17.5話:残された判断
「シルヴィ、刀に強化を」
「了解です」
少女シルヴィが、勢いよく飛び上がった少女に向かって魔術を唱える。
そうはさせまい、と、異形とも見れるような、またはただの超巨大なイカとも見れるような、一つ目の大きな魔物がシルヴィに向けて触手を振り下ろす。
「させないっ!」
それを確認した小柄な少女が、振り下ろされた魔物の触手を、身体を回転させながら両手に持ったダガーで切り落とした。
「「そこっ!」」
すかさず、少年と少女が放った二つの火炎弾が傷口を直撃する。
傷口は、火炎弾の高温によってみるみると塞がっていき、最終的には焼灼によって完全に傷口を塞いでしまった。
「シャアアァアァアアァアアアァァ!!!」
「再生は封じました!」
「シルヴィ、アルト先輩!」
痛みに悶える魔物が生んだ隙に、シルヴィは冷静を保ちながら魔術を発動する。
「―『炎の加護』。
アルト先輩、お願いします」
シルヴィが発動した魔術は、宙に飛んだ少女アルトの右手に持つ小刀へと向けて放たれ、魔術が着弾すると同時に、アルトの小刀が火の粉を吹きながら燃え上がる。
「―夢幻一刀」
彼女にだけ聞こえるような小声で、アルトが呟く。
「『炎想』」
振るのは一太刀のみ。
放たれた斬撃は、炎の加護を纏いつつ、魔物に向かって一直線に飛んでいく。
魔物はそれを消し飛ばすように、何本もある足の一つでその斬撃を薙ぎ払う。
「シャッ!」
炎を纏った斬撃は、魔物の一振りによって無力にかき消されてしまう。
かき消されたはずだった。
「キイィイイィィイイイっ!!」
かき消した斬撃の奥から、アルトが魔物の眼球目掛けて小刀を勢い良く突き刺していた。
魔物がひとたび大きな金切り声をあげる。
2本の触手で眼球を覆っている魔物に、眼球のすぐ横に伏せているアルトが止めの一太刀を振るう。
「死ね」
無慈悲に、ただ冷酷に。
アルトは眼球の痛みに苦しむ魔物に向けて、死の一裂きを振り下ろした。
―――
静まり返った地底湖の中、私たち5人と1匹は円を囲むようにして、これからのことを話し合うことにした。
「新たな問題が発生しました」
議題の口火を切ったのは、私を除くこのグルーブでの現リーダーのアルトさん。
新たな問題、というのは、この場の誰もが既に理解している。
「ユウマ君が失踪しちゃったね」
この場にいないもう一人のメンバーのユウマ君が、見張り番の間に何処かに行ってしまった。
「もしかしたら、恐怖で逃げ帰ったとかかもな」
「アイサカ君はそんな事する人じゃないでしょ」
私の横で、双子の兄妹のソーマ君とシーナちゃんが言い争いを始めそうだ。どうにか静止しなきゃ。
「テールナー、兄妹喧嘩は後にしてください」
「・・・」
「・・・すみません、先輩」
アルトさんが落ち着いた様子で一喝を与えると、2人は途端に大人しくなった。
そういうところは先輩らしくしてるんだなあ。
「ええ、スロープノートさんの言う通り」
「エリーでいいよ」
「・・・」
出鼻をくじいてしまって申し訳ないけど、苗字で呼ばれるのはなんか嫌だ。長いし。
これからの連携を取りやすくする為にも、名前を呼ぶ時は文字数が短い方がいいよね。
「・・・エリーさんの言う通り、ユウマ・アイサカが失踪しました。ソーマの言う通り、もしかすると逃げ帰ったことも有り得るかもしれません。
なので、私たちは引き続き副会長の救出を最優先とし、ユウマ・アイサカの発見は可能な限りの範囲で行う事とします」
「・・・それって、アイサカ君を見捨てるってことですか?」
アルトさんの判断に、シーナちゃんはどうにも納得がいかないみたいだ。
明らかに不満そうなトーンで、アルトさんに異論を唱える。
「見捨てるつもりはありません。
しかし、副会長を発見した時に副会長のダンジョン脱出が優先だと判断した場合、ユウマ・アイサカの捜索は断念、もしくは脱出班と捜索班に分けることになります。
・・・そこまで助けたいと言うなら、あなたが捜索班を引き受けてくれますか?」
