えるというのは良い事だ、今が最も幸せなのかもしれない。
リュナがそう思った時、背後から何かが絡みついてきた。
「リュナちゃぁん?男の匂いがするねぇ~?」
声の主はクロエだった。
振り向いた折に姿が見えなかったが、回り込んできていたようであった。
人狼型悪魔憑きだけあって鼻がよく効く。
「行くよ弟、ババアの機嫌が悪いとビリビリが来るよ」
「分かったよ、姉貴」
流れを察したデュラがジバを促し、その場から離れていく。
「ねぇ~?酷いんじゃないの~?人が大怪我して酷い目に合ってたのに男漁りなんてさぁ~?」
リュナの背にしだれかかりながらクロエがからかった様な仕草で恨み言を吐く。
本気でないことは明白だ、殺意があるならばとっくに首を締め上げるか骨を砕かれている。
耳元で囁くようにクロエが問い詰める。
「で、どこまで本気ぃ~?あの子の事さぁ~?」
「駆け引きとか謀略なんかの為に他人を抱く趣味は無いね」
「あぁ、そっかぁ…本気かぁ…」
リュナの返答に頭痛に苦しむような悩まし気な仕草で額を抑えてクロエが呻いた。
「すまないね、だが私がこういう性分なのは知ってるだろう?」
「まぁね~。リュナちゃんそういう性分だからいずれこうなるだろうと思ってたけどさぁ、いきなり男が増えるかぁ…」
「嫌いになったかい?」
「全然!でも一緒に楽しくナニするつもりはないからね!」
リュナから離れたクロエはいつもの調子で笑いながら距離を取る。
そこにあるのはいつもの底の見えぬ優しい笑みだけだ。
「ねぇ、リュナちゃん。これが貴方の夢?欲しかった幸せ?」
「いいや、まだ歩き出してすらいない。全てはこれからさ」
「ふぅーん、じゃあ最期まで付いてかないとねぇ…」
クロエの青い瞳の奥が妖しく輝く。
極上の肉が与えられるのを待つ猟犬の様に。
まっすぐに見つめるのはリュナの命そのもの。
いつの日か必ずリュナを殺す、その日まで共に歩み戦う。
共に生き、戦い、そしてリュナが力尽きた時に最後にその命を奪うのはクロエだと約束を交わしたのだ。
出会って殺し合った日にそう約束して以来、リュナはクロエにとって運命の人なのだ。
他の男や女と幾らくっつき合っても構わない。
彼に最初をあげた、だから彼から最期を貰う。
それだけなのだ、たったそれだけの神聖な関係なのだ。
「クロエ、君がある意味で一番の要だ。体の方は問題ないかい?」
クロエの眼光に動じることなく、リュナはいつも通りの温和な笑顔で続ける。
「んー、まあ八割ってとこ?まだ痛むけど無理しなきゃ大丈夫だろうし、いけるいける」
「君が言っていた貴族、たしかマクトー・ヤヴァだったね。彼は重要な存在だ、生きたまま捕まえてくれ」
「うん、まあ自爆する気満々とかもう死んでたとかじゃなきゃ努力するね」
「無論、君の命が最優先なのは大前提だ。だが、彼を無傷で確保すれば次の展望がより楽になる」
ある意味、リュナにとってはボースよりも、レオよりもクトーこそが重要な確保目標と言えた。
他は殺しても良いが、この人間だけは生きて、変異させること無く無事に確保したい。
故に部隊を四つに分けて突入する事が打ち合わせで既に決まっている。
リュナはレオに、シュワンツはボースに、そしてクロエはクトーに、それぞれ別れてぶつかる。
別途非戦闘員を集めて物資集積所兼指揮所を作り、そこは神官長に統括させる。
戦力分散は愚物の成す事と言う。
しかし、これが確実だ。
悪魔憑き相手に生半可な物量戦は無意味、質の勝負を行う方が良い。
そして数の暴力が通じる相手に数をぶつけ、速攻をかける。
「まあ、裁断刀は無くなったけどクトーちゃんの首根っこ掴んで連れ帰るぐらいならば出来るでしょ。心配しない!」
