第9章 手間のかかる味 ③
翌日、朝食を終えたキヅカはルーツの部屋に入る。ルーツはまだ、帰ってきていない様子であったが、アルフレドはすでに帰ってきていた。
「キヅカ殿。ギリギリですが、間に合いました」
そういってアルフレドが出したものは執事服だった。
キヅカが執事として働くにあたり、早速採寸を終わらせたアルフレドだったが、数日で服が出来上がるはずもない。もっとも、これまでは人前にでることも少なく、以前、ハバネルに作ってもらった服を着回していた。
「なんとか国王様への謁見に間に合いましたな。さっそく着替えてくだされ」
謁見するのはルーツ王子だろうと思いながら、キヅカはさっそく着替える。王宮御用達の仕立て屋だ。キヅカにぴったりであった。
「お、着替えたか」
ちょうどいいタイミングでルーツが入ってきた。
「早速で悪いが、ついてきてくれるか?」
「はい」
ルーツとキヅカは「いってらっしゃいませ」というアルフレドに見送られて部屋を出た。多少の緊張を感じながらも、キヅカは比較的軽い気持ちでルーツの後をついていく。従者たちともすれ違い、驚いたように見られるも、以前、執事長の紹介で挨拶も済ませているので珍しさはないと思う。人前に出ることが少なかったためだろう。
「さ、ここだ」
特別大きくはないものの、両開きの重厚な扉は、その先が重要な部屋につながっていることを示していた。扉の両端には騎士も立っており、中に重要人物がいることを示している。そして、それが国王であることは間違いないだろう。
「ルーツです。ノルプスクエ視察のご報告に上がりました」
ルーツがそういうと、騎士の1人が小窓を開け、中の人物に確認をとる。「うむ」という低い声が聞こえた。
「失礼します」
騎士が扉を開け、中に入る。中はルーツの部屋と同じくらいか、それよりもやや狭く感じた。それは両端に棚が設けてあるせいであろう。真ん中に机と椅子がおいてあり、椅子には一人の男が座っていた。中肉中背、壮年の男性であったが、その眼光は鋭く、何もしゃべっていないのにキヅカには威圧感すら感じる。彼が国王なのだろう。
「国王陛下、こちらがノルプスクエの視察報告書になります」
心なしか、書類を渡すルーツも緊張している様子だ。
「うむ」
国王は報告書を一瞥し、ルーツに目を向けた。
「ルーツよ。ご苦労だった。報告書はしっかりと目を通しておく。ところで、お前の後ろに控えている執事であるが」
国王はキヅカに目線をやった。特に何をしたわけでもないが、一般人のキヅカにとっては十分に威圧を感じる者であった。
「はっ。以前、ご報告させていただいた通り、1ヶ月ほど前から私についている執事にて、名をキヅカ、と申します」
ルーツがキヅカのことを紹介する。キヅカは慌てて自らも名乗った。
「は、初めてお目にかかります。キヅカ、と申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「よい」
国王はそれだけをつぶやいた。たったそれだけで、キヅカは悪いことをしている気分になる。
「ところでキヅカとやら。お主の出身はどこだ」
「ティモンズにてこざいます」
ティモンズ、とはキヅカたちがいるサロハ国から南に下り、一国を挟んだ先にある小さな国、らしい。王宮に勤めるにあたり、基本的にはやはりサロハ国出身でないといけない。キヅカはそうではないが、どこにあるかわからないオオサカ国よりも、現実味のあるティモンズ国のほうが信用に足ると判断したからだ。一国跨ぐので正誤の確認も難しい。
したがって、キヅカはこのように答えたのだが、国王の目は鋭く、キヅカの正体が筒抜けなのではないか、と思わせるほどだった。
「ふむ。ルーツよ。その者がこの国を貶めるスパイではない、という保証はあるのか?」
「ありませんが、一つ、国王陛下に提示ができるとするならば、先のシリウス姫の祝宴で、私に協力してくれたのはほかでもない、このキヅカです。それは料理長でもあるダンヒルも証明してくれます」
「だが、あのときに挨拶をしたのはその、ダンヒルであったと記憶している。なぜ、キヅカが出なかったのだ」
「キヅカは『フービ・ジョナ』でジョナンドとともに働いておりました。ジョナンドのことは国王もご存知かと思います」
「ああ。『フービ・ジョナ』を廃業し、また騎士団に戻って新人教育で貢献してくれていると聞いている。本人もやりがいを感じているようだったな」
「はい。『フービ・ジョナ』で働いていた時、どうやらブロム王子と接触し、その負い目があったために前に出ることはせず、裏方に徹していました」
「ふむ。まあ、理屈は通っているな。だが、一方で盗作の疑惑がでていることも聞き及んでおる。ジョナンドは否定していたが、その者が主導した料理であれば、そういうことも可能だろう。ルーツ、お前の信頼を得るためにな」
「父上!あまりに言い過ぎではないでしょうか!!キヅカに失礼です!!」
ルーツは思わず立ち上がった。呼び方も変わっており、国王という職ではなく、父親という人としての在り方を非難した。
「もちろん、礼儀がなっていないと言われればそれまでだ。だが、国王の立場として、疑惑はたとえ小さくても晴らさなくてはならん。キヅカ。お主がもし、この国に仕えるというのであれば、一つ、お主に仕事をやろう」
国王はそういうと、ニヤリと笑った。
国王の提案を受けたのち、ルーツとキヅカが国王のいた執務室からキヅカの部屋に帰った。部屋に入るなり、ルーツが頭を下げた。
「キヅカ、すまなかった。父があのように頭が固いとは思わなかった」
「あ、頭をあげてください。僕は何も思っていないですから」
