十二話、合流
生きてます、エタりません(鋼鉄の意思)
「下がれ!壁を吹き飛ばす!」
逃げ込んだ小道を進み、その先で不自然に作られた行く手を阻むバリケードにRは即製プラズマグレネードを投げ込んだ。
地面に落ちた円筒状のエネルギーパックが地面に落ち、少し間を置いて青い閃光を放って炸裂する。
これで残っているグレネードの数は一個だ、慎重に使わねばならない。
「前進再開だ、燃え残りと火傷に気を付けろ」
出し惜しみはしない、その言葉を律儀に守ったRは通路を塞ぐバリケードや壁と遭遇する度に生き残ったプーミ、とニシと連携して素早くそれらを突破すべく努力をしてきた。
瓦礫をどかして道を作り、或いは己を土台にして仲間を壁の上まで登らせて引っ張り上げて貰う、迂回路が有れば金網を乗り越え、梯子を上って屋根から屋根に飛び移ったりもした。
そのいずれも不可能な場合はグレネードで障害物を破砕して突破する。
そうして二個のグレネードを消費した強行軍の果てに、今ようやく見えてきた風景は今までの都市の残骸とは一線を画す物だった。
開けた視界の先にはそれまでの整然としたコンクリートのビルや木造の住居とは違う、歪なバラック小屋が無秩序に建てられた乱雑な空間が広がっていた。
「ここら辺でアスマを待とう、もう近い筈だ」
そんなスラム街の様な集落に足を踏み入れて幾らか歩いた後にニシは一言呟いて信号弾を空に向けて発射した。
ここまで大型化した合成体や移動の苦手な屍者の通りにくい道を選んで進んできたのである程度は距離を離せた筈である。
当然油断はできないという前提の話ではあるが、目の前の光景について考える程度の時間はありそうだ。
「なんなんだ、ここは…?」
「難民が作った街か、ゴミ漁りの仮拠点だな。放棄されて結構経ってるみてぇだが」
思わずこぼしたRの疑問に対して、赤いフレアが既に暗い空に輝きながらゆっくりと揺れ落ちてくる中でニシが素早く答えた。
難民の拠点ならば合点はいくが、まだ疑問は残る。
「だが、整備すれば居住可能な住居ならばすぐそこに幾らでもある。わざわざこんな所に再建する意味なんて無い筈だ」
「昔なら、街は資源の山だったんだ。金の生る木を潰してその上に家建てる馬鹿はいねぇだろ?それに…まあ、後ろ見てみろよ」
そう言いながらニシは右手の親指を立てて後ろを見ると何度かジャスチャーを繰り返す。
それに従って後ろを見たRは薄暗い夕日に照らされてそびえ立つ物体にハッとした。
「さっきの障害物は…そうか、街を覆う壁だったのか…」
先程までは近すぎて分からなかったが、少し距離を置き、全景を捉える事でそれが何だったのかが理解できた。
爆破した障害物は有り合わせのスクラップやジャンク品を重ねて作り上げたゴミの壁と、しっかり作られた石壁の二つが複合された街を囲う高い壁の一部だったのだ。
恐らく、すぐに作った即席の壁と後から作ったちゃんとした壁が合わさっているのだろう。
つまり、このバラック小屋の集落は、町から追い出された難民達が壁のすぐそばに作った新しいもう一つの街、スラム街だったのだ。
「戦争が終わった直後はな、こうやって街に壁を作って奇形生物やら起き上がる死人どもから自分らを守ろうとした連中が多かったのさ。全部無駄だったみたいだけどな」
戦争後、世界規模の文明崩壊による混乱で人々が逃げ惑う中で、あえて自分たちの故郷に留まる事を選んだ者達は、外からの敵の侵入を防ぐ為に手持ちの物資で都市や生活区画を隔離しようとしたのだろう。
敵とはつまり、汚染されたミュータント、甦る屍者たち、そして他の街から逃げ延びてきた難民の事だ。
ここまで幾度となく存在した壁やバリケードも彼らが都市内で発生した疫病やミュータントを隔離する為に随時増やしていったものなのだろう。
