13話:四面楚歌~ユウマ・アイサカの場合②~
「ホイッ、と」
少女は、唯一残った魔物の首を、切れ味の良さそうなダガーで、容赦なく上から切り落とす。
わずか十分。それだけで、広間に群がってきた魔物達を殲滅した。
「・・・バケモンかよ・・・」
驚くべき事は、少女は攻撃魔術を一切使わなかった。
己の身体能力だけで、ゆうに五十を超えるであろう魔物の群れを、目の前で処理しきったのだ。
俺?
いやぁ、今は逃げるのが精一杯かな。
「大丈夫?怪我は?」
「おかげさまで」
両手を挙げて、少女に俺の無事を伝える。
「なら良かった」
---
「本当に食えるのか?」
「大丈夫大丈夫!魔物とはいえ、元は普通の生き物なんだから」
そう言う少女の手には、見た目的には問題なさそうな、だけどどこか不安を残すような、魔物の肉の一部を串刺しにした木の棒が握られている。
その肉はというと、戦闘中も変わらぬ勢いで燃えていた焚き火でじっくりと調理されている。
そう。食事の時間だ。
「塩コショウか醤油、どっちがいい?」
「・・・醤油で」
少女は、手馴れたように木の棒を片手で回し続け、木の棒に刺さる肉の上から醤油を少量ずつ垂らしていく。
「にしても、料理まで出来るんだな」
「ん~、別に料理は得意じゃないんだけど・・・」
じゃあ、この手つきはサバイバルで得た経験の賜物か。
そうだな。腹が減ったら動きも鈍るし、こういう技術の習得は必要かもしれない。
・・・それにしても、おいしそうな匂いがするなぁ。
こういう時には、アニメとかなら腹が鳴るもんだが、素材が素材のせいかどうにも・・・。
「・・・はい!こんがり焼けたよ~」
火で炙っていた肉を薄切りにし、即興で作った土の皿に盛り付けたものをこちらに差し出す。
「本当に料理得意じゃないのか?」
肉の厚さも均等に切られて、盛り付けも(素人目線から見れば)上手い。
料理が得意ではない、というのは謙遜なのでは。
「これぐらいなら誰でもできるよ~」
「俺にゃ無理や」
とにかく、折角調理してくれたのだ。これは食べないと失礼に値する。
スライスされた肉を一つつまんで、口の中に運ぶ。
「では、いただきます」
パクッと。
・・・。
・・・・・・。
「不味い」
率直な感想を述べる。
「まぁ、元が元だからね〜。食べられない事は無いってだけで、あんまり食べたく無いよね~」
そう。それだ。
少女の料理の腕が悪いのではない。料理に使われた素材の質が悪いのだ。
多少は醤油焼きによって不味さが緩和されているけど、それを差し引いてもかなり不味い。
「・・・サバイバルって、大変なんだな」
「そうだね~・・・」
そう言って、少女も皿の肉を一つつまむ。
-。
「ご馳走様」
「お粗末様でした」
肉を黙々と食べること二十分。やっと完食した。
「どう?おなかいっぱい?」
「ああ、ありがとう」
どんな料理であれ、作ってくれたことには感謝しなければ。
次からは、非常食を沢山持ってくるとしよう。
「・・・そういえば」
気がついてから色々忙しすぎて、肝心な事を忘れていた。
「?」
「何者なんだ?あんた」
俺は、目の前の少女の事を何一つとして聞いていない。
助けてくれた相手の名前ぐらいは知っておきたいな。
「わたしはただの冒険家だよ。このダンジョンにも、興味が湧いたから潜っただけ」
「・・・ふーん」
その割には、この洞窟のトラップについて調べを付けていたみたいだけど。
興味本位で、入念に調べてから潜るもんなのかねぇ。
・・・まぁいいや。きっと、何かしらの事情があるんだろう。
「俺はユウマ、ユウマ・アイサカ。あんたの名前は?」
名乗る時は自分から。俺は少女に、自分の名を告げる。
「・・・エリー。エリー・スロープノートだよ」
エリーか。いい名前ではないですか。
「改めて。助けてくれてありがとうな、エリー」
「『情けは人の為ならず』って、よく言うからね」
・・・こいつ、遠回しに「恩を返せ」って言ってるよ・・・。
「なら、俺に何をして欲しいんだ?」
「別に見返りなんて求めてないけど・・・」
あら。
もしかしたら、この世界のことわざと元の世界のことわざの意味は、多少の違いがあるのかもしれない。
「・・・さて。じゃあご飯も済ませたし、そろそろ寝ようか!」
「寝るって、ここで?」
このだだっ広い空間のど真ん中で?
