無重力状態3日目
無重力状態3日目。ティターニアは壁の一部をウインドウモードに切り替えて外の様子を見る。遠くの方に金星が見える。壁に触れ、両腕を広げるような動作をさせ窓に映る金星を拡大してみる。青い星であった金星はその姿を失い、黄色い星へと姿を変えていた。
「古代の金星に戻ったみたい……これは…住めないわね」
ティターニアは近くを丁度泳いでいたアロワナのヌイグルミを抱きしめ、呟くように言う。
「今日はやることもないし、わりと暇……そうだ、サイスの家でも訪ねてみよう」
ティターニアは服を着替え、扉をくぐる。
「あれ、今日って学校休みよね?」
ティターニアは制服姿の学生を見て端末を確認する。
『本日休校。但し自主学習の為の登校を許可する』
と書かれていた。ティターニアはそこまで真面目に勉強する必要はないと考え、逆方向であるサイスの家に向かった。
「さすがに細かい場所までは判らないんだよねぇ、住所が載ってるわけでもないし」
ティターニアは端末を操作してサイスを呼び出そうとする。
「電話番号聞いてないしフレンド申請もしてなかったっけ、そう言えば」
名前を知っていたのでなんとかなるかも、と番号案内に電話してみる。
『どのようなご用件でしょうか』
「あの、調べたい相手がいるのだけど」
『用途をお教え願えますでしょうか』
番号案内の相手の対応はもっともだった。
「えー、と友達なんだけど、番号聞き忘れちゃって…」
『お名前を』
「私はティターニア、相手はサイス・ラーン」
おそらく保留にされたのだろう。音楽が流れ始めた。この曲はELITEDANGEROUSで聞いた気がする。
『お繋ぎします。そのままお待ち下さい』
ピッと小さな電子音がなったあと、呼び出し音にそれが変わる。
『はい、ただいま』
「あ、サイス?ティターニアだけど」
『あら、どうなさいまして?』
「そっちの家に遊びに行こうと思って近くのブロックまで移動したんだけど、場所が判らなくて」
『今どちらに?』
「えーと……K102のあたりね」
『迎えに行きますわ。そこでお待ちになって』
ティターニアは通話が終わると端末をしまい、ふわふわと空中を漂う。このあたりは完全に寮として機能しているので、学生が多い。
「このあたりだと女子寮の端の方よね…どうりで男子生徒が多いわけね」
しかし生徒として認識できるのは彼らが制服のままうろついているからである。
「もしかして私服で出歩いているの私だけか」
ティターニアは思い出す。木星の近辺は制服のまま生活する事が多いと。この船は木星製。そういう事なのだろう。
「おまたせいたしましたわ」
サイスの声が聞こえ、そちらの方を向こうと一旦天井に手をついて向きを変える。
「ふ、フリフリ…可愛い」
ティターニアはゆっくり近づいてくるサイスの感想を言う。
「私、これくらいフリフリの方がすきでしてよ」
サイスの腰回りを見る。スカートのようだ。
「あら、布が多いみたいだけど、スカートなのね」
「いいえ、これキュロットですの。だから大丈夫ですわ」
サイスが天井に手をついて静止しながら言う。なるほど、その手があったか。
「私もそういうの探してみようかしら」
「ティターニアは肌が白いから黒が似合うと思いますわ」
サイスが言う通り、自分でもそう思っており、着ているチューブトップも黒である。
「私は規格外に白いから……サイスも十分白い肌だと思う」
ティターニアはサイスが移動を始めたのでそれを追いかけながら言う。
「そうね、私は確かに肌が白い方ですわね」
だがサイスが着ている服は白を基調とした服である。
「じゃあ何で白なの?」
「馴染むからですわ。でも、ティターニアに黒をオススメするのはコントラストがはっきりするからですわ。それに、大人っぽい見た目のティターニアはやはり黒が似合うと思いますの」
サイスはそう言って最後に、子供っぽい見た目の私に黒は似合わない、と付け加えた。
「サイスってタッパいくつ?」
ティターニアは疑問に思っていたことを聞く。小柄な自分よりも小さいサイスを見て気になっていた。
「私、ですか?122センチですわ」
見た目小さいと思っていたが、実際数値にされると小ささが伺える。
「私も宇宙時代としては小さい158なんだけど、何てゆうか……背が低いとバカにされるよね」
ティターニアは言う。サイスは減速しながら言う。
「ええ。分かりますわ。金星人は背が低いと言われる時代ですけど、私は特に背が低いのでよく『小学生より背が低い』とからかわれたモノですわ」
サイスの減速が終わり静止したのでティターニアは隣に並ぶ。
「金星の平均身長っていくつなの?天王星は175くらいだけど」
ティターニアはは手招きされたのでそれについていくように部屋に入る。
「金星の平均身長は142ですわ」
お互い平均身長以下だった事に共感を覚えたが、ティターニアは首をかしげる。
「何で私、背が低いんだろう……」
遺伝子レベルで作られたティターニアにとって背は自在に作れる存在である。なぜ、平均身長に満たないのか。
「何かあって思ったより背が伸びなかっただけでは?私は、成長期に障害があった、と聞いてますわ。たぶん、そんな感じだと思いますわ」
サイスは扉を閉めるとティターニアに後ろから抱きつく。
「きゃっ」
ティターニアは可愛い悲鳴を上げ、腕をほどき向き合う。
「でも、貴方といると、その……体がうずくと言いますか……ムラムラしますの」
ティターニアはそれを聞いて少し考え思い出す。
「しまった、つける香水間違えた」
サイスはティターニアの前に回り込み胸元に顔をうずめる。
「サイス、ちょっと落ち着こうか」
「はっ、私ったら……申し訳ありませんわ……」
しかし目がトロンとしている。しかしなんとか理性を取り戻そうとしていた。
「しかたない、私と一緒にゲームしましょう?」
ティターニアは部屋の真ん中の端末を操作してゲームを勝手にインストールする。
「何を入れてますの?」
「POS2」
パーツオーダーシステムじゃないぞ。オンラインゲームだぞ
「最近話題になってるゲームですわね。私も広告を見たことがありますわ」
「RPGだから初心者にも優しいと思うよ。最近は人が減って面倒な人も減ったしね」
人が増えれば当然面倒な人も増える。逆に人が減れば優しい人も減っていく。それはゲームである以上、さけれない道なのかもしれない。
「では早速やってみますわね」
サイスはキーボードを手に、チュートリアルを始めた。チュートリアルを見る限り、才能を感じられたティターニアはサイスの後ろに回り込み、優しく腕を回す。
「さっきのおかえし」
「ふふっ、私は貴方みたいな姉が欲しかったですわ」
しばらくして、画面内のフィールドに雨が降り始める。イベント戦も近い。
「ところで、この見にくくなる線何だろう」
ティターニアが言うとサイスは優しく
「雨ですわ。地表では時折、空から水が降ってきますの。それが雨ですわ」
と言う。生まれも育ちもコロニーのティターニアにとって雨や霧といった気象変化は珍しいものであった。
「へぇ、地表って大変ね」
「そうでもないですわよ」
サイスはちゃんとチュートリアルを終え、ロビーへと降り立った。ティターニアはゲーム内のアレコレを教えながら楽しい時間を過ごした。




