第7章 脂っこい味 ②
俺は驚きを隠せなかった。たった5人。それも主催者を除けば部外者2人に子どもが2人で50人もの宴会を成功させてしまったのだ。若干、料理が出るタイミングにズレがあったのは、仕方のないことであろう。
目の前では片づけを済ませ、遅い昼食を準備している4人に、俺は声をかけようとした。
「ダンヒルさんも召し上がりますか?」
そういったのは4人のうちの1人、謎の青年のキヅカであった。この宴会を成功させた張本人でもある。エビルプルッアなんぞという下賤中の下賤、食いつめ者の食べ物を使った料理を完成させた。客が満足したかどうかは、返ってきた皿でわかる。ほとんどの皿が空で返ってきたのだから。
「いただこう」
俺は興味があった。誰も口にもしないような食材を使った料理を、この男はどういう魔法をかけて料理に使ったのか。その発想はどこから来たのか。
4人はテキパキと働いてあっという間に5人分の料理を作ってしまった。客と同じ料理を食うなど、料理人としてはどうかとも思うが、念のためと多めに作った食材を余らせることもない、と俺は半分無理やり納得させた。
アミューズはボガアドと白い果物のサラダか。白い何かがかかっているが、これは味の想像がつかない。俺は小さなスプーンですくって口の中に入れる。ねっとりとしたボガアドの食感としゃくしゃくとした果実の食感の違いが楽しい。果実からは甘いジュースがあふれるが、酸味の効いた白いものが甘さの後にさっぱり感を演出している。
「この白い果実とかかっているものは何だ」
「白いものはエビルプルッアです。かかっているのはマヨネーズといって、油と卵黄と酢を混ぜたものです。今回はエビルプルッアが甘いので、酢を多めに入れていますが、もう少し酢を少なめにして野菜にかけてもいいですね」
キヅカが応えた。
「うっはっは。これがエビルプルッアだと?嘘もほどほどにしろ。私は王宮料理長だ。大概の食材は口にした。もちろん、エビルプルッアもな。確かにエビルプルッアの実は白いが、こんなに甘実のある果実じゃない。もっと酸味が強いはずだ」
俺は笑い飛ばした。しかし、4人はまったく動じない。アンブラーがスプーンを置き、冷蔵室から2つの赤い果実を持ってきた。それを包丁で切る。中はもちろん、白い果実が顔をのぞかせる。そしてそれぞれを俺のほうに差し出した。
「父さん、これを食べ比べてみてくれよ」
「ほう。我が息子ながら私を試すとは面白い」
まず、アンブラーの右手に乗っている果実を手に取る。何のことはない。普通のエビルプルッアだ。一口かじる。口の中で酸味が前面に広がる。まさに俺の知っているエビルプルッアだ。だが、もう一つは?まさか、そんなことはあるまい。
俺は口をゆすぎ、アンブラーの左手に乗った果実を手に取る。その時点で「まさか」が本当であることがわかる。先ほどの果実とは違って、甘い香りが鼻に入ってきたからだ。一口かじる。今度は先ほど口にしたものと同じ、いや、マヨネーズとやらがかかっていない分、より甘みを感じた。
「これは・・・本当にエビルプルッアなのか」
俺はいまだに半信半疑だった。だが、今口にした果実がエビルプルッアであることは、実際にアンブラーが切っていることから明らかだった。
「これがエビルプルッアの本当の味なんですよ」
キヅカはどこか誇らしげだ。もっとも、十分に誇ってもいいことだ。
俺は驚きつつ、そして期待をもって次の皿に移る。
オードブルはドレッシングがかかったサラダと生魚だ。ドレッシングは先ほど同様、エビルプルッアの甘みと酢の酸味のバランスが取れ、野菜もシャキシャキとした食感がしっかりと残っている。選んだ野菜はすべて葉物野菜ではあるのだが、香りは抑えめであり、ドレッシングの味を引き立たせる選択をしている。魚を生で食べる習慣はないが、ブルシーの甘みを少量の塩が引き立たせている。油で喉のとおりもいい。
ユージンが作ったスープはしっかりと具材が潰されており、滑らかな舌触りだ。ボカチャの甘みだけでなく、エビルプルッアの酸味を感じる。ガジャイモを入れることでボリューム感も増え、これだけでも胃袋を満足させる1品だ。スープの上に浮いているクルトンが食感の違い産み、飽きがこない。先ほどまでの食事では甘みを全面に感じていたが、スープでは酸味を少し強く感じたような気がしたが、気のせいだろうか。
魚料理ではキスズを使っている。小麦粉をまぶしたことで皮をパリパリに仕上がってる。身に関しては白ワインで蒸し焼きにすることでぱさぱさにならず、しっとりとしたまま火を通すことができている。ターバの塩気と、やや甘みの強いソースの調和もいい。そもそも「何かをかける」ということ自体、新しい発想ではあるが、その中でうまくエビルプルッアを調和させている。
