三十三話、終わった後の後日談
魔王様回
今回若干下ネタというかエロネタというべき物があります
(書いたのは直前までなので本番シーンは)ナイデス
どれほどの間眠っていたのか。
レオは強烈な気配を覚えて意識を覚醒させた。
己の中の内なる何かが歓喜の念を湧き上がらせている不快感と共にだ。
まず己の状況を確認し、ついで崩れた肉体を再構築する。
嫌でも人間から逸脱した事を認識し、無意識に血色の悪い顔の眉間にしわが寄る。
室内で行動するのに支障のない大きさに体を調整し、扉を開けて外へとゆっくり歩み出る。
「おお、旦那!生きてたんかぁ!俺の幻覚じゃねよな!大事なハッパが無くなっちまってよぉ!」
レオに最初に気づいたのは武装した浮浪者とでも言うべきヤク中だった。
「やっと起きたっすね、寝てる間大変だったんすよ。まあ、俺らでなんとか間に合わせたっすけどね」
次いでレオに話しかけてきたのはレナルドだった。
今や二人はセットで登場すると言っても良い状態だ。
実力が近しいが故だろう。
人間の中ではこれでも上位に位置する貴重な戦力だ。
「すまない、どの程度寝ていた」
「4日ってぇところじゃねぇかな!ん、5日か?まあ、横になってハッパ吸ってりゃそんぐらいすぐ過ぎるぜ、気にすんな!」
ヤク中が虫歯だらけの歯を剝き出しにして笑う。
そこに恨みの感情は一切ないようであった。
脇にいるレナルドはいつも通りの完全武装、覆面とゴーグルで表情が伺えないが、やれやれと肩をすくませる仕草から同じく遺恨が無い事が伺えた。
「なるほど、よく持ちこたえてくれたな」
「大変だったっすよ、マジで。まあ、今日になって急に静かになったんすけどね」
「静かになった?」
「ああ、昼も夜もすっかり静かだ。昨日の夜まで地獄の運動会みてぇだったっすけどね」
「そうか…」
レオは静かに右手で顎をさすりながら二人を交互に見やる。
そして理解した。
「そうか、この気配はそういう事か…」
「あー、レオ?どうしたんすか?」
「いや、すまん。独り言だった。クトーはいるか?」
「今は会わない方がいいっすよ。ぶっ倒れて寝てるっす」
クトーが倒れた。
その言葉でレオの眉間の皺が更に深くなる。
「……やられたのか?」
「おっと、落ち着け落ち着け。単に過労っすよ。あのおっさんが一番激務だったっすからね。指揮官は寝る時間がねぇから俺は出世したくないと常々——————」
「了解した、クトーは休ませておけ。お前らも今日はさっさと寝ると良い」
「んなこと言っても当番で夜警しねぇと夜行種がっすね…」
「今日はもう来ない」
己の内に芽生えた確信がレオの口から断言という形で飛び出す。
「へ?」
「明日は決戦になる。寝ておけ、後悔する事になるぞ」
有無を言わさぬ口調でレナルドに指示を出すと屋敷の外を目指して歩み出す。
「どうするよ?副隊長さんよ?」
「まあ、ああ言うなら寝とこうぜ。雑兵どもでも警報機の代わりにはなるだろうし」
「だったらよぉ!一緒にヤク探してくれぇ!最近禁断症状で寝れねぇんだよぉ!」
「じゃ、女医さん所行くっすか。薬分けてくれないならお前の脳みそ食わせるって脅そうぜ」
「名案だぁ!腐ってるから頼まれてもヤダって言ってたしなぁ!ひゃっはは!」
レオが深刻な顔で去っていく背後で二人はいつも通りの気楽な軽口を叩き合いながら肩を組んで通路を行進していった。
「もう夜か、明日になればおそらくは——————」
戦いが迫っている。
その確信を抱かせるには十分な静かな夜であった。
領主の館より外に出たレオは腕を組みながらゆっくりと空を見上げる。
そこには変わりなく紫に変色した星無き空と赤く濁った月がある。
己の肉体と精神が変わり果て、目に映る光景すらも変質してもそれだけは決して変わらない。
レオはそこに己がまだ正気である事を見出した。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
脳に冷えた空気のもたらす新鮮な酸素が供給され、思考が明瞭になっていく。
「向こうか。邪神め、明日お前の希望を粉砕してやるぞ」
そして、視線を形状をなんとか維持している城壁へと移す。
最も、睨む先は城壁ではない。
その先、地平線の彼方にいるであろう敵の気配と更に強くなった歓喜に打ち震える内なる存在をこそ睨む。
「本気の時のクロエですらこんな気配は出していなかった。毛色は違うがこれはまるで——————」
まるでエンキの様な強大な気配に近い何かをレオは感じ取っていた。
おそらく、ミュータントの『波』が止まった事すら無関係ではあるまい。
確実に明日、アレがここに来る。
もっと早く起きていれば対策も出来たであろうが、今からでは最早遅いだろう。
クトーがいる以上は脱出にも失敗したと判断するほかない。
人員を休息させ、その時に備えるほかに術も無し。
そこまで考えたレオの思考を止めたのは荒々しい怒声と破壊音であった。
「ボースか、荒れているな。ついでにキッドも居れば作戦会議には都合が良いが…」
最も、今から出来る相談など誰がどう相手にぶつかるという編制を決める事ぐらいであろうか。
丁度無事を確認したかった相手を認めたレオは音の元へと歩み出した。
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遂に明日だ。
明日には全ての決着がつく。
全ての準備を終えた討伐軍頭目、ゲネラル・シュワンツは己が座する指揮所兼寝所である天幕に最期の儀式の準備をしようとしていた。
目前にあるのは何かを封印するかのように厳重に密閉された巨大な箱。
その傍らにあるのは破損し、朽ちて用を為さなくなった強化外骨格が一機。
そして、この箱のある物こそが部族の至宝とも言うべき——————。
「ゲネラル、本当によろしいのですか?」
そうシュワンツの背後で問うてくるのは部族に生まれ落ちて以来の仲である副官の声だった。
「これで良いのだ、ガネル。吾輩はこれをリュナ殿に託したい」
「しかし、もしゲネラルの読み通りの場合、彼…。或いは彼女に我らが至宝の出所を聞かれたら…」
