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「アマリエ伯爵、アマリエ小伯爵、突然の来訪申し訳ない。非礼を詫びます。リリーに対する不名誉な噂を聞いて、矢も盾もたまらず押し掛けてしまったのです。彼女は私の大事な友人ですから。心根の優しいリリーの勇敢な行動を下賤な連中が面白おかしく騒ぎたてていることには本当に憤りを感じます。しかし、人の口に戸は立てられませんからね。そこで提案なのですが、リリーを王都の私の邸へ招く許可を頂けませんか? 私も月末には、またこちらへ戻りますので、それまでの間、一緒に同行できれば、リリーもよい気分転換になると思うのです」


 アルフレッドはアマリエ伯爵と義兄であるレオナルドが戻ってくると、ペラペラと実に感じよく誠実な態度で、リリーを屋敷から連れ出す了承を取り付けた。親バカと兄バカ気味であるアマリエ伯爵と義兄は、アルフレッドの提案に偉く感銘を受けた様子で、


「そうなんです。うちのリリーは友人を思いやり自分を犠牲にする立派な娘です。口さがない連中の悪意ある噂にはうんざりしていたところです」

「リリーちゃんをよく知る人達は、皆、彼女を賞賛していますけどね。人の不幸は蜜の味というのか、そういう下等な考えの人間の声の方が大きかったりするものですから。リリーちゃんは気丈にしていますけど、だから余計に胸が痛みます」


 と興奮して告げ、アルフレッドの申し出に全面的に賛同した。更にアルフレッドが父と義兄を真似て自分を賞賛し同情を寄せてくるものだから、リリーは何とも言えないしょっぱい気持ちになった。だが、そんなリリーの内心など慮るにべもなく、話は進んでいった。アルフレッドはそのままリリーを連れて行きたがり、


「滞在中の費用は全部こちらで持ちますので、何の用意もして頂かなくて結構です」


 と、何処のパトロンの台詞なのかサラッと言ってのけた。昔から金で解決しようとする傾向はあったな、とリリーはまた一つ古い記憶を思い出した。領民の子供達にお菓子をばら撒いて言うことを聞かせていた時期があった。本当にろくでなしのクソガキだった。

 結局、そこまで迷惑を掛けられない、とアマリエ伯爵の反対に合い、リリーは二日後、一週間分の旅行の用意を持って旅立つことになった。



 オーウェン公爵領は西のウェスリー、東のルカルタン、北のアズウェル、南のワルセルに分割されている。リリーの父であるアマリエ伯爵が統治を任されているのはアズウェル領だ。北といっても寒暖差が少なく自然豊かで避暑地として人気がある。王都まで丸一日とかからない立地から、オーウェン公爵夫妻は、アルフレッド誕生後、育児に適した場所としてアズウェル領に生活の場を移した。そこで、地元民であるアマリエ夫妻と公私を通じて懇意になり、現在もその関係性は継続している。だが、リリーとアルフレッドはこの九年音信不通だった。アルフレッドが、父や義兄と、仕事関係で会っているらしいことは知っていたが、自分のことは無視だった。今更なんだというのか。リリーは最初は苛ついたが、手紙の一つも出さなかったのは自分も同じだ。文句を言えた義理ではないな、と思い直した。


――まぁ、家にいてもやることないしな。


 ガタゴト馬車に揺られながら見慣れた景色が流れて行く。

 朝一番にオーウェン公爵家から迎えの馬車が来た。かなり豪勢な箱馬車で、アルフレッドの歓迎ぶりに家族は微笑ましげにリリーを見送ってくれたが、リリー自身は苦虫を噛み潰したような気持ちになった。しかし、馬車の乗り心地は最高だ。リリーは割合馬車酔いしてしまう質だが、遠出用の馬車だからか、高級だからか、かなりしっかりした造りで揺れを感じなかった。大人六人は乗れる広さに一人きり。向かいの席は荷物で占拠したが、片面側の席に悠々足を伸ばして楽な姿勢をとり、快適な旅路を過ごした。


