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第一話 那月

 ーーここは次元の歪みにある妖かしが営むカフェ宿

   ここにだどり着くことができたなら、あなたの願い叶えましょうーー


 ◇ ◇ ◇


 私の名は麻生那月(あそうなつき)、都内の大学に通う二年生。

 趣味はテニスでサークルに入っている、ごくごく平凡な女だ。


 今日もサークルの懇親会という名の飲み会。

 テニスサークル以外の学生も参加していて、どちらかといえば合コンに近いかな。

 もっとも私には縁のない話でいつも仲の良い友達とかたまって飲んでいる。


 (あ、相田先輩だ)


 相田奏紀(あいだそうき)、同じサークルの一年上の先輩でそこらへんのモデルより顔もスタイルもいい。最近IT関連の会社を立ち上げたらしい。

 私には高嶺の花で、キラキラ女子に囲まれている彼をこうして遠目で見て癒されている。

 いや、長い手足を伸ばしてボールを打っている先輩を見るのが一番かな。

 

 相田先輩の周りのキラキラ女子がざわつき始めた。

 サラサラの亜麻色の髪をなびかせながら相田先輩の彼女がやって来たのだ。

 ほっそりした手足に白くて小さい顔。当たり前のように先輩の隣に座る。

 相田先輩の目が憂いを帯びる。彼女の肩に手をかけて耳元で何かを囁いている。

 彼女遠野紗栄子(とおのさえこ)はサークル仲間ではないが必ずこうしてやって来る。

 遠野紗栄子は私と同じ歳で同じ高校の出身だ。

 彼女は高校のときから超有名で、話をしたことはないが噂は聞きたくなくても耳に入って来ていた。

 男子は美しい言葉で飾られた話ばかりだったが、女子は嫉妬や妬みにかられた言葉をまるで他人が言っていたように並べていた。

 男好きで取っ替え引っ替えして付き合っているという噂が一番耳に入ったが、彼女が男と一緒にいるところを私は見たことがない。

 大学に入ってから半年もしないうちに相田先輩と腕を組んで歩いているのを見たぐらいだ。

 何にせよお似合いのカップルだと思う。

 二人が並んでいちゃついているのを見るのも癒しの一つだ。


 少し飲みすぎたかな、肝臓で分解されて最終的に水に変換された元アルコールを外に放出したいと脳が指令を出している。


「花を摘みに行ってくる」


 私はそう言って席を立った。

 

 個室の便座に座ると待ちかねたように怒涛のごとく放出がはじまった。

 ほおぅっと一息ついていると、ガヤガヤと話し声が聞こえてきた。


「ちょっとイラつくんですけど!」


「何よあれ⁈毎回来て相田君とイチャイチャして!彼女だか何だか知らないけどイチャつくなら人のいないところでやってよね!」


「相田君はみんなのアイドルなんだから独り占めする者には制裁よ」


「あれマジで実行するの?」


「ふふ、もちろんよ。もう頼んであるわ」


「洋子の男友達に?バレたら大変じゃない?」


「大丈夫。男友達の知り合いの社会人に頼んであるの。上手くやってくれるわ」


「決行はいつなの?」


「今週の土曜。遠野紗栄子のやつ、週末だけ高級バーでバイトしてるのよ。その帰りを狙ってもらうの」


「誘拐とかじゃないよね?それは犯罪だよ」


「誘拐なんてしないわよ。ちょっと遊んでもらうだけよ。二度と相田君会えないようにしてやるわ!」


 えーーーーー!ってそれも誘拐と同じ犯罪じゃない⁈

 洋子って言っていた……サークルにいた、その名前の先輩。


 先輩たちがいなくなるのを待ってから個室から出て何食わぬ顔で席に戻った。

 

 私はどうやって伝えるか考えた。直接遠野紗栄子に言っても信じてもらえるかどうかわからない。

 そもそもそんな犯罪めいたこと本当に実行するかさえもわからないのに怯えさせるだけではないか?

