幕間 ~国王陛下視点~
俺は1年でもっとも憂鬱な誕生日という日をを迎えていた。
「はああああああ」
これでもか、というくらい、大きなため息をついて国王はベッドから起き上がった。すぐそばには彼に長年使える執事が控えめに立っている。
「国王陛下。お誕生日、おめでとうございます」
執事はいつもに増して深々と頭を下げる。
「こんな憂鬱な誕生日の朝を迎えたのは、産まれてこのかた、初めてかもしれん」
「国王陛下。それはご自身の振る舞いによるものでございます」
「それはそうだけどさ」
俺はつい1ヶ月ほど前の出来事を振り返っていた。
あの日は第三王子であるルーツがノルプスクエ視察の報告をするとのことだった。
俺はその前からとある情報を手に入れていた。ルーツが主催したシリエル姫の婚約を祝う宴の料理はとある男が仕切っていたこと、そしてその男が2か月ほど前からルーツ付き執事として王宮に勤めていることである。
各王子には王宮で正式に採用した執事がついているが、それぞれでも個人的に採用することはできる。だが、得体のしれない者を採用するとそれだけでいらぬ噂が立ってしまう。傍若無人に見えるブロムですら、自分から王宮に取り込む人間はいない。それに加えて、採用した人間の実績を1ヶ月で国王自身が判断することになっている。分不相応な者に金を払い続けるほど、この国も馬鹿ではない。
ルーツもそのあたりは十二分に分かっているはずだが、件の男はティモンズという、サロハ国からかなり離れた出身だという。武術に優れた者ならまだしも、「執事」という王宮ではありふれた職業にもかかわらず、1ヶ月で実績を作ることはなかなか難しい。祝宴の際も何かしらの理由で名前を明かしていない。
このような怪しさしかない男を、国王として見過ごすわけにはいかない。
というのは建前で、俺はすでにあの料理の虜になっていた。おそらくあの男はこの国をどうにかする、という大それたことは考えていまい。そういった確信があった。
だが、ルーツを呼び、その男と対峙した俺の口から出た言葉は、自分自身の思っていることとは大きく異なっていた。
「ふむ。ルーツよ。その者がこの国を貶めるスパイではない、という保証はあるのか?」
この言葉にはさすがのルーツも怒ってしまった。それはそうだろう。まさに「お前の見る眼は確かか?」と問うたのだから。
その後、いくばくかのやり取りの後、俺はキヅカと名乗った男に伝えた。1か月後の誕生パーティーで、何か料理を作ってみろ、と。
こうすればキヅカの作った料理を味わうことができるとウキウキしていたのだが、ブロムが邪魔をするとは思わなかった。俺の後釜を狙っているのはバレバレだが、ここ最近は露骨になってきている。もっとも、厨房に関して「キヅカの作った料理以外はお前に任せる」と言ったのは自分自身。今更撤回もできない。
その後、名案が浮かぶことなく、誕生パーティの朝を迎えたのだ。
「はああああああ」
再度俺は大きなため息を吐く。
「国王陛下。それほどまでにがっかりされるなら、キヅカ殿に直接頼めばよかったのでは?個人的に料理を作ってくれ、と」
「国王としての立場があるからな。まあ、今日、キヅカの料理を食べることが叶わなかったら、それでもいいかもしれんがな」
ブロムのルーツに対する嫉妬が高まりそうだが、俺自身はまったくそのような忖度は考えていない。むしろ、「超善人」であるルーツよりも、少しブラックで貴族たちの人心掌握に長けているブロムのほうが国王に向いている、とは思っているのだ。あとは国民の支持を得られればいいのだが、どうもいい噂を聞かないのが気がかりだ。
「引退でもお考えで?」
執事が真面目な顔で聞いてくるから、鼻で笑ってみせた。
「俺がそんなことを考えてると思ってるのか?」
「まさか。あと50年は安泰でしょう」
さすがに50年経てば俺も90だ。老兵はただ去り行くのみ、という時期もとうに過ぎている。そもそも生きているかも謎だ。
