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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第二章「二転三転」

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第13話「今後の方針」

「今後の方針、決めましょうよ。もはや昨日の石田の元SPが一連の行方不明事案のキーだって、共通認識ですよね?」


部屋の空気は重く、中村の落ち着いた声だけが、鈍い照明の下で静かに響いた。


「石田の聴取結果の裏どりと、元SP・現SPの人定把握じゃないすか?あと、現SPは任務放棄したんだから、護衛法で引っ張って吐かせればいいだけじゃん。」


落ち着きがなく、ペンを机にトントンと叩きながら、乱暴な口調で後藤が言った。


「後藤部長の言うことも一理あるが……」


山崎が腕を組み、資料の束を見下ろす。


「男性護衛義務法は生殖特捜の主管法令だ。奴らの半分は資源庁籍で、うちの事件にも上から手を突っ込んでくる。保秘の観点からも、奴らに報告しなきゃいけないのは得策じゃない。その前にまず、行方不明者達の情報から共通項を洗い出す必要がある。」


国家生殖資源庁からの出向者が構成員の半数を占める生殖特捜は、男性関連法の擬律判断も担っており、男性関連法違反を捜査する場合はお伺いを立てる必要がある。


今回、そのような報告をすれば事件丸ごと生殖特捜扱いになり、以降なにも捜査できない可能性が高い。


無論報告なしでの捜査が出来ないわけではないが、警察庁の一部業務においての上位監督権限を持っている彼らを蔑ろにすると、警察庁から雷が落ちる。


俺は息を整え、手元のファイルをめくると、どの顔写真にも、影のある表情が写っていた。


そして、その多くが成人直後から二十代半ばの男性、国家資源的には「繁殖適齢期」の中心層だった。


「……石田のランク降格についても、調べる価値があるんじゃないですか?」


自分でも意外なほど、声がはっきりと出たと思った瞬間、三人の視線が俺に向いた。


「ランク降格は、残念な結果だが……調べる必要があると?」


山崎が問い返す。


「行方不明者の全員がランク降格者です。偶然とは考えにくいです。」


その言葉に、後藤が回していたペンが宙で静止し、彼女は小さく眉をひそめる。


机の上に広げられた行方不明者リストのどの名前にも、“降格理由”として「精子含有量の低下につき、妊娠可能性ほぼ皆無」と端的に記されていた。


だが、診断書は存在せず、ただ精液鑑定記録の数字の羅列があるだけだった。


その機械的な表現はまるで、誰かが意図的に排除したかのようだ。


「なるほど……」


山崎の低く抑えた声が沈黙を破った。


「それなら、ランク降格の線は佐藤主任と中村主任に任せる。男性情報の精査とSP関連は、私と後藤部長で進めよう。手分けした方が早い。」


「わかりました。男性用病院に行くなら、男の私が動いた方が自然ですね。」


「理解が早くて助かるよ。」


山崎の口調は淡々としていたが、その目は冷静な計算を湛えていた。


 「ただ、今回の石田のSPは“意図的に”彼を危険にさらした可能性がある。捜査結果を共有した時に佐藤主任に心理負荷がかかるかもしれない。無理はするな。」


無理はするなと言われ、昨日見た石田の姿が脳裏によみがえった。


怯えと安堵が同居した目、震える指先、何かを訴えるような唇の動き。


あの男は、自分が守られなかった理由を、まだ理解していなかったのだ。


守るべきものが守るものを標的にした可能性を考えるだけで、嫌悪がこみ上げる。


「この件は表に出せませんね。」


中村が静かにメモを閉じる。


「世論に知れれば、SP制度そのものが揺らぎかねません。」


彼女の声には、職業的な冷静さと、わずかな怒りが混ざっていた。


男女比が1:96の社会において、男性保護制度は国家の根幹に等しい。


それが腐敗しているとなれば、国民の信仰にも似た“体制への信頼”が崩れる。


暴動、あるいは制度改革を求めるデモが起きてもおかしくない。


この国の秩序は、脆くも綱一本で繋がれているのだ。


誰もがその現実を理解しているからこそ、沈黙が支配する。


室内の空気は重く、呼吸をするたびに喉の奥がひりついた。


「ひとまず、方針は今話した通りにしよう。」


山崎が姿勢を正し、全員を見渡す。


「まずは、午後の理事官訪問だ。そのあとで本格的に動くぞ。」


全員が無言でうなずいたのは、同意というより、覚悟の合図だった。


俺と中村は資料を整え、山崎は静かに端末に向き直った。


そして後藤が背筋を伸ばして、行方不明者ファイルを手に取ろうとした瞬間。



「後藤部長は茶器セット!」


と山崎の声が響き、部屋の空気は少し軽くなった気がした。

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