魔法少女誕生 4
シェルの体はぬいぐるみだ。
綿を布を包みこみ、糸で形を作り、ボタンで瞳をあしらった酷く簡素で普通のぬいぐるみだ。
その丈夫さは俺が保証する。なんせ数時間前にはゴルフクラブで強打した仲なのだから。
だから、だからシェルは仮に刺されたとしても大丈夫なのだ。大丈夫なはずだった。
「痛いか狸?痛いだろうな。痛く無いはすがない」
刺された後、シェルは地面に落ちた。刺された腹部を守るようにうずくまっている。
「そんな…。くっ…」
「意味がわからない、そんな感じかな?痛みは思考を鈍らせる。恥じることは無いさ」
アーダンベルトはニヤニヤとした嫌な笑いをうかべ、シェルを見下ろす。
手に装着した小振りなナイフを楽しそうに見つめるアーダンベルト。
「このアーティファクトは神殺しって物騒な名前らしい。らしいってのは、使ってる俺もよくわからないから、なんだけどな」
うずくまるシェルの背中に右腕のナイフ「神殺し」を突き付けアーダンベルトは続けた。
「言っちまえばこれはナマクラだな。切れないんだよ、全然。金属はもちろん、肉や骨だって切れない。布や綿も怪しいもんだ。でもな、唯一例外があってな」
右腕に力が入る。神殺しはシェルの背中を貫通し、地面に突き刺さった。
「マナだけはよく斬れるんだな。これが」
「………!」
「痛いのは嫌だよな。辛いのは嫌だよな」
「なに、を」
「次回予告してやるよ。次はえぐるぜ?腹の中をナイフで引っ掻きわしてやる…。実際問題、糞痛ぇだろうなぁ。俺なら小便ちびって逃げ出すぜ」
「逃げる…」
「そうだ、逃げるね、間違いなく」
悪意に満ちた笑顔を張り付かせ、恐ろしく冷たい声でアーダンベルトは囁くようにシェルに語りかけた。
「忠告はしたぜ?いくぜ狸。精々派手に散るこったな!」
一呼吸おいて、アーダンベルトは地面に突き刺さった神殺しを引き抜き一気に回転させた。布は引き裂かれ、中の綿は空中に飛び散る。大きく弧を描くようにシェルの体は空中を舞い、ゴミのように地面に叩きつけられた。その姿は無残なもので腹部には引き裂かれた大穴がぽっかりと空いていた。
瞬時、俺は走ってシェルの元へ駆け寄った。今までは混乱で動かなかった体がバネのように弾け動いた。
「シェル!シェル!」
声を掛け、体を揺さぶる。だが、シェルの体は微動だにしない。動かない。何も言葉を発しない。
「…シェル?」
「ヤー!本当に逃げやがったな。こいつは傑作だ!スカウトしたレイドをほっぽり出して逃げるか、惨めで滑稽でとても甘美な展開だ!でも、お利口なのは良いことだよな、お兄ちゃん?」
アーダンベルトは笑みをうかべこっちを見たら。
笑いというのは本来、敵を威嚇する行動なのだと聞いたことがある。アーダンベルトの笑みはまさにそれだと思った。威嚇。お前もこうはなりたくないだろう?という無言のプレッシャー。
「俺はなお兄ちゃん。魔法使いが大嫌いなんだ。だからオッサンも、狸も、気持ち良く磨り潰させてもらった。結果、今俺は非常に気分が良い。胸のつっかえが全部取れて世の中が薔薇色に見える」
言葉通りの意味なのだろう。そこらじゅうに生えていた目や口は綺麗に無くなり、今や空間は薔薇などの色とりどりの花々が埋め尽くしている。つまり、この空間はこのアーダンベルトのい心理状態に影響されてその姿や形を変えるようだ。
「ようやく二人っきりだ。立ち話も難だし、座って離さないか?」
軽い足取りでベットまで移動し、アーダンベルトは枕元に腰をかけた。
「俺は…ここでいい…です」
相手の神経を逆撫でしないようになるべく敬語を心がけよう。目的がわからない以上、それを探りながら開放される方向にもっていくのがベストだと判断する。
「そんな警戒されると傷つくな。別にお兄ちゃんをどうこうしようって訳じゃないんだけどね」
先程の邪悪な笑顔とは打って変わり、無邪気な人懐っこい笑いを浮かべている。
「そもそも俺の目的もお兄ちゃん自身って訳じゃなんだよな。目的のために会っておきたかっただけで」
俺自身が目的じゃない、その言葉を聞き、本心では物凄く安堵していた。
「お兄ちゃん、妹いるだろ?俺の目的はそっちなんだ」
妹。まさかの展開だ。
「妹は今、ここにはいませんが…」
「知ってるよ。今は他県の全寮制の学校にいるんだっけ?」
「名前は名取 美命。身長から体重、スリーサイズに至るまで全部知ってるさ」
「家族構成から生い立ちに至るまで、全て、ね」