「問題ない、吾輩がなんとかする」
副官の言葉に有無を言わさぬ口調で問題ないとシュワンツは断じる。
「相応しい使い手に、相応しい武器をお返しする。それが世界を救えなかった先祖の、そして部族を救えなかった我が身への相応しい罰と贖罪である」
「ゲネラル…」
「ガネル、お前たちは生きろ。生きてあの御方に最後までお仕えするのである。リュナ殿ならばきっと今ここにいる我らだけなく、我ら部族全てを救ってくださる」
その為には命など惜しくない。
シュワンツは言外にそう語る。
そんな族長の背を見てガネルは力なく頭を振った。
「シュワンツ、一緒に連れて行ってくれないとは本当に意地が悪いな」
階級を無視して気安い語り口はそれが古なじみの友であるが故。
最後の最後に上官と部下ではなく、友として語り合いたいというガネルの意思であった。
「そう言うなスターロン、どうせお互いもう若くない。すぐに向こうで会える。死後の世界があればであるがな」
そう言って振り返ったシュワンツの顔は疲れ切っていながらも、どこか満ち足りたように穏やかであった。
「先祖は我らに歴史と名誉以外には何も残してはくれなかった。そして吾輩も部族に何も残してやれなかった。せめて、今見つけた希望だけでも、その為ならば…」
「……そうか、分かった。友よお前の意思は必ず」
「何、エンキ様の頃に比べれば楽なもんだ。きっと痛みも苦しみもそう長くは続くまいよ」
老兵二人は力なく笑い合うと背筋を正して敬礼し合う。
「リュナ殿をここに、朝が来るまで誰も近寄らぬように厳命せよ」
「了解です、ゲネラル。御武運を」
今後の交渉の成否はシュワンツの弁舌と誠意にかかっている。
流れ次第では皆殺しにされかねない。
だが、仮に失敗したとてガネルに恨む気持ちは無かった。
所詮、自分達は先が無い者たちだ。
これまでの生も、これからの生も、今もなお生まれてきている新しい命ですらも。
人類という種が作ってきた繁栄の物語が終わった後の後日談を生きているに過ぎないのだ。
自分たちが決められる事は終わりを早めるか遅くするかだけ。
それでも賭けるというならば。
「最期なのです。心のままにおやりなさい」
ガネルは今生の別れと思い、シュワンツに握手を求める。
「上手く行くと祈っていてくれ、きっとやり遂げてみせる」
二人は固く握手を結び、そして各々の役割を全うすべく、離れていった。
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リュナに族長からの呼び出しがあったと伝えられたのはもう太陽がとうに没した後の夜の事であった。
他の兵士たちは既に明日に備えて早々に睡眠に入ろうという状況、夜警とその補佐の為に少数だけが起床しているという時分、普通ならば機嫌を悪くするであろう状況にあってもリュナは笑顔でその要求を快諾した。
それはその呼び出しが忠義を尽くすと宣言したシュワンツからであった事も要因ではある。
だが、一番の理由はと言えば。
「了解した。故あって我が子も連れていくが構わないね?というのもだ、そろそろ私の方から出向こうと思っていたところだったのでね」
何よりもリュナ本人がシュワンツの天幕へと赴く機会を待っていたからであった。
「もっと早く呼び出されると思っていたぐらいだったんだがね、彼も多忙だ。文句など言えようはずがない」
いつもの温和な笑みを浮かべるリュナ・ドラクリアは槍を除いた完全武装状態で我が子であるデュラを伴いながら討伐軍頭目であるゲネラル・シュワンツの天幕へと歩を進める。
その姿を見た夜警の兵士やその補佐をする奴隷たちが次々と姿勢を正して敬礼し、銃を捧げ、頭を垂れ、膝をつき、土下座をする。
それぞれの慣れた方法での敬意をリュナに示しているのだ。
それがこの集団の真の統率者が誰であるかを如実に現わしていた。
リュナは彼等に一切の暴力を振るわない、一切の脅迫を行わない。
ただ、行動と在り方だけによって敬意と賞賛を勝ち取ったのだ。
自分達とは根本的に異質で出来が違う存在だとガネルは並び立つ異形の英雄を評価していた。
そんな崇拝者たちに軽く手を上げて答えながらリュナがガネルに問う。
「静かな良い夜だ。そう思わないかな?」
太古の時代を想起させる古式ゆかしい黒い鎧はその見た目に反し、歩みを続けるリュナの動作に合わせて起こすはずの擦れるような金属音を一切立てない。
接合部が存在しないそれはまるで布の衣服の様に滑らかに主の動作に連動して形を変えている。
それこそが、リュナが身に着けている物がこの世界から外れた文明の遺した装備であることを雄弁に物語っていた。
だが、そんな静寂であるからこそ感じられる違和感を享受出来るのも、周囲の脅威を全てこのリュナが討滅したが故。
故に、自然と出てくるのはリュナを賞賛する言葉。
「はい、これも全てリュナ様のお陰です」
これは嘘偽りのない言葉であった。
実際、『波』の敵集団はリュナとその子ラペナによって散々に蹴散らされて霧散し、地平線の彼方へと流れ去った。
方向を変えただけ。
そう言ってしまえば身も蓋もない話だが、人の身ではそれこそが至難。
人間の力で河の流れが変えられる筈が無い。
それをこの者は僅かな手勢で成したのだ。
だが、そんな偉業すらもこの偉大な魔にとっては些細な武勇伝の一つ程度に数えられてしまう。
ここまで幾度となく起きた壊滅の危機、それをリュナは族長シュワンツと協力して都度最小の犠牲で対処してきたのだ。
予定とは違う長距離行軍と悟って早々に離脱や逃亡を図った徴収兵や傭兵たち、行軍を開始して早々に立て続けに故障して落伍していった寄せ集めの車両群、集団移動による食糧不足と衛生状態の悪化。
それに直面する度にシュワンツが通例の対策を提示し、リュナがそれを踏まえた上でパワープレイによって想定以上の成果と対策をやってのけてきた。
困難に直面する毎に逃げ出そうとする雑兵たちに離脱する事こそが死への道と説いて考えを改めさせる事、数十回。