 王都に入ると姿勢を正して窓の外に目をやった。休みなく半日揺られ、もう日が陰ってきている。商店と買い物客で賑わう街並を軽快に進む。しばらく走ると重厚な邸が並ぶ高級住宅街へと変化していった。王都の一等地にある建物としてはどれも大きいが、隣家と(ひしめ)きあって窮屈そうに建っている景観は見慣れない。広大な敷地にあるカントリーハウスとは全く異なる様式だ。

 やがて馬車が止まると、御者は運転席と座席を繋ぐ小窓を開けて、


「少しお待ちください」


 と告げ、停車場所から一番近い邸宅までチャイムを鳴らしに行った。リリーは持ってきた荷物を下ろす準備を始めた。ドレスバックが二つとトランクが二つ。旅行慣れしていない為あれこれ詰め込んでしまったが、貴族の令嬢の荷物にしては少ない方ではないか。


 ガチャリ。


 不躾に扉が開く。びくっとしてリリーが振り向くとアルフレッドが立っている。御者は使用人を呼びに行ったのではなかったか。家主自らに出迎えられるとは、歓迎されている証か。しかし、アルフレッドは不機嫌そのものに、馬車内を睨みつけている。


「なんだ。荷物は最小限にしろと言っただろ」

「すみません。心配症なんで」

「何の心配だ」

「いや、足りない物があったら困るかと」

「領地にあって王都に売っていない物とは何だ」


 そういう問題ではないのだ。リリーはむっとなって、荷物を下ろそうと無言でトランクに手を伸ばしたが、アルフレッドがその腕を掴む。ずるずる引き摺られて馬車を降ろされた。


「あの、荷物は」


 返事のないまま邸内に連れ込まれると、礼儀作法の教本に載っているようなお辞儀で使用人が三人で迎えてくれた。この雇用主に比して、出来すぎているように思える。


「外のガラクタを部屋へ上げといてくれ」


 アルフレッドはリリーへの返事の代わりに執事らしき男に告げる。

 リリーはアルフレッドに引っ張られながら、きょろきょろと周りを見渡した。玄関ホールは吹き抜けで、床のタイルは巨大なモザイク画になっている。内装は白が基調で正面の大階段には真紅のカーペットが敷かれている。途中で二階フロアと三階へ上がる階段に別れる。三階へ上がる方は壁に沿って螺旋状に伸びていく。見上げると屋上まで続いているようだった。アルフレッドにぐいぐい引きずられリリーは二階の奥の部屋へ押し込まれた。天井のかなり高い部屋だ。正面の壁は嵌め込み型の書棚に本が埋まっている。何百冊或いは千を超えている。全部読んでいるのかは怪しい。アルフレッドに読書家のイメージはない。右側面は大きな出窓が二つ。その間に執務机。机上は書類が無秩序に散乱していて汚い。反対側の壁には赤いカウチが置かれている。その上に毛布が「ここで寝ていました」という状態を保っている。妙に生活感のある空間だ。明らかに客人をもてなす部屋ではない。アルフレッドの私室だろう。


「何処でも座れ」


 言われてリリーは困った。アルフレッドが寝ていたカウチは抵抗があり、執務椅子に座るのはおかしい。本棚の前にある一人掛けソファが目についたので、消去法で選んだ。アルフレッドは平然と扉を閉めると、つかつか執務椅子をリリーの方へ向けて腰を下ろし足を組んだ。一応向かい合う形ではある。若い男女が扉を閉めて密室に入っているのは如何なものか。完全に駄目だろう。


――何をやっているのだか。


 アルフレッドの顔を正面から見ると、この不可解な状況に抵抗なく従っている自分がいかに可笑しいか気づく。やっぱり相当に参っていることを実感する。

 学校を卒業して二月、アーサーと婚約を解消して二週間足らず。本来なら一年後の式に向け本腰の準備を開始しているはずが、何もすることがなくなった。将来設計を練り直さねばならない。色々問題は多い。領地で引き篭もっていると、どうしたって浮かぶのは「もしも」の話。もし、自分が行動しなければ、今でもアーサーと婚約していたという事実に呑み込まれそうになる。そして、それを隠して明るく振る舞うのも辛い。経緯はどうであれ、ここに来たことはリリーにとって確かに気晴らしになっているのだ。