「ここ以外に寝れそうな場所なんて無いでしょ」
何をどう判断したら、ここが寝れそうな場所になるのか。
・・・でも確かに、周りは魔物の死体で沢山だしなぁ。
いや、死体で囲まれてるここもどうかとは思うけど。
「というより、こんなところで寝たら悪霊が・・・。
処理はしなくていいのか?」
夜は悪霊が活発になる、という事を会長から聞いている。もちろん、どうやったら悪霊が発生するのか、というのも聞いている。
ここは、特大の悪霊が出現してもおかしくない場所だ。そんなとこではなるべく寝たくない。
「悪霊は、この焚き火が燃えてる間は安全だよ。
今から処理しても面倒臭いし、それは明日にしようよ」
・・・本当かぁ?
確かに、悪霊は光にはめちゃんこ弱いらしいけど。
「それじゃ、ユウマ君も明日に向けて早めに寝なさいね?」
そしてエリーは、座ったままの状態で目を閉じ、十秒後ぐらいにはスゥスゥと可愛らしい寝息を立て始めた。
・・・の〇太君かな?
「・・・」
寝ろ、と一言で言われてもなぁ。こんな状況下ですぐに寝れるわけないじゃない。
周りに死体がゴロゴロ転がってる所で寝れる、エリーの精神がちと強すぎやしないか?
エリーに気付かれないように静かに立ち上がり、そこら辺に野垂れている魔物の死体の下に歩み寄って、じっと見つめる。
「・・・」
気持ち悪い。まるで、生き物の死骸を見ているようだ。
魔物の元は普通の生き物だ、と言っていたが、やはりコイツも普通に生きていた野生の獣なのだろうか。
・・・ケベスなんて、首三本生えてるしなぁ。普通の生き物でそんなバケモンはいないよなぁ。
いや。この異世界に来てからは驚きの連続だ。もしかしたら、三本首の温厚な犬も、どこかに生息しているのかもしれない。
にしても、やっぱり現実味が無いなぁ。
魔物の断面図を見て気持ち悪いとは思うが、別に吐き気が起こるわけでもない。
俺がこの世界に馴染んだのか。はたまた、元々俺にそういう残忍性があったのか。
・・・考えてみれば、俺は一度、死亡レベルの重傷を負ったんだった。その時に、自分の内臓を見てしまった。
あの時は思考が麻痺してて特に何も思わなかったが、今考えたらさぞ恐ろしい。
思考が麻痺していなかったら、おそらく何かしらの精神病を患っていたかもしれない。
ほんと、知らない世界って恐ろしいな・・・。
「・・・『火炎球』」
魔物の死骸に向けて、火炎球を放つ。
火炎球は魔物の死骸に広がり、やがて死骸全体を覆ってメラメラと燃え盛る。
魔物とはいえ、命だ。
こちらの都合のためとはいえ、その命を奪ってしまったのなら、せめて供養してやろう。
合掌、静かに礼拝。
・・・。
この世界に仏教があるのかどうかは、まぁ別として。
ていうか、神様自体は実際にいる訳だし。あの神様が宗派的に何になるのかは分からんけど。
まぁあれだ。その宗教の信仰の仕方、神様の呼び方は違うけど、拝める神様自体はどれも一緒ってことにしておこう。
俺は無宗教だけどな。
「さて、次は・・・」
その夜、俺は魔物一体一体に同じようにして広間を回った。
「・・・」