朝からお互いに冗談を飛ばしていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。続いて、騎士の声が聞こえてきた。
「国王陛下。朝食の準備が整いましてございます」
「うむ。今向かう」
俺は慌てて着替えると、四十云回目の誕生日を歩み始めた。
朝食後、執務をそこそこに早めの昼食を摂る。昼過ぎから王宮の一部を開放した誕生パーティーが開催される。そこで開会宣言が終わると、貴族や商人の挨拶攻めにあうからだ。パーティーでは食事も提供されるが、とてもじゃないが食べている暇がない。かといって空腹であれば注がれる酒におぼれてしまう。酒に弱いほうではないが、昼過ぎから夜まで酒攻めはさすがに堪える。
そして、いよいよ開会の時間となった。
「皆の者、私の誕生日を祝うために集まってくれて感謝する。我が国が発展しているのは皆のおかげである。今日は楽しんで帰ってくれ」
毎年、変わらない文言の挨拶を終えると、早速貴族たちのあいさつ回りが始まった。
簡単に誕生日を祝ってくれるだけならいいのだが、ここぞとばかりに自分たちの要望を伝えてくる。土地や経営のことに関してはある程度真剣に聞くが、自分の娘を王子の嫁に、という貴族も多くて困る。そのあたりは個人でアプローチすべきであり、自分が口を出すところではない。
それでも邪険に扱うと角が立ってしまう。なんとか適当にあしらいつつ、その手の貴族は絶妙に空気が読めずにイライラしたところで、執事が言葉を挟んでくれる。非常にありがたい。せっかくのパーティだ。和気あいあいとした会にしたい。
「国王陛下、お久しぶりにございます」
そういって近寄って来たのは、商人のハバネルだった。彼は新しく立ち上げた商会のトップであるが、彼の取り扱う商品は珍しいものが多い。
「おう。ハバネルか。久しいな。最近は私に会う暇もないほど、忙しくしているのか?」
皮肉で言ったわけではないが、どうしても皮肉に聞こえてしまうのは、立場上仕方ないだろう。案の定、ハバネルは困った様子で答えた。
「ご無沙汰して申し訳ございません。貧乏暇なし、とはこのことでございまして、私くらいしか人がいないのでありまして」
そういったハバネルの手に皿があることに気づいた。
「国王陛下。目ざといですね。この料理はぜひともお口に入れてほしいものでございます」
そういってハバネルは俺の前にその皿を置いた。黄金に輝くスープは、俺のよく知っているスープであった。
「キヅカ殿が作ったスープです。熱いうちにどうぞ」
ハバネルは耳元でささやいた。その後、ニコッと笑うと、軽く会釈をして立ち去った。
キヅカは厨房から追い出されたと聞いていたが、ハバネルの元で俺の約束を果たそうとしていたのか。
ちょうど、挨拶回りの人間も来なくなった。この一瞬をハバネルは狙っていたのかもしれない。いずれにしても、このスープを口にするのはこのタイミングしかない。
ごくり、と唾を飲み込み、スープに口をつけようとしたが、その直後にブロムが声をかけてきた。
「父上。先ほどから酒ばかりを飲まれているようですね。それではいけません。せっかくの料理があるのですから、何かを口に入れてください」
そういってブロムはスープを端に追いやり、自身が監修したらしい料理を並べていく。
その横では執事が申し訳なさそうに俺を見ていた。どうやら、ハバネルが俺に声をかけた後に客が寄らないように手を回していたらしい。ただ、その隙を逃さないブロムは、いろいろな意味で感心させられる。
口の中で小さくため息をついた俺は、目の前に置かれたステーキをナイフで切り、口に入れる。ふむ。ブロムが自信満々に出してくるだけはある。いつもとは違う、やや爽やかな肉の香りが広がる。
「父上。これは一時的ではありますが、例のアレを餌にした肉でございます。父上の誕生日のために特別に入手したものでございます。いかがでしょうか」
