第一話:チケット
コーヒーを淹れに休憩室に来た柊壮一郎は、掲示板の前で足を止めた。
左下の隅。
画鋲で止められた、水族館の無料招待券。
柊は2枚綴りを1セット取り外し、ポケットに入れた。
定時を過ぎ、柊は車を走らせた。
信号を待つ間、首元を寛げる。
壮一郎が帰宅すると、紡のスリッパの音が近づいてくる。
「おかえりなさい?」
「はい、帰りました」
挨拶を返すと、いつも紡は笑顔になる。
壮一郎は、笑顔を浮かべ口を開いた。
「紡さん」
「はい」
「近いうちに、一緒に出かけませんか」
「お出かけ?」
首を傾げる紡の目の前に。
壮一郎は、水族館の招待券を差し出した。
「いただいたものですが。…期限が近いようで」
「わぁ、水族館! やった、行く!」
紡が両手を上げた。
「水族館、楽しみです! 行ったことあるみたいだけど、覚えてないんです」
「そうですか。それは、楽しみですね」
「さかなさかなさかなー」と歌い出した紡を見て。
壮一郎は、小さく息をついた。
翌日、柊は振替休日を水曜日に取った。
休憩時間に、水族館のホームページを開く。
開館時間は、10:00。
駐車場の収容台数は余裕がある――移動手段は車。
水族館までの経路を確認。
「柊君」
顔を上げ、声の方を見る。
瀬川編集長がにこにこと手招きをしていた。
編集長室に入ると、瀬川が口を開いた。
「水族館のパンフレット、いる?」
「……なぜ、知っているんですか」
「ん? チケット減ってるな、と思って」
なぜ特定できたのか、答えになっていない。
柊は、ため息を飲み込んだ。
「…ありがとうございます」
瀬川に差し出された茶封筒を受け取る。
「ペンギンコーナーね、一匹だけ人懐っこいやつがいてね。柵の前でしゃがむと寄ってくるよ」
「…そうなんですか」
「あと、クラゲの展示。照明の切り替わりが夕方なんだけど、その瞬間がきれいだから、おすすめだよ」
「……よく、行かれるんですか」
「そういえば、ここ数年は行ってないねぇ」
「情報の出所と経緯が気になります」
「はは、ちょっとした雑談から、かな」
瀬川は「楽しんでおいで」と柊の肩を軽く叩いた。




