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外伝:悪霊

「キシャァァァッ!!」


 薄暗い森の中に、人の声と魔物の声、武器や魔術がぶつかる音が響き渡る。


「ウルス!」


「うらぁっ!!」


 少女、サクラの隙をつき近づいた魔物を、少年、ウルスがメイスで吹き飛ばす。

 鈍器の重い一撃をモロに喰らった魔物は、受け身を取ることも出来ずに樹木に打ち付けられる。


「数は!?」


「残り3匹だ!」


 メイスを振り回した事で大きな隙を生んだウルスに、残りの魔物が一斉に襲いかかる。


「ウルス、避けろ!」


 襲いかかる魔物にサクラは炎魔術を乱れ撃つ。が、魔物は小柄な体格による機動力を活かして軽快に避ける。

 そして、魔物の棍棒がウルスに振り下ろされようとした、その時-。




 シャン-


「ビャッ・・・」


 3匹の魔物は短い悲鳴をあげて、その場に崩れ落ちた。

 その背後には、1人の少女。


 いかにも盗賊というような服装をした少女、リーナが立っていた。


「あたしが偵察に行ってる間に随分と騒がしいことだな」


「・・・助かったよ、リーナ」


 ジャンビーヤを両手に持ったリーナは、刃を鞘に納めると、魔物の死体の焼却を始めた。


「・・・容赦無いなぁ、リーナ」


「魔物に容赦なんかしてらんないだろ?」


 その場で立ち止まっていた2人も、リーナに習って魔物の焼却を始めた。



 ---



「で、周りはどうだった?」


 焚き火に薪を焼べながら、ウルスが口を開く。


「ん、ほふひははひひははひほははっはへ」


「食べながら喋るな」


 口いっぱいに食べ物を頬張りながら、リーナが周囲の状況を伝える。が、言葉になっていない。


「・・・、特に周りには何も無かった」


「そうか」


 このような長旅、特に、周りの状況がよく分からないような森林や洞窟の中であれば、基本的には周囲の安全を確保してから野営をするものである。

 周りに危険と判断される物があると、休息を取っている合間に何か危険な起こるかもしれない、という昔の旅人の手記によるものが現代にまで伝わっているのだ。


「だけど、ゴブリンの群れがいたんなら安心は出来ないな」


「そうだね。今夜は2人で監視しようか」


「誰が監視をするんだ?」


「それは・・・。そうだ、ジャンケンで決めよう」


 ウルスの『ジャンケン』というワードを聞いて、2人は疑問に思う。


「じゃんけん、って何だ?」


「前にユウマから聞いた遊びだ。

『グー』、『チョキ』、『パー』の3つを使って、勝敗を決めるんだってさ」


 ウルスは手の形を色々変えて、じゃんけんを知らない2人に説明する。

 この世界には、じゃんけんという遊戯は存在しないのだ。


「・・・ルールは大丈夫か?」


「なるほど、確かに手軽に何かを決めるのには最適だな」


 一通りのルール説明に、2人はじゃんけんの利便性に納得する。


「よし、じゃあ行くぜ。最初はグー・・・」


 ウルスの掛け声に合わせて、2人は身構える。


「ジャンケン-」



 ---



「・・・暇だな」


「そうだね。夜だから仕方ないさ」


 結果、グー、パー、グーでウルスの一人勝ちだった。

 その後、1時間おきに1人ずつ交代するという方法で、3人は周囲の監視を始めた。


「・・・暇だー!サクラ〜、何か無いのか〜?」


「あまり騒がしくすると、周りから何か来るかもしれないよ」


 しびれを切らしたリーナが、森中に響くのではないかと思わせるような大声をあげる。


 ・・・。


「・・・本当に静かだな」


「ここまで静かだと、逆に怖いね」


 リーナが叫んでも、虫の鳴き声一つ聞こえない。その状況に違和感を感じた2人は、武器を持ち身構える。


「・・・何か聞こえるか?」


「・・・・・・・・・、何も」


 声を潜めて会話をする声以外には、2人の近くで燃えている焚き火の音ぐらいしか聞こえない。

 それ以外には本当に、何一つとして、物音一つしない。


「・・・リーナ、ウルスをすぐ起こしてくれ!」


「ああ」