 いや、警戒をするに越したことはない。聞いたことをありのまま伝えて後は遠野紗栄子がどうするか決めればいいだけの話だ。


 次の日大学内で遠野紗栄子を探した。知人の話では三限目はB棟のニ○三号室で講義を受けるはずだとの情報を得た。

 私は取っていない講義だが素知らぬ顔して講義室に入って一番後ろの席で遠野紗栄子が来るのを待った。

 ほどなくして遠野紗栄子が講義室に一人で入ってきた。

 一人とはラッキーだ。こっそり話ができる。

 私は遠野紗栄子が座った席の隣にそっと座って話しかけた。


「…あの遠野さん、私のこと知ってる?」


 遠野紗栄子は首を傾げて考えていた。


「あ、もしかしてテニスサークルの人?」


「うん、そう。実はね昨日……」


 昨日トイレの中で聞いた話を遠野紗栄子に聞かせた。


「…そう、わざわざ教えてくれてありがとう。気をつけるわ」


 遠野紗栄子は私の話をあまり信じていないような言い方だった。

 信じるか信じないかは勝手だ。私はちゃんと伝えたのだから役目は終わった。



 土曜日の夜。

 私が今いるところは新宿の高級バーが立ち並ぶビル街だ。

 役目は終わったのだけれど、どうしても気になって来てしまった。

 店の名前は遠野紗栄子の友人から聞き出した。

 バイト終わりだとかなり遅い時間になる。近くのコンビニで時間を潰そう。

 私が雑誌を購入し一杯のコーヒーで二時間ほど時間を潰したときだった。

 ちょっと柄の悪そうな男が三人コンビニに入って来た。


「おい、バイト終わる時間って何時だ?」


「店が一時までらしいからそれぐらいに出てくるんじゃないっすか」


「まだ一時間以上あるな。おいコーヒーを買ってこい」


「へーい」


 男が一人レジに向かうと残りの二人はイートインスペースにやって来た。

 私が座っているカウンター席の二つ隣に座った。

 嫌だなと思いながら雑誌を読むふりをする。


「どの女かすぐわかるか?」


「はい、写真を送ってくれてます」


 男はそう言ってスマホをリーダー格っぽい男に見せた。


「ほう、いい女じゃねえか。名前は何だ?一応やる前に本人に確認しないとな。間違えたら大変だ」


「遠野紗栄子です」


 げぇっ!遠野紗栄子⁈ じゃあこいつらが洋子という先輩が雇った奴らなの⁈

 心臓が周りに聞こえるのではないかと思うほど早打ちを始めた。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!!


 一時になると男たちはコンビニを出て行った。

 私はこっそりあとをつけて行った。

 遠野紗栄子がバイトしている高級バーがあるビルの入り口の近くで男たちは待っていた。

 私は少し離れたビルの陰から顔だけ出して様子をうかがった。


 遠野紗栄子がビルの入り口から出て来た。男たちが近寄って行く。


「遠野さん!逃げて!」


 私は思わずリーダー格の男を後ろから突き飛ばしていた。


「このやろう!誰だ!」


 遠野紗栄子がビルの中に戻って行くのが見えた。

 私は踵を返してただひたすらに走った。


「待て!このやろう!」


 声からして追いかけてくるのがわかったが、振り返る余裕などない。

 交番に飛び込みたかったが、探す余裕もない。ただひたすら走った。


 気がつけば神社のようなところに入り込んでいた。

 私は拝殿の扉を開けて中に入って隠れた。

 身体がガタガタ震えている。心臓が破裂しそうだ。

 スマホ、スマホどこだっけ?


「女!どこ行きやがった!」


 ああ、近くまで来ている。どうしよう!

 スマホの明かりでバレちゃう!


 拝殿の扉が開いた。


「こんなところにいやがったか!来い!」


 後ろから髪を引っ張られ手首を掴まれて拝殿から引きずり出されようとした。


「いやあああーーーーっ!!」


 そのとき空気全体が渦のように歪み頭痛と眩暈が起きて気を失った。



 どのくらい経ったのだろうか、気がついたら見慣れぬ山の中で倒れていた。

 電灯も月もないのに夜の闇に包まれていながら薄っすらと明るい。


「ここは……どこ……?」


 立ち上がって自分の身体を確認した。とりあえず無事なようだ。

 あたりを見渡したが男たちの姿はない。

 上を見るとボヤッと明かりが見える。もしかしたら民家があるのかもしれない。

 ポツンと一軒家ってやつ?

