17話:暴食
真っ白な空間。
一体俺の体はどれだけ蹴飛ばされ、殴られたのだろうか。
「ぐぼぇっ!」
鳩尾に強烈な一撃がクリーンヒット。俺の体は無抵抗に大きく宙を舞う。
回転する視界には、追撃するでもなくただ傍観しているだけの暴食の姿がちらつく。
「はぁ」と、お遊びに飽きたような溜息をついて、その場に座り込む。
俺の体が地面に着地すると同時に、暴食はテンションの低い声で喋り出した。
「なぁ、お前はいつになったら諦めんだ?」
この質問も既に一二八四回目。俺はその度に、こう答える。
「誰が諦めるkゴフッ」
俺が答える隙も与えずに暴食は俺の腹を蹴り、俺は先程と同じ様に宙を舞う。
マズい。このままでは無限ループだ。
じっちゃんだって、「この世で一番恐ろしいのは無限ループだ」って言ってたしな。
俺の心が折れない限り負けにはならないが、今のままだと勝ち目もない。
精神世界だからか、俺の治癒能力も普段とは比べ物にならないくらい早くなっている。そのおかげで、これぐらいの傷はなんともないんだが。
暴食の気が変わらないとも断言出来ない。もしかしたら、そろそろ本気で殺しにきたりするかもしれない。それまでにどうにか、かすり傷でもいいから与えねば。
空中を回転しながら、どうにか一撃を与えられないものかと思考を張り巡らせる。
「・・・で、まだやんのかよ」
相も変わらずつまらなそうな顔の暴食が、胡座をかきながら頬杖をついている。
うっせぇな。だったら少しは手加減してくれよ。
「ぐべっ」
地面に叩きつけられたまま、しばらくそのままの姿勢で頭をリフレッシュする。
まともな思考ではダメだ。今の俺の実力じゃ、真正面からぶつかってもアイツには絶対勝てない。
なら、搦手に搦手を重ね尽くして、どうにか一撃を与えるしかない。
・・・けど。
小細工してもアイツには見切られそうだしなぁ。
そもそも、そんな隙をくれるかどうかだよな。
「お、ついに観念したか」
俺が立ち上がらないのを見て、暴食は久々に明るい声をあげる。
俺は今、暴食とは真逆の方を向いて寝そべっている。
俺は暴食が何をしようとしているかは分からないが、それは暴食の方も同じ。
アイツからしても、俺の左手は死角になっているはずだ。
何かをするなら今。
「―――」
どうにか暴食に聞こえないように祈りながら、小声で魔術を発動する。
この不意打ちが失敗したら、多分俺に勝機はもう訪れないだろう。
あとは賭けだ。この魔術が暴食に効くか、それとも避けられるか。
暴食の足音がこちらのすぐ後方で止まり、俺の体はまるでサッカーボールのように、いとも容易く蹴り上げられて、宙に浮いた俺の首を、暴食にしっかりと掴まれる。
おいおい、こんな芸当まで出来んのかよ・・・。
「カッ・・・」
「お前の負けか?負けだな?
よし、だったら今から殺すぜ」
答えを聞く気も無く、暴食は独り言を早口で喋りながら嬉々とした表情を浮かべている。
首を締められながらも、どうにか声を振り絞る。
「・・・誰が負けって言ったよ」
「あん?」
途端に不機嫌になった暴食に考える暇も与えず、俺は暴食にがっちりとしがみついた。
「ああん?!なんだテメェ気持ちわりぃ!!」
「俺だって野郎に抱きつきたくねぇわ!!」
男に、しかも裸の男に抱きつくのはこれで最初で最後だ。
生理的にキツイからやりたくは無かったが、もうこの方法しか思い浮かばない。
「『起動』」
しがみついたまま、俺は小声でそう呟く。
術式起動。俺が出来る最大の戦略。
遠隔起動魔術。それが出来るんなら、設置型魔術が出来ない道理は無い。
とはいえ、遠隔起動魔術は教えて貰ったけど設置型魔術は教えて貰ってなかったけどな。上手くいって何より。
「っ、小賢しい!」
俺の設置した魔術は煉獄弾。
普段のコイツなら避けるのは造作も無いはず。ていうか実際に避けられたしな。
だが、今は俺がきっちりとだいしゅきホールドしているおかげでコイツの運動能力も下がっている。
この体勢のままでは俺も一緒に串刺しにされてしまうが、まぁ大した問題ではない。