Vサインを突き出して笑うクロエにリュナはそれ以上の問答は無用と微笑んで頷いた。
「今日は良い日だ、良い気分のまま終わらせよう。それと——————」
クロエから目を離したリュナは神官長が置いていった捕虜に目を向ける。
その顔を見た捕虜が悲鳴を上げようとして蚊の様なか細い声を上げた。
恐怖から全身が硬直し、喉が痙攣したのだ。
「流石に血を分け過ぎてしまって乾いていたところだ。補充させて貰おう、それが君の最後の価値だ」
大口を開け、鋭い犬歯を覗かせたリュナの顔は悪鬼の様に歪んでいた。
意味を察して逃げようとする捕虜の頭を鷲掴みにし、その首にリュナは躊躇なく喰らい付く。
そして、一切の遠慮なく血を吸い尽くすと干からびた死体を投げ捨て、頭を踏みつぶす。
そこに一切の躊躇や容赦は感じられなかった。
敗者は全てを奪われ、蹂躙される。
それはこの集団においても変わりはしない。
「さて、次は普通の食事だね。クロエ、何か食べたいのはあるかい?」
「んー、じゃあ桃の缶詰!」
「それは勝った後に取っておきたかったんだけどな…まあ、一缶なら問題ないだろう」
「さっすがリュナちゃん!話が分かるぅ~!」
この世にいるのは手に入れる者と奪われる者の二種のみ。
いつか奪われる側に敗北して立場が変わるまで、歩む者たちは永遠に奪い続けるのだ。
出撃の時間が訪れて戦車隊が走り出した後に残ったのはかつて人だったと思しき肉片だけであった。
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今日は敵は来ないのか?昼に至り、皆がそう思い始めた頃に彼らはやって来た。
土煙をまき散らしながら地平線から現れた集団は下見をするように数度都市の周囲を旋回した後、転舵して急速にこの滅びた城塞都市に迫りつつある。
豆粒ほどの大きさしかなかった車両集団が今やおおよその形や輪郭が見えるほどまでに大きくなりつつある。
旧時代の戦車や装甲車の成れの果てを軍馬で引いて突進してくるまるで悪い冗談のような集団がこちらに迫りつつある。
「北から回り込んで来るな、予想通りだ」
炭化したミュータントの死体が多く残る焼け焦げた内城壁の上から腕を組んで仁王立ちするレオが集団をにらむ。
その周囲では内城壁各所で監視を行っていた人員が駆け足で北壁に向けて装備を再配置せんとかけずり回っていた。
機関銃が運び込まれ、各員に黒色火薬を短く切断した鉄パイプに詰めただけの原始的な手榴弾が供給される。
都市中から生存者をかき集めて戦えそうなのは精々300人程度という非常に厳しい人員数に対し、目測でおよそ1000を超える敵が視認され、ただでさえ低い自軍の士気が更に低下していくのがクトーには目に見えて感じられていた。
よくもまあ、万単位はいたであろう大きめの都市をここまで滅ぼしてくれたものだとクトーはこれをやらかした古い知人を内心で罵った。
「ああ、あっちは燃え残りが多いから遮蔽物にしつつそこから城壁に取りつくつもりだろう。アラモになるぞ、キルロイ」
その隣では双眼鏡を覗くクトーが相槌を打つ。
状況は最悪だ、イナゴレイダーたちやクロエの時の様な少数同士の局地戦ではない。
軍団と軍団の衝突だ、どう考えても分が悪すぎた。
「逃げ損ねた以上は仕方あるまい、あいつらが来るのが遅かったお陰でなんとか仕込みは間に合った。どうやら無駄にはならなさそうだ」
「仕込みねぇ、お前も相変わらずえぐい事するよ。会った頃はもっとまともだったってのに…」
「まともなままでは生き残れなかった。悪いのは俺ではない」
「ああ、そのおかげで俺たちはここまで来れたんだ。頼むぜ、兄弟」