 私は明かりを目指して獣道を登った。


 明かりはそこに見えているのに登っても登ってもちっとも辿りつかない。


「どうなってるんだろう」


 力尽きて座り込んだ。

 そういえば遠野紗栄子はあれから大丈夫だっただろうか?ビルの中に戻って行くのが見えたけど、きっと誰かに助けを求めているよね。

 無事だったらいいな……私は再び気を失った。


 

 ……コーヒーのいい香りがする。パンの焼ける匂いもかすかに漂ってくる。

 私はハッとして飛び起きた。


「ここは……?」


 なぜか布団の上にいる。しかも浴衣に着替えて………ん?んん?

 何で浴衣に着替えてるの⁈ しかも誰が着替えさせてくれたの⁈

 立ち上がってバタバタと服やら荷物やら探していると、階段を上がってくる足音が聞こえた。

 私は慌てて押し入れの中に隠れた。


「起きた?入るよ?」


 男の人の声だ。暴漢男たちとは違う声のような気がする。


「あれ?どこに行った?」


 私は押し入れの中で丸まった。


「もしかして押し入れの中?怖がらなくて大丈夫だよ」


 彼はそう言って押し入れに近づいたようだが戸を開けようとはしなかった。

 私は少し隙間開けてのぞいた。


「あ、見えた!」


 彼の声は優しく軽快だった。

 私は戸を開けて押し入れから出た。


「…すみません。ご迷惑おかけして……」


 彼はクスクス笑った。

 柔らかそうなウエーブのかかった金髪にくりっとした赤い瞳。

 思わず見入ってしまった。


「ようこそ、我がカフェ宿khaos(カオス)へ。昼食を食べにそのまま下のカフェに来て」


 え、昼食?


「私、いつからここに?」


 部屋から出ようとした彼が振り返って言った。


「夜明け前。宿の前で気を失っていたよ。着ていた服は相当汚れていたから洗濯中。浴衣のままでいいからね」


 彼はにっこり笑って部屋を出て行った。


 私は着崩れした浴衣を整えてから部屋を出た。

 部屋を出るとすぐ右に階段があった。私はそろりと降りて行った。

 階段を降りると板間のホールがあった。

 矢印の表示板がある。右向きは湯と書いてある。お風呂があるのだろう。左向きはカフェと書いてある。

 私は左に向かって歩いた。細い板間の廊下をキシキシ鳴らしながら五メートルほど歩くと石畳の縁に出た。縁にはスリッパがいくつか置いてある。

 スリッパを履いて左右を見た。右側は入り口があってガラス越しに庭が見える。

 左側にカフェの入り口らしきものが見えた。入り口をそっと開けて覗いた。

 一斉に視線が注がれる。


 え、何?人間?


 カフェには何人か客がいたが、おおよそ人間とは思えない風貌だ。


「ああ、那月ちゃん、こっちこっち」


 先ほどの金髪赤眼のイケメンが手を振った。


 ん?那月ちゃん?名を名乗った覚えなどないけど?


 私は怪しみながらも呼ばれた方に急いでかけていった。

 個室のようなところに案内されて入った。


「ふふ、びっくりしたでしょう。ここは妖かしが集うカフェなんだ」


「妖かし⁈」


「そう。那月ちゃんは次元の歪みに入り込んじゃったみたいだね。でもきみがくることは僕たちにはわかっていたけどね」


 僕たち?わかっていた?それより次元の歪みって何⁈


「こら空夜(くうや)。余計なことは言わなくていい」


 白銀髪の緑と金が混ざったような瞳のイケメンが現れた。


「鮭とキノコのパスタ。食べれるかな?」


 白銀髪のイケメンが目の前にパスタを置いて座った。


「はい、ありがとうございます」


「食べ終わったらドリンク持ってくるけど何がいい?」


 空夜と呼ばれた金髪の彼が聞いてきた。


「あ、ではコーヒーをブラックで」


「りょーかい!」


 空夜さんはそう言うと厨房に入って行った。


「私の名前は湖白(こはく)。きみは那月だね」


「どうして私の名前を…?」


「どうしてだろうね。それを知っても忘れてしまうから意味ないよ」


 え、どういう意味だろう?何だかおかしなところに来てしまった。


「お腹空いただろう?冷めないうちに食べて」


「はい……」


 って、私のバッグは?財布は?スマホは?