「・・・」
その提案は、「見捨てるぞ」と言っているようなものだった。
他の難易度が低いダンジョンならいざ知らず、ここは最高難易度のダンジョン。魔物の強さも、ダンジョンの広さも桁違い。
こんなダンジョン内で人を捜すというのは、砂漠の中にある隠れたオアシスを見つけ出すぐらい難しい。
勿論捜索隊には私も付き添うつもりだけど、私の食糧もいつまで持つか分からない。水には困らないだろうけど。
副会長の捜索は続けると言ってはいるが、正直それも自殺行為だ。
本当なら、この場の誰かから犠牲者が出る前に、今すぐにでも全員で脱出してもらいたい。
私1人だけでなら、どうにかやりくりしながら捜索も続けられる。発見して、生死は別として。
「・・・分かりました、副会長の捜索を最優先にします」
渋々、と言った感じでシーナちゃんは了承する。
それがいい。自分の命を最優先に考えないと、このダンジョンでは生き残れない。
「・・・では、捜索を再開しましょうか。
私たちはあちらから来たので、逆の方に向かいましょう」
「待ってください、先輩」
進もうとするアルトさんを、今度はソーマ君が呼び止める。
「今度はなんです?」
「・・・その道、嫌な予感がします」
「嫌な予感?
・・・シーナはどうですか?」
この2人は、耳こそは隠しているものの、猫の獣人らしい。
野生の勘という物がはたらくのだろう。2人は大きく身震いしている。
「先輩、行かない方がいいです」
「シーナまでそう言いますか・・・」
そして、アルトさんはしばらく考え込む。
「・・・分かりました、来た道を引き返しましょうか」
アルトさんは踵を返して、元来た道を戻ることにしたようだ。
気配察知出来るって、獣人は便利なんだなあ。私もそういう能力が欲しいなあ。
アルトそんの後を追うようにして、私たちは元来た道を辿ることにした。
―――
で。
「結局、ここまで戻ってきちゃったね・・・」
「そうですね・・・」
私たちとシーナちゃんたちが合流した場所まで戻ってきてしまった。
つまり、ダンジョンの最奥に続く通路がある区域まで戻ってきてしまったわけだ。
「ここには訪れたことがあるのか?」
「うん。ここでアイサカ君とエリーさんに合流したの」
「・・・確か、ダンジョンの最奥に繋がってるんでしたよね?」
「ん、そうだけど・・・。さすがにそこには行っていないはずだよ」
ユウマ君には、南側の通路がこのダンジョンの最奥に繋がると伝えてある。
副会長さんが迷い込んでる可能性はあるけど、ユウマ君はわざわざ危険だと分かってる場所にすすんで行く人ではない。
・・・もし、ユウマ君より副会長さんを先に見つけてしまったとしたら。
ユウマ君は助けられる事なく、ダンジョン内を彷徨うことになる。副会長さんには悪いけど、それだけはどうにか避けないと。
「・・・ダンジョンの最奥に眠るアイテムを回収すれば、ダンジョン内の魔物たちも弱体化します。
最奥に突入して、アイテムの回収を行ってから捜索をするのも一つの手段ですが」
シルヴィちゃんの提案は、命懸けのものだ。
ダンジョンの最深部に設置されているアイテムを回収すれば、確かにダンジョン内のランクは幾らか落ちる。
もちろん、アイテムを回収してはい終わり、というわけにはいかない。
ダンジョンの最深部には、必ずと言っていいほどアイテムを守護する凶悪な魔物が存在する。このダンジョンの難易度なら、今現在のこの人数で挑んでも、勝てる望みは薄いだろう。
ましてや私以外は学生、戦闘経験も浅いはず。
結果は、誰がどう考えても明瞭だ。
「さすがに許可出来ないよ」
「しかし、副会長がもしそこに迷い込んでいるとしたらどうするのですか」
「・・・突入してまで、その結果を見たい?」
もし、副会長が迷い込んでいるのだとしたら。
間違いなく、命は無いだろう。
「・・・最奥手前までなら、探索を許します。
だけど、そこから先は私一人で見てくる」
「んな無茶な!