 リーナは武器を納めて、横になっているウルスの体を揺する。


 その時だった。


「-----」


 突如、静寂を切り裂くような風の音が前方から聞こえてくる。

 しかし、音がしたからといって、突風が吹き荒れるわけではない。


悪霊(ファントム)!」


 サクラは叫び、同時に杖に魔力を込める。


 その叫び声にリーナも、いつまでも起きないウルスに対して強硬手段をとった。


「このっ・・・、起きろ!」


 リーナは、ウルスの腹部に全力の蹴りを入れた。


「がはっ?!」


 いくら寝相が悪いといえど、脚力に自信のある者の蹴りには耐えられないようで、ウルスは体を縮めてその場で咳き込んだ。


「・・・リーナ、それはさすがに強引すぎるよ」


「今はそんな呑気にしている場合じゃないだろ!」


「それもそうだけどね」


 2人は、改めて音のした方に向き直る。


 -悪霊(ファントム)。ギルドで定められた、最も危険とされている【ランクDD】の一つである。

 この世で、無念の死を果たした生物の魂の集合体。

 その実体は透明で、目に見えるものでは無いし、実際に触れられるものでも無い。この世界の技術である魔術が、悪霊を仕留めるための大きな手段である。

 しかし、視認は出来ないため、狙いを付けるのは至極困難。倒せはするが、相手にするには多大な危険が伴う、という理由で【ランクDD】の位置付けをされている。


「・・・あたしが前に出よう」


 リーナは、一人森の奥へと歩み始める。

 悪霊は真っ先に目に入った動物に、無差別に襲いかかる。だがその性質上、どこから攻撃を仕掛けてくるか分からない。

 つまりリーナは、自分から囮になると言っているのだ。

 しかし、それを止めないほどサクラは薄情者では無い。


「バカ言うなよ。悪霊に捕まったら、体を乗っ取られるかもしれないんだぞ?」


「知ってるさ」


 リーナは、自分の死を覚悟の上で囮になる。


「・・・だから、そうなる前に仕留めろよ?」


 同時に、サクラという友人を信頼して、囮になる。

 サクラも、そのリーナの意を汲み取ったのか、何も言わずにその言葉に頷く。


「・・・」


 しばらくの静寂。


 それを破ったのは、リーナに起こった異変。


「ぐっ・・・!」


 見えない何かが、リーナの首を強く絞める。それにリーナは、どうにか魔術で抵抗を試みるが、手を上手く動かせない。


「っ、サク、ら・・・!」


 呼吸もろくに出来ないリーナは、掠れた声で合図をする。

 サクラは、虚空へと向かって溜めた魔術を放つ。


火炎弾(ファイアバレット)!」


 サクラの掌で燃え盛る弾丸は、リーナの目の前を目掛けて一直線に飛ぶ。

 そして弾丸は、リーナの目の前を通過した。




 ・・・・・・。




「・・・外し、た?」


 魔術を撃った後も、依然としてリーナは、苦しそうに踠く。

 それはつまり、サクラが悪霊を仕留め損ねた事を意味していた


「・・・は、火炎球(ファイアボール)!」


 友人の死を前に焦り始めたサクラは、ただひたすらに、無造作に魔術を乱射する。

 だが、狙いを定めていない魔術は辺りの木々を燃やすだけで、一向に悪霊に当たるような気配は無い。いや、もし当たっていたとしても、一般人であるサクラの目には見えないのだ。


 -魔術の乱射を始めて間もなく、誰にでも予想出来うる事態が起こった。


 ミシッ-


「!」


 その一つの音で我に返ったサクラは、リーナの方にすぐさま振り向く。

 リーナはすでに、気を失っているようにして項垂れていた。そこに悪霊の気配は無い。

 そして、そのリーナのすぐ横の木の幹が、燃え盛りながら、音を立てて倒れようとしている。


「リーナ!」


 気を失っている人間でなくとも、自分より二回りも大きいものに押しつぶされたら、ひとたまりもない。


 リーナが下敷きになるのを防ぐため、倒れ始める木とリーナの間に素早く入り込むサクラ。

 リーナを抱えてその倒木から逃がれようとするが、既に遅い。


「・・・ぁ」


 サクラは、燃える倒木を前にして、ただ小さく声をあげるだけだった。



 -バシャァッ!