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「ふぁあ・・・」
「寝不足だね?」
目が覚めると、俺の頭の下にはまた柔らかいものが敷かれてあった。
「・・・なに?お前、膝枕したい病か何か?」
「そんな病気ある訳ないでしょ」
ムスッとした顔で、それから少し呆れ顔でエリーは周囲を見渡す。
「それにしても、あれだけの数をよく一人で回ったね」
「・・・俺なりの、せめてもの恩返しだよ。こう見えても、炎の魔術は得意なんだ」
右人差し指の先で、小さな炎を作ってみせる。
「へぇ、大きさをコントロールするのも上手いね」
「代わりに、他の魔術は相性が悪いけどな。よっと!」
エリーの膝元から、勢いよく起き上がる。
「今何時ぐらい?」
「ん~・・・。
大体朝の5時ぐらいかな?」
エリーは、ポケットから取り出した謎の道具を見て、現在の時刻を確かめる。
見た目的には懐中時計のようだけど・・・。そんなのあるなら最初から使ってるよな。
「そっか」
謎の道具については特に聞く気はない。聞いたら、俺が世間知らずだと思われてしまうからな。
下手をすると、俺がこの世界の人間ではないということがバレてしまう。
・・・無いか。さすがにそこまで勘ぐる奴はそうそういないだろう。
「で、これからどうするんだ?」
「どうするって・・・。
ユウマ君の友達は助けなくていいの?」
・・・確かにそれも大事だけど。俺が聞きたいのはそういう事じゃない。
「俺の私情に付き合う必要はないぞ?」
協力をしてくれようとしているのは有難いが、エリーにはエリーの目的が別にあるだろう。本人は隠しているようだけど、俺には何となく分かる。
「ヤだよ。
ここでわたし達が別れて、もしユウマ君に野垂れ死にでもされたら、夢見が悪くなるじゃない」
とのこと。女の子が「野垂れ死に」とか使ってはいけません。
・・・本人がいいと言っているなら、別に俺の方からも断る理由もない。
一人だと、またあんな死闘を繰り広げる羽目になるかもしれないし、ここは強力な助っ人に助けてもらうとしよう。
「じゃあ、俺の連れが見つかるまではよろしく頼んます」
「はい。こちらこそ」
エリーは笑顔で引き受けてくれた。
・・・なんて言うか、彼女は人の世話が好きな人間なのかもしれない。
「さて、じゃあどこから行こうか」
「どこから、か・・・」
広間に通ずる道の数を、改めて確認してみる。
・・・。
途中で数えるのが馬鹿らしくなってきた。
「・・・じゃあ、取り敢えず真正面の道から行ってみるか」
「そこ、ユウマ君が倒れてた道だよ?」
・・・。
「反対の道で」
「うん、分かった」
---
それからしばらく歩き続ける。
エリーが松明を持って先頭を歩き、俺がその後に続く形で進み続けて、早三十分。
「このダンジョンって、どれくらいの規模なんだ?」
「そだね~・・・、拠点の広間の大体100倍ぐらいの面積かな?」
百ぅ?広すぎやしないか?
ていうか、あそこはもう既に拠点なのか。
広間の百倍。あそこが目測で大体半径五百メートルぐらいだから、それの百倍・・・。
・・・七千五百平方キロメートルぐらいか?