それでも尚、逃亡した者たちを追いかけ、ミュータントに襲われている彼等を救って引きずって戻って来た事も少なくない。
今ではこうして奴隷から兵に至るまで敬意を持たれる程に統率力を発揮する弁舌を持つようになった。
不意に一人で集団を離れ、食用に耐える動植物を多量に狩ってきた事など、一度や二度ではない。
それを食して中毒を起こした者もいなければ、口にした食材に腹を食い破られた者もいない。
野生種への高い観察眼と知識が無ければ不可能だ。
落伍車両を己の騎獣で牽引させて見捨てずについてこさせて事も一度や二度ではない。
次の日には故障車が部族の用いる戦車と同じ、限界まで軽量化された牽引されるだけの鉄箱と化そうと誰も文句など言うものはいなかった。
そして戦えば堅実ながら負ける事の無い安定した武勇。
今からすれば次への布石の為にあえて派手な戦いを避けていたと分かる程の手並み。
これ程までの恩恵を与えられながら、己の自尊心を傷つけられたとしか考えられずに反乱を起こした他の族長たちは言うまでもなく見る目が無かったと言わざるを得ない。
最も、反乱をしなければ最終的にリュナの配下として組み込まれるだけと考えれば地位に固執する者たちには激発するほかなかったのだろう。
それすらも読んであえて問題を放置してあの場を作ったとすれば博打の才能と度胸すらもある。
そして、そんな反乱者たちにすらこの魔なる英雄は有用性を見出して救える者は救った上で使い道を見出して使い潰して見せた。
智と武を心得た才人、すなわち脳筋だ。
深く友誼を交わしていないガネルですら心酔したくなる英雄としかいえなかった。
それでもなお、零れ落ちた命や制止を聞かずに逃亡した者は少なくない。
だが、それでも本来の予定よりも数多くの者が生き残ったのは事実だ。
予定では敵に追いつくまでに我が部族とモルフォライダーズの者以外の大半が全滅している予定であったのだから。
付きまとうであろう食料問題も衛生問題も、人数が勝手に減る事で自動的に解消されるという前提だった。
元よりこれは、後に残される者たちの為に結束を阻害する不平分子を諸共引き連れて処理するための死出の旅路だ。
そして、その頃には自分達も最早帰還するだけの余力など残っていよう筈が無い。
最後には全員で進める限り進んでから玉砕するという算段の片道の旅。
その運命をたった一人の悪魔憑きが変えたのだ。
彼或いは彼女がいなければとうの昔に全滅していた筈の自分たちが今、かつての主を滅ぼした仇の首元に銃剣を突きつけられる位置に肉薄できているのは他ならぬこの人物のお陰なのだ。
ただの寄せ集めだった集団は、この者の下で一つの新しい部族の様に生まれ変わりつつあった。
そして、もうすぐ長すらも変わるのだろうという強い確信がガネルを支配する。
「そこまで謙遜する必要はないよ。スターロン殿、君は私と共にあの日、突撃部隊を率いていたではないか。この勝利は我らが共に勝ち取ったものだよ」
一度たりとも告げた事の無い下の名を出されたガネルは一瞬、体に緊張が走ったのを感じる。
リュナがミュータント群の流れを割って突破口を開いた折、戦車部隊を指揮していたのは他ならぬガネルであった。
だが、その折に顔を合わせたのは精々突撃を開始する前の数度だけ。
直接、会話を交わした事もそうはない。
関係が近しい族長ならばともかく、その配下の副官や下士官ともなれば人数も多く覚えきる事は困難だ。
この者はまさか、この集団にいる全員の名と顔を把握しているとでも言うのか。
ガネルはあくまで平静を装ってリュナとの会話を続けようと努力する。
「事実は事実、我らはただ御身の背後を走っていたにすぎません」
「私にとってはそれこそが大事な事だよ。道は一人では作れない。後に続く者がいなければね」
「左様ですが、ならば栄光を共に出来た事を喜びとさせていただきます」
「ああ、私は君たちの事が好きだ。これからも共に同じ道を進みたいと思っている」
リュナが時々、抽象的で哲学的な言葉使いをする事をガネルは理解していた。
どこか違う視座と視点から世界を俯瞰している様な雰囲気を出し、口調すらも安定していないことがある。
若い男の様に精力的で無鉄砲な一面を見せたかと思えば、口調から仕草に至るまで永く生きた老戦士のように思案する事がある。
かと思えば年頃の娘の様に笑ってはしゃぐ事があり、淑女の様に穏やかになる事もある。
良い意味で掴みどころが無いというのがガネルの持った率直な感想だった。
終末世界の天気の様に表情を変えるが、そこに暴威が無いのだ。
そこには悪魔憑きの持つ不安定さが無い、最もそれもこの御仁の推定される出自を考えれば——————。
「さて、まだまだ語り合いたいが到着してしまったようだ。ガネル殿、また明日にでも会話を楽しもう」
ガネルの思考はリュナの言葉で遮られた。
既にシュワンツの座する天幕に到着してしまったのだ。
長年仕えてきた主にして友の最期が迫っていることをガネルは理解した。
「リュナ様、貴方様は寛大だと信じている。どうか何が起きようとお手柔らかに願います」
自然、ガネルは乞うように片膝をついて頭を垂れていた。
他の兵士がそうするように、主に対する姿勢を取っていた。
「ガネルくん、それはあまり感心しないよ?その物言いは何か悪い事があると相手に教える事になり、警戒感を与える事になる」
「理解しています。しかし…」
「心配しなくて良い、意味もなく殺すとか痛めつけるというのは好みではない。営みとは互いに益となる事が肝要だからね」
いつもの優し気な笑みを浮かべながらガネルを制すとリュナはデュラを従えて天幕へと入って行く。
「どうか、どうか我が友に寛大な慈悲を」
しばし佇んでいたガネルは最後にそう言葉を絞り出すと項垂れながら立ち上がり、踵を返して己の寝所へとゆっくりと歩んでいった。
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「シュワンツ族長殿、お待たせいたしました。招集に応じ、我が子ともども馳せ参じさせていただきました」
