20.昼休み
「色々お菓子買ってきたよー。お屋敷の皆様にもって」
エーデさんはかなり大きな袋をルヴィに差し出す。
「ありがとう」とルヴィは袋を受け取りサラさんに渡す。
僕らは去っていくサラさんを見送った。
代わりの来賓用の使用人がジッキーとエーデさんのコートや荷物などを受け取っている。
「いやー。店に残ってるやつ全部で良いかなとか言い出すから焦ったぜ」
「そんなに使用人居ないわよ」
「でも足りなかったら失礼っしょ」
僕は玄関口で立ち話をするみんなを一歩後ろから眺めていた。
見慣れたルヴィの屋敷にみんながいる光景が新鮮でなんだか少しだけワクワクした。
その後、向かった広間で豪華な夜食が並べられていた。
歓声を上げる二人の横でルヴィは苦笑いを浮かべている。
「ね、次はみんなでうちに食べに来てよ。準備しとくからさ」
メインディッシュである若鶏のロティがサラさんのナイフによって切り分けられ次々と皿に盛り付けられていく。
「そうね。楽しみにしておくわ」
「エーデさんのお家もここら辺なんですか?」
エーデさんは首を横に振った。
ジッキーとルヴィが意外といったような顔で僕を見る。
「知らないのね」
「エーデのお店は王都じゃかなり有名なんだぜ?」
そうなんだ、と頷く。
そういえば夜会の時にもエーデさんは有名な宝石商のところの子って紹介されたっけ。
その時、ちょうど若鶏を全て切り分け終えたサラさんが僕らに向けてカーテシーをした。
「ありがとう、サラ」
もう一度サラさんはカーテシーで礼をして壁の方へと移動する。
仕事になるとサラさんはルヴィと親しく話す普段の姿が嘘のように静かだった。
「はー、やっぱりルヴィ嬢の使用人ってのはすげぇな」
「うん。ちょー静か、動きもなんていうか優雅だし」
ルヴィは軽くサラさんの方を見て「そうね」と答えた。
「そういえば明日の朝一番に俺らと対戦するヴィッグ卿の一回目の試合があるらしいけど、俺以外に誰か見に行く?」
「明日の朝ってうちら普通に授業じゃん」
うんうんと僕とルヴィは同調する。
「授業はサボるっしょ。午前の試合は全部見てくる予定。友達とね」
エーデさんは「ワルだねー」と揶揄うように笑う。
欠席自体は始まって一ヶ月経ってない学校生活の中で既に何回も見た。公務や仕事がある人もいるので仕方ない側面もあって確か特に罰則も無かったはずだ。サボったことがないので詳しくは知らないけど。
「そういうことだから。ただヴィッグ卿の試合だけは後で色々と聞かせてもらいたいのだけど」
「ああ、もちろん。ちゃーんとこの頭に叩き込んでくるぜ!」
ジッキーは自身の頭を指差しながらニッと笑った。
それから僕らは夕食を食べながら何気ないおしゃべりをして解散となった。ルヴィとの勉強は時間も時間ということでまた今度らしい。
「「「お邪魔しました」」」
僕らは一緒にルヴィの屋敷を出た。
途中まで帰り道が同じ僕らは三人並んで王都の夜道を進んだ。
「王都は夜でも明るいね」
僕はぼんやりと光を放つ街灯たちを眺めた。遠くまでポツポツと灯りが灯っている。月明かりが無い日の夜は何も見えなかった村とは大違いだ。
「勇者の学校の話が出てから急に明るくなったんだよー。もうそれまではちょー真っ暗」
「あの学校のためにいろんなところを作り替えたしな」
僕らの横を馬車が通り過ぎていく。
一瞬、無言の間ができる。
「夕食の時にアルはもっと頑張らないとって言ってたけどさ」
僕は話し出したジッキーの方を見上げた。
穏やかで少し眠たげな表情をしている。
──もっと頑張らないと。
それは確か魔道具の練習の話をしていた時に言ったはずだ。
「初めて使う魔道具は基本的に誰でも下手なものだと思うよ」
「うん。うちもそう思う」
「アルの場合はさ、深呼吸してから使ってみたら意外と上手くいくかもな」
うん、と僕は頷き街灯の下で立ち止まる。
ここで二人とはお別れだった。
「そうしてみる」
「おう、頑張れ!」
「バイバイ!」
二人に手を振って僕は自室のある寮へと駆け出した。
早く寝て、早く起きて……
「焼ける秋の木々」