言葉による返答の代わりに赤い刀身の剣を抜き放ち、すぐ側の地面に直置きしていた複合ガンポッド『棺桶』を左手で握りしめたレオが城壁から飛び降りる。
「可能な限り間引く、作戦は朝の打ち合わせ通りだ」
「了解だ、幸運を」
肉体が重力に捉えられて下降を開始した直後、背と足から燃え上がった緑の炎がレオに浮力と推進力を与え、物理法則を無視した推進力を生んで集団へと飛翔を開始する。
「よし、戦闘開始だ!キッドは狙撃に集中してくれ!お前ら!ここを死守しようなんて思うな!敵が接近したら俺たちと後退して市街地で籠城——————」
クトーが戦闘指揮を開始しようとした刹那、レオが飛翔していった前方で硬質な金属同士が激突した様な絶叫が響き渡った。
「な…ッ!まさかもう——————」
音の先を見やったクトーは思わず絶句した。
そこにあったのは一方的な展開だった。
青い炎を纏った黄金の竜が赤黒い鎧の悪鬼へと肉薄し、数度の激突の末に地面を叩き落したのだ。
本来の動きを出来ないのか、ぎこちない体の動かし方をしながらレオが竜の猛攻を受けながら追い立てられていく。
更にはその後方から飛来した飛行獣に乗った騎士の様な者が上空から次々と爆発する矢を射かけているのだ。
このままではまずい、とっさにクトーはキドを見やる。
本来の腕で銃を構えた変わり果てた蜘蛛人間が静かにその戦闘を見守っている。
手が早いキドらしくない所作だった。
「キッド!あの飛んでるのを撃て!レオを援護してやらねぇと——————」
「撃ったら反撃でこっちにアレが飛んでくるが良いのか?」
お前が死ぬぞと言外に告げられ、キドに飛ばした指示がどれだけ危険であったかをクトーはそこでようやく我に返った。
空にいる騎士が撃っているのは爆発する何かだ、アレがなんであれ城壁を吹き飛ばし、壁上の人員を殺傷する事など容易いだろう。
連射される爆発物程恐ろしい理不尽など無いのだ。
特に一発貰えば終わりの自分達の様な人間にとっては。
頑強な周囲の悪魔憑きたちを基準にするのが間違っている。
彼等と長く居すぎて明らかに判断力が落ちている。
そして何より、レオがいなければ早々に壊滅すると最早当たり前の様に思考してしまっているのだ。
少なくともこちらにはまだ動かせる二体の悪魔憑きがいるというのに。
加齢に加え、過労でまだ脳の思考力が回復しきっていない故であろうが、このままでは全てが裏目に出かねない。
「くそッ!レオがいない前提でやるっきゃねぇってか!」
頭を掻きむしりながら、衰えゆく脳を必死に動かしてクトーは今後の進展を勘案する。
その後の状況はまき散らされる土煙を相まって把握できそうにない。
ただ、徐々に城壁や外周市街地から離れた位置に戦闘が移動しつつあることだけが見て取れた。
どうやら意図的にこちらの防衛ラインから遠ざけられつつあるようだった。
時折地上から放たれる重機関銃の曳光弾の火線と炸裂する緑の炎がレオの健在を示しているが、この時点で手持ちの最強の駒が敵に拘束された事をクトーは理解せざるを得なかった。
「クロエ以外にもあんなのがいるとか聞いてねぇぞ畜生!どこであんな愉快なお友達こさえてきやがったあのイカれ女め!」
レオを前面に押し出し、敵を可能な限り削るという目論見はこの時点で潰えた。
敵の主力はこのまま速度を落とさず突進してくるだろう。
「狙撃兵と重機関銃で奴らを止めるしかねぇ!レオがいないなら俺らだけ——————」
「モ、モルフォだぁああああああッ!」
クトーが次善策の指示を出そうとする間にも状況は動いていく。
戦闘指揮を遮ったのは連日の戦闘を生き残っていた都市の守備兵だった。
見上げれば太陽に隠れていたモルフォの編隊が上方から降下しつつV字編隊を組みながら迫ってくる。