対等な者としてではなく、あくまで臣下の一人としての態度でリュナはシュワンツに片膝をついて首を垂れる。
「そう他人行儀をされるな。我らの仲である、気楽にされよ」
「今は臣下と主の間であるならばこそ礼儀は礼儀、それにこの度は許可なく身内を連れてきました故」
そのすぐ脇には中空から着陸した首のみのデュラが器用に父を真似て頭を垂れている。
深手から回復し、自力飛行できる程度までは回復した様であった。
「ふむ、デュラ殿だったか。怪我はもう良いのであるか?」
「寄生能力以外は、今回は我が子に見識を広めさせたく」
子に代わり、問いに答えたリュナは子が実質的な戦闘の力の欠如している事を告げる。
それが誠であれ、虚偽であれ、脅威は無いと配慮しているのだとシュワンツは理解した。
その気になれば素手で人間を引き裂けるであろうに、この偉大なる怪物は相変わらず腰が低い。
「よろしい、同伴を許すのである。頭を上げられよ。人払いもしている故、言動も気軽で良い」
「感謝します。して、要件とは」
最もな質問をリュナがする。
既に戦闘計画についてのおおまかな話し合いは終わっている。
リュナとラペナという最大戦力をエンキを倒したと思われる仇敵にぶつけ、自分たちは名目上の敵であるボース一体を仕留めるために全力でぶつかるという単純なものだ。
いかに悪魔憑きとて、成りたてであれば戦闘力は脅威ではあっても絶望的な差ではない。
他にもいくらかの兵力はあると思われるが、人間相手であれば選抜歩兵や部族兵は十分以上に勝負ができる。
戦車に積んできた重機関銃と火砲の支援でもってすれば未だ残る城塞に籠られても突破は可能と見ていた。
我々は問題ない、シュワンツはそう考えている。
仮に失敗しても元より死ぬつもりだった身、生きて帰れるならばそれは嬉しい誤算というだけだ。
だが、この者は——————。
この者だけは死なせてはならない。
シュワンツの内で強い警鐘の様にその感情が強く鳴り響いている。
「貴君に見せたい…。否、委ねたい物がある。我が部族の宝だ」
「まるで明日死ぬ様な物言いだね、感心しないな」
シュワンツの覚悟を決めた表情を見てか、リュナは困ったような顔で腕を組み、首を僅かに傾げる。
短く切り揃えた銀髪が僅かに揺れ、光に反射して煌めくのが見えた。
「あいにく金銀財宝の類ならば間に合っているが、如何に?」
「剣である。貴殿の『出自』に近しい物だ」
「ほう、それはとても奇怪な物なのでは?」
先ほどから一転して、肉食獣の様な笑みを浮かべたリュナの瞳が鋭く光る。
己の出自に近しいという物言い、そして先のガネルの言葉からリュナはシュワンツらが己の起源をある程度察した事を理解する。
最も、その程度で動揺や後悔はない。
何一つとして恥ずべきものでは無いという自負がある故に。
むしろ、今急速にリュナの胸の内に高まるのは期待感であった。
「その為の人払いなのである」
リュナとデュラを傍らに招いたシュワンツは天幕の中央に安置されたそれが封印された大箱をおもむろに開封した。
「我が部族の至宝、聖剣『トレイター』である」
それは唯の人が持つにはあまりにも重すぎる青い刀身を持つ両手剣であった。
刀身の内部に埋め込まれでいるのであろう、異世界の文字がモザイク加工されたかの如く、光の当たり方や視点を変える毎に現れては消えていく。
「綺麗…」
リュナの傍らでホバリングするデュラがその刀身の美しさを称える様に言葉を漏らす。
「リュナ殿、貴殿はこういった品に縁がある血統ではないか?」
ここまであえて問うてこなかった核心にシュワンツは触れる。
状況証拠だけは十分にあった。
明らかに人類の技術で作られたとは思えない甲冑や先の戦いで見せた可変する輝く槍。
悪魔憑きとしては明らかに異質な安定した精神と知性。
類似性を見せるであろう第二世代とは隔絶した高い戦闘能力と権能。
そして、偉大なる騎士の子であると啖呵を切って見せたその在り方。
その全てが——————。
「率直に聞くが、貴殿は来訪者に連なる者であろう?」
最早疑念ではなく、確信をもってシュワンツは同意を求める様に問いかけた。
「アーネストの剣か、まさかこんな形で再び出会うとは…」
「パパ?」
「ッ!?今、なんと申された?」
対するリュナはまるでその剣を見知ったように感情のこもらぬ平坦な言葉を発した。
無表情となり、感情らしい感情が抜けた瞳はどこか遥かな遠い古代の記憶を呼び覚ましている様な、或いは他人に乗り移られた様な雰囲気すらも醸し出す。
それに驚愕したのはシュワンツであった。
リュナが口にしたのはまぎれもなく、かつてこの剣を用いた部族の祖にして英雄であった男の名であったからだ。
まだ48thがアメリカ合衆国陸軍第48装甲化歩兵師団と呼ばれていた古の時代。
機動歩兵は戦車の肉壁、時間稼ぎ、三回出撃して生き残れれば優秀な証と散々に評価されていた中で重強化外骨格すら装着せず強化外骨格のみにて騎士を撃破し、その剣を奪って世界が終末を迎えるまで戦い抜いた英雄がいた。
騎士と大型機動兵器がぶつかりあった神話の時代において非力な.50口径重突撃銃と敵より奪った鹵獲装備『裏切りの剣』で持って幾多の騎士を討ち取りし、部族原初の英雄であるアーネスト・シュワルツネッガー。
在りし日のアーネストはこの剣を『なんでも切れるすげぇ奴』と呼んで自殺行為でしかない筈の騎士との近接戦闘に幾度となく勝利して見せたという。
異界より来たりし騎士の得物でありながらに多くの同胞を屠った裏切りの剣、故にトレイターと名付けられた曰くつきの聖剣だ。
「ああ、失礼した。これは父の記憶の奥底にあった物らしい。意識が混線してしまったようだ」
僅かな間を置いて正気に戻ったように表情と生気が戻ったリュナが頭を小突いて見せる。
これまで信頼してきた人物は本当に彼或いは彼女なのか、シュワンツの中に若干の疑念が生まれる。
だが、それ以上に確信が深まっていく。
「では、やはり貴殿は——————」
「うん、そうだね。私はこの世界の外から来た父とこの世界に生きた母との混血だ」
やはり、そうシュワンツは得心が出来た。