「夜会のリストだ」


 アルフレッドは振り向いて執務机を乱雑に漁っていたが、一枚の紙切れを掴み取ると、絶対に届かない距離なのに、隣にいる人間に渡すように差し出してきた。リリーは腰を浮かしてアルフレッドからリストを受け取る。美しくはないが読みやすい文字で様々な夜会が羅列してある。


「夜会に参加するんですか?」

「あぁ」

「どの夜会ですか?」

「どれでも、好きなのを選べ」

「え」

 

 リストはざっと見て一月分の予定が記載されてある。名だたる高位貴族から、知らない家名まで片っ端から羅列しているようだった。


「その復讐したい相手が来る夜会を選ばなくちゃ意味なくないですか?」

「問題ない」


 どう問題ないのか。追及してもどうせアルフレッドは答えないから無駄な質問はしないでおく。


「そうですね。ドレスは持ってきましたが、カジュアルな物なんで、気軽な感じの夜会がいいです」

「馬鹿か。ドレスはこっちで用意してあるに決まっているだろう」

「え、そんなの貰えません」

「やるなんて言ってない。貸してやるだけだ」


 イラッとくるが、そう言われれば返しようがない。昔は自分の我儘を通すために癇癪を起こすだけだったが、嫌な狡猾さがプラスされている。厄介になったな、とリリーは唇を噛んだ。


「復讐って何をするつもりなんですか? 話し合えばいいのでは?」


 リリーが言うとアルフレッドは肩を上げた。


「お前は俺が領地に残してきた初恋の女だ。九年ぶりの再会でその思いを成就させた」

「は?」

「……いい設定だろう?」

「またアレをする気なんですか?」


 アルフレッドは笑った。屑だなと思う。不快感が胸に広がり、同時に苦い思いも蘇った。

 かつて幼き日のリリーはアルフレッドの元へ訪れてくる令嬢達を煽りまくっていたのだ。もちろんアルフレッドの命令で。

 膨大な領地を有し、王陛下からの信頼も厚いオーウェン公爵家の一人息子に、自分の娘を嫁がせようと目論む貴族は少なくない。オーウェン公爵はアルフレッドに政治的な婚約を結ばせる気はなく、それが逆に野心家達を駆り立てた。娘がアルフレッドに見初められさえすれば、爵位如何に関わらずチャンスがある、と。それで、アルフレッドが七歳の時、初めて公式な茶会に顔を出したことを皮切りに、オーウェン公爵家には頻繁に招待状が届き、約束もなく来訪する令嬢達が続出した。アルフレッドが喜ぶわけも仲良くするわけもない。

 

「呼んでもないのに図々しい連中だな。追い返してやるぞ」


 とアルフレッドは不敵に笑って言った。そして、リリーは当たり前みたいに家来として駆り出された。親の意向で無理やり連れてこられている気の毒な少女も中にはいたが、大半がアルフレッドの見た目に騙されて、どうにか取り入ろうとする女の子達だった。これみよがしにアルフレッドがリリーとばかり仲良くするため、リリーは嫉妬の対象として集中的な虐めを受けた。もちろんそれが作戦だ。つまり断罪劇をでっちあげた。先に「リリーに嫌がらせをした事実」がある以上反論の余地を与えない形で、倍にしてやり返す。相手のプライドをへしゃげるような陰湿な方法で。一切合切封印したい過去だ。


「そのクソ女は貴方を好きなわけですか?」

「何故そんなことを聞くんだ」

「そりゃ聞くでしょう。その人が貴方を好きじゃないなら煽ったところで無意味なんだから」

「そんなことは、どうでもいい」


 どうでもいいわけあるか、と思うものの、突っ込んだところで、アルフレッドが自分の意見を曲げることなどないから、それこそ無意味だ。

 