俺たちが束になっても勝てるか分からないのに、一人でなんて無謀すぎる!」
「舐めてもらっちゃ困るよ?」
こちとらSSランクの冒険家をやってるんだ。それに、ここと同程度の難易度のダンジョンだっていくつも攻略してきている。
皆を守りながらでは到底無理な話だけど、私一人だけならどうとでもなる。
・・・ここで、私のチームワークの無さが役に立つのは少し悔しいけど。
とりあえず、ダンジョンの最奥に挑む時は私一人で挑むことにしよう。
皆を守りながらだと、私もどうなるか分かったもんじゃない。
「・・・エリーさん、いけるのですか?」
「任せてよ」
「では、最奥の攻略はエリーさんに任せます。
エリーさんが最奥の攻略中、私たち生徒会は入口付近の防衛に回ることにします」
「了解」
「・・・ほんとに大丈夫、なんですか?
なんだか嫌な予感がするんですけど・・・」
シーナちゃんは、どうやらまた野生の勘がはたらいているらしい。
なるほど、嫌な予感か。少し慎重に行かないと。
「では、進みましょう」
「行こうか」
アルトさんの号令で、私たちはダンジョンの最奥に続く道を進んでいった。
―――
ふと思った。
「・・・どうして生徒会でこんな危険なダンジョンに向かうことになったの?」
どうしてわざわざ、命を投げ出すような行為に出たのだろう。
アルトさんから聞いた話では、強化演習と言っていたけど。だったらもっと安全な所に挑戦するはず。
・・・確か、門番の魔族は「毎年演習で使ってる」って言ってたっけ。
なぜこんな危険な場所を演習地として選んでるんだろう?
「・・・私たち生徒会は、毎年この地を強化演習の実施地として使っています。
去年通りなら会長が同行していて、さほど危険も無いのですが・・・。今年は会長が用事で不在、加えてこのダンジョンの魔物も、何故か強くなっています。魔物の種類自体には大した変化はないのですが、中身の質がまるで違う」
「中身の質、か・・・」
確かにS+の魔物の強さでは無い。このダンジョン内にはDDクラスと普通に遭遇するレベルだ。
「・・・それに、何故かダンジョンの入口にトラップが設置されていました。
去年まではトラップなんて無かったのですが・・・」
「・・・?」
トラップが無かった?
私の仕入れた情報と少し食い違っている。情報屋の話では、このダンジョンには4箇所の出口へバラけさせるトラップが張られていると聞いた。
・・・単純に、情報の仕入れ時期と生徒会の強化演習の時期がズレていただけか。
確かに、私が情報を仕入れたのは去年の10月ぐらい。強化演習の時期が6月頃だったとしたら、4ヶ月間の間に内部の環境が変わってしまうこともあるかもしれない。
もっとも、そんな事例は今までに一度も聞いたことは無いけど。
「なるほど、環境がガラリと変わっちゃったから、ここまで苦戦を強いられてるわけだね」
「お恥ずかしながら」
だとしたら、アルトさんたちはよくやれている方だと思う。
去年と状況が違う中で、ここまで統率性を取れているのは中々・・・。
そっか、アルトさん以外は新入生なのか。ならこれがデフォルトになっちゃうのか。
中々タフな人間に成長しそうだなあ、新入生の三人は。
「・・・だからこそ、副会長が一人でいるのは心配なんです。
あの人、魔術の才能はあっても、魔力に関してはからっきしですから」
「ふーん、そっか・・・。
シルヴィちゃんは副会長さんのこと、よく見てるんだね?」
「なっ・・・」
シルヴィちゃんは頬を赤らめて下を向いてしまった。
なるほどなるほど、青春だねぇ。
出来れば、もっと平和な世の中でそういうのはやって欲しいんだけどな。
こんな危険が蔓延るような世界で、青春なんてそうそう出来るもんじゃないし。
・・・青春、か。
―――――
「・・・あ」
大きな扉の前に、私たちは佇んでいる。
篝火に照らされた大きな石の扉は、今までの空間とは全く違う、重圧な空気を感じさせる。
そして、その横には顔色を悪くした男の人が息を荒くしながら野垂れている。
「副会長っ・・・!」
真っ先に、シルヴィちゃんが副会長さんの元へと駆け寄る。
シルヴィちゃんが副会長さんの顔を見るや否や、顔が青ざめていっている。
「っ・・・!
