未来都市の住人たち(2)
「アンドロイドはすごかったですね。本当に人みたいで驚きました。
地下でエネルギー見学を終え後、田崎は子供のように目をキラキラと輝かしていた。
団体は解散し、自由に動けるようになった2人は施設内休憩所に移動した。
「外夢も見れるようにすれば良いのに。ただの容器でしたからね…でも、ものすごく大きかったですね、天井にくっつきそうで
したよ、あれは」
「そりゃそうさ都市一つ分のエネルギーを作り出すところだ。原発を比べればあまりにも小さすぎる」
「それは、そうですが。
でも、外夢、みたかったなぁ。どんな姿なんでしょうね」
田崎は、すわり心地の良いソファーにどっかり座る先輩に販売機から取り出したコーヒーを渡す。
「彦星の家畜の牛、のモンスターってことはミノタウルスとかかな」
「容器で隠してあるということはグロイんだろ。
ってか、たざっち。知っているか?外夢の黒い噂」
後輩を愛称で呼ぶ時は井荒の機嫌が良い時か裏めいた暴露話があると田崎は知っている。
「外夢はなぁ、訳ありの人間が素になっている」
「ほ、本当なんですか?」
田崎は念のため人がいない事を確かめてから小声で返答した。
「何でも死刑が確定された極悪非道人を改造したんだとよ」
「か、改造」
「あくまでも、噂だ」
「なんだ、驚かさないでくださいよ」
ほっと胸をなでおろした田崎であったが
「いいや、驚け」
「どっちなんですか、先輩」
「いいか、たざっち。黒い噂はここからだ」
先輩の闇のような笑みは消えなかった。
「彦星、涙羽はアンドロイドではない」
「え…へ?どういうことですか?じゃあ彦星は」
「人間さ」
「ほ…本当なんですか?で、でも。彦星はガラスみたいな密室に閉じ込められているじゃないですか。それも24時間365日ず
ーっと」
「正確には364日だ。彦星涙羽には日曜も祝日もなく、自由もない。労働基準法どころか人権無視もいいところだ。
だから、涙羽は人造人間という事になっている」
「…そんな」
「この大きな都市を維持するためにな。
田崎、俺らがエネルギー室に入った時、ちょうど彦星と織姫が面会している所だったな」
「えぇ」
「2人だけのプライベートだから映像、音声オフした中、彦星は織姫に何を言ったんだろうな。どんな切実なる思いをぶちまけ
たところで、織姫以外の耳に届かない」
「でも、先輩。いくら何でも」
「ありえなくはないさ。
たざっち。ここは密閉された、閉じ込められた都市だ。その中で何が起きても表に出にくい、な」
「………」
「とはいえ、あくまでも噂だ。情報がすくなければ噂はわいてくるものだ」
居荒は噂という言葉を使い、話を終わらせた。
…が、後輩田崎が一息つくことはできなかった。
「せせせ、せせんぱ…きゃ~」
男の悲鳴に居荒は驚くよりも、うざったさを感じたが見殺しにできないので、とりあえず振り返った。
振り返った先輩は、後輩田崎が悲鳴をあげるのも無理はないと思った。
思ったが、驚くこともなければ助けようともしない…。
居荒は、奇妙なそれを何なんか知っているのだから。
牛、というべきだろうか、牛みたいなその生物は灰色の床につきそうなほど長い毛をたれながしていた。
大きさはポニーぐらいあった。普通の牛を考えれば子供と大人の間、少年というところだろう。
「聞いて驚け、たざっち」
「驚いていられません。た、助けてください」
たざっちは、その奇妙な牛に睨まれていた。
どうも、気に入らない所があるらしい。
「……」
奇妙な生き物は『気に入らない奴』に頭突きをくらわそうとしたが、悲鳴をあげながらもかわされたので、さらに機嫌をわるく
していた。
「わわわっ」
それは田崎も読みとったらしく、第二撃に狙う殺意を嫌でも感じとるしかなかった。
「いいか、たざっち。これは、あの外夢のクローンだ。だから、キズつけるなよ」
「傷つけられそうになっているのに、何、のんきな事言ってるんですかっ。わっわっ」
外夢クローンは、一歩二歩と間合いをつめたらしく、田崎の悲鳴声が高くなった。