「……大体、三人も結婚を考えた女性がいたのでしょ。辻褄合っていませんよ。シナリオは明確にしといてもらわないとボロがでます」

「初恋の女の影を追い、女遍歴を重ねていたんだ」

「女遍歴ってほどでもない気がしますが」

「いちいち文句をつけるな」


 そもそも結婚を考えた女性が本当にいるかも疑わしい。こんな暴君が女性を口説くなど想像できない。猫撫で声で優しく囁くとか、背筋がゾワゾワする。見目とスペックは異常によいのでモテはするだろうが、それもきっと最初だけだ。昔から、第一印象は抜群によくて、人から好かれてちやほやされるが、その性根の腐り具合がバレると逃げられる。自業自得なので同情の余地はない。


「なんだ。ジロジロ見るな」

「わかりました。夜会に出て、貴方にべったりくっついて愛を語り合えばいいんですね」

「……そんなことは言っていない」

「言ったでしょ」

「言っていない。もういい。お前は部屋へ行ってドレスの寸法を直せ」

「わたしのサイズに直したら返品できませんよ」

「うるさい。俺の物をどうしようが俺の勝手だ」


 困るな、とリリーは思った。赤の他人にドレスをプレゼントしてもらうわけにはいかないが、プレゼントはしてくれないらしいので断りようがない。本人がいいと言うのだから気にしても仕方ない。諦めることにする。リリーは言われた通り黙って従って部屋を出た。

 

 

 アルフレッドに指示された通り三階に上がると、部屋の前で侍女が待っていた。


「どうぞこちらへ、リリー様」


 二十代半ばくらいか。にこやかに微笑んで感じがいい。扉を開かれ室内へ入る。天蓋付きのベッドにドレッサー、鏡台、ソファ、テーブル、黄色で統一された可愛らしい内装だった。


「あちらは浴室と洗面台です」


 リリーが続き扉に視線を流しているのを見て取った侍女が言う。専用のバスルーム完備だなんてホテル並みの造りに感嘆が漏れる。リリーがうろうろ室内を歩き回る間に、侍女は一旦部屋を出ていきティーセットを運んできた。気が利きすぎる。


「貴女、名前は?」

「コレットです」

「コレットさん、よろしくお願いします」

「はい。アルフレッド様の大切な方ですから、誠心誠意お仕えします」


 コレットがすっと背筋を伸ばした美しい立ち姿で言う。アルフレッドが自分について彼女に何と告げているのか。否定したいが否定できない。リリーは苦笑いしながら、座り心地抜群のソファに腰を下ろした。適温の紅茶を頂く。お茶請けにケーキが当たり前みたいに並べられている。至れり尽くせりだ。


「必要な物があれば何でもおっしゃってください」

「有難う」


 馬車酔いはしなかったが、一気に疲れと空腹が襲ってきた。テカテカ美しく輝くチョコレイトケーキを啄む。痺れるほど美味しい。王都のケーキ店は違うな、と感動していると、コレットが遠慮気味に口を開いた。


「お疲れのところ申し訳ありません。ドレスの寸法直しはいつなさいますか? アルフレッド様が御用意されましたドレスがクローゼットに入っているのですが」

「……そうなんですね」

「はい、どれも素敵ですよ。キィジェール店は今王都で一番人気のお店ですから」

「見ても?」

「もちろんです」


 コレットがクローゼットの扉を開ける。等間隔にぎっちりドレスが納っている。夜会用のボリュームある物から普段使いのシンプルなデザインの物まで彩も様々に用意されている。


「高そうですね」


 ポロリと下世話な言葉が漏れる。コレットはきょとんとしてから、柔らかく笑った。


「そうですね。アルフレッド様自らお選びになられたのですよ。露出の多いものは避けておられました」

「いつもは違うの?」

「え?」

「あの人、婚約者が三人いたでしょ?」


 何の気なしに聞いたつもりだったが、コレットは黙秘した。主人の女関係を暴露するはずも、できるはずもない。


「ごめんなさい。言えないわよね。着てみるから手伝ってもらえる?」

「はい、もちろんです」


 コレットが曖昧に笑う。「過去の女の影をちらつかせて揉めさせたら一大事になる」と思ったに違いない。リリーは申し訳なくなった。ただの好奇心と婚約者が実在するのか確認したかっただけなのに、迂闊だった。