水を!あと食糧も!出来るだけありったけをお願いします!」
私から見ても、今のシルヴィちゃんがどれだけ必死になっているのかが分かる。
少しの間しか過ごしていないが、シルヴィちゃんはここまで声を荒らげるような性格の子ではない。その彼女が、洞窟に響くのではないかと思うような大きな声で、必死に呼び掛けている。
それほどまでにシルヴィちゃんは必死だし、それほどまでに副会長さんの容態が酷いのも分かる。
私の鞄のサイドポケットに閉まってあった瓢箪を、シルヴィちゃんに受け渡す。
「食糧食糧・・・、はい!」
シーナちゃんはリュックの中から、携帯食糧のブニェルの実を取り出して、副会長さんの口の中に少しずつ詰め込んでいく。
少し無理矢理な気もするけど、この際仕方ない。人命救助が優先だ。
「・・・コフッ、ケハッ!」
木の実と水を交互に口に流し込んでいると、副会長さんの顔色も次第に良くなって、意識も段々しっかりとしてきたみたい。
シルヴィちゃんに支えられている状態から身体をゆっくりと起こし、眉間を抑え込む。
「・・・ここは・・・」
「副会長・・・、良かった」
シルヴィちゃんを始めとした、その場の生徒会のメンバー一同は安堵の溜息を零す。
私もひと安心して気を抜いてしまった。
「・・・そうか、俺は行き倒れてたのか・・・。
情けないものだ」
「そんなことないです。副会長は本当に頑張りました」
「・・・これで、目的は達成されましたね」
アルトさんは、副会長の意識がはっきりと戻ったのを確認すると、すぐさま次の行動に移った。
「ではこれより、生徒会メンバーは離脱組と捜索組に分かれます。
・・・各自、捜索をしたいという方はこの場に残ってください」
「ちょ、ユウマ君は?!」
「・・・言ったはずです。副会長の様子を見て判断します、と。
今の副会長を引き連れたままでは、ユウマ・アイサカの捜索は困難だと判断します」
アルトさんの言う通り、副会長さんの容態は、復帰できたとは言えあまり良いものでは無い。出来ることなら、今すぐにでも治癒魔術を使って治療したい所だけど。
「なるほど、1人足りないと思ったらアイサカがいないのか・・・」
副会長さんはよろよろとしながら立ち上がり、壁にもたれ掛かる。
「・・・俺は残るとしよう」
「なっ?!」
「無茶ですよ副会長!
お言葉ですが、今の状態だと本当にただの足でまといです!」
アルトさんとシルヴィちゃんは、残ると言う副会長さんを静止するけども、副会長さんも力無く首を横に振る。
「・・・アイツに頼まれていてな。
『命を賭してでも、全員無事に帰ってこい』と。・・・命を賭けるのに帰ってこいとは、随分無理難題を押し付けてくる」
「ですが副会長・・・!」
シルヴィちゃんが副会長さんの身体を支えようとした時。
ドオオオオオオオォォォンッ!!!
「!?」
すぐ近くで、もの凄く大きな爆発音が、軽い地震のような小さな揺れを起こしながら鳴り響いた。
「うぐっ・・・」
「副会長!しっかりしてください!」
病人の副会長さんにはこの音が響いたようで、胸を抑えて蹲る。
音の元凶は、おそらくこの扉の先。
つまり、この奥で誰かが戦闘している・・・?
いや、ならさっきから音が響いていてもおかしくないはず。
なら、一体何が?
この扉の奥に、一体どれほどの凶悪な魔物が潜んでいると?
「・・・」
喉を鳴らして、扉を見つめる。
このダンジョン、このまま放置しておく訳にはいかない。明らかに、何かがおかしい。
「キュウ!!キュウキュウ!!!!」
突然、それまで大人しくしていたアスモちゃんが、扉に向かって思い切りタックルして、その小さな体で大きな石の扉を押し開けようとしている。
「・・・まさか、ユウマ君?!」
ここまで過剰に反応するということは、何かアスモちゃんにとって重要なものがある可能性があるかも。
その大切なものって、もしかして―。
私は、石の扉を勢い良く押し開けた。
「・・・キュウッ!!」
「わぶっ」
扉が開いた瞬間、アスモちゃんは真っ先に中の人影に向かって思い切り飛び込んだ。
「・・・良かった」
そこには、アスモちゃんを抱き抱えるユウマ君の姿があった。