「んぶっ?!」


 死を覚悟していたサクラに、激流が被せられる。

 その激流は、2人を押しつぶそうとしていた倒木をも吹き飛ばした。

 突然の異常事態に、何事かとサクラは目を開く。


「・・・あたしの前で火事を起こすなんて、随分度胸があるわね?」


「・・・あなたが?」


 腕を組んで偉そうにする青髪の少女は、サクラの問いには答えずに、ただ一回、指を鳴らす。

 それだけで、辺りの火事は洪水によってみるみる鎮火されていく。


「で、一体どうしたらこうなるわけ?」


 火を消し終えた少女は、サクラに向かって説教をするような口調で話す。


「・・・って、あんたが抱えてるその女の子・・・」


 しかし、サクラが抱えるリーナの顔を見た途端、自分から聞いたことに興味をなくしたかのように顔を近づける。


「やっぱり、あの時の女の子・・・」


「リーナと知り合いなんですか?」


「・・・別に。ちょっと前にその子に関して一悶着あっただけよ」


 青髪の少女はまた、リーナに興味をなくしたかのように、静まりかえった森林の方に向き直る。


「それより、気を抜いてんじゃないわよ。まだ悪霊は仕留めきれていないんだから」


「は、はい!」


 リーナを横にすると、サクラも気を引き締め直して警戒態勢に入る。


 気張るサクラに対して、少女は、ただ静かに目を閉じている。

 ただ静かに、視覚以外の感覚を研ぎ澄ます。


「・・・」


 -そして。


「うぐっ?!」


「ウルス!」


 少女の後ろの方から、呻き声が聞こえた。その場で痛みに悶えていた少年、ウルスのものだ。

 それを聞いた少女は、瞬時に魔術を構築する。


「・・・『光雷(フォトン)』!」


 少女は、呻き声がした方とは真逆に、高速の雷を放つ。

 その雷は、真っ直ぐに、ただ術者が定めた地点へと、光を纏って突き進む。


 雷が見えなくなった頃。

 何者かに束縛されているかのように動けなくなっていたウルスが、突然地面に倒れ込む。


「・・・倒した?」


「そりゃあ。悪霊は、(じゃくてん)には滅法弱いから」


 そう言って少女は、その場から立ち去ろうとする。


「・・・あ、あの!名前は・・・」


 それを後ろからサクラが呼び止める。


「・・・近いうちにまた会うことになると思うわよ」


 それだけ言って、少女は再び足を進める。


 やがて、ポニーテールでまとめた青髪の少女の後ろ姿は、薄暗い霧に隠れるようにして見えなくなった。



 ---



「・・・」


 その場で1人、サクラは考える。


 リーナは未だ目を覚まさず、ウルスはあの後、またすぐに眠りに入った(身体へのダメージのせいでもあるだろう)。

 ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら、サクラは己の無力さ、そして、未熟さに悔しさを感じていた。


 リーナが今現在も目を覚まさないのは、自分自身による失態。自分があの時、しっかりと悪霊を仕留めていれば、今も静かな寝息を立てていたことだろう。


 別にリーナが死んでいるわけではない。脈もある、息もある。安定はしているはずなのに、まだ目を覚まさない。

 サクラは、少々ではあるが回復魔術が使える。少しの傷を治すぐらいであれば、彼女に頼めばすぐに治る。

 勿論、リーナに回復魔術を試した。しかし、リーナのダメージは、傷を治して回復するようなものでは無かった。そこでも彼女は、「自分がもっと高位の回復魔術を使えたら」、そう考えた。


 結局のところ、いつも物知りのように話していても、実践にて結果を残せなければ意味がない。サクラは、それを思い知らされた。


「・・・強く、なりたいな」


 独り言よりも小さな声で、そう呟く。


 自分の大切な友達を、傷付けさせないくらいに護る力が欲しい、と少女は願う。

 その願いは、少女に新たな決意を生み出させるには、充分であった。

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