その背にはあろう事か人間が乗っている様にすら見え、その昆虫の脚には白い煙を上げる何かがしっかりと掴まれている。
「飛行種だ!やべぇぞ!」
「建物に避難しろォ!急げェ!」
都市守備兵、生き残っただけで彼らの戦意は非常に低い。
参加した全ての戦いで敗北してきた、ある種歴戦の敗残兵だった。
それでも使う他が無く、前線に出せばこの程度、クトー側の陣営は悲惨そのものであった。
「おい!お前ら勝手に逃げるんじゃねぇ!」
クトーが静止する間もなく、逃げようとする兵士たちを何か巨大な物体が薙ぎ払った。
肉が砕ける音と水が飛び散ったような音が響き渡り、数人の敗残兵が原型を留める事無く奇妙な形の肉塊となって紫の血を噴き出しながら城壁の外へと落ちていく。
「てめぇらぁ!許可なく逃げる奴はぶっ殺すぞぉ!」
その下手人は憤怒の形相で怒りのままに叫び、先ほどまで人間だった肉塊をこびりつかせた戦槌を握り締めた巨大なる悪鬼ボース。
ボースは血の滴る戦槌を襲来せんと接近する飛行種に向けて叫ぶ。
「対空戦闘だぁ!さっさと撃ちまくれ屑どもがぁ!手の遅い奴ァ俺が殺してやるぞ!」
ボースの命令に我に返った兵士たちが持ち場へと戻り、戦闘を開始する。
粗末な鉄柱の様な対空銃架に乗せられた水冷式重機関銃が火を噴き、狩猟用ライフルや前装マスケットが個々に連続射撃を開始、ようやく初期のショックから回復した集団が対空戦闘を開始したのだ。
既にモルフォの集団に狙撃を開始していたキドの射撃に加わって空へと放たれる銃弾と銃声が明確に増大していく。
士気の低い兵士たちが潰走しようとするのを恐怖で抑え込んだボースが荒ただしげにクトーを見下ろしながら怒鳴る。
「てめぇは下がってろクトー!ここは俺が受け持ってやる!さっさと下がって雑魚どもと大人しくしてろ!」
周囲にいる数十名の兵士を見張りつつ、専用に調整されたM2重機関を腰だめで撃ち始めたボースがクトーに退出を促す。
対処が遅れた事でモルフォたちは何体かが撃墜されつつも、すぐ側まで迫りつつあった。
そして、それらが正体不明の白い煙をまき散らす物体を投下し始めた事を見咎める。
「どうせこの屑どもはすぐにくたばるぞッ!さっさと行け!」
「キッド!ついてきてくれ!お前さんが最期の守りだ!」
言葉に背中を押されるようにクトーは城壁の会談を駆け下り、城主の館目掛けて石造りの道路をかけてゆく。
そのすぐ脇に城壁から一足で飛び降りたキドが着地してリボルビングライフルを再装填しながら並走する。
「屑どもォ!殺されたくないなら戦って勝ちやがれ!それがここのルールだ!」
投下された物体が炸裂し、爆炎と白煙がまき散らされ始める中、脱走を許さぬボースの怒りに満ちた咆哮と銃声がけたたましく吠え続ける。
青き血族の攻撃はレオという主戦力の離隔と航空戦力による空爆から始まったのだった。
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城壁にモルフォライダーたちの爆撃が着弾した時分、レオは苛立たしげに目前の敵と上空の敵を相手に不利な戦闘を強いられていた。
会敵して早々、レオは己の肉体の自由が制限されていることに気が付いた。
それが故に初撃において対応に出遅れ、地面に叩き落されたのだ。
最早、敵集団の間引きを行っている余力はない。
目下の問題は目前の敵。
「ちぃ…ッ!」
目の前にいるのは常に青い炎を身に纏った黄金の色をした竜の様な何かだ。
人間サイズであろうと、竜は竜。
かつて人であった時に出会ったドラゴンゾンビの脅威を否が応でも想起させる脅威に自然、舌打ちが出る。
「ガァアアアアアッ!」