先輩居荒は、さすがに後輩の危機に不安を感じたが、このモンスターを止めるすべを知らないので、後輩に言葉を送るし
かなかった。
「大丈夫だ、たざっち。これは労災になる」
「変な慰めしないでください。その前に見捨て…」
田崎の言葉が途絶えた。どうやら、突進、寸前になったらしい。
『短い間だったが、お前は便利な後輩だったよ』と、本気かはわからないが、諦めかけた時、一つの声があがった。
「小一、やめなさいっ」
それは女性、それも若いものだなと居荒が判断できた頃には、モンスターは突進をやめていた。
「…助かった」
「後輩が血みどろの肉塊にならなくてすんだか……」
「何ですか、先輩。その無言は」
うらめしそうな目を向ける田崎を無視し、居荒はご機嫌な表情で頭をすり付けられている少女に視線を向けた。
『ほう…』
外夢の町に3、4回滞在している居荒にとって、高校の制服を着た少女を知っていた。
『織姫の彼女か…』
居荒の視線に女子高生、海値は何を考えているのかわかったが表情を変えることはなかった。
「あれ?君は地下のメインルームにいた」
落ち着けた田崎も海値に気づいた。
その言葉で海値も『さっきの恩人さん』である事を知った。
「あ、あの時はどうもありがとうございました」
『いえいえ』と頭をかき腰の低そうな恩人田崎の姿は優しそうな人に映った。
あまりにも人が良さそうで隣の抜け目のなさそうな先輩らしき人にこき使われていそうにも映っていたが…
「海値ちゃん。その子は1かい?」
『第一印象が良ければ、皆、フレンドリー』がモットーである居荒にとって海値は愛称で呼んでいた。
海値はさすがにぎょっとしたが、施設の職員から呼ばれているので『まあ、いいか』とあきらめることにした。
「はい、これは外夢の一番目にあたる小一です」
「こいつが…」
絶対口にするであろう、くだらないダジャレを言ったのは居荒ではなく田崎の方であった。
ひゅるるると冷たい風が吹く前に、先輩のつっこみがクリーンヒットした。
「俺が言おうとしたギャグを使うな」
後輩とレベルは変わらないようだ。
海値はこのまま2人の漫才を見ていたかったけれども頼まれごとを口にした。
「ところでUEVコーポレーションの居荒さんと田崎さんですか?」
「その通りUEV社期待の営業マン居荒と頼りないお供一匹だが」
「先輩…」
さぞ楽しい社内なんだろう。
「…。戸立さんが探してましたよ」
「え?戸立さんが?Bエリアの休憩室で待っててくれって」
「ここはDエリアですよ」
「あれ?」
どうやらエリアを間違えていたらしいが…
「いたたっ。先輩、何をするんですか」
「うるさい、八つ当たりだ」
開き直っていた。人のせいにしないのは良い事なのだが…
「Bエリアは右の通路をまっすぐ進めばつきますよ」
「そうかい。ありがとう、みっちゃん」
居荒は親しみレベルを上げたようだ。
「ほら、田崎、さっさと行くぞ」
「先輩、叩きながら歩くのはやめてください」
「………」
バシバシ叩く手が頭から肩に移り軽く引き寄せたのは、DエリアとBエリアの間にあるCエリアロビーであった。
「わ、何ですか、先輩」
「おめでとう、たざっち君。君は人工都市『外夢の町』第一日目にして、主要人物&生物すべてに会うことができた。これは凄
いことなんだからな」
「主要人物って彦星と織姫、外夢のクローンの事ですか?」
「二木海値もだ。あの娘は織姫の恋人と言われている」
「恋人」
「現実の七夕伝説は純粋にできていないんだよ、たざっち」
居荒はニヤリと笑った。
「しかもみっちゃんは、小一に好かれている。あの生物は好き嫌いが激しく。唯一、みっちゃんにだけ懐いている」
「じゃあ…もしも、現役のエネルギーモンスター外夢が引退したら、彼女が…」
「かもしれないな。
だが、そんな生々しい世の中にはならないようだ」
「それは、どういう…」
聞きたかった田崎本人の口が閉ざした。
2人は目的地エリアにたどり着こうとし、施設の人間、戸立の耳に入りそうな距離に入ったから。