となれば、確認は出来なかったがどこかに彼らの居住していたコミュニティの跡地も近くに有ったのかもしれない。
だが真実がどうであれ、全ては終わってしまった後の事である。
空間崩壊の影響による天変地異と物流インフラの断絶、政府機関との連絡が途絶した事で孤立した彼らに他人を救う余裕など一切残ってはいなかっただろう。
そして、閉じこもった彼らは外で逃げ惑う他人を見殺しにし、結局は自分達も身内同士で同士討ちを行い皆滅び去ったのだ。
「ゴミ漁りは物が手に入る内はすぐ近くに拠点は作らねぇ、昨日泊まった所も多分この街が枯れる手前ぐらいに内部での探索する為の拠点だったんだろうな。俺たちは都市の外延部から採掘して枯渇次第奥地に入っていく習わしだ」
「なるほど、だがどうしてそんなやり方をするんだい?中心部の方が良い物は多いだろうし、資源のすぐ近くに拠点を作った方が便利だろう」
「単純に行動時間と距離の問題、それに都市が安全じゃねぇからだ。化け物どもと異常空間をどうにかしねぇと奥まで行けねぇし、街は奴らの巣と同じだからな。あと同業者も怖い」
言われてみれば確かにそうだ。
この世界の日照時間は過去のデータに比べると短く、夜は視界がほぼ0になる暗黒の世界が待っている。
遠出するという事自体がリスキーであり、ゴミ漁りにとってのスカベンジとは文明崩壊後、人類未踏の地でミュータントや屍者と争いながら旧文明の遺産を同業者と奪い合うという過酷な職務なのだ。
つまり、掘り出せる物がある内はその周囲には拠点を作らないというのは彼らの紳士協定であり、同業者の襲撃を防ぐ為なのだろう。
小人数では拠点を作っても敵対者が多ければ維持など出来ないのである意味合理的だ。
「まあ、あんまり駄弁ってる暇はねぇ。もうちょっと奥まで行こうぜ、息は整ったろ?」
「ははっ、鍛えててもこんなパルクールもどきはずっとやってたらもたないね…助かるよ」
「パル…?あんまり変な言葉は使わねぇでくれよ、古い言葉は分からねぇ」
既に太陽は沈む寸前だ、もう猶予も無い。
そんな時だった、何かが風切り音を伴って飛来し、すぐ近くのバラック小屋の屋根にぶつかる音がした。
トタンで作られた屋根がバキバキという音を立てて割れ、その物体は建物の内部落ちたようだった。
薄暗い夕暮れに照らされた三人が銃を各々の銃を構えてその住居から後退る。
「おい、なんだ今の?」
突然の事態にニシも流石に狼狽えた様に疑問を口にしている。
「もし、僕の予想が有ってるとすると…不味い事になるね…」
「勿体つけずに言ってくれよR、今の何だよ…?」
「本体から射出された屍者の一部だ」
「なっ!?早く言えよ馬鹿野郎!お前ら走れ!」
Rの答えを聞いたニシは二人を叱咤して走りだそうとし、押し黙っていたプーミがそれを手で遮り制止する。
「ヤバイ、今ノ沢山来テル」
耳の良いプーミがそれ故に感づいた不吉な事実を口に出す。
その言葉から僅かな間を置いて、周囲に同じような何かが次々と降り注いできては道や家の中へと着弾する。
視界は悪くなっているが、やはりそれは最早肉で構築された球状スライムと言っても過言でない、死肉の合成体となった屍者たちであった。
ようやく逃げ切ったと安堵した直後、3人は周囲を屍者に包囲されるという窮地に陥いる。
しかもほぼ夜になる手前で視界も悪くなってきている。
「ニシ!仲間はどこにいるんだ!このままだと奴らの餌だ!」
いよいよ持って余裕が無くなった事を理解したRはアサルトライフルのセレクターをフルオートに変更して遠慮なく5.56mm弾を近くの屍者の小肉塊に流し込む。
被弾した小肉塊は次々風穴を開けられて崩れ、しかしすぐに元の形状へと戻っていく。
統合するコアも無ければ神経節も無い動くミンチ肉と言っても良い死体の塊に小銃弾など効きはしない。
