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決意

 無理に逃げて視力が戻った事を知られるよりも、ここで盲目だと思われて捕まえられた方がいいとの判断だ。

 気を失ったフリを続けて、彼らに救助させた。

 崖上に引き上げられて見えた光景は、私を誘拐したと思われる車と、ふんだんに殴られた男女が怯えて座っている姿と、黒服に囲まれて私の前に進み出た初めて見た男の姿だ。


 彼は優越感に浸っている顔付きで私を見下ろした。


「美緒子、怪我はないか?」


 見えなかった時には判らなかった、夫である和泉の姿を目にしてしまったのだ。

 どうして夫の姿に懐かしさの一片も無いのかと訝しがりながら、自分がとても大嘘吐きだと思いながら、見ず知らずの男に頼るように声を上げていた。


「トキさんて恐ろしい方ね。私が相良様に会いたいわ、と口にしたらこんな目に。車を運転する男の人に酷い事をされると聞いて逃げたら崖に落ちてしまったのよ。」


 和泉は私の言い分を信じたようだった。

 彼はなぜ私が彼をこんなに嫌ったのか解らないほどの男だった。

 鼻筋が通って目鼻立ちが整った顔立ちの美丈夫。

 温和で信頼にたる雰囲気を持った若き実業家そのもの。


 まぁ、後ろに屈強そうな男達を控えさせていなければ、の話だ。


 それでも、最初は優しかったような気もする。

 病院でも自宅でも記憶を失った私を甲斐甲斐しく看病してくれたが、あれやこれやと体や顔に触って来る事に、私が気色悪く感じていただけである。


 夫に対して酷いのは私だ。


「美緒子、そろそろ大丈夫だろう?」


 目が見えないため女中の介助は必要だが、私は動き回れる程回復して傷も全て塞がった。

 そんなある晩に、和泉が私の肩を抱いて私の顎を持ち上げて口づけたのだ。


「さぁ、夫婦なのだから、久しぶりにしようか。」


 口づけられながら胸をまさぐられ、私はケダモノになった。


「いやぁあああだぁぁ。」


 大きく叫び、服を破られながらもとにかく無我夢中で抵抗して、グッと自分を押さえつける腕に噛み付いたのだ。

 歯が全部折れてもかまわないと全身の力を込めて噛み付くと、口中には鉄臭いどろりとした液体が充満した。


「この馬鹿女が!」


 ガンっと腹を殴られ口を開き、体は二つ折りになる。

 その後は数度顔を殴打されて床に転がされ、殴打から身を守るべく私が亀のように丸まり動かなくなると、彼は私を置いて部屋を出て行った。

 その時の私は、体と顔の痛みよりも、抱かれずに済んだという安堵の方が強かった。


 彼はそれ以降私に近付かなくなったが、彼はそれでも優しくしようと私に気を使っている所があった気もする。

 叩いたのも噛み付いた私に思わずだろう。

 かなりしたたかに殴られたが、目が見えた事で彼の左腕の内側に醜い傷跡があるのが解り、これならば仕方が無いなと思い直した。


 嫌なのは私の方の要因だ。

 つい、体が拒むのだ。

 絶対嫌だと悲鳴まで上げて。

 妹を殺して死んだ男を私はそれほどに想っていたのだろうか。

 全く覚えていないが。


「相良は君を苛めるために探しているだけだよ。彼女は更紗を娘同然に可愛がっていたからね。妹を苦しめた君を罰したいだけなんだよ。」


 男達を下がらせた和泉は私の横に座り、そう、今や私は逃げ出したはずの自宅の居間のソファに座らせられているのだ。


 私への手当ては和泉自身がしてくれた。

 優しい思いやりの振る舞いに感謝の気持ちも湧いたが、彼の目に嫌らしさが宿っていたので触られるたびにびくびくしてしまった。

 彼は私の傷が痛むのだと勝手に了解してくれたようでホッとした。


 今後は、私の目が見えていることを、夫に絶対に知られてはならない。

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