国家はすべて、
国家はすべて、いかなる時代であっても、いかなる政体を選択しようとも、自国を守るためには力と思索の双方とも必要として来たのであった。
なぜなら、思慮だけでは充分ではなく、力だけでも充分ではないからだ。
思慮だけでは、考えを実行に移すことはできず、力だけならば、実行に移したことも継続することはできないからである。
「若干の序論と考慮すべき事情を述べながらの、資金援助についての提言」
「思索だけでは実行力がない 」は、 計画は立つが、実現できない。
「力だけでは継続できない 」は、一時的な成功はあっても、制度として持続しない。。
ゆえに国家は常に両者を必要とする 。
国家は「知」と「力」の両方を必要とする。
しかし、そのどちらも 財政的基盤(資金援助・課税・公的支出) がなければ維持できない。
ゆえに、国家の財政制度をどう設計するかは、軍事・政治・制度の安定に直結するということになる。
. 古代ローマの具体例(マキアベリ氏の最も重視した部分)
① トリブス(部族)ごとの徴税制度。
市民が財産に応じて負担し、国家の軍事行動を支えた。
② 公的資金による軍団の維持。
ローマ軍は傭兵ではなく、市民兵で構成され、国家が直接資金を管理した。
③ 戦利品の公的管理
将軍が私物化せず、国庫に入れることで財政が強化された。
④ 非常時の「臨時税」
危機の際、市民が国家に資金援助を行う制度が整備されていた。
マキアベリ氏はこれらを「思索(制度)と力(軍事)の統合」として高く評価する。
確かに、思索や理想を語ることは、実行力を持たなくてもできる。
しかし、「畳の上の水練だけ」では、海に投げ出されても、ほぼ溺死するだけになる。
また、「喧嘩で勝つ」力を持ったとしても、その後の制度設計がなければ、勝利は継続できない。
選挙で一時的に勝利をおさめても、その後の政策実行と継続がなければ、無意味な勝利になりかねない。