「さぁ、俺と一緒に串刺しに」
「はっ!」
暴食は空中に高く飛び上がった。
えぇ・・・。
「残念だな、最後の足掻きも無駄に終わってよ」
暴食は最早、俺が絶望しているとでも思っていると勘違いしているようで、勝った気でいるようだ。
バカめ、この状況になった時点で俺の勝ちだ。
右手に魔力を込める。
「・・・おい、お前まさか」
そのまさかだよ。
「さっさと俺の腕を切り落としとけばよかったな」
俺は煉獄弾をゼロ距離で放ち、二人まとめて串刺しにしてやった。
―――
「「ヴォエぇぇえええええ」」
吐いた。
そりゃあもう、今まで吐いたことの無い俺でもさすがに全裸の男に抱きつくのは嫌悪感がある。思い出しただけでもまた吐きそうになる。
・・・しかも、お互いが裸で抱き合っていたとなると・・・。
「「ヴォエぇぇえええええええぇえぇえええぇぇ」」
俺と暴食は、そのまま吐き気が治まるまでリバースし続けた。
「・・・」
「・・・俺の勝ちだろ」
ハァハァと息を切らしつつ、お互い向かい合う。
コイツの顔を見るだけで吐き気が込み上げてくるが、どうにか我慢しよう。
とにもかくにも、どんな形であれ、俺は暴食に一撃を与えた。それも常人なら致命傷になるような傷を。
コイツが最初に掲げた勝利条件は「かすり傷一つでもつけられたら勝ち」。致命傷を負わせたのだ、誰がどう見ても俺の勝ちだろう。
「・・・てめぇ、クソみてぇな手使いやがって」
「クソみてぇだから俺も使いたくなかったよ」
この戦術は今回で最後だ。野郎にはもう二度と使わねぇ。
かわいこちゃんにだったら、何度でも使いたいけどな。捕まるだろうけど。
「1つ聞かせろ。
何故そうまでして勝ちにきた?」
「は?」
質問の意図が分からない。
何でそんな下らない質問を?
「普通の人間なら、死ぬ程の苦痛を味わってまで生きたいとは思わねぇ。少なくとも、俺が今までに見てきた人間は全員そうだった。だから、出来るだけ楽に殺してやった。
だがテメェはどうだ。何度も死ぬ程の痛みを味わってなお、俺に傷をつけるために無様に立ち上がってきやがった。
・・・正直ムカついたぜ。そこまでして何故生き延びようとするのか、ってな」
「ふんむ」
つまり、コイツの質問は「何故そこまでして生きたがるのか」ってことか。だったら最初からそう言えばいいものを。
ああ、なんて答えればいいかな。
それっぽく言うのはなんか恥ずかしいんだけどな。
「・・・そりゃあ、一度きりの命をそう簡単に捨てられるわけねぇだろ」
結局、俺が出した言葉は簡素なものだった。
だけどこの言葉は、いくつもの意味を乗せて言ったつもりだ。少しぐらいは暴食にも伝わればいいが。
「・・・ハッ、お前バカだろ」
「バカだからテメェに勝てたんだよ」
俺がコイツに勝てた要因。それは、自己犠牲な部分があったからかもしれない。
それも、他人を思いやっての自己犠牲ではなく、自分が生き残るための自己犠牲。
うん、自分でも何言ってんのかワカンネ。なんだ自分が生き残るための自己犠牲って。
まぁとにかく、俺がそんな思考をするバカだったからってのもあるとは思うが、俺の行動がコイツの予測に無かったっていうのもあるのかもしれない。
バカは何を考えつくか分からないしね。バカと天才は紙一重とも言うし。それは違うか。
「あーあ、久々に肉体をつけて歩けると思ったのによ!それがこんなバカと契約するハメになるとはな」
「嫌なら契約しなくてもええんやで」
むしろこっちから願い下げしたいね。
こんな奴がパートナーとか、毎日がうるさそうだし、毎日吐き気がしそうだし。
てか俺のパートナーはアスモがいるし。おめぇの席ねぇから。
「いや、とある奴から言われていてよ。
ここに連れてくる人間は間違いなくお前より強い人物だぞ、とにかく契約しておけ。・・・ってな」
「・・・それって、お前を封印した奴か?」
「ああ、俺のマブダチだ」
マジか。マブダチなんて単語がこの世にもあるんだな。
「・・・ん?