しかし、だからこそ、別の疑念が浮かび上がる。
「やはり…。しかし、父の記憶というのは?」
「簡単な事、私は己の父を殺して血を喰らったのだ」
悪びれる様子もなくリュナが答える。
その横でデュラが驚愕の表情をしているからして、子にすら語った事の無い話であったようだった。
「血継ぎという儀式でね。父の種族は近しい者や友が死んだ時にその者の血を吸って文字通りその力と記憶を継承する事が出来るそうなんだ。私もそれで父の知識を継いでいる」
怖いか?暗にそう問うようにリュナがあえて笑みを作って鋭い犬歯をシュワンツの見せつける。
「父だけではない、ここに至るまでに幾人かの父と同じくこの地に取り残されて亡者と化した父祖を滅ぼして武具と血を継いできた。だから他人より少しだけ知識があるというだけの事だよ」
リュナの持つ武器が統一された体系でない事の理由がそれであるのだろう。
継いだ記憶と身一つを頼りにこの終末後の世界を渡り、出会った亡者を屠り、武具を揃えたのだ。
「……ならば話が早いのである。このトレイターを貴殿に進呈したい。どうか受け取っていただきたい」
「ふむ、良い武器ではあるけどね…」
視線を剣に移したリュナが思案する様に右手で顎をさする。
髭の生えていない中性的で若々しく、精悍な風貌に僅かに幼さをも残す顔立ちが銀髪と紫の瞳も相まって強い魅力を引き立たせている。
ふとした瞬間に発揮されるその魅了の力に、シュワンツは己が去勢している事に安堵感すら抱くほどの魅惑を感じさせられていた。
先ほどはあれほど不気味に感じていた筈の相手に酷く惹かれそうになる。
「駄目だね、これは私が使うべきではない」
「な…ッ!」
リュナの拒絶にシュワンツは途方もない絶望感に苛まれる。
今やこれを扱えるものは部族にはいない。
最も肝心な、この剣を振るう為の強化外骨格が機能を停止しているが故に。
かのアーネストですら、この聖剣を振るうには強化外骨格による補助を必要としたのだ。
リュナが使わないならば、最早誰にも——————。
否、まだ候補はいる。
「では、ラペナ殿が使われるのであるか?デュラ殿でも——————」
「ラペナは自前の武器を持っている。この子はまだ病み上がりで戦えない。クロエにも予備があるし、ジバにはまだこの手の武具は早い」
別の候補についてすらもリュナは拒絶した。
武器の引き取りを拒否されたというよりは、己の想いと部族の存続を拒絶された様にしか受け取れなかった。
シュワンツは乞うようにリュナを見つめる。
隣にいたデュラがどこか不満げに父を見ているのが分かる。
それを無視してまっすぐにシュワンツを見つめ返してくるリュナの表情は硬い。
その心中が如何なるものかは読み取れない。
当然だろう、この聖剣の由来からして自分たちの部族は彼の者の父祖を殺してきた仇敵の末裔なのだから。
そんな者たちが自らの罪を悪びれる事無く、『君は使えるだろうからこれを使え』と父祖殺しの道具を押し付けてきたらどう反応するか。
怒り狂っているのか、呆れ果てているのか。
ここで全員族滅されてもなんら反論する事は許されないだろう。
いずれにしろ行う事は一つのみ。
詫びを入れねばならない。
それが相手の名誉を辱めた者のがすべき作法だ。
「……お怒りは最もである。だが、吾輩も錆びつきようとも男である!」
そこまで言うとシュワンツはおもむろに部族長の証である丁寧に仕立てられた旧時代の軍服を脱ぎ捨て、上半身裸となる。
「貴殿の怒りの矛先を我が身一つで許していただきたい!そして叶うならば貴殿が我が部族の長となり、民を導いてほしい!この剣は部族の至宝であり、同時に族長である事の証!これより死ぬ吾輩には最早不要である!」
覚悟を決めた表情でシュワンツは胡坐をかくと、隠し持っていた短刀を逆手に持って己の腹に向けて突き立てるべく両腕を振り上げる。
シュワンツの望んだことは自分達では最早使う事の出来ぬ武器と、最早自分達では未来を示せない部族を託す事。
それによって少しでも部族とリュナが生き残れる可能性を上げる事だった。
イナゴレイダーによる襲撃とクロエによる夜襲の二度の攻撃を立て続けに防ぎ勝利した敵は間違いなく、これまでの人生においても比類する事の無い怪物。
使える武具は一つでも多い方が良いだろう。
非礼は全て、自分が背負って地獄に持っていく。
真実を語った後に短刀にて自決、それがシュワンツが出した答えであった。
だが——————。
「不要だ」
短刀がシュワンツの腹に突き刺さる事は無かった。
それよりも先に毒蛇の様に素早く伸ばされたリュナの手がシュワンツの腕を掴んで引き留めたのだ。
掴まれた腕が痛みに軋むのが分かる。
「そのような謝罪は不要。無論、君の命もこの剣もね」
「…ッ!」
拒絶の言葉にシュワンツは打ちひしがれたような絶望の表情でリュナを見上げる。
だが、そこにあったのはいつもの笑みと慈愛に満ちた細められた瞳だった。
「君の願いはよくわかった。そう結論を急がないで欲しいね」
ごく自然な動作で短刀を取り上げたリュナは優しくシュワンツを立ち上がらせる。
「見たかいデュラ?これが部族の為ならば腹を切る事も厭わぬ指導者というものだ。よく覚えておくんだ。これが男という生き物だ」
一連の出来事に唖然として宙をホバリングしている娘に笑いかけたリュナはすぐにシュワンツに向き直る。
「君の行動は概ね理解出来る。だが、まず先に言っておこう、私は君と君の部族になんら怒りも恨みも持っていない。不要としたのは純粋に既に私は己の剣を持っているからだね」
己の腰に刺した剣の柄頭を左手で数度突きながら、子供を諭すように優しい口調でリュナが語りかける。
そこに一切の敵意を見出すことは出来なかった。
「この剣を見た時、父の意識が一瞬蘇った。強い心残りがあったんだろう。本来早々無い事だ。賞賛と、それ以上の悔恨の二つが強く出て来ていた」
リュナはシュワンツを離すと剣へと近づき、その蒼い刀身を優しく指でなぞる。
