第47話「作戦変更」
帰りは渋滞に捕まることなく、庁舎へ滑り込んだ。
フラッパーの閉まる音が、深夜の静けさに小さく吸い込まれた。
戻る途中、頭の中ではずっと捜索差押のシナリオが反芻されていた。
入り方、男性保護の手順、被疑者らの隔離方法、MDFの位置、資源庁サーバへたどり着く可能性、保全チームの配置…。
だが、内山いまりのイレギュラーによって、やり方を変えねばならない。
俺が部屋に戻ると、雑然としていた机がさらに忙しなく動いている。
モニターに映る地図、印字され散らばる様々な履歴、眠そうな捜査員の目。
けれど、どこか妙に落ち着いた空気だ。皆、やるべきことを知っている。
ポケットの中でスマホが震えた。
画面を見た瞬間、内山班の報告が飛び込んだ。
〈内山いまり、タクシー(品川500ぐ2020)で帰路。現在、R13号線を北上中。自宅着まで20分程度。〉
このまま自宅まで帰れば最初のプラン通り、朝6時に仕掛ける方が良い。
捜査員への連絡もその方がスムーズだ。
再びスマホが震えたため、内容を確認する。
<内山のタクシーが方向変えLUXE方面へ走行中。帰宅前に立ち寄る可能性有り。>
その内容を見て、俺は瞬時に頭の中でプランの変更を考える。
もう予定通りに拘る必要が無い。
LUXEに寄るということは、今回のニュースで消すべきモノがあるということだ。
それは必ず押さえなければいけない。
地図と時計を一瞥し、今すぐにでも決断しなければならないことが分かった。
「係長。内山いまりがLUXEに付き次第、LUXEの捜索差押着手《ガサ開始》に変更。私の保護通報プランは白紙に戻します。」
声に出した瞬間、周囲の空気が引き締まった。
捜査員たちの目が一斉にこちらを向く。
「皆さん、現在内山いまりが乗ったタクシーがLUXEに向かって進行中です。いまりがLUXEの鍵を開けた瞬間、踏み込みます。」
誰一人として声を上げず、男だからと舐めることもなく、俺の声に耳を傾けてくれている。
「内山班が踏み込んだ瞬間、いまりの身体捜索を開始します。スマホと別フロアの鍵は必ず提出させ、データ保全班と男性保護班に連携。」
内山班は既に内山いまりの追尾をしているが、先ほどメッセージで指示は出している。
「データ関連は水越係長を責任者として漏れのないようお願いします。男性保護班は鍵の開け方を確認し、直ちに男性セラピストを保護してください。こちらは、私も同行します。」
この時、水越と目が合い、彼女は静かに頷いて了解を返してくれた。
「現場封鎖班は役割変更。2名を内山いまりの動静監視、ほかは逃走経路を徹底的に潰して下さい。」
ここで山崎が俺の指示の後に、指示を加えた。
「前泊予定だった者もすまない。しかし事件は生き物だ。集中してことに当たって欲しい。」
深夜だと言うのに、眠い目を擦る者は無く、どの捜査員も真剣な顔をしていた。
「ただ、勇み足だけはするな、事故は現場の恥だ!それと、被疑者は何をするかわからん。自分も、仲間も、被疑者らも、怪我なく終わるよう心掛けてくれ!以上!」
山崎の指示が終わり、深夜にも関わらずやる気に溢れた捜査員が部屋から出ていく。
「中村主任、私たちも行きましょう。」
俺が声をかけると、乱れていた前髪をさっと直し、中村が向き直った。
「ええ、佐藤主任。頼りにしてます。」
「任せて下さい。中村主任も内山いまりの取調官として、思いっきりやってください。」
俺がそう言って右手の拳を突き出すと、中村が露骨に戸惑いを見せた。
「え、あー、これは、後でセクハラになりませんよね?」
「1ヶ月一緒にやってきた人の台詞じゃないですね。」
俺の反応に中村が苦笑しながら拳を合わせた。
「……了解、佐藤主任。じゃあ、全力で落とします。」
「頼もしいですね。」
中村は凛としたいつもの瞳はそのままに、口角が少しがった微笑みを見せた。
俺はその表情に少しドキリとしたが、短く息を吐き、気を落ち着けて上着を羽織った。
時計を見ると、午前2時20分。
空は深く沈み、庁舎の外は小雨が降っているようだった。
庁舎を出ると、駐車場の奥に並んだ車列が目に入る。
無線機の点検をする者、腕章を巻き直す者、バッテリーを確認する者。
誰も言葉を交わさないが、全員の視線が同じ方向を向いている。
「佐藤主任、車両準備完了しました。」
声をかけてきたのは、森下だった。
「了解。すぐ行きます。」
出発と同時に、無線のノイズが静かに流れる。
夜の東京の街灯が、車列のボンネットに淡く反射していた。
後藤がエンジンをかけ、軽く息を吐く。
「雨、降ってきたね。悪い予感の雨じゃなきゃいいけど。」
俺が刺された夜もこんな雨の日だったとふいに過った。
思い出すと少し頭が痛むのは昼間のせいだろうか。
「……あんた、緊張してんの?。」
俺は答えず、車窓に流れる街を見た。
コンビニの灯、赤信号、タクシーの列。
すべてが現実味を欠いて見える。
これから起こることが、日常の延長線にはないのを知っているからだ。
LUXE近く、全員の配置が完了し、あとは内山いまりを迎えるだけとなった。
俺は4階のLUXE入口付近の物陰に中村や後藤達と隠れている。
そこで、無線が鳴った。
〈内山班より各班。内山いまり《マルヒ》車両間も無くLUXE。間も無くLUXE〉
俺の背筋がわずかに硬直する。
〈内山いまり《マルヒ》、LUXE前で会計
中。……エレベーター乗車。〉
エレベーターに目を向けると、オレンジのフロアランプが1、2、と順に点灯する。
周囲に緊張が走る。
ちらっと腕時計を見ると、時刻は午前2時42分。
それと同時に、ワンピースにカーデガン姿でキャリーケースを持った女が現れた。
暗闇で女の顔は見えないが、ハンドバッグを漁りカードキーをだした。
指紋認証とともにカードキーを使い、ピーという電子音とカチャンという鍵が開く音が聞こえた。
その瞬間、全員の息が止まった。
いまりがドアに手をかけ、ガチャリと金属音が空気を裂く。
その瞬間、中村が飛び出していまりに声をかける。
「スタッフさん、遅くにどーも。」




