第3話「回想:1/96の世界、18歳の目覚め」
目を開けたとき、俺は知らない天井を見ていた。
無機質な白い部屋、医療機器のピッという音。
そして、身体が妙に軽い。
俺の最後の記憶は「刑事だった俺、殺人事件の現場、背中に刺さったナイフ」。
(そうか、助かったのか…)
そう思い体を起こし、周りを見渡すとベッド横の棚に付けられた鏡を見つけた。
何気なく鏡を覗き込んだ瞬間、俺は自分の姿に愕然とした。
そこに映っていたのは、高校生くらいの時の俺だったからだ。
目覚めて数分後、髪を後ろで束ねた白衣にメガネの女性が部屋に入ってきた。
左胸の名札から女性は「倉橋」という名字の医師であることは分かった。
「意識はありそうですね。自分の名前や何故ここに居るかはわかりますか?」
倉橋は私の心拍モニター等を確認しながら淡々と質問してきた。
「私は佐藤悠真と申します。仕事中、何者かに後ろから刺されたのが最後の記憶ですので、病院に運ばれたということでしょうか?」
俺の回答を聞いた倉橋は訝しげな視線をこちらに向けてくる。
「あなたが佐藤悠真であることは間違いありません。しかし年齢は18歳の高校生ですので、お仕事はされていないかと思うのですが…」
(俺が高校生?自分の見た目が若返ったことに関係しているのだろうか…)
「それと、国家生殖資源登録番号はS-0003921。遺伝子検査異常なし。繁殖適格判定はSランク、と私は把握しているのですが…」
そう倉橋が、淡々と告げた。
その言葉を聞いて、俺の頭に今世の記憶が洪水のように流れ込んできた。
この世界——男女比1:96であり、男が「資源」として管理される異常な世界。
世界の総人口はおよそ20億人で、日本の人口は3,000万人、うち31万人が男性。
女性は2人以上の出産がほぼ義務付けられており、男性は「生殖資源管理法」により精液の定期提供が義務付けられている。
これは、男性20~50歳に対し「月1回の精液提出義務」を法制化し、提出義務違反はを取り締まるためのものだ。
人口維持に直結するため、脱税以上に厳罰化されている。
精液は国家主導で「使用権」と「供給権」がライセンス制で管理され、違法流通・私的提供は禁止とされている。
さらに、国家生殖資源庁という精液採取・保存・人工授精スケジューリングを一括管理する省庁が存在する。
ここでは男性の健康管理も担当し、精液を「国家資産」として厳密にトラッキングし、不正流通(ブラックマーケット精液)には捜査権を持つ。
そして、俺はこの異常な世界で18年間育ってきたと認識しているが、その間のエピソード記憶は無いこと。
今世の意味記憶は戻ったのである程度の社会常識は分かるが、心情は38年間生きてきた前世の感覚のままだ。
その状態で再度彼女を見ると、胸に「国家生殖資源庁」の徽章が輝いているのが分かった。
「あぁ、そうでした。ちょっと寝惚けていたようです。私はいつ頃退院できますか?」
私の返事に対し、倉橋は少し残念そうな顔を浮かべた。
「佐藤さんは意識不明で運ばれていますが、外傷もなく健康状態も良好です。簡単な検査を受けて明日にも帰宅できるかと。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「問題無いとはおもいますが、今日は念の為安静に過ごして下さい。」
倉橋はそう言うと話が終わったのか、踵を返し病室のドアの方に向かった。
「あ、記憶の混濁があるようなので一応伝えますが、そろそろ国家の定める繁殖プランの詳細が通知されますので、忘れないようにして下さい。」
倉橋はタブレットを手にそう告げ、部屋を出ていった。
「繁殖プランねぇ…」
吐き捨てるように呟いた言葉を聞いた者は、俺以外いなかった。
俺はこれから出生率の維持のために国家生殖資源として厳重に管理される存在。
繁殖と遺伝子提供以外の自由はほとんどない。
繁殖プランとは、男が月に一度、精液を国家に提出し、遺伝子評価を受ける制度だ。
拒否すれば罰則。
繁殖プランで適正が認められた男は、男が必要な限られた職への振り分けのため、職業選択の自由すら無い。
そのことにすら気づかない。
俺は拳を握りしめた。
「こんな世界で、ただの『資源』として生きるなんて、冗談じゃない」
前世で刑事だった俺の魂が、そう叫んだ。
人を守り、犯罪を追い、事件を解決する。それが俺の生き方だった。
この世界でも、俺は刑事になる。どんな障害があっても。