面積の求め方なんて、しばらくやってないから忘れたな。
数値を聞くだけでも、かなりヤバい大きさなのが分かる。琵琶湖の約二十倍とは。
というより、なんで地中にそんな大きな面積の空間が広がってるんだ。
「帰れるのか?」
「帰りたい?」
「・・・帰りたくないのか?」
「別に~?冒険家っていうのは、どこかに帰る場所があるわけでも無いからね」
「それでも、自分の家や実家ぐらいはあるだろう」
俺の場合なら、学園の寮とか。或いは、最初期以来ほとんど使われてないあの一軒家とか。
「ん~。確かに家が無いことはないんだけど・・・。
もう何年も帰ってないかな~」
何年も、って・・・。
エリーはかなり若い。見た目の歳から考えると、家を出たと言うならおそらく十二、十三ぐらいの頃だろう。
「家出して以来、帰ってないのか?」
「・・・まぁ、そんなとこかな」
エリーは何やら、意味深な答えを返す。
謎が多い女だな、エリーは。
「仲直りはしないのか?」
「わたしの場合、したくても出来ないからさ」
・・・地雷を踏んでしまったかもしれない。
「・・・悪いな」
「?、別に何も悪いことしてないじゃない」
「・・・はは、エリーは強いな」
エリーの頭を、優しく撫でる。
唐突の事に驚きながら、エリーは少し気まずそうにしていた。
「・・・わたしの頭を撫でてる暇があるなら、さっさと友達見つけようよ」
「せやな」
エリーは気を取り直して前を向き、先程よりも早足で洞窟の中を進む。
「・・・ひゃっ?!」
そして、突然俺の視界からエリーが消えた。
「エリー!?」
慌てて近くに駆け寄ると、エリーは穴に下で尻餅をついていた。
「・・・む~」
「・・・びっくりした」
魔物の奇襲かと思った。特に危険も無さそうだ。大した高さでもないし、無事で何より。
エリーの後を追って、俺も穴の中に飛び込む。
「ユウマ君!?来ちゃダメ!」
「へ?」
来ちゃダメ、なんて言われても。もう落下してますし。
そういう内に、もう穴の下に到着してしまった。
「・・・誰かいるのか?」
入った穴の先からは、人の声がした。
「遭難者・・・?」
「なぁ、助けてくれよ・・・」
「!?」
異変には、すぐに気付いた。
最初の声と、後に聞こえた声が、別方向から聞こえたのは、俺の聞き間違いでは無いはず。
それによくよく観察すると、この空間も、一本道ではなくどこか広い場所のようだ。
「・・・エリー」
「ダメだよユウマ君、コイツらは音に反応して近付いてくる」
・・・人語を話す魔物か。
洞窟などの視界が悪い場所で人間を誘き出して、近付いたところを仕留める。そんな感じの魔物だろうか。
って、音に反応するならさっきの落下音で終わっていると思うんだけど・・・。
「・・・」
音を出すなということで、息を殺して暫く黙り続ける。
暗闇の奥からは、ヒタ、ヒタ、と、何かの足音のようなものが、そこらから聞こえる。
「・・・5匹、か」
沈黙を破るエリーの声には、どこか重みを感じた。
まさか、やるつもりなのか・・・?
「ユウマ君はそこから絶対に動かないで」
「って言わ-」
-一瞬。
俺が言葉を言い終わる前に、エリーは動き出していた。
暗闇の中、その姿はよく見えないが、何か突風のようなものを肌に感じる。
「グギャアァッ!!?」
「ギッ・・・」
と、なにかの断末魔の断片のようなものが、五回続いたあと、俺が感じた突風のようなものは収まった。
「ふぅ。もう大丈夫だよ」
暗闇の中で何があったのかは理解出来ない。できれば、理解したくない。
それは恐らく、俺の彼女に対する見方が変わってしまうかもしれないから。
「・・・ユウマ君。
例え元が普通の動物でも、魔物は人々の“敵”なんだよ。情けをかける必要は無いの」
「・・・冷徹だなぁ」
彼女の言うことももっともなのかもしれないが、なんというかな。
・・・やっぱり、生き物を殺すって、慣れないな。
魔物の死骸を燃やすエリーの姿は、どこか、人を辞めてしまった何かに見えたような気がした。