「父たちは君たちを恨んでいない。魔を知らぬ脆弱な者たちが自分達と同じ地平に立ち、剣でもって勝利する程の勇者を生み出した事への素直な称賛の感情だけがあった。元を正せば自分達こそが侵略者だからね、切られてもその辺は怒らんさ」
シュワンツへと向き直ったリュナはまるで古く尊いものを見つめる様に目を細める。
「父とアーネストはどうやらいわゆるライバルって奴だったんだろうね。彼を討てなかったのが心残りだったと強く感情が湧いてきている。きっと、これは運命だ。私が出会う事は宿命だったんだ」
刹那、リュナがシュワンツの至近まで接近してくる。
瞬きする間に一瞬にして距離を詰めたリュナがシュワンツの老いて筋張った腕を取って剣へと導く。
柔らかく血の通った暖かい感触がリュナが幻想ではなく実在する存在であると生々しく伝えてくる。
共に手を重ねる様にトレイターの刀身に触れながら、耳元でリュナが囁く。
「つまりだ。この剣を使うのはシュワンツ、君だ。私ではない」
その言葉に電撃が走ったような感覚が全身を貫く。
鼓動がいやがおうにも早くなる。
この聖剣を使う?自分が?
最後にこの聖剣が振るわれたのはシュワンツの祖父の時代だ。
部族を襲った大型ミュータントを切り裂きその威光を見せた剣も、その戦いおいて祖父が外骨格を破壊されて戦死した際に使い手を遂に失ったのだ。
これが使えれば、そう思った日が幾度あったか最早思い出す事すら出来ない。
その焦がれた権威と力がすぐそこにあると告げられる。
「吾輩が…。しかし、これは…」
「人の身では確かに不可能、外骨格も見たところ既に壊れているようだね。だがまだ手段はあるだろう?」
リュナは期待する様に目を細め、シュワンツに笑いかける。
決めるのはお前だ、そう言わんばかりの表情で。
「私の血を受け入れれば君は人を超えた力を手に入れられる。私が選ぶのではない、君がどうするか選ぶのだ」
瞬間、シュワンツの脳裏に浮かぶのはリュナに血を与えられて人から逸脱した裏切りの族長ジバの姿だった。
人からの逸脱、しかしてその自我は明確にジバのままであった。
まさか、あの光景すらもこの時の為に——————。
「私は奪うものではない。与える者だ。だが、心せよ。私が与えるのは祝福だけではない。我が血を継ぐ者は私が背負う呪いと宿命をも与えられる事を心得よ」
リュナの紫の瞳が妖しく光る。
それが善意からの警句であることがよくわかる。
そして、それ以上に受け入れてくれる事を期待する熱い眼差しであることも。
「知ればもう平穏な暮らしは出来ないかもしれない。私は古い記憶を多く持っている。中には君たち人間が認める事が出来ないような物もあるだろう。血を介してそういった知識や価値観をも君は得る事になる。そして、何より避けがたいのは人の形を失うという事だ。それが私と同じ魔になるという事」
そこまで言うとリュナはシュワンツの許から離れ、天幕を照らす篝火まで優雅な足取りで歩み寄る。
そして篝火に背を向け、腕を組んでシュワンツを再び見据える。
「我が征くは王道に非ず。我が成すは正道に非ず。我が行いは邪道であり、この父祖も人類も終わりし後日談の世よりも尚も暗き道なき道を征く魔道なり。共に来たらばそれこそが生き地獄となりえよう、報われる事無く苦悶の死へと至る事もあるだろう。それでも尚、我が内で猛る鼓動の如く強く生きたいと願うならば、私はお前に人を超えた蒼き血を授けよう」
炎を背景に影を作ったリュナの顔に紫の瞳だけが輝いている。
作られた影は側頭部から生える角も相まって悪魔の様な造形を作り、風も無いのに揺れる炎によって不気味に揺らめき、凶兆を告げている。
「敵は正面にいる者たちだけではない。分かっている筈だ、後ろから追ってきているあの者たちも我々を見失ってはいまい。明日は乱戦になる。他人の命まで守っている余力はない。このままでは君たちはきっと全滅する」
追ってきている者たち。
あの日、イドの荘園に集まった折からあえて見える位置に陣取っていた同じ姿と顔の集団たち。
不死者シフの事だろう。
突撃銃、機関銃、無反動砲、あらゆる装備がこちらよりも整った優れた装備を整えている。
こちらは装甲車を『馬力』で動かしているが、向こうは本物の兵員輸送車だ。
あれが戦闘途中で後背から殴りこまれれば確かにタダでは済まないだろう。
いや、あれが見せ札だとすればより良い装備を虎の子として持っている可能性すらある。
「そして無論、私も割と高い確率で明日死ぬかもしれない。実は我々は今こそが最大の危機だと言えるね」
「パパッ!?」
さも当然の様に己の死を予言するリュナにデュラが叫ぶ。
シュワンツすらも驚愕に目を見開いた。
そこまで正確に状況を見据えて尚、己に剣を取れといういうのか。
だが、それ以上の言葉を制する様にリュナは我が子に向けて『静かに』とジェスチャーを送る。
「私はこの中で最強であるだけで別にこの世で一番強いわけでは無い。我が子よ、お前は言っただろう?神様に会ったかもしれないと」
空中にてホバリングするデュラは問いに対して器用に首を縦に振って見せる。
「クロエからも話を聞いた。奴は強いと、そして何よりも遥か遠方に残るとされる地上と袂を分かちし人類の末裔かもしれないと」
「それはまさか…!?」
次に叫んだのはシュワンツだった。
遠方に残る人類の末裔、それは先祖より伝えられし伝説の——————。
「そう、どうやら彼はARK、箱庭計画の生き残りでありそうだ。敵は純粋な人類の末裔だ。それが人の神と我が神の双方の力を引継ぎ、使いこなしていると見た。私以上の因果持ちの所業だよ」
何という事か、シュワンツは愕然となる。
世界が終わった時に地下に逃げたとされる人類の末裔すらもここにいるとは。
残された全ての種族の末裔がこの地に揃い、そして今まさに殺し合おうとしているとは。
「所作や発言、あと彼の血を飲んだ時に色々分かったそうだ。つまり、騎士の末裔たる私の戦い方を心得ているという事だ。その上であの瓦礫の王を倒す程の腕前と度胸まである猛者だ。負ける気はないが、終わった後に私が生きていると保証は出来ない。だからこそ——————」
