6話:先行投資
―少女の説明は、実に分かりづらいものだった。
「あいつら利子とか言い始めやがった」とか、「そんな話聞いてない」とか。
要約すると。
「借りた分はしっかり返したが、返済を滞納していた分の『利子』が発生していて、それを返すまでは借金が膨れ上がる。
それを全部返す為に、またコツコツと盗みをしていた・・・と」
いうことらしい。
「そうだ」
コップに注がれたコーラを一口飲んで、眉間を押さえる。
色々と突っ込みたい所があるが、一つだけ言っておくことにしよう。
「・・・あのなぁ。
利子が溜まってるなら、盗みで貯めてから返しても、また新しい利子の返済に追われるだけだぞ?
返すんだったら、『いち早く』、『一括で』払わないと意味ないだろ」
少女のやり方だと、盗みで金を貯めるのに何日も時間を費やすはずだ。
もし目標の金額を貯めたとして、それを返す頃にはまた新しい利子が発生している。
その新しい利子を返済する為に、また盗みを働く・・・。それじゃただの悪循環だ。
1.借金取りに期限を設けて交渉する
2.徐々に利子を減らす=利子の金額より盗みの稼ぎを多くする
3.一気に大金を仕入れる
この中のどれか出来れば、まだ返せる余地はありそうだけど・・・。
まず1番。
これは恐らくだが、考慮しない方がいいかもしれない。
まだ二十歳にも満たない女の子から金を巻き上げようとする連中だ。交渉出来る可能性は低いだろう。
2番。
堅実に行くなら、この方法が一番かもしれない。返せる可能性も、こっちの方があるだろう。
しかし、盗みを続けることは少女の為にならないので、これもあまり取りたくない方法だ。
3番。
一番論外な方法だな。
さっき賄賂を渡した男性の反応を見るに、この世界で大金を持ち歩いているのは、“貴族”と呼ばれている連中ぐらいだろう。
そいつらに盗みをやろうとして、いざ失敗したらどうだろうか。
恐らく、牢屋行きは免れないだろう。
もし盗みに成功したとしても、指名手配される可能性だってある。
そうなれば、利子返済は少女の首で賄うことになるだろう。
「ふぅ」
ダメだ。利子返済のプランが全く見えない。
まず、少女の利子額がどれ程のものか分からないし、そっから計画を立てようにも、返せるかどうかも分からない。
この少女に関わったことは失敗だったか・・・?
いやいや。少女はこの異世界で初めて出会ったモブキャラ以外の人間、立場的に言えば『冒険のお供のサブキャラ』的なポジションなんだ。
ここで助けておけば、いずれ何かいい事があるに違いない。
情けは人の為ならず、ってね。
「・・・参考までに聞くけど、利子はいくら溜まってんの?」
「ざっと金貨5枚と大銀貨8枚だな」
あらやだ、聞きましたか奥さん?
金貨5枚と大銀貨8枚ですってよ?