咆哮と共に次々と降り降ろされる爪の斬撃が動きの鈍いレオの身体を絡めとる様に抉り削っていく。
本来であれば弾き、かわし、逆撃を加えられるような単調な攻撃を前に、体が思考に追従してこない。
反撃で振るった剣は振り上げてから降り降ろすまでが酷く緩慢だ。
鈍重な大振りの一撃を受けてくれるほど、目の前の存在は無能でもなければ優しくも無かった。
攻撃を大きく一歩後退してかわした竜がその勢いを利用して肉体を低くかがめながら反回転させ、長く太い尾をレオの脇腹目掛けて振り回してくるのを目視で捉える。
単調ながら早く強力な鞭の如き横薙ぎの一閃。
それでも本来ならば対応が間に合うであろう攻撃をレオはかわしきれず、直撃を受けて耐えきれなかった胴体が陥没して変形を引き起こす。
人間ならば致命傷。
だが、肉体を捨てたレオにはさしたる損害にはならない。
より深刻なのはこの攻撃で予定していた戦場から更に遠方へと弾き飛ばされた事。
守るべき城壁が手の届く範囲から遠ざかっていく。
対応しようと剣を振るい、体を反らし、反撃の為に射撃を試みる。
だが、体と心が同期しない。
そして、それをあざ笑うかのように竜は叫び、咆哮し、肉薄攻撃を繰り返す。
先ほどからこの繰り返し、守るべき城壁が徐々に遠ざかっていく。
常にレオが望む反応速度からワンテンポ遅れて体が動き、攻撃を弾くことも躱す事も出来やしない。
心当たりは当然、ある。
「邪神め…!やはりこいつらが…!」
反応の鈍い左腕を無理矢理指向し、竜を捉えて複合ガンポッドの二連装を浴びせかける。
7.62mmと12.7mmが混じった曳光弾が竜へと殺到し、しかし直撃する直前で発生した半透明の膜の様な防壁が青い燐光と甲高い金属音を上げながら弾丸の前を見当違いな方向へと弾き反らしていく。
だが、それで良い。
咄嗟に防壁を張ったのか黄金竜の動きが止まったのを見計らい、レオは射撃を継続しながら右手の剣の切っ先を向けながら重い足取りで着実に接近する。
最初は遅く、しかし力強く、やがて肉体の制御を奪おうとする内なる敵を振り払うように駆け出し、加速し、一気に距離を詰めて必殺の刺突を行わんと突撃する。
「ぬぅ…ッ!」
だが、剣がまさに届かんとした刹那。
空から降り注いだ矢の連撃がレオの周囲で炸裂し、突撃を妨害する。
何本かは直撃し、常時展開された斥力場を容易く突破して肩や腕に突き刺さり爆裂して姿勢が崩れる。
外れた矢もまた爆裂し、土煙がまき散らされて視界を奪われる。
だが、それでもレオは止まらない。
不定形の肉体での戦闘に慣れつつある事で、被弾し破損してなお即座に形状を再構築し、戦闘を継続する。
「がぁああッ!」
思い通りにならぬ肉体への怒りの混じった叫びと共に振るわれた横薙ぎの一閃。
だが、既に敵はそこにはいなかった。
空を裂いた一閃がエーテルを搔き乱し、風を押しのけ、僅かな間、砂埃で塞がれた視界を回復させる。
城壁に敵がとりつき、既に勝敗が付きつつある。
元より最小限の兵力、そして士気劣悪な弱兵では士気旺盛で数においても優勢な敵に勝てる道理などない。
今頃まともに戦っているのはボースぐらいだろう、ここまでは予定通りだ。
想定外は——————。
状況を確認して一瞬止まったレオの脇腹に再び衝撃が走り、重く地面を踏みしめている筈の肉体が宙に浮く。
またしても竜の振り回した尻尾が直撃したのだ、人間ならばそれだけで即死したであろう重量と速度の乗った質量攻撃。
しかしてやはり、肉体を捨てたレオを仕留めるには至らない。
弾き飛ばされた衝撃で肉体が反回転、視界が流転する中で僅かに見えた紫に染まった空から青い煌めきが幾筋が突き進んでくるのが見て取れた。
上空から援護している敵の支援攻撃だ。
