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第三話:小指

壮一郎は紡の目の前に人差し指を立てた。


「キャベツの千切りを、作ってくれた時」


指をもう一つ立てる。


「熱があるから休みなさい、と私に言った時」


三本目。


「振り返って、頬にキスをもらった時」


紡は疑わしそうな顔から困惑へと変っていく。


「たぶん、全部、普通のことですよね…?」

「そうでしょうか?」


開いた手を伸ばし、紡の髪を梳く。

さらさらと毛先が指の間を通り抜けた。


「紡さんは、眠ると感情が遠くなる。記憶は事実になるんですよね?」

「そうです…」

「では、何が紡さんを動かすんですか?」


紡は「うーん」と考え込んだ。


「……なんだろ。その時の気持ちかな?」

「その時の気持ちだけで、」


壮一郎はテーブルの上からチョコレートを手に取った。


「紡さんは、私の欲しいものを、いつもくれるんです」


紡はチョコレートの箱と壮一郎の顔を交互に見比べた。


「……柊さんは、チョコレートが」

「ここで惚けますか…」


目を泳がせている紡の頬を、柊は人差し指でつついた。



頬を染めた紡が白湯を手に取って、一口飲んだ。


「…返せなかったら」


伏し目がちに白湯を見つめながら、紡は続けた。


「わたしが、いつか返せなくなったら…?」

「構いませんよ」


壮一郎の言葉に、紡が躊躇いがちに視線を合わせた。


「…どうして?」

「紡さんを知っていますから。不安なら、約束しましょう」


白湯の入ったマグカップを紡の手から取り、テーブルへと置き、空いた紡の小指に壮一郎は自身の小指を絡めた。


「もしも紡さんの気持ちがなくなってしまったら、もういちど最初からはじめましょう」

「…最初から?」

「一緒に食事をして、お出かけをして。また同じ気持ちになってもらえるよう、頑張ります」


紡の瞳を見ながら、壮一郎は小指を引き寄せた。


「そういえば、どういう気持ちなのか…詳細を聞いたことがありませんでしたね」

「……え?」

「約束するに当たって、目標がどういう気持ちなのか、明確にしておく必要があると思いませんか?」


ひくりと紡の頬が引きつった。

壮一郎は目元を和らげ、穏やかな声で催促する。


「さぁ…言葉にしてください、紡さん?」

「ちょ、ええと。…ひ、柊さんも、言葉にしたことないですよね?!」

「では、紡さんの後に」

「なんでわたしが先?!」


絡まった小指は紡を逃がさない。

紡は一度目をぎゅっと閉じた後、真っ赤な顔で壮一郎の目を見つめた。


「好き、です……」

「私もですよ、紡さん」


蕩けるように笑った後、はっと紡が壮一郎を見た。


「まって。ちゃんと言葉にしてなくないですか?」

「通じましたよね?」

「ずるいですー!」


冗談ですよ、と壮一郎は笑い、紡の耳元に口を寄せた。


「紡さんが、好きです」


正面から抱き着いてきた紡の背を、壮一郎も抱きしめ返した。

シャツが暖かく濡れる感触に、小さく震える背中をゆっくりと撫でた。

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