「いや、あの……私のバッグが見当たらなくて……お金払えないんです。せめてスマホがあればそれで……でも見当たらなくて」


「ここは人間の作ったお金に価値はないよ。大丈夫、お金はいらないから」


 そう言われても無銭飲食になっちゃう。でも背に腹は変えられない。


「ありがとうございます。いただきます」


 かなりお腹が空いていた。あっという間に平らげてしまった。

 湖白さんがにこっと笑って指をパチンと鳴らした。

 少しするとコーヒーのいい香りがしてきて、空也さんがコーヒーを持って来てくれた。


「どうぞ」


 いい香りがする。フーッと吹いて一口飲んだ。美味しい!今まで飲んだブラックの中で一番だ。


「美味しい?」


 空夜さんが顔を覗いて聞いたきた。私は頷いてもう一口飲んだ。


「良かった」


 そう言いながら空夜さんは私の隣に座った。


「空夜、他の客がいるだろう。話はわたしがするから」


「大丈夫。みんなには帰ってもらった。休業中の札も出しといたよ」


 空夜さんは舌をぺろりと出して言った。

 うーんかわいい!悩殺される!


「ったく……」


 湖白さんは呆れ顔になった。

 イケメンはどんな顔でも眼福に値する。


「さっき空夜が言ったようにここは次元の歪みにあるカフェ宿だ。私たちももちろん妖かしだ」


 私は言葉にならないほど驚いた。

 え〜っ、冗談だと思っていたのに、仮装喫茶ぐらいだと……でも湖白さんと空也さんはちっとも妖かしには見えない。まあ、人とは思えないほどの超越美だが。


「那月は驚かないんだね。普通なら青ざめたり、逃げようとしたりするけど」


 空夜さんが不思議そうに言った。


「いえ、驚いています。何て言ったらいいかわからないだけで。それにお世話になったのに何もせず逃げるなんてできません」


「ほら、そういうとこ!そんなこと考える余裕があるとこだよ」


「空夜、肝心な話が始められない。少し黙っていてくれ」


 湖白さんはあの美しい瞳で空夜さんを睨みつけた。


「は〜い」


 空夜さんは首をすぼめて舌をだした。その仕草も胸を射抜かれるほど可愛い。


「このカフェ宿khaosに辿り着ける人間はごく一部だ。縁あってここに呼ばれるものだけが願いを叶えることができる」


「え…願いですか…?」


「そうだ。君はここに呼ばれたから権利がある」


「願いは何でもいいんですか?」


「何でもいい。ただし願いが叶ったらそれなりの代償を払わなければならない」


 代償?それは何をすればいいのだろう。何か不吉な感じがして恐る恐る聞いてみた。


「…代償…とは…?」


「寿命を十年ほど戴く」


 寿命ですって⁈ ……でも寿命なんてわからないじゃない?

 このまま元の場所に帰れば、あの男たちが報復に来るかもしれない。しつこい奴らだったから私を探し出すかもしれない。探さないにしても同じ地域に住んでたらばったり会って報復されるかも。かといって大学があるから地元にも帰れない。

 十年の寿命を差し出して一生あの男たちから守ってもらえるならその方がいい。


「わかりました。寿命を差し上げます。その代わり願いを聞いてください」


 私はここに来るまでに何があったかを話した。

 そして願いは私を襲った男たちと永遠に会わないということだ。


「その男たちの名前も住所もわからないのですが…」


「顔は覚えている?」


「はい」


「なら大丈夫。ではついて来て」


 湖白さんは立ち上がって個室を出た。私は後をついて行った。空夜さんはわたしの後ろから来た。


 カフェの入り口を出て反対側の入り口に向かった。先ほど庭が見えた入り口だ。

 外に出ると手入れされた庭を横切り、林の中に入って行った。

 薄暗い林を抜けるとそこには神秘的な碧紫色した湖がキラキラと輝いていた。

 

 こんな山の中に先の見えないこんな大きな湖があるなんて…そうだ次元の歪みにあるんだった。大きさなんて関係ないのかもしれない。


「男たちの顔を思い浮かべながら那月の願いを強く思念して湖の中に入って行くんだ」

 