またあの矢が来る。
問題はない、概ね攻撃パターンは読めて来た。
「ふぅうッ!」
現状で繊細な姿勢制御と反動抑制は不可能、調整している間に直撃を貰う。
意識だけは明瞭な中、レオは冷静に己の状態を把握し、肉体の主導権を取り戻すことを諦めた。
故に、レオが取ったのは防御ではなく機動、殴打による質量攻撃で発生した浮遊という状況に己の疑似スラスターを重ねた水平方向への急加速であった。
先ほどまで己がいた位置に矢が炸裂する中、急加速を続けるレオが重量を減らすべくガンポッドを投棄、剣を両手持ちに切り替え、精彩さを欠く鈍重な旋回を試みながら上昇し、矢を連投してくる上空の敵を狙う。
視線の先にいるのは麒麟とペガサスを混ぜて冒涜的にした様な騎獣に乗るは黒い大弓を構えた古風にして異質なる甲冑を着た存在。
あれはまるで残党の——————。
「騎士…ッ!騎士だと!?だが、そうであるならば!」
邪神がここまで執拗に妨害するのも納得がいくという物だ。
おそらく、今度は奴に乗り移るつもりだろう。
自分は既に用済みか、だがそんな事は決して許さない。
許してなるものか。
レオは小回りの利かない重戦闘機の様に騎獣にまたがる騎士に肉薄し、上昇しながらの逆袈裟切りを試みる。
こちらが重戦闘機ならば相手は格闘が得意な軽戦闘機といった所であろうか。
硬質な羽を羽ばたかせた騎獣が軽やかな機動でレオの斬撃を回避する。
致命的な一撃であろうと、剣の射程は短く、今のレオの機動性は劣悪だった。
だが、だからこそどこか懐かしい感覚が心の中に溢れ出してくる。
かつて己の全てが正しかった時代の名残が強く思い出されていく。
「良いだろうッ!亡霊め!何度でも滅ぼしてやる…ッ!ジョンソン少尉がいなくても俺だけでェ…ッ!」
叫びと共に、己の中でこの不自由さに身に覚えがある事をレオは理解した。
この苦しみを己は知っている。
そうか、これは…。
これは人の苦しみだ、これ程までに己の一部と言える程に身近であった物をこうも短期間で忘れるとは。
この不自由さこそが強化外骨格を駆って戦う機動歩兵の生き様そのものだ。
己は、意図せず原点に回帰したのだ。
ならば、負ける筈が無い。
否、負けてはならないのだ。
久しぶりに、己の内にある確固たる何かと歯車がかみ合った感覚がした。
「機動歩兵の戦い方を見せてやるぞ…!」
攻撃をかわされたレオはそのまま上昇を続け、高度の優位を確保すると大げさな程に大周りの旋回を再度行った後に急降下攻撃へと転じる。
下方に見えるのは弓から槍に持ち替えたらしき騎士と、地上より追って来たであろう黄金竜。
騎士は相変わらずの後衛、竜が前衛として突出していいる形だった。
逆に都合が良い。
竜はここまでの戦闘でこちらを見くびったらしく、前進を停止して燃え盛る大口を開けて攻撃態勢を取っている。
これも見覚えがある、ドラゴンブレスだ。
ドラゴンゾンビの時は腐敗ガスだった。
これこそが真の意味での対ドラゴン戦か——————。
咆哮を上げ、炎のブレスを放つ黄金竜目掛けてレオは構わず正面からの突撃をかける。
顔を焼かれる直前に己の肉体を構成する血液で顔を覆い、疑似装甲ヘルメットを構成する。
視界すらも狭まり、より古き良き時代の感覚が蘇っていく。
肉体の不自由さと反比例するようにその拘束感がレオの戦意を高揚させていく。
剣は盾とせず、両腕にて刺突の体勢を維持、質量砲弾の如くただただ標的目掛けて加速し突き進む。
視界が強烈な蒼に埋め尽くされ、肉体の表面を青い炎が炙っていく。
ブレスのエーテル奔流と肉体を構築するエーテル力場がぶつかり合い、双方が絶叫を上げながら対消滅を繰り返して削れ合う。
生身の部分が残っていればそこから焼き尽くされたであろう強烈な一撃。