リュナは再びシュワンツに歩み寄ると握手を求める様に右手を伸ばす。
「もし私が死んだら君と我が子に後を託したい。私が死んだらその時は君たちが私の血を吸い尽くして血継ぎをするんだ」
「パパ!そんな事…ッ!」
「お前が長子たらんとしてきた事は私の誇りだ。心配するな、私も覚悟なんてしてないのに継がされたんだから」
焦ったように顔のすぐそばで飛ぶ娘に変わらぬ笑みを浮かべるリュナの姿は既に死を覚悟している殉教者の様であった。
何のことはない、常に悠然とした自然体でいるのは死を身近に感じ続けているが故だったのだろう。
明日の命の保証が無いからこそ、常に次への布石を打ち続ける。
普段はこの様な場に呼ばぬ子を連れてきたのも、先に覚悟をする猶予を与えたいというリュナなりの優しさだったのだろう。
いつ死んでも悔いの無い生を送るという哲学をこの救いの無い世界で数十年以上も実践し続けて来た者だけが到達しえる生と死を等価に扱う精神性がそこにはあった。
楽観的な悲観主義者、それこそがリュナ・ドラクリアなのだ。
命の限り全力で生き抜いてから死ぬ。
そして力及ばず死ぬならばそれまでの命、それがこの者の死生観なのだろう。
今この場で死んで楽になろうとした己がどれだけ身勝手で独りよがりで滑稽であるか、嫌でも理解させられるという物だ。
ならばこそ——————。
「ならば、吾輩が血を受け入れれば貴殿の生存率が増えるという事であるな」
意図を理解し、その道しかないとシュワンツは覚悟を決める。
彼女は我々を許してくれた、先祖を好敵手と認めてくれた。
そうであるのに、こちらがその思いに応えぬは人でなしだ。
「そうだ、君が力ある存在となってくれるならばこれ以上に心強い事はない。共に来てくれるか?」
「先の口上通り、吾輩の命は貴殿の物だ。好きにするが良い。だから——————」
「分かった。君の命、そして君の部族は私が責任をもって貰い受ける。共に征こう」
シュワンツはリュナの手を取り、固く握手を結んだ。
瞬間、強く引っ張られたシュワンツはリュナの腕の中に収まり、理解が追いつくよりも早く血の接吻を受けた。
鉄の味が口に広がり、内臓が燃え上がるような感覚が内側から襲い来る。
肉がうごめき、骨が割れる痛みが広がる。
背から皮膚を突き破って生えだす翼の感触におぞけが走る。
それと同時に、己とは違う誰かの戦いの記憶が脳裏を走り抜けていく。
砲弾が炸裂し、青い閃光が飛び交い、戦車が爆散し、飛行要塞が地上に墜落する。
騎士と兵士が次々と物言わぬ死体と化していく終末手前の地獄絵図の中、人の作りし物とは思えぬ飛行戦艦が次元門と思しき存在に突入を果たす。
そして大地が砕け——————。
悪夢めいた光景の中、突如としてすべてが黒く塗りつぶされる様な光景がシュワンツの目前に広がり、
『ソレ』との出会いを果たす。
叫び、走り、逃げ惑い、やがてはジバと同じく暗黒の中で輝く白い月に手を伸ばす。
どれほど、そのような苦痛と悪夢の中にあったのか。
気づけばシュワンツはリュナに抱きかかえられていた。
痛みが引いていくのを感じるが、どこか息苦しく呼吸が荒くなる。
そんな感覚とは裏腹に老いてより感じて来た疲弊と倦怠感が消え失せている。
どこかモヤが掛かっていた筈の思考は膜が消え去ったように明晰で晴れやかだ。
成ったのだ、人から外れた存在に。
今自分がどんな姿をしていようとも、この瞬間だけは最高の気分だと言えた。
だが、痛みが引いたはずなのに、今度は下腹部に違和感がある。
「意識は明瞭か?」
「酷い二日酔いみたいな気分である…が…!?」
慎重に容態を確認しているらしきリュナを見上げる。
すると下腹部の違和感がさらに強くなる。
まるで何か失われたものが動いている様な——————。
「うむ、『そちら』も取り戻せたようで何よりだ」
「ぬぅ!?」
唐突に襲い来るのは内臓を直接つかまれている様な不快感、しかしそれを補って余りある熱情。
これは——————。
「まさか吾輩の…!?」
「それは生きるために必要なものだろう、無いと生きる価値の半分は失う事になる」
エンキに臣従する際に自ら失ったものが戻って来た事にシュワンツは困惑と同時に歓喜が巻き起こる。
そう、リュナは奪うものではなく与える者。
だが、だからこそ——————。
「よく耐えたな、お前は男だ」
より魅力的に見えるようになったリュナが艶のある笑みを浮かべ、シュワンツの耳元で囁く。
「試したいか?私は女でもあるぞ?」
その言葉にシュワンツは巻き起こる衝動を抑えきれず、リュナを押し倒した。
力、命、若さ、そして精力——————。
全てを与えられ、蘇ったが故に、シュワンツはリュナに心を奪われていた。
「あ…!ッえぇ…!?パパ!?」
まさかの事態に動揺するのはデュラであった。
だが、そんな姿すらもリュナは笑って返す。
「どうする?このまま『見識』を広めるか?」
「あ、明日早いから!お、お休みィ!」
言葉の意図を理解したデュラが顔を赤くしながら普段からは考えられない高速飛行で天幕を飛び出していく。
その姿を見てリュナは自らの鎧を外しながら愉快そうに笑って見せた。
「ははは!あの子はまだまだ子供だな!」
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シュワンツは僅かに明るくなり始めた時分に一人、天幕の中で意識を取り戻し、身を起こす。
どこか、長年溜めに溜めた澱が抜けたような清々しい目覚めであった。
毛布を被ってはいるが、身に纏う衣服は無い。
何かとんでもない事が起きたという朧げな記憶だけが残っている。
「ぐっ…!」
少しばかりして寝ぼけていた頭が覚めてくると同時に襲い来るのは僅かな頭痛と昨夜の鮮烈な記憶だ。
偉大なる魔の者の手を取り、血を受け入れ、悪夢の様な映像と変異の苦痛に耐え、そして——————。
何という事か、あろう事か忠義を示すべき相手を押し倒すとは——————。
やらかした事に頭を抱える様に両手で顔を覆い、その違和感に気づく。
額から生えていると思しき二本の硬質な感触。
これは角だろうか?