「例のアレ」とはエビルプルッアのことであろう。俺ですらその話は聞いていない。相変わらず、素晴らしい行動力である。だからこそ、次期国王としては周りを見る落ち着きとその先に目を向けてほしいものだが。
「うまい」
ただ一言。俺はブロムに向けてそう言った。その言葉でブロムは満足したように俺の元を離れていく。
そういうところだぞ。
小さなため息を押し殺し、ハバネルの持ってきたスープのさらに手を伸ばそうとしたところで、別の客が声をかけてきた。
何度目かのため息を噛み殺し、酒の入ったグラスを傾けながら、にこやかに対応する。この対応は、ブロムには無理だろうが、ルーツにはできるだろう。武術に関してはバルガスが最も秀でる。三人寄ればなんとやら、とはよく言ったものだが、残念ながらこの国にそう言ったことわざはない。
つつがなく会は進行し、とうとうお開きの時間になった。
「非常に楽しかった」と俺が皆に感謝の気持ちを述べる。この気持ち自体は間違ってはいないのだが、ハバネルの持ってきた皿はとうの昔に下げられ、再度その料理を目にすることなく閉会を迎えてしまったのが残念でならなかった。
俺は自室に帰るときれいにメイキングされたベッドに身を投げ出す。
「陛下。いささかはしたないのでは」
「いいだろう。これだけ酒を飲んだのだ。もう動けん」
「これから風呂に入り、御身を清めてからにしてくださいませ。この場で粗相をされますと侍女たちの仕事が増えますゆえ」
「なにおぅ!さすがにそこまではよっとらん!というわけでもないがな。何回やってもこの会は酒ばっかりで困る」
こんこん
俺と執事がコントを繰り広げていると、ノックの音が聞こえた。朝と違ってすでに日が落ちて時間が経つ。緊急の話の可能性も否定できないが、それ以外の可能性もある。俺と執事は戦闘態勢に入る。
「夜分遅くに失礼します。料理長のダンヒルにございます」
俺は「うむ」とうなずき、執事に扉を開けさせる。もちろん、声だけでは判断しない。
果たして、その扉の奥には鍋と皿の乗ったカートと、声の主であるダンヒルがいた。人が隠れるようなスペースはない。
「国王陛下にお食事をお持ちしました」
「うむ。入ってよいぞ」
「失礼いたします」
そういうとダンヒルはカートともに部屋に入る。そしてテーブルの上に皿を乗せ、鍋からスープを注ぐ。それは先ほどのパーティーでハバネルが持ってきたものと同じ、いや、それ以上に空腹に響く香りだった。
執事が「失礼します」と言ってスープの毒見をする。特に問題がないことを確認し、俺はそのスープに口をつける。
黄金色のスープは、俺の予想通りコンソメスープであった。味に関しては不満が残るものの、基本的に何かを裏ごししてミルクで伸ばすだけのこの国のスープとは全然違う。それに加えて細かく切ったトマトとパンが入っており、酒に毒された胃でも受け付けやすく、かつボリュームのあるスープになっている。
俺は一気に書き込み、おかわりも頂戴する。2杯目を平らげたところで、ふぅと息を吐いた。
「うまかった。これを作った者に最大限の感謝を伝えてくれ」
誰が作ったのかは言わなくてもわかる。本来であれば「料理長」であるはずのダンヒルが「かしこまりました」とだけ言って部屋から出たことがその証拠だろう。
俺は風呂に入り、身も心も温まった状態で誕生日を終えた。少なくともここ数年で最高の誕生日となったのは間違いないな、と思いながら。
ブロムもこの物語の中では悪者のように書かれていますが、それ以外では有能のようです。性格はいまいちですが。それにしても、国王は大変ですね。
前回投稿でも告知しましたが、次の章が最終章となります。最後までお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
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