だが、あの夜に受けたクロエのレーザー攻撃程の脅威では無い。
出力はおそらく上だが収束しきれていない、こいつはあの女程戦いに慣れていない。
防御しきれる、このまま押し切るのみだ。
両手持ちで取るは刺突の構えを取り、狙うはブレスを吐く竜の心臓一点。
「よけろラペナッ!」
騎士の叫びとブレスを突破したレオの剣がラペナを貫くのはほぼ同時だった。
それにも関わらず騎士の警告が効いたのか、或いは本能が故か。
レオの剣が捉えたのは心臓ではなく、左腕であった。
相手の身をひねった回避機動と奔流に流され、狙いがほんの僅かに逸らされた様であった。
それでも成果は上々だ。
「まずは一つッ!」
肩口から突き刺さった両手剣が強固な鱗の装甲を貫き、骨と筋肉を切断し、僅かな外皮と筋繊維だけで繋がった左腕から大量の青い血が燃え盛る炎となってまき散らされていく。
自由に体が動けばこのまま胴か首を切断出来たであろう。
だが、現状では一手足りない。
刃先を縦から横に変え、薙ぎ払わんとした刹那の間に飛来した青い光弾がレオの追撃を中断した。
その隙に黄金竜は離脱機動に入り、レオの射程外へと退避する。
「…ッ!」
「下がれ我が子よ!」
それまで後衛に徹していた騎士が急上昇を行いながら槍の切っ先を向けて突撃を試みる。
騎士のまたがる騎獣は口から光弾を吐き散らし、遠近において隙の無い連携を一騎にて行う様はさながら理不尽の顕現と言えた。
空を飛んでいるというのに、まるで地上で行われるランスチャージの様な威圧感。
だが今の己は人に非ず、化け物と戦う為に鍛えられた機動歩兵也。
まずは足を潰す。
鈍重な肉体で回避は不可能、後の先に徹し射程まで近づくべし。
レオは魔導防壁を展開し、光弾を凌ぎながらあえて挑戦する様に槍を突き出して突っ込んでくる騎士に正面から突撃をかける。
「…ッ!」
レオの展開した防壁に騎士の黒槍が突き立てられ、僅かな拮抗を経て防御を貫通した槍がレオを襲う。
時間にして一秒程度、だがこの刹那の時間こそがレオには重要だった。
防壁に突き立てられた位置から槍の軌道を把握し、頭部への直撃を回避。
損壊しても問題の無い胴体全体にて攻撃を受ける。
左肩から入った槍は斜めに肉体を貫通し、右太ももより食い破った切っ先を露出させる。
人間、否、悪魔憑きであろうと確実に絶命する一撃。
だが、肉体を捨てたレオには通じない。
むしろその不定形な肉体の強みを活かし、肉体で包んだ槍をそのまま強奪して武器を奪い、更にはすれ違いざまに騎獣の翼を一刀のもとに両断。
片翼を失った騎獣がいななきながら体勢を崩して降下していく中、乗騎を捨てた騎士が己が黒翼でもって飛翔。
腰に差した黒い剣を抜き放ち、尚も肉薄し白兵戦を試みる。
今度はレオが低空にて高度の優位を取られた形での空中戦。
咄嗟にレオは相手を制止する様に左の掌を相手へと向けた。
無論、制止でも降伏でもない。
掌から僅かにせり出すは前装銃身、放たれるのは乾ききった凝血弾。
狙いは当然、頭部。
緑の炎を吐き散らしながら銃身に詰め込まれた乾いた血の散弾が騎士の至近にて爆裂して視界を潰す。
攻撃自体は防壁で防がれたと判断、レオはあえて己が身を重力に任せて降下させる。
鈍重な身であれば物理法則に逆らうより従う方が機動しやすい。
果たして、虚空を切り裂く事になったのは騎士の側であった。
だが、行ったのは斬撃ではなく刺突。
左肩を突き出し、剣は右脇に抑え込んだ体当たりの姿勢で爆風を突破し、決して止まることなく地上まで下りていく。
そしてレオはそれを追撃、しなかった——————。
「仕切り直しと行こうか…!」