 湖白さんが湖を指差しながら言った。


「えっ、溺れない?」


「大丈夫だ」


「湖にちょっとでも足をつけたら決して振り返ってはダメだよ」


 空夜がニコニコして言った。

 私は水辺まで行き、湖白さんと空夜さんを振り返って見た。


「じゃあね、那月」


 と空夜さんは言い、湖白さんは頷いた。

 これで二人とお別れなのかと思うとちょっと惜しい気がした。こんな浮世離れした美麗な男性にはもう二度とお目にかかれないだろう。

 私はにっこり笑って二人に軽く手を振り、湖に向かって足を一歩、また一歩と踏み入れた。

 あの男たちの顔を思い浮かべながら、二度と、永遠に会うことがありませんようにと強く願った。

 水が顎まできたとき躊躇して振り返ろうとしたが、急に脚を引っ張られ湖の中へと沈んだ。



 私が気がついたのは病院のベッドの上だった。


「那月!良かった、気がついたのね…」


「お母さん……」


 私は神社で倒れていたのを神主が見つけ救急車で運ばれたそうだ。

 二日ほど意識がなく救急車で運ばれてから三日目に意識が戻った。


 意識が戻ると警察官がやって来て事情聴取を受けた。

 私はサークルの飲み会のときトイレで聞いた話やそれを遠野紗栄子に忠告したこと、気になって当日見に行って男たちのリーダー格っぽい一人を後ろから突き飛ばしたこと、男たちに追いかけられて神社の拝殿に隠れたこと、見つかって髪を引っ張られ引きずり出されたことを話した。

 あとはどうなったのか、そこからの記憶はない。気がつけば病院のベッドの上だった。


 のちに男たちは逮捕された。神社に設置されていた防犯カメラに一部始終映っていた。

 ただ、私が拝殿から引きずり出されそうになった辺りから、男たちが逃げて行く僅か五秒ぐらいの間だけカメラの画面が砂嵐状態で映っていなかった。

 何らかの電波障害があったのだろうと警察官が言っていた。

 男たちの供述では神社で突然私が消えたという。びっくりして慌てて神社を後にしたらしいが、そんな話誰も信じなかった。

 そのあとすぐに神主が私を見つけたらしいので、男たちは誰か来たと思い慌てて逃げたにだろうということになった。

 サークルの先輩洋子も退学になった。


 しばらく事件のことでバタバタしたが一ヵ月もすると落ち着き元の大学生活に戻った。

 相変わらず相田先輩を眺めながらテニスを楽しんでいる。

 新しくサークルに入った遠野紗栄子とは親友と呼べるまでの仲になった。

 美しい二人を身近に見ることができて眼福、聴福、幸福の毎日を送っている。


 ◇ ◇ ◇


「那月は無事に願いを叶えられたみたいだね」


 空夜がサイフォンにコーヒー粉を入れながら言った。


「ああ、あと一回になったな」


 湖白が水晶を見ながら言った。


「彼女ここに三回も来ているなんて知ったらびっくりだろうね」


「最初は小学生だったな。変なおじさんに連れ去れそうになってここに逃げのびた」


 那月は小学二年のとき、いたずら目的の中年男に学校帰りに近くの廃寺に連れ込まれて、カフェ宿khaosに辿り着いた。

 願いは「お家に帰りたい」だった。

 二回目は中学三年のときだ。高校受験が近く遅くまで塾にいた帰り、今度は二十歳ぐらいの若い男に廃寺に引きずり込まれてまたカフェ宿にたどり着いた。

 願いは「全て忘れて受験に専念したい」だった。


「因果応報だ。彼女が前世花魁だったときに四人の男を手玉に取り、不幸にしたことが今返ってきている。ただその花魁が亡くなる前に自分のしたことを悔いたから、今世綺麗な魂で生まれてきた」


「でも相手の怨みは残っているから災いを為すんだね。今の那月は他人を想う心があるからここに辿り着けて願いを叶えられたんだ。寿命は減ったけどね」


「まだあと一人分残っている。次はいつになるかわからないが早めに来てもらいたい」


「そうだね。寿命が十年分ないと願いを叶えられないからね。那月はもう三十年分寿命が縮んでいるから」


 空夜はコーヒーをカップに二つ注ぎ、一方を湖白に渡した。


「次の人物が山中に入ってきた。初めて見る顔だ」


 湖白はコーヒーカップ片手に水晶を見て言った。


「ここまでだどりつけるだけの魂の持ち主かな」


「それはkhaosが判断するだろう」


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