フェイズ3の厄介な所は、合体し混ざり合う事で人間や動物の形を完全に失い、一種の腐乱したミンチ肉の集合体になる事だ。
こうなると通常の銃弾や火砲の徹甲弾などでは対処が出来ない。
広域を燃焼する焼夷弾や火炎放射器、プラズマ兵器の出番が来る。
逃げようとする三人の周囲にぼたぼたと肉のスライムが降り注ぐ中、彼らが突破してきた入り口からも先に比べると体積の少なくなった屍者の本体の一部が顔を出す。
ミンチ状になる事でその走破性はフェイズ2以前に比べて格段に上昇する。
段差も障害物も飲み込み、乗り上げ、大きくなり過ぎれば分裂して体積を減らして機動力を上げる、そんな地面を這いずり回る不快で狡猾なミンチ肉の塊、それがフェイズ3合成体の真骨頂だ。
死体・生体を問わぬ浸食と合成による高い同化能力、障害物を無視した高い走破性、射出による自身の一部の遠距離投擲、フェイズ3合成体の人口密集地域への侵入はその地区の滅亡と同義であり、哨戒任務においても最優先撃破対象として指定されている。
それが三人の周囲を取り囲んでいる存在だ。
「すぐ近くまで来てるさ!来るまで弾幕張って粘るんだよ!良いから撃ちまくれ!」
三人は各々の装備する武器で付近で蠢く肉塊に銃弾を叩き込み続ける。
弾倉の一本目を早々に撃ち切ったRが二本目を銃に装着し、射撃を継続する。
ニシはボルトアクションのライフルを必死に操作して命中も二の次に速射を行っている。
プーミも効果が無い事を承知でエアライフルを屍者めがけて発砲し、気休めながらも二人を援護する。
それでもにじり寄る小肉塊の群れに最後のプラズマグレネードが投げ込まれ、僅かな延命と引き換えに最後の切り札が失われていく。
「アスマは来るさ!あいつはいつだって俺たちを助けてくれたんだ!今回だって…!」
切羽詰まったニシの言葉に答える様に暗い夜空に大輪の炎の花が咲いた。
炸裂して球状に広がり、赤や緑の光をまき散らす。
何発もの花火が空に次々と打ち上げられていく。
続いて、聞こえるのは何か大きな機械が動くような稼働音、Rにはどこか懐かしさを覚える聞きなれた歩行音にも感じられた。
年の行った男と思われるダミ声を相変わらず聞き取れない言語で拡声器越しにまき散らしながら、肩に二基の投光器を括りつけた大型の二足歩行兵器がバラック小屋を破壊し、小肉塊を鋼鉄のアームで薙ぎ払いながら三人の前まで前進してくる。
「重強化外骨格 …僕のが鹵獲されたか…?いや、それにしては…」
Rが最初に思いついたのは自身が置いてきた重強化外骨格 が鹵獲されたのではないかという懸念だった。
しかし、どうやらそれは違うようだった。
見た目からして、その重強化外骨格 は自身が使用していた機体とは大きくかけ離れていたからだ。
その装甲は塗装が剥げて錆が目立ち、骨格のフレームがむき出しになっている部位も多々存在し、腕部はあるべき武器腕の代わりに搭載されているのは工事用重機を思わせる武骨なアームクローだ。
搭乗者を守る防弾キャノピーも既に脱落したのか残っておらず、暗視ゴーグルと思しき器具を装着した男の頭が無防備に露出している。
逆間接の脚部は歩く度にぎしぎしと金属のこすれる不協和音を響かせており、整備が行き届いていないのが見て取れる。
肩部には投光器の他に装備は無く、本来あるべき大型兵装も弾薬パックも無ければ機動戦用の背部スラスターもついてはいない。
恐らく、地上の人間達が戦後に放棄された機体を改造して無理矢理動かしているのだろう。
まともな火器などまるで積んではいないが、少なくとも現状の窮地を脱するには十分すぎる援軍だ。
「アスマ!来てくれると思ってたぜ!」
「ニシか!てめぇはしぶてぇな!今このミートボールどもを一掃するから離れてな!」
ニシの叫びが歓喜に震えている。
