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「沈黙は肯定の証。何の小説の台詞だったか」
リリーが反応できずにいると、アルフレッドが目を細めて言った。
「……貴方はわたしが何を言っても自分の意見を曲げないでしょう?」
リリーはすうっと息を吸い込みゆっくり答えた。
アーサーを好きかどうか。証拠はない。絶対に誰にもバレていない。九年ぶりに帰ってきた男に何がわかると言うのか。つまらない噂をする人間は他にもいる。聞き流しておけばいい。過度に反応しては駄目だ。
「お前の代わりに俺が言ってきてやろう」
「何をです? わたしは復讐など望んでいません」
「お前は昔から甘ちゃんだものな。うんざりするよ。だが、安心しろ。リリーはお前を好きだったのにな、とあの間抜けに教えてやるだけだ」
「誰も信じませんよ」
「関係ない」
「何がですか」
「俺に嘘を吐くな」
アルフレッドが冷笑している。認めないならば言ってやる、と如実に脅しにかかってきている。このままいけば必ず言う。そして、それがどういう結果をもたらすか。アルフレッドが暴露すれば、いくらリリーが否定しても疑惑の種がアーサーの胸に残る。「もしかして」と考え始める。それでアーサーとメアリが何を思うか。想像するだけでぞっとする。そんなことになるくらいなら、今ここでこの男と刺し違えた方がましだ。復讐などと言うから、アーサーとメアリの不貞をでっちあげて騒ぎ立てるのかと思えば、どうしてこっちにダメージを与える方法を選ぶのか。誰への何の復讐をするつもりなのか。ほとほと思考回路の読めない男だ。どうすればこの男を黙らせられるのか。素直に認めて頭を下げるしかない。それで止められる保証などないが。
「……すみません。やめてください」
リリーは胸糞悪すぎて唇を噛んだ。しかし、勝ち誇って笑うはずのアルフレッドが大きく舌打ちをして顔を顰めるので、わけがわからなくなった。眉間に深く皺を刻み刺すように睨みつけてくる。どういう感情なのだ。アルフレッドの内心など、普通の人間には理解できないので、考えるだけ無駄だ。いっそ本当に鈍器で頭を殴ってやろうか。まともになるかもしれない。あらぬ考えにリリーの表情が険しくなると、アルフレッドは口を開いた。
「いいだろう。俺は公平な男だから」
「……」
「お前の頼みを聞いてやろう」
「え」
「代わりにお前は俺の言うことを聞け」
交換条件になっていない。ただの脅迫。何年も顔を見せなかったくせに、急に戻ってきて、人の弱味につけこんで、相変わらずの暴君だ。九年振りの再会であるのに時間の経過を感じさせず、成長した様子もまるでない。ある意味凄い。
「俺には、これまで結婚を考えた女が三人いた」
「え?」
アルフレッドは勝手に話を進めて行くが、脈絡がなさすぎて、意味を解するまで時間がかかった。社交界で持て囃されているらしき噂は聞いたことがある。公爵家の嫡男でこの容姿だ。モテないはずはない。しかし、アルフレッドが女性を口説く姿は想像できなかったし、まして真剣に将来を考えた相手がいるとは夢にも思わなかった。この国の結婚適齢期は十八から二十五だ。女性は爵位が高いほど早く、男性は逆になる。そんなに早期に結婚する意志を固めるほど好いた女性がいたとは驚きだ。しかも三人も。
リリーは厳しい顔つきから一転、ぽかんと口を開けた無防備な表情でアルフレッドを見つめた。
「その間抜け面、久々に見るな」
「三人って多くないですか?」
「なんだ。嫉妬か」
「いえ、素朴な疑問です。貴方が王都に行って九年ですよね。単純に計算すれば三年に一人くらいの割合ですよ」
「二年」
「え?」
「二年で三人だ」
何の自慢なんだ。リリーは呆れた。
「惚れっぽいんですね」
「お前は本当に馬鹿だな」
アルフレッドは大きく溜息を吐いた。二年で三人真剣に結婚を考えた相手がいるのはどう判断しても多い。馬鹿呼ばわりされることではないだろう。いちいち反論しても熱量の無駄だから、リリーは黙った。
――もう帰ればいいのに。
リリーはアルフレッドに付き合ってやれるほど、精神状態がよいわけではない。本来なら結婚の準備に追われて、一年後には子爵夫人として新たなスタートを切るはずだった。家族は「暫くのんびりしろ」と言うが、いつまでも甘えていられるわけではない。不安だし、イライラするし、悲しくなる。だけど、それを誰にも悟らせるわけにはいかない。自分が蒔いた種なのだ。必死に自分を律して毅然と振る舞い続けている。だから、今の状況で、リリーは昔のようにアルフレッドの機嫌などとる気はない。むっとして無言を貫くと、
「……結婚を考えた女が三人いた」
アルフレッドが繰り返し言った。だから、それがどうしたのか。
「それは先程聞きましたが」
「クソ女のせいでみんな駄目になった」
「え」
リリーは当惑した。なんと返せばよいのか。まさかそんなことを言い出すとは想定外だ。自分は三回も婚約解消をしているから、お前は一回くらいで気にするなと慰めてくれる気だろうか。そんな性格の男じゃない。口煩い男だから難癖をつけて次々相手を代えていく姿は容易く想像できる。下衆野郎。
「リリー、何を考えているんだ?」
「別に何も考えていません」
リリーが咄嗟に答えるとアルフレッドは吹き出して笑った。一つも笑う要素はないだろう。喜怒哀楽が測りかねる。
「人の結婚を三回駄目にした女がいたなら、どんな女か普通は聞くだろ」
「どんな女なんですか」
「ひどい女だ」
人に質問させておいてこの返事。リリーが微苦笑するとアルフレッドは続けた。
「リリー、俺はあの女に復讐してやらねば腹の虫が収まらない」
復讐の好きな男だ。平和的解決策を考えたりしないのだろうか。
「貴方の頼みって、その女に復讐するのを手伝えってことですか?」
「流石は俺の家来だな」
「断ることは?」
アルフレッドは無言のまま稀に見る満足げな表情で笑った。紳士に成長するどころか、屑ぶりに拍車が掛かっているではないか。リリーはただ呆れて、残念な中身のまま成長した美貌の男を見ていた。