「ほ、本当か?」
「はい」
そもそも、国王からの指摘はもっともである。王宮という国の中心部に他国出身の、しかもこれといってとりえのない人間がいること自体、国王としては気にかけるべきであろう。そういう細かいことに目が行き届く現在の国王は、さぞかし有能なのだろうと、キヅカは感じていた。むしろ、出自のしれない人間をほいほい自分の近くに招き入れる、ルーツのほうがどうかと、キヅカは思っている。
だからこそ、国王の態度は当然であると思っているし、ルーツが謝る意味もよく分かっていない。
「それに、国王陛下は僕にチャンスをくれました」
国王はキヅカが信用に値する人間かどうか、試す機会を与えた。それは約1か月後に行われる国王の誕生パーティの一品を作る、というものだ。
「今回はどういうパーティになるんですか?」
「例年と変わらなければ立食形式のパーティだな。前回と違ってほんの一部の有力貴族だけでなく、商人や騎士の一部も参加することになる」
「なるほど」
要するにバイキング形式の料理になるのか。バイキング、といっても何回かホテルの昼食バイキングに行ったくらいだが、果たして何を作ればいいだろうか。
「おや。キヅカ殿は国王陛下から挑戦状をもらったのですな?」
いつの間にかアルフレドが部屋に入ってきていた。
「あ、アルフレドさん。お疲れ様です。そうなんです。1か月後の誕生パーティーで一品作るように命じられて・・・。国王様は主に何をめしあがるのでしょうか」
「難しい質問ですな。なにせ、誕生パーティーで国王様はほとんどなにも召し上がりませんのでな」
「え?そうなんですか?」
「パーティ開始の挨拶から最後の挨拶まで、誰かしらひっきりなしにあいさつに来ますからな。食べ物を口にする余裕なんて、ほどんどないですな」
アルフレドの言葉にキヅカは絶句する。食べ物を口にしない国王に、どうやって認めてもらったらいいのだろうか。
「料理ならキヅカも十分に認めてもらえると思っていたのだが、やられたな」
ルーツは頭を抱えた。
「しかし、アルフレド。よく見ていたな。私も来客の相手をしていたとはいえ、まったく気づかなかったぞ」
ルーツの感心した声に、アルフレドは胸をはる。
「私はルーツ様と違って周りを見るのですな」
「そういうところだぞ」
ルーツは胸を張るアルフレドの足を蹴る。痛そうにしているが、ルーツは気にしない。本気で怒っているというよりは、ツッコミの部類だろう。
自分ともそのうち、このような関係になるのだろうか。
ふと、キヅカはルーツの隣で胸をはり、ツッコミを入れられてるところを想像した。だが、まるで現実味のない、お芝居のような光景だった。キヅカはサロハ国、そして王族に対しての忠誠は、おそらく国王が密かに感じているように、まるでないといっていい。だが、立場はわきまえているつもりだ。年下とはいえ、目上の人間、それも王族に対して失礼な態度をとれるほど、肝は据わっていない。
「で、キヅカ。何か策はあるのか?」
「正直、口に入れてもらわないことにはなんとも言えません。口に入れてもらえたとしても、好みもあるので。ところで、パーティーの間、国王様は本当に何も口にしないのですか?」
「来客の方に勧められて酒を口にしておられますな。ただ、食べ物はほとんど口にされてないですな。声をかけられたときに口の中に食べ物が入っていないようにするためだとは思いますな」
本当にハルフォードはよく見ていたし、国王も来賓に対して失礼のないような気づかいが素晴らしかった。しかし、食べ物を口にしないで酒ばかり飲んでいる、というのも身体に悪い。
「うん。僕が作る一品は、スープにしようかと思います」
キヅカは言った。
もともと、この世界には「湯がく」という概念はあったが「煮込む」という概念が希薄だ。だからスープと言えば基本的にポタージュになることが多い。それもフービモーの乳で伸ばし、塩コショウで味付けしたのみだ。
キヅカはいつか、ポタージュスープ以外のスープを作りたい、と思っていた。それだけで料理の幅は格段に広がることだろう。そして、それは今、このタイミングと判断した。
「スープ?」
スープと言ってもポタージュスープ以外に思いつかないルーツが訝し気な顔をする。
「ええ。きっと、国王様にも気に入ってもらえると思いますよ」
キヅカはルーツに笑顔を返した。
その後、キヅカは情報収集と試作品の作成に明け暮れた。国王から厨房にはすでに話は伝えられており、料理長のダンヒルは「材料を自分で用意すること」と比較的時間が空いている昼食と夕食の間の時間は、厨房使用の許可を出してくれた。
試作品作りは難渋した。1回か2回しか自分で作ったことのない料理だ。ほとんど知識だけで作っている。さらに中に入れる具材も細かく調整していく。味見役はアンブラーとユージンだ。前回の祝宴でも助けてくれた2人が、今回も自分の休憩時間を削って助けてくれた。2人とも見習いであることは相変わらずではあるのだが、それぞれ冷菜とスープを担当する料理人の下について料理を勉強しているという。この2人は順調に料理人の道を進んでいくのだろう。
午前中は執事として職務を全うし、午後は買い物を含めた試作品づくり、夜にハルフォードによる執事講習と文字の練習、自分の部屋に帰ると今日の反省を紙に書いていく。ルーツのほうも誕生パーティーの準備が立て込む。ルーツに与えられた仕事は来賓たちへの招待状作成と出迎えだ。キヅカは忙しくも充実した日々を過ごしていた。
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