どうやらあの機体の搭乗者がアスマの様だ、自分とずっと会話をしてきた事で思わず英語で叫んだニシに律儀に英語で返答している。
言葉が通じる人間が増えた事は行幸かも知れない。
「二号車と三号車が前進してくる!お前らは轢かれるなよ!」
アスマの搭乗する重強化外骨格 が切り開いた道から二両の小型トラックがクラクションを鳴らしながら現れ、その脇に停車する。
それと同時に荷台に搭載された小口径砲が闖入者に対抗しようと再集合試みている肉塊たちに向けて火を噴き、肉塊たちを粉々に吹き飛ばしていく。
「よし!さっさと終わりにしてやろう!」
それに気を良くしたようにアスマが叫ぶとアームクローの付けられた腕部下部に据え付けられた火炎放射器から燃え盛る高圧の油をまき散らしながら前進を再開する。
そこからは殆ど一方的な戦いが繰り広げられることとなった。
多数ばら撒かれていた小肉塊はアームクローに叩き潰され、薙ぎ払われ、最後には火炎放射器に焼き払われて次々とその機能を失っていく。
再合体を試みた肉塊や入り口に陣取った大肉塊には二両の武装トラックから発射された榴弾が次々と着弾しては炸裂し、肉片をまき散らされる事でその体積を大きく減らしていく。
どうやら連射速度から見て機関砲の類ではないようだ、音と威力からして搭載しているのは37mm程度の軽量砲だろうか。
ひ弱な印象とは裏腹にその火砲は肉塊に対して有効な打撃を与えてくれている。
「しゃらくせぇ!」
追い詰められた肉塊が縦に裂けて内部から放出した肉の触手をアスマはアームクローで受け流し、内部に直接燃え盛る油を流し込む。
内部から焼かれてはフェイズ3の合成体と言えども長くはもたないだろう。
やはり最後に物を言うのは質量と火力なのだ。
小火器で抵抗出来ない相手とはまともに戦っても命を散らすだけで終わってしまう、Rはこれまで嫌という程思い知らされてきた現実を再度噛み締めた。
――――
「俺がアスマだ、よろしくな。あんたはえっと…」
「Rだ、R1039。Rと呼んでくれれば良い」
「変な名前だな」
「君らにはいつもそう言われるよ」
肉塊を退けた一行はアスマの重強化外骨格 を収容した一号車と呼ばれる大型トラックの箱型荷台の中で搭乗者のアスマともども座り込んで休憩を取っていた。
密閉されたコンテナの中には小さい豆電球の光だけがうっすらと中を照らしており、外では今も空に炸裂する花火の音が響き渡っている。
「あの花火はなんで打ち上げてるんだい?」
「ミュータント除けと撹乱さ、夜行性の奴は花火が上がってりゃ眩しくて出てこない。ゾンビとミートボールどもはあれに見とれて動きが鈍る。一石二鳥だ」
そこまで言うとアスマは揺れる車内でそのまま寝転がる。
「すまねぇ、夜はぐっすり寝る主義なんだ。後の事は明日は話すとしようぜ」
そういってアスマはすぐにいびきをかいて眠りに落ちていく。
「図太い神経をしてるな彼は」
「ああ、俺たちの自慢のリーダーさ」
関心するRにニシはどこか誇らしげだ。
「これからどこに向かうんだい?」
「ベースキャンプさ、何人生きてるか分からねぇけどひとまず安心だ」
ニシの声はどこか穏やかで安心しきっているのが察せられる。
「俺たちも休もうぜ、今日は疲れた」
「そうだね、もうすっからかんだ…」
「寝ル」
寝入ったアスマに習い、三人も思い思いに揺れるコンテナで横になる。
極度の緊張と疲労による疲弊と、どのような状況でも眠れる様に訓練されているRはそのまますぐに深い眠りについたのだった。
ミュータントも文明の利器が残っていれば対処可能な存在であるという説明会みたいな感じになっている今回のお話でした。
結構今回のスカベンジャーは物持ち良い方になりそうなのでこれからどんどん文明水準が下がっていきそうで作者も不安でいっぱいだ。