翌朝、伸ばした杖の先から赤い火の玉が飛び出した。
青空の中を颯爽と飛んでいく火の玉と魔力の繋がりを意識する。糸のように軽く細い見えない線で火の玉と僕は繋がっていた。昨日の『蒼き彗星』で火を伸ばしていくあの感覚を思い出しながら……
火の玉が高い火柱を上げた。
かなり遠くに着弾している。
「よっしゃ」
僕はぎゅっと拳を握った。
この距離なら前の試合中に『穿つは雨の雫』を打っていた生徒のところまで届かせられるはずだ。前衛と後衛に向けて攻撃できる選択肢が僕にあるだけで相手はやりづらいと思いたい。
授業を終えて昼休みとなる。
僕とルヴィは戻ってくるであろうジッキーを待つため早めに昼食を取って教室で待つ。
「あれ? ジッキーはまだ来てない感じ?」
友達と昼食に行ったはずのエーデさんが先に教室に戻ってきた。
そうね、と頷くルヴィにそっか、と返しエーデさんは僕を見た。
「アルケムくん、手出して」
「え?」
しばらくエーデさんに言われるがままジッとしているとジッキーが教室にやって来た。
「おっアル、どうした? 爪ピカピカじゃん。良いね」
エーデさんはオイルと専用の道具で僕の爪を熱心に磨いている。顔つきは真剣そのものでその手の職人のようにすら見えた。邪魔をすることも出来ず僕はただ手を伸ばしたままジッとしている。
「それで試合の方はどうだったのかしら」
「まぁ端的に言うなら良い試合を作ってたって感じに俺は見えたな」
「というと?」
「いや、なんていうんだろうな。こう一々芝居がかった動きだと思ったんだよな。試合後に見せつけるように握手をして称えたり、シールドが破られた時もどこかオーバーに見えた。詳しく説明は出来ないんだけど」
「でも……いえ」
ルヴィが視線を逸らし言葉を濁す。
ヴィッグのとる行動としてはあまりおかしい所はない。元々が芝居がかった動きをしている。
「あとはお互いの前衛の魔力量がやばい試合だったな」
「ヴィッグ卿の相手は誰だったの?」
「どっかの貴族のお偉いさんだったはず、名前はなんだっけなぁ……聞いたことあったと思うんだけど」
うーんと唸りジッキーは首を傾げた。
「まぁ良いわ。それでヴィッグ卿の魔力量はどのくらいに見えたの?」
ルヴィの問いにジッキーは「そうだなー」と天井を見上げた。
「騎士団の知り合いが零によく似た加護を使い続けて魔力切れで主力の魔道具は一回だったかな。そっちの方は全然使えなくて」
僕は手を伸ばしたまま「ええ?」と声を出す。
『零によく似た加護』は僕でも安定して使えるくらい魔力の消費量は少ないのに、それだけで魔力切れなんてことがあるのだろうか。
「いや実際凄かったよ。試合中ずーっと隙あらば王の名を冠する役者を後方に向けて打ち込んで。本人は普通に前で騎士団のやつと斬り合って」
ずっと会場が光ってたよ、と笑う。
僕も合わせて笑おうとして頬がひきつった。根本の魔力量から僕と次元が違うような気がした。
「それで試合を決めたのは後方の支援役を王の名を冠する役者が打ち抜いたところからだったな」
後は流れで一方的に。
そんな言葉でヴィッグ卿一戦目の試合の結果は締め括られた。
「よしっ、おしまい」
「ありがとうございます」
「いえいえー。こちらこそ」
エーデさんは僕の爪の出来に満足したらしく「どう?」とルヴィに僕の爪を見せた。
「良いじゃない。定期的にやってもらったら?」
適当なことを、とルヴィを見つめ返す。
爪は実際綺麗だった。健康的で清潔感がある。こういう爪が今は王都の流行りなのだろうか。
──畑仕事に勤しむ農奴には無理な爪だなぁ。
僕は手を伸ばして磨かれた爪の先を見ながら思う。
ふと教室がざわついていた。
コツコツと靴音がして僕のそばに止まる。
「アルケム・ツォーリ様。少々お時間よろしいでしょうか。我が主人がお呼びでございます」
その女子生徒はクラス中の注目を一身に受けながら淡々とした口調で僕に言った。
次話の投稿は金曜日17:40になります。ブックマークをしてお待ち下さい。
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