11.5話:四面楚歌 ~ソーマ・テールナーとアスモの場合~
「・・・んんぅ・・・」
「キュウ、キュウ」
倒れた少年の体を、1匹の小竜が一生懸命に揺する。
それに気付いた少年は、意識を取り戻し、ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。
「・・・ここは・・・?」
見渡す限り岩壁に囲まれた場所。出入口と呼べそうなのは、1つの小さな穴のみ。
その穴は、到底人間が通れるような大きさではない。小竜ですら、翼を畳んでようやく通れる大きさである。
「・・・シーナ?どこだ、シーナ!」
少年は、周りに誰もいないことを分かりきっていて、自分の半身の名を呼ぶ。
しかし、返ってくるのは、反響した少年の声。少年の声に応えてくれるのは、小さな竜のみだった。
「キュウキュウ」
「・・・くそっ、結界か」
少年は、岩肌が剥き出しになっている地面に、勢いよく拳をぶつける。少年の指からは、血が滲み出る。
ーどうする。転移陣で撤退か。それとも合流か。
少年は、自分が今取るべき行動を、必死に考える。
ダンジョン内での単独行動は、実力者、かつサバイバル経験者でも危険極まりない。本来であれば、5人以上の団体で攻略を試みるものである。
それぞれが、各々の役割を持つ。それがダンジョン攻略の基本である。
だが、団体でもどうにも出来ないこともある。それが、今回のような『転移トラップ』の類である。
この罠を通過した人間は、気付かぬ内に、他の人間とはぐれてしまうケースが多い。
「・・・いや、このままだと副会長とディアル先輩も危ないな」
血が滲み出る指に、小さなポーチから取り出した、液体状の治癒薬を少量かけて、少年は口に親指を当てて考える。
ーシーナは、その気になれば転移陣で脱出できる。だけど、副会長とディアル先輩は転移陣の模様を知らない。まして、副会長の方は先行して数十分が経っている。今頃どうなっているか・・・。
「・・・アイサカは、別にどうでもいいか」
「キュウー?!キュウ!キュウ!」
少年が呟くと、小竜は、怒ったかのように少年に牙を剥く。
「じょ、冗談だよ・・・。ったく、面倒掛けやがって・・・」
少年は立ち上がり、唯一の脱出口である小さな穴を見つめる。
「・・・とりあえず、ここを出ないことには始まらない、か」
そう呟くと、少年はどこから取り出したのか、炎の槍を手にする。
土で出来た槍に炎を纏わせ、通常よりも威力を増した槍である。
「貫け、『獄炎槍』!」
そして、少年は右手に持った槍を、小さな穴の僅か上に向けて投擲する。
槍は一直線に穴を貫き、開拓するように突き進む。
槍が通った後には、人1人がしゃがめば通れそうな、小さな通路が出来上がる。
「とにかく、他の皆と合流するぞ」
「キュウ」
そして、1人と1匹はダンジョン内の探索を開始した。
ーーー
それから、洞窟の通路を進み続けること約2時間。
「・・・ここは・・・」
少年、ソーマ・テールナーと、小竜、アスモは、開けた場所へと辿り着いた。
相変わらず岩壁に囲まれている場所ではあるが、少なくとも、先程までの閉鎖された空間よりは広い。
「・・・キュウ」
アスモは何かを感じたのか、その場の空気に、身震いする。
「・・・どうやら、ここは魔物の巣窟のようだね」
ソーマも獣人の子である。野生の勘というものはまだ残っているのであろうか、ここが危険な場所だと察する。
魔物の巣窟、というのは言葉の通り、様々な魔物が混成している場所。所謂『モンスターハウス』である。
巣窟は、パーティー単位でも生存が危うく、パーティーが巣窟にて全滅した、なんて話はよくある事だ。
ソーマは早急に炎の槍を作り出し、投擲の構えを取る。
「とにかく、ここから早く出よう。獄炎ー」
と、ソーマが槍を飛ばそうとした時。
「◾◾◾ー」
少し離脱が遅かった。
どこからか、人成らざるものたちの声が、広間の中に響き渡る。
「っ、囲まれているか!」