それだったら、結局俺と契約するつもりだったのか?」
「なわけねぇだろ。
テメェの体を乗っ取って、それでアイツを殴りに行くつもりだったんだよ」
なるほどな。それでそこまでして乗っ取りたがっていたワケか。
親友でもありながら、因縁の相手でもあるわけだ。なんか複雑。
「・・・さて、じゃあとっとと契約を済ませんぞ」
暴食は立ち上がると、両手を地面に向ける。
これから何をするつもりなんだろうか。
契約か。言ってたもんな。
仕方なく、暴食と同じ様に俺も立ち上がる。
「俺は何かすんのか?」
「いや、そのままでいい」
俺の方では特に何もする必要は無いらしい。
なら、ここは暴食に任せるとしよう。
暴食の足元に大きな魔法陣が広がると同時に、暴食による契約の詠唱が始まった。
「―【ここに血約を立てる。
祖は魔素、先は光明。
この世の摂理を見出し、我、汝に宿らん。
この世の真理を見出し、汝、我を宿せ。
この世の禁忌を見出し、汝、我を御せ。
禁忌とはこれ即ち、理を乱すこと。
我、理を乱す者。汝、理を御する者。
我は汝、汝は我。汝の果てに我あり。
―七つの大罪が一つ、“ 暴食”が力。
汝に授け与えん。】」
最後の言葉を終えると、魔法陣は一際大きく輝きを放ち、徐々に規模を大きくしていく。
やがて、果ての見えない程大きくなった魔法陣は、俺の足元へと徐々に縮小していき、最後には薄れて消えていった。
「・・・終わったのか?」
「ああ、これで契約は成立した。
とは言っても、お前に力を与えるには段階を踏んでからだな」
何だそれ?何で契約したのに全部の能力が使えないんだよ?
「最初にやれそうな能力といったら・・・。
そうだな、【魔術増強】とかがいいか。テメェの魔力量は普通の人間を遥かに超越してるから、魔術の威力を強化してやれば一気に強くなれんだろ」
・・・めちゃんこ強そうだけど、それはそれでヤバそうだな。魔力の調整をまた練習しなくてはいけない。
「それ、最初で貰っていい能力なのか?」
「あん?だったら【魔力暴食】の方がいいか?
正直、お前の魔力量ならこの能力はいらねぇと思うんだが」
てか何?この世界の人達って、自分の能力に名前とか付けんの?
コイツが特殊なだけなのか、果たして全員が全員固有のスキル名とか持ってんのか。
「・・・【魔術増強】の方で」
声に出すのも恥ずかしい。魔力暴食とかもっと恥ずかしい。中二病全開である。
ああでも、コイツ残念系のイケメンだかんな。だったら大丈夫か。
「よし、じゃあ行くぜ」
暴食は俺の額に人差し指を軽く乗せて、
「そらっ」
「いたっ」
何故かデコピンを喰らった。
「何すんだよ」
「これでテメェへの能力の貸与を完了した。
テメェがこの能力をどう使うかは好きにしろ。俺はテメェの人生を最期まで見守るだけだ」
こんな能力の習得方法があるのかよ。
でも心なしか、身体の中心からなんだか暖かくなってきた気がする。
本当に能力を受け継いだのか。
「さて、もうそろそろ起き上がる時間だぜ」
「起き上がる時間?」
暴食の方を見ると、体が徐々に透けていってる。
「テメェとの契約が完了したせいで、時間も動き出しちまったからな。俺がテメェとこうやって直接顔を合わせて話せる時間も、もうなくなっちまったわけだ」
「・・・そういや、外の時間はどうなってんだよ?」
コイツとの戦闘ですっかり忘れていたが、俺の体は狭い空間の中に置き去りにされているはずだ。
あれからどれくらいの時間が経ったんだろうか。俺の感覚的には、おおよそ3時間ぐらいは戦闘していた感じがするけど。
「安心しろ、テメェの精神世界だ。時間の進行もそんなに経ってはいねぇ」
そんなに、か。
少なからず時間は過ぎていってるようだ。
「じゃあな、相棒。今度会う時にはテメェの肉体を貰い受けるからよ」
「は?ちょっと待」
俺が呼び止める暇もなく、暴食の姿は消え去った。
何も無い空間に、俺一人だけが取り残された。
「・・・はぁ」
五億年スイッチって、こんな感じなのかなぁ。
まぁいいか。やる事も無くなったし、戦闘の疲れからか眠くもなってきたし、少し横になるか。
その場で腕を枕にして、しばらくの間目を瞑って無心になることにした。