そしてふと、己の腕や手を見れば青く変色した肌が見て取れた。
どうやら変異には成功したようだった。
「あの方は…」
シュワンツは主を求めて天幕の外を目指す。
かつてよりも天井が近く感じられる、身長も伸びたようだ。
「リュナ殿…」
外へ出て早々に目にしたのは太陽が出る間際の薄明るい空の下、全裸のまま腕を組んで仁王立ちするリュナの後ろ姿。
朝の光を浴びるその姿はまるで神像の様に神々しさすら感じられた。
「起きたか、見てみろシュワンツ。夜明けだ」
ピンク色に染まった空の下、地平線から緑に変色した太陽が顔を出す。
シュワンツにとって、それはこれより訪れるであろう新しい時代を想起させるものであった。
シュワンツは静かに頷くとリュナに隣並び立つ。
一糸纏う事の無い二人が同じ地平と太陽を見据える。
「先に謝らせてほしい。君には全てが終わってから巻き込みたいと言っていたのに少しばかり早く君に選択を強いてしまった」
シュワンツは目だけを動かして横にいるリュナを見る。
その表情は未だ硬い。
「まだ間に合う。その新たな力と共に武具と部族を率いて故郷に帰ったとて私は許す」
改めて問うてくるのは最後の選択。
部族をリュナが志す魔道へと付き合わせる生贄とするか、それを選択するための最後の猶予。
そこにシュワンツらが求めた平穏な未来は無いのだろう。
だが、今更そんな選択肢はあり得ない。
リュナの記憶の一部を垣間見た今となっては、それしか選べる道が無い事は既に理解が出来ていた。
我々に退路は無い。
最早この星に逃げ場や退路など——————。
だとしても、仮に今この瞬間に彼女の差し伸べた手を拒絶してもそれもまた運命だと笑って見送ってくれるのだろう。
この主はどこまでも優しい存在なのだ。
「リュナ殿、否。我が王よ、寛容すぎるというのはかえって相手への無礼になる事もありますぞ」
「そうか、ならば共に征くか」
「勿論、この命ある限り永久に」
シュワンツは今や部族の為である以上に個人的な感情によってリュナについていく事を決めていた。
リュナに与えらたものは全て。
リュナに奪われたものは心だった。
部族長の家生まれ落ちて以来、婚姻すらも決められた相手であったシュワンツにとって、これは初めて抱いた生々しい人間らしい感情と欲望、衝動の塊であった。
「では、早速だが部族の精鋭を集めて欲しい。彼等にも選択をして貰おう」
「吾輩だけでは不安ですかな?」
「それもある。だが何よりもこのまま死なせるには惜しい価値あるもの達だ。生き残れる確率を少しでも上げてやりたい」
「……吾輩以外にも他の予備を揃えたいという所ですかな?」
言った直後、思わずシュワンツは片手で口を押えた。
己の口から意図せず棘のある言葉が飛び出した事にシュワンツ自身が動揺する。
「お前は私のお気に入りだ。他の者に早々と記憶までは与えんよ」
それを笑って済ませたリュナはシュワンツの肩を軽く叩いてから身を翻して天幕へと戻っていく。
「君の強化外骨格も寝てる間に弄らせてもらった。その体ならば使い物になる筈だ。それと鏡を見てみると良い、以前にも増して男前になったぞ」
それより一時間も経たぬうちに集められた選抜歩兵34名と幾人かの有力者がリュナによってシュワンツと同じ選択を迫られ、全員が魔の道を行く事を了承して血族へと転化していった。
この日こそが地上に名実ともに魔族が生まれた呪わしくも偉大なる日となったのだった。
シュワンツはこの日確信した。
人の世の終わりは近い、と。
次回やっと戦闘です。
今回の話は概ね、主人公が全部失敗してきた事を全部RTAの速度で成功させてきたのが魔王様だよという会になりますね。
シュワンツくんが血を継いで何を見たのか具体的な話はまた今度になります。
今回はここまで
なおいつもの誰得BGM
シュワンツくん視点はラストハルマゲドン(特に日の出辺り)
https://www.youtube.com/watch?v=v9sKmrnQAZ0
リュナは割と戦闘以外では常時ファフナーのProofが流れてるイメージです
https://www.youtube.com/watch?v=QiRRpUk1axw