ソーマは、手にした槍を投擲の構えから、すぐさま左半身構えに切り替える。
声の主は、広間の上方にある大きな穴から、大量に出てきた。数にして、およそ30。
「・・・流石に、数が多すぎないかな?」
多勢の魔物たちを前にして、ソーマは少し怖気付く。
それに反して、アスモの方は口から火炎を吐き漏らしている。
小さな体に反して、主人譲りの勇気が込められているようだ。
「まぁ、生き残るためには倒さないといけないんだけどさ。
・・・シーナもいないし、少し本気を出さないとな」
構えた槍を強く握り、ボソボソと独り言を呟く。
対する魔物の方は、いつでも準備出来ていると言わんばかりの唸り声をあげている。
「・・・おい、邪魔にならないように動けよ」
「・・・」
ソーマはアスモに呼びかけるも、アスモからの返事は無い。
それは、「お互いの心配なんかしてられない」という意思が、アスモの中では秘められている。
それを、ソーマがどう解釈したのかは分からない。が、少なくとも、ソーマの方にも、アスモを心配している余裕は無いだろう。
「・・・『加速』!」
沈黙を破ったその一言で、ソーマは魔物の群れに、一直線に突っ込んでいく。
「シャアアアアアッ!!」
「『獄炎槍』!」
魔物の不意を突き、ソーマは槍を突き穿つ。
獄炎に包まれた槍は、所持者の意志に応じて、辺りを炎で吹き飛ばす。
「キュウゥッ!」
それに続くように、アスモも微力ながら、上空からの火炎球での援護射撃を開始する。
「シジャアッ!!」
魔物がソーマの背後を陣取り、心臓を捉えて鋭い爪を剥く。
「『雷撃』」
その脅威に、ソーマは後ろを振り向く事無く、ただ、空いた左手を後ろに向けて、極小規模の電撃で迎撃する。
生まれた隙を逃さず、即座に獄炎槍を生成。ソーマは振り向いて、その慣性のまま魔物の心臓を穿つ。
突き刺した槍を手放し、腰に携えた短剣を両手に握りしめ、「『硬化』」と唱える。
「鉄に炎を、『炎化』!」
立て続けに詠唱。ソーマの持つ双剣が、その呪文を唱えた途端、炎を纏う。
それをソーマは、魔物の群れの中心付近に、2本とも突き刺す。
魔物の群れのど真ん中で、無防備になったソーマ。
「キュウゥー!」
近寄る魔物を、「邪魔させない」と言わんばかりのアスモの火炎球の量で牽制する。
アスモの援護を受けながら、ソーマは双剣の柄をそのまま握り、次の詠唱を始める。
「地殻、獄炎、破壊、『地獄審判』!」
最後の単語と同時に、懐から取り出した、魔法陣の描かれた紙を地面に叩きつける。
すると、ソーマを中心として、地面にヒビのような模様が、五芒星のように広がっていく。
ソーマは双剣の片方を腰の鞘に納めて、近くにいた魔物を踏み台にして、「加速」と唱えると同時に岩壁に飛び移る。
岩壁に短剣を突き刺し、それを手すりとして壁にぶら下がる。
ーそして、先程のヒビのような五芒星が一際強く光を放った後。
ヒビのような模様は、本物のヒビとなって、そこから地獄の炎のような、紅蓮の溶岩が勢いよく噴き出した。
「『防護』」
壁に手を当て唱えると、ソーマを取り囲むようにして、円状の防壁がソーマと、いつの間にか近くにいたアスモを包んだ。
「・・・これで殲滅出来てなかったら、逃げよう」
「キュウ」
ソーマとアスモの目に映るのは、紅蓮の溶岩と、それに呑まれてもがき苦しむ魔物の群れ。このような、世界の終わりのような惨劇の状態で、生き残れるものなど、そうそうはいない。
だが、いるとすればー。
「・・・フシュウゥゥ・・・」
それは、龍種か、重圧な甲殻を纏った生物である。
「・・・厄介な生き物が、魔物になったものだ」
マグマの中でも、当たり前のように息をし、歩き、敵を睨みつける。そんな化物が、この場に残った。
顔はどこか、龍のように見えなくもない、かと言って龍種ではない、2足歩行の化物。
「・・・まさか、龍種に悪霊が?」
ソーマが発言したそれは、考えられるケースの中では1番最悪の事態。