 リリーはもう黙ってドレスを試着することにした。端から順に着ていく。袖を通した瞬間、肌触りのよさに驚いた。見た目もさることながら着心地が素晴らしい。生地が軽くて動きやすいのもいい。最先端のドレスの有り様にリリーは高揚した。が、ただ一点、どれも背丈は合うのに胸だけ余るのだ。


――あいつ、どういうつもりで。


「これなら寸法直しはせずとも、うまい具合に着付けられますよ」

「寄せたり上げたり詰めたりするんですか?」


 コレットはふふっと笑った。温和な人なので毒気を抜かれる。自分仕様に裾上げされるよりいいか、とリリーはそれ以上何も言わなかった。





 ドンドン。


 乱雑にドアを叩く音に目が覚める。

「夕食の用意が整いましたら呼びに来ます。何かありましたら呼び鈴を鳴らしてください」と残してコレットが退室すると、適当に荷解きをしてから、ベッドにゴロゴロしていた。身体を休めたかっただけで本気で寝るつもりはなかったが、寝心地が良すぎた。いつの間にか夢の中にいってしまったらしい。ぼやけている視界の先、窓の外は暗かった。到着したのが夕刻なのでそれほど眠りこけていたわけではないはずだ。

 しつこいくらいのノック音に、ベッドに上半身を起こしたままの体勢で「はい」と返事をする。コレットだと思っていたが、現れたのはアルフレッドだった。コレットならばあんなに乱暴に扉を叩かない。少し考えればわかるのに失敗した。ベッドに入っている姿を家族以外の男性に見せていいものじゃない。アルフレッドが眉を顰めている。急いで立ち上がり体裁を整えてみるが今更だ。


「気分が悪いのか」

「いえ、寝心地がいいので寝てしまっただけです」

「なんだ。無意味にぐたぐた寝るな」


 ここは旅の疲れを労う場面ではないか。気まずい空気になるよりましか。リリーがまごまごしていると、アルフレッドは冷たく言い放った。


「出掛ける」

「え? 何処へ?」

「晩飯を食いに行く」

「外食するんですか?」

「今そう言わなかったか?」


 可愛げのない男だ。リリーは寝起きでバサバサの髪を触った。ずっと肩までの長さに切りそろえていたが、結婚式に向けてここ一年は伸ばしている。いつもバレッタで一つに留めているが、上向きに眠ると後頭部に当たるから、無意識のうちに外してしまったようだ。バレッタを探す為にベッドに視線を走らせると、


「十分で用意しろ」


 アルフレッドが不機嫌に告げて返事も聞かずに出て行く。入れ違いにコレットが入室してきたので、わざわざアルフレッドが来る必要はなかったのではないかと思った。


「リリー様、お手伝いします」

「有難う」


 寸法合わせの試着後、トランクから普段着の紺色のワンピースを引っ張り出して着ていた。変な服装とは思わないが王都をうろうろする格好でもない。やむなく着てきた服に再び袖を通す。前身頃にレースがあしらわれているアイボリーのドレスだ。リリーのお気に入りで一張羅でもある。

 コレットが髪を器用に編み込んで纏めてくれる間に、軽く化粧を直す。昔は道化のようだと笑われたが、ナチュラルに仕上げる方法を覚えた。



 階下に下りていくと仁王立ちでアルフレッドがこちらを睨みつけている。きっと「十分以上掛かった」と言う彼にとっては正当な理由のもとに。


「遅れました。すみません」


 先手を打って謝るとアルフレッドは黙って玄関へ向かう。後を付いていくと扉を開けられ、先に出るよう促された。アルフレッドに道を譲られる日がくるとは、感慨深い。普通の男性ならばただの一般常識なのだが、親鳥が雛の巣立ちを見守る気持ちになってしまう。


「何か変な感じですね」

「何がだ」

「ちゃんとした人みたいですよ」


 アルフレッドが舌打ちする。再会してからこれまでの態度を鑑みれば十分褒めてやった方だ。もう金輪際、賛辞の言葉は口にしないとリリーは決めた。

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