第46話「御厨葉子:仕掛け」
夜の霞が関は、昼間の喧騒が嘘のように沈黙しているものだ。
ビル群の谷間を抜ける風が窓を震わせ、街灯の光をわずかに揺らす。
しかし、今夜ばかりは、その沈黙が嘘のようにざわめきに満ちていた。
時計の針は23時ちょうどを指していた。
大部屋の床には無数の寝袋が散乱し、机の上には今回の事件資料が雑に広がっている。
特務捜査係のメンバーを中心に、LUXEの事実上の経営者である内山いまりの所在を特定中だ。
どうやら、4日前を最後に内山いまりの姿を確認していないらしい。
佐藤が意外と大事なところが抜けていて、人間らしいなと思ってしまう。
私のような立場まで来てしまうと、捜査の細かい部分への口出しは控えるようになってしまう。
事実、今指揮を取っている『一年目の男性警察官の佐藤』に対して、直接指示をすることは無かった。
『居宅にカメラを仕掛けるのは検討したか』とか、『いざという時頼るであろう家族の情報は洗ったのか』等、煙たがられても言うべきだったか。
そんな後悔が私の頭を支配した。
特務捜査係のメンバーは優秀だが皆若い、いざという時は経験と根回しが生きるのが刑事の仕事だ。
不測の事態が起きない現場などない、今回も例外ではなかった。
佐藤たちは少ない人数でよくやっている、それはとっくに認めている。
だから、彼らの助けになればと、仕込んでいたカードは何枚かある。
内山いまりは羽田からハワイに行くことがようやく特定されたが、渋滞の可能性も考えると間に合わないだろう。
「搭乗者名は?あと同乗者もだ!」
「……名前は内山いまり。女。同乗者は…内山みのり。女です。」
佐藤が必死の形相で問い、中村が画面を凝視したまま答えた。
熱くていいチームだ。
若いが、息が合っている。
そういう現場を守るのが、上の仕事だ。
そんなことを思っていた矢先、佐藤がスマホをいじりながら大きな声で言った。
「内山みのりの住所、資源庁の単身者住宅です。」
内山の妹が資源庁の職員、それならばやりようがありそうだ。
「資源庁、これで繋がったな……私は少し外す。」
佐藤にだけ聞こえるよう言い残し、私は大部屋を後にした。
廊下に出てスマホから目当ての番号を探す。
数コールの後、眠そうな声が聞こえた。
『……長谷です。』
「起きていたか。」
『ええ、取材から戻ったところです。なんです、こんな時間に。』
御厨は机に肘をつき、低く言った。
「一つ聞く、例の件、トリガーになった社員の名前はわかったか?」
『……御厨副署長、あ、いや、理事官の頼みでも、それは教えられないですよ。」
「ということは、記者の取材でも、内山みのりまでたどり着いたということだな?」
このカマかけに乗ってくれるか、それが今の勝負所だ。
『流石ですね、警視庁の捜査能力も半端じゃない。で、その情報で恩を売りたいんだったら、出来ない相談ですよ?』
どうやら私は賭けに勝ったらしい。
いや、賭けに勝ったのは特務捜査係か。
「そろそろ、火を点けてほしい。」
『……火?ああ、その件ですか。もうボタンひとつでニュースアップ出来ますよ。でも焚き付けるのは明日の朝の予定では?』
「いや、予定より早いが必要になった。情報提供料は貰ってないのだから、都合つけてもらえないか?」
『口約束でいいんで、いいネタまた貰えるならですかね。ちなみに、編集長の決裁も貰ってますから『この場でのいい返事』を期待してます。』
普段は多少腹が立つ長谷の軽口が、今日はとてもありがたかった。
「もちろんだ。じゃあ追加でひとネタ。火をつけたら、羽田で何か起きるぞ。カメラだけでも向かわせた方がいいかもしれない。」
『やっぱ御厨理事官、最高ですね!じゃあ、今すぐ上げまーす!羽田の現場にもカメラ出しまーす!』
「助かる。ちなみにタイトルは?」
<資源庁、男性DB3000人以上誤登録か!?〜システム改修中のミスか、それとも意図的操作か〜>
『…ですね。』
私はSK新聞のwebニュースを即座に確認し、通話に戻る。
「確認した。……長谷君、ありがとう。」
『ええ。またいいネタお待ちしてます。それではまた。』
「ああ、また。」
私は短く笑い、通話を切った。
そして、廊下の窓際から霞が関の夜景見た。
「さて……佐藤君、出来ることはしたぞ。君の全力を見せてくれ。」
静かな声が、廊下に沈んで消えた。
御厨理事官はめちゃくちゃ気に入ってるキャラクターです。
かっこいい姿を描きたいです。