百十六万円。
とてもではないが、子供に払える金額ではない。
あまりの金額に、また眉間を押さえ込む。
・・・どうするべきか。
俺の今の手持ちは金貨六枚。少女に渡せば、晴れて少女は自由の身だ。
だけどいいのか?ここで俺が払ってしまえば、俺の生活に支障をきたすかもしれないし、少女の為にならない。
―生前、俺は借金に溺れた人間を聞いたことがある。
もちろん、俺の身内ではない。同じ高校の誰かさんだ。
そいつが借金を背負うきっかけとなったのは、世間一般で言う『バカッター』なるものだ。
バイト先で何をやらかしたかは知らないが、それをツイッターにアップして、ネットの住民にひたすら叩かれて、最終的にはそいつのバイト先は閉店。
バカッター主は多額の借金を背負い、借金返済の為に退学する羽目にまでなった。
・・・多分、学校側が「こんな奴置いておきたくない」ってのもあるが、少なくとも自主退学だとは聞かされている。
それから、そのバカッター主はどうなったか知らない。
風の噂では、一家心中したとか何とか。
俺はテレビを見ないんで、そういう事件の真相とかは知らない。別に興味もない。
自業自得という奴だ。
一体少女が何故借金を背負う事になったのか。
俺が金を出すのは、それを聞いてから判断してもいいだろう。
「なんで借金を作る羽目になったんだ?」
「・・・クソ親父が、夜逃げしたんだ。
自分の研究の為の費用が無くなったから、借金までしてそれを続けてさ。もう少し、もう少し、って毎回そう言っては、どんどん借金を増やしていきやがった。
それで自分の研究が行き詰まった時には、その日の内に逃げ出しやがったんだ。
それからは、母さんも病気になって、増えすぎた借金も返せる見込みが無いから、どうにか盗んで生活していたってわけ」
「・・・ほう」
なんというか、中々重い事情をお持ちのようで。
なるほど、盗みをしないといけない理由は分かった。けど、それなら他にやりようは幾らでもあっただろう。
普通に、バイトとして金を稼ぐ方法だってあっただろうし、この世界にギルドとかあるか分からんけど、そこで依頼をこなして金を稼ぐ方法だってある。
色んな方法がある筈なのに、何故その中から盗みの方法を選択したのだろうか。
・・・助けてやるべき、なのかなぁ。
「利子を払い終わったとして、もう盗みをしないと誓えるのか?」
「なんでお前なんかに誓うんだよ。
・・・でも、借金が無くなったら、もう盗みはしない」
・・・。
まぁいいか。どうせ無くなる金なら、誰かに役立てて使ってもらった方がいいだろう。
これも、自分の将来の為の先行投資と思っておけば、損になることは無い。
俺は巾着袋の中に金貨六枚と、多量の銀貨銅貨が入っている事を確認して、少女にそれを渡す。
少女がそれを受け取り中身を確認すると、驚愕したような表情になり、それから不安そうな表情になる。
「・・・あたしに何をさせるつもりだよ?
言っとくけど、奴隷になんかはなんねぇからな」
「はぁ?」
奴隷ってどういうことや。そんな気はねぇぞ。
いや、アリか。
自分より年下の少女を手懐けて、アンナ事やコンナ事をさせる。実に妄想が膨らむね。
いやいや、そんなつもりは一切無かった。
俺はただ、少女に盗みをして欲しくないので、それでどうにかしろ、というつもりで払ったのだ。ただのボランティアだ。
ボランティアで金を払うやつがどこにいるかって話だけどな。
「もう盗みはしない事を約束しろ」
「は?んだよソレ・・・」
これからは、普通の女の子らしく真っ当に生きて貰いたい。
盗んで余った金を返すぐらいだから、根はいい子なんだ。ちゃんと働こうと思えば、職ぐらいすぐに見つかるさ。
「あと、飯代もそれから引いといてクレメンス」
少女にそれだけ言い残して、席を立ち、本を持って出口へと向かう。
恩着せがましくするつもりは無い。そういううざったい人間は嫌いだしな。
俺はただ、一貫して「見知らぬ少女を救う謎の男」を演じるだけ。
これがどういうフラグに繋がるかは分からん。もしかしたら、何のフラグも実らないかもしれない。そん時ゃそん時だ。
「・・・名前!名前は?!」
少女は俺に名前を聞いてきた。
教えて何になるんだ、とも思ったけど、名前ぐらいは教えておいた方がいいかもしれない。
「ユウマ。
ユウマ・アイサカだ」
「いずれお前に助けを求める男の名だ、覚えておいてくれよ」と言うのは格好がつかないので止めておく。長いしね。
「ユウマ・・・」
少女が何か呟いたのを聞き取って、店のウエスタンドアを開いた。
どうせなら、帰りに何か買っていこう。そう思ってポケットの中を探った。
少女に俺の所持金全額渡したのを思い出して、萎えた。