ソルベはエビルプルッアのシャーベットだ。卵白を泡立てて混ぜることで、ふわふわな食感に仕立て上げられている。ここで、先ほどの違和感が気のせいではなかったことを確信する。単に甘いだけではなく、酸味を強くしている。これなら口の中がさっぱりし、確かに口直しとしてはぴったりだ。
だが、俺はどうしてもこの違和感が気になった。
「どういうことだ。エビルプルッアは甘いのだろう?このシャーベットは確かに甘いが、程よい酸味もある。まさか・・・」
「酸味の強い、従来のエビルプルッアも混ぜたんですよ」
こいつはとんでもないことを言い出した。エビルプルッアの新しい味を発見するだけでなく、これまで「食いつめ者の食べ物」と忌み嫌われた'従来の’エビルプルッアまでも料理に消化しやがったというのか。驚きもさることながら、常識にとらわれない発想力に怖さすら感じる。
最後にアントレだ。脂ののったガノック産の肉と、先ほどの酸味の効いたエビルプルッアの相性はいいだろう。ジョナンドの店で出しているというモンレターバは脂が強い肉との相性はよくなかった。ソースという概念は難しいと思ったが、これなら十分だろう。
肉を口に運ぶ。さすがジョナンドだ。中までしっかりと火を通しながらもガノック産の肉の特徴である脂の甘みを感じる、絶妙な焼き加減だ。そしてソースは、酸味の効いたエビルプルッアがよく合っている。しかし、先ほどまでにはなかった塩味と香ばしさを感じる。やや癖があるが、それもまた、肉のうまみを引き立たせている。やや同じ味が続いたところで味を変える。常識的な方法だが、使用している食材がわからない。
「これはエビルプルッアだけじゃないな?」
「ええ。赤ワインと、そして魚醤を加えています」
「ギョウショウ?」
聞いたことがない。
「ええ。イワシなどの小魚と塩を丸ごと瓶に入れ、魚が溶けるまで放置したあと、上澄みを取った者が魚醤です。ちょっと癖がありますが、少量であれば肉料理には合うかな、と思って使いました」
「ふむ。しかし、魚を放置すれば腐ってしまうのではないか?」
「ええ。これは半分、腐っているようなものです」
「腐ったものを使ったのか!?」
俺は慌てた。自らの身もそうだが、客の体調が心配だ。万が一、祝宴で腹を下した、となれば俺の首は間違いなく飛ぶ。それも物理的に。いや、俺だけでは済まないだろう。
冷や汗が背中を伝わるのを感じながら周りをみると、3人は平気な顔をしている。どういうことだ?
キヅカが困ったように付け加える。
「うーん。うまく説明するのが難しいのですが、少なくとも僕はこの液体を直接口に入れていますが、ピンピンしています。ここにいる3人は事前に魚醤を使った料理を試食をしていますが、だれもおなかを下していないでしょう」
「確かに、俺は元気だな」
お前は何を食っても平気だろうが。
ジョナンドの言葉に思わずツッコミかけるが、ぐっと我慢する。話をややこしくするだけだ。
「ところが、このエビルプルッアを10日間、放置したのちに食べるとどうなりますか?ほとんどの人がおなかを壊すでしょう。それよりも前に、強烈なにおいと見た目で口にするものできないかもしれません。それが腐敗、腐るということです。逆に魚醤のように特に問題なく口にすることができる。これが発酵です」
「正直、全部を理解できたわけではないが、とにかく、これは客に出してもよかったのだな?」
とりあえず、そこが一番の問題だ。
「ええ」
そんな不安をよそに、キヅカは自信満々に首を縦に振った。こやつのことだ。それは本当だろう。
そして最後の料理である焼いたエビルプルッアだ。飴色に輝く果実とそこから放つ甘い香りは、腹が膨れていても食欲が掻き立てられる。
ナイフは柔らかくなった飴色の果実にスッと入り、ほとんど抵抗なく皿まで達する。中心をくりぬいた中に入っているターバが溶けだし、断面を輝かせる。果実の甘い香りとターバの塩気のある香りが広がる。そして口に入れて咀嚼する。柔らかな果実からあふれるジュースと溶けたターバがまじりあい、絶妙なバランスで舌を喜ばせる。そしてその香りは鼻に抜け、実から直接入ってくる香りと合わせて、幸せな気分になる。
目で、鼻で、口で。そのすべてで味わう料理だ。
俺は心の底から感嘆した。そして悔しい気持ちであった。もし、あの方の命令がなければ、おれはこの料理を作る一端を担えたのに。
俺が悔しさに打ちひしがれていると、慌てた様子のルーツ王子が入ってきた。
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