龍種とは基本、雛竜から成長していき、やがて龍へと変化していく。その過程で、龍としての知性、力を身につけていく。アスモもその過程を歩んでいる最中である。
悪霊は、龍種の成長過程にて、精神がまだ発達していない龍種を付け狙って憑依することが、ごく稀にある。
普通なら、龍種の強大な力に押し返されて憑依に失敗するか、あるいは魔術で消滅させられるかのどちらかである。
もし憑依に成功したとしても、龍種の力をコントロール出来ずに暴走するだけである。
「暴走は面倒だな」
つまり、目の前の化物は、とある何かが突然変異した新種の魔物か、龍種に取り憑いて暴走した悪霊のどちらかである。
新種の魔物に1人で挑むのは、無謀と言える。人が魔物の対策を取らずに戦うのは、死にに行くようなものだ。
龍種の暴走にしても、人1人、いや、10グループのパーティーが連携して討伐に挑んで、生存者が出れば御の字レベルの難易度である。
溶岩による暑さもあってか、ソーマの顔に汗が湧き出る。
ーこういうことなら、戦闘をせずに逃げ出しておけば良かった。
そんな事を考えても、起きてしまった事を無かった事には出来ない。
臨機応変。その場の状況に合わせてどうにかするしかない。
しかし、地面は溶岩で覆われている。逃げようにも、壁に抜け道らしき穴は空いていない。
唯一の救いは、何故か化物はこちらに向かってこない、ということである。
「・・・そろそろ、誰か来るか・・・?」
ソーマは、その僅かな希望に賭ける事を選んだ。
これだけの大規模な魔術である。近くに誰かがいれば、少なくとも異変が起こっているのは察せるはずだ。
「-『発破』!」
微かに。だが確かに、ソーマの耳にはその単語が聞こえた。
ドオォォオンッ!!
ソーマのすぐ横で、小規模な爆発が起こる。
爆風が晴れた先には、人が通れそうな穴、その奥に緑髪の少女が呆れ顔で立っていた。
「アルト先輩!」
「・・・何があったかは後で聞きます。今はここから離脱しますよ」
アルトと呼ばれた少女は、溶岩の中に沈む化物を一瞥して、即座に離脱を判断。
ソーマは障壁を解除して、アルトが開けた穴の元へと跳躍する。その距離、およそ10メートル。
流石に無理がある距離である。ソーマは、どうにか岩壁に捕まる。
「あ、あぶねぇ・・・」
一つ間違えたら、ソーマは溶岩に飲み込まれていた。今、ソーマの心臓の脈はピークに達している。
「補助魔術ぐらい使ったらどうですか」
「アレを使うと、補助ありでも大きく魔力を持っていかれるのは先輩も知ってるでしょう」
ぶら下がったソーマを引っ張りあげ、アルトは再び化物の方を見る。
アスモも、アルトの肩に着地して翼を休める。
「・・・始末しておいた方がいいですね、あれ」
「あんな化物、どうやって・・・」
疑問を抱くソーマを余所に、アルトは魔力で多大な水を生成する。
「私が魔術を放ったら、あなたは魔術障壁を最大にしてください」
「水で倒せるんですか?」
「倒せないにしても、少しくらいはダメージを与える事ができるでしょう。
・・・それに」
アルトの言葉の続きを聞く前に、アスモは危険を察知してすぐさま魔術の準備に入る。
「私が使うのは、爆発です」
「え?」
アルトは、その言葉と同時に巨大な水球を溶岩に落とす。
「キュウゥゥッ!!」
それと同時に、アスモが力を振り絞って、障壁を展開する。
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音は、聞こえない。
しかし、目の前では大きな爆発が起こった。
「な・・・?!」
「水蒸気爆発です。あなたも、今後あの魔術を使うなら覚えていた方がいいですよ」
それだけを言ってアルトは、魔術の酷使によって気絶した、地面に倒れるアスモを抱き抱える。
「行きますよ。他の皆と合流しないと」
そして、そのままアルトは洞窟の奥へと消えていく。
「・・・」
ソーマは、爆発の現場をしばらく見つめていた。
「・・・経験、かな」
それだけ呟いて、ソーマはアルトの後を追った。