レオは騎士が急降下で離脱するのを確認すると同時に疑似スラスターにて加速、引きはがされた城壁へと急行する。
徐々に大きくなってくる城壁の上で戦っているのは最早数名、ボースとその周囲で逃げ損ねた守備兵が数名。
青い剣をもった異形がボースと切り結び、近接戦闘を繰り返しているのが見える。
戦況はこちらが圧倒的に不利であるようだった。
レオは更に上昇し、上空偵察を試みる。
既に城壁の一部が爆破され、内部に敵兵が侵入し城主の館手前にて構築された最終防衛ラインで戦闘が発生している。
そして、それらの戦闘に複数の人の形から逸脱した異形がいる事を見咎めた。
「はは、ははは!そうか!奴らもそうするかッ!忌まわしい化け物どもめ!」
武器を扱うそれらは理性を持った統制された動きでもって次々と戦意と練度の低い守備兵たちを射撃戦でもって優位に撃破し前進を継続している。
その背後からはまだ人の形を維持した地上人たちが同じく高い士気と戦意でもって異形たちが切り開いた戦線を押し上げている様すら見える。
その前衛集団の上空では巨大な怪蝶モルフォの背に乗った集団が上空からの投石による支援攻撃を行っている。
質は低いが空陸一体の近代的な戦争がそこでは行われているのだ。
これこそがレオが恐れていた同胞たちの脅威となりえる地上文明の形と言える。
だが、逆に考えればその芽を今ここで摘み取る機会を得られたのだ。
ここが己の死に場所だ、全てを使い切って奴らを滅ぼそう。
「起きろ化け物どもォ!目に映る全てを殺し尽くせェ!」
十分に城壁まで近づいたレオは上空にて静止しながら腹の底から憎悪を込めた叫びを張り上げる。
それに呼応するようにまだ焼け残った外城壁内の木造廃墟から、そして味方がいる筈の内城壁内の石造建築物からすらも捻じれ歪んだミュータントたちがあふれ出した。
それこそがレオが間に合わせた『仕込み』。
命長らえたるも戦闘に使えそうにない負傷兵と拘束されていた脱走兵を変異させた上で休眠させて待機させていた伏兵であった。
クトーが負傷兵を生かそうとしていたのは善意からではない。
レオならばこうするという理解からであったのだ。
そしてその考えと備えは一切間違っていなかった。
弱兵は使い潰し、重要な要員を生かすにはこれに限るのだ。
同じ穢れた化け物同士で殺し合え、レオは疑似装甲ヘルメット内で歪んだ笑みを浮かべてしばし地上を見つめていた。
勝利は目前であろうと攻めあがっていた敵軍の兵士たちが側面や背面から突如発生した小型種や中型種との戦闘に巻き込まれ、敵味方入り混じった乱戦に突入せんとしている。
中には血が合い過ぎたのか発生したであろう中型とも大型ともつかない巨大な個体すら生まれ、周囲は地獄に変わりつつあった。
「戦いはこれからだ、過去の亡霊どもめ」
背後からの強烈な気配に対して一人、誰にも聞かれないであろう口上を垂れながらレオは迫ってくる二体の異形、騎士と竜に対して振り向いた。
向こうもこちらもそう変わらない。
これは化け物同士の潰し合い、こいつらを滅ぼし己も滅ぼう。
この為に自分はここまで生きてきたのだ。
レオは疑似装甲ヘルメット内で敵意に満ちた邪悪な笑みを浮かべる。
「人類に誇りと栄光あれ」
かつて人であった頃に抱いていた願いと共にレオは狂気的な衝動でもって騎士と竜へと飛翔する。
これこそがこの地上の縮図、世界が壊れてなおも戦い続ける者たちの作り出す地獄。
末裔たちの戦場であった。
似た能力持ってても本人の思考と使い方次第で個性が出るよ!というのが今回でした
ゲームで言うとようやくチュートリアルと最初の街のクエストが終わってメインクエスト開始ぐらいの位置なのでこれからもよろしくお願いします。
今日はここまで




