力量に欠ける人の場合、
力量に欠ける人の場合、運は、より強くその力を発揮する。
何故なら、運は変転する。
国家といえども、運命の気まぐれから自由であることは、困難である。
だから、誰か古代の実例に深く思いを馳せる人物があらわれて、古代のローマ人を教訓とする、つまり、「頼れるのは自分だけ」ということに目覚め、運が自由気ままに自分を弄ぶことをけん制する必要があるのだ。
そうでなければ、我々人間は、いつまでも、運の奴隷でしかないのだ。
「政略論」
古代ローマの代表的な実例を示す。
1. カミッルス(ローマ再建の象徴)
ガリア人によってローマが壊滅的敗北を受けた後、ローマ市民の多くは「運命に見放された」と感じ、ローマを放棄してヴェイイへ移住しようとした。
しかしカミッルスは、「運に屈するな、ローマは自力で立ち直れる」と説き、軍を再編し、ガリア人を撃退した。
マキアベリ氏はこれを、「運の暴虐に対して人間の力が勝利した例」として扱う。
2. ファビウス・マクシムス( ハンニバルに対する持久戦略)
カンナエでハンニバルに大敗後、ローマは「運に見放された」と思われた。
しかしファビウスは、ハンニバルの圧倒的戦術に対し、「決戦を避け、時間を味方につける」という独自の戦略を採用した。
これは、運の変転に身を任せるのではなく、自ら戦略を選び、運を制御しようとした行為として評価される。
マキアベリ氏は、ファビウスの慎重さを「運を抑えるための理性の勝利」として称賛する。
3. 護民官制度の創設( 社会対立を制度化し、運の変転を抑制)
ローマ初期の貴族と平民の対立は、国家を不安定にし、運の気まぐれに左右されやすい状況を生んでいた。
しかしローマは、対立を抑え込むのではなく、護民官という制度を創設し、対立を「制度化」して制御した。
マキアベリ氏は、これを「ローマが運の変転を制度によって抑え込んだ」例として高く評価する。(彼は、ローマの偉大さは階級対立を恐れず、むしろ利用した点にあると述べる)
「『頼れるのは自分だけ』ということに目覚め、運が自由気ままに自分を弄ぶことをけん制する必要があるのだ。そうでなければ、我々人間は、いつまでも、運の奴隷でしかないのだ」
は、実に歴史を越えた金言であると思う。
「運が悪い」、時代が悪い」、「社会が悪い」、「あいつが悪い」等の「他責思考」ばかりに陥っていても、どうにもならないし、改善の見込みも実に弱い。
いつまでも「他責思考」の奴隷でいることに、その人にとって、何の生きる意味があるのだろうか。




