旧暦7月
巨大スクリーンに覆われた人工都市は、町の外、一般の世界と変わらない。
というのもドーム外に設置されている『外夢の町 気象台』で観測されたデーターを随時受信し、人工の空を随時買えているからであった。
馬鹿げただけの天候なのに政府は『未来のために必要』と言い張り、一般市民は『未来』という言葉と、これにより税金が上がることはないので反対する者はいなかった。町の中央にいるクリーンなモンスターによるエネルギーのおかげで。
一般世界と変わらない天候を味わえても、大雪や大雨がくるのはありがたくないが。
「わざわざエネルギーを使ってまで何で暑くしなければならないんだ?無意味にもほどがあるよ」
人工都市関係者でもある織姫、揺西が空という超巨大スクリーンを睨みながら愚痴った。
「外の一般世界と同じにするなら避暑地にしてほしいよ。軽井沢とか北海道とか…」
飲み終えた炭酸飲料の空き缶を片手で潰す揺西は、海値からみれば小学生みたいであった。
「将来、空中都市や宇宙都市を作る時の試作だって聞いたことがあるよ」
「それだったらなおさら快適都市にしてほしいよ。あー暑い暑い暑い」
2人は遊び盛りの高校二年であるが勉強盛りの教育期間であり、快適施設の図書館に行ったのだが…
「何だよ…まだ怒っているのか海値」
「怒っているんじゃなくて呆れているのよ。十分もしないで居眠りする?」
船を漕ぎ始めた揺西に注意したものの、その数分もたたず…揺西は支えられなくなった顔を机にダイブした。
その派手な音と周りの視線に耐えきれず、即刻図書館から逃げ出したのはいうまでもない。
「昨日、3時まで起きてたから。その状態で英語なんて勉強したら眠くなって当然」
図書館から開放された瞬間、眠気が吹っ飛び、開き直っている揺西に返答する気力はない。
「海値、アイス食べよう」
図書館を出た2人は商業エリアに行った。外町商店街を抜けた先に次の目的地のゲームセンターがあるのだが、揺西の手は右折しようと引っ張り始める。
「良豆屋の小豆バー食べようよ」
「今、ジュース飲んだばっかりなのに。お腹こわすよ」
「子供扱いするなよ」
『十分子供だって』と口にださないことにした。
海値は繋いでいた手を離すと、揺西は風船のように飛び出して行ったが、3歩目で戻ってきた。
揺西はにっと笑いまっすぐに手を差し出した。
「行こう、海値」
改めて目の前の恋人を『小学生』だなぁと認識する海値であった。
繋ぎあう手は年々大きくなっていくものの、伝わってくる気配は小学生の時と変わらない。
店は込んでいた。
飲みかけのジュースがある海値は繋いでいた手を離し、店の外にあるベンチで待つことにした。
「もう7月かぁ」
この季節、7月から旧暦7月(8月上旬)までの間、商店街エリアは至るところに七夕の飾りを見かける。
笹の葉には長方形の紙や鎖にした飾りが色とりどりに散らばっていた。
風に吹かれ、微かになびく様子を無感情に見つめるもののジュースを持つ手は苛だたけに缶の周りを撫でていた。
水滴が海値の手のひらに移り、手首に滑り落ちていく。
『7月なんか…』
旧暦7月7日は、エネルギー製造モンスター『外夢』が眠りにつくため、外夢を制御する彦星は一日だけ解放される。
外夢が眠りにつく事により、当然エネルギー、電気の供給もなくなる。
自家発電施設が各エリアに設置してあるから完全な停電ではないが、そのエネルギーはライフラインが保てる程度のもの。信号や街灯。病院。マンションや団地にある貯水タンクの汲み上げなどで、ほとんどの事ができなくなってしまう。
最低限度のエネルギー内で普段通りの生活ができないどころかハイテク化された警備体制がアナログ化に切り替わるため、治安が一気に悪化する。
そのため健全な市民は一日中屋内に閉じこもるか旧暦7月7日の影響のないドーム外へ出かける。
「………」
海値の家族も例外ではなく。夏休みを兼ねて海だ、山だ、キャンプだ、避暑地だ。いや、いっそのこと海外へ…
と、毎年熱心に家族会議を開いている。
一人残して
「海値は?今年こそ行こうよ」
目的地が決まってから家族が、お約束に聞いてくるが
「お祭り、揺西と行く約束してるから」
毎年、同じ言葉を繰り返し、首を横に振る。
「そう」
その後に向ける同情の視線も毎年恒例となり、慣れてしまった。
「………」
『揺西と少しでも、一秒でも長く一緒にいたいと思うのは、彦星の存在のせい…嫉妬なのかな…』
風に揺れる笹の葉を無感情に見つめたままだったがそれを解除した。
「海値、お待たせ」
戻ってきた揺西を見つめるためであった。
彦星、涙羽の揺西を呼ぶテレパシーは旧暦7月7日に向けて多くなるが、七夕が終われば彦星、涙羽からのテレパシーは揺西に届くことはなくなる。
そう、すべては7月7日までの事。
海値は立ち上がる前にジュースを飲み干した時。同時に手首についていた水滴が落ちていった。
こともあろうに太股の内側へ
「………」
それを見送ってから、まっすぐ見上げると揺西と目が合った。
「今の見てた?」
「見てない見てない」
「嘘。じゃあ、どうして視線をそらすのよ」
立ち上がって、逃げ出すように先を歩き出した揺西を追った。
嘘か本当は揺西の顔を見ればすぐわかる…とはいえ、駆け出した揺西を見れば一目瞭然なのだが。
『揺西』と声を出して2、3歩目で足が止まった。
「だ、誰か」
男性らしい悲鳴が響いた。
「な、何?」
数秒前の逃走を忘れ戻ってきた揺西は好奇心を持った目で路地裏の方向を見つめた。
「近くまで、行ってみようよ」
「やだよ。喧嘩だったら巻き込まれる」
もっと安全な所へ揺西を引っ張ろうとしたが、やめた。
「わわわっ」
路地裏から転がるように出てきた男の後ろから、のっしのっしと姿を現した『それ』を目にした海値は走り出す。
「小一君、何でこんな所にいるのよっ」
ポニーサイズの長毛である次世代のエネルギーモンスターが、ここにいた。
「ぶもぅ」
海値の姿に気づいた小一は脱走に悪びれた表情一つせず、甘えた(?)泣き声で近づいていった。
「助かった…あれ、君は」
海値は被害者になるところだった者に視線を向けた。
「この前の恩人…さん?」
手の出やすい先輩と哀れな後輩の漫才を見て数週間の時が流れていたため、海値の記憶は少し曖昧になっていた。
「海値。今頃、施設から脱走の連絡が来たよ…って知り合い?」
携帯画面を見ていた揺西は哀れなサラリーマンに気づいた。
「うん、恩人さんだよ。この前、人ごみに巻き込まれた時、助けてくれたんだ」
「ふーん」
同性とあってか揺西の興味は薄いものだったが、全くナシではないのは海値が向ける笑顔だろう。
「それはそうと…海値、小一、連れていくしかないのか」
ゲームセンターに行きたい揺西にとって面倒くさい事でしかなく、海値もそれを読み取っている。
「じゃあ、揺西は先に行ってて。小一君送り届けたら急いで戻ってくるから」
「海値が行くなら、俺も行く」
『子供みたいだな。高校生だからそんなものか』
2人の様子を初めて見た田崎は織姫、揺西の感想を心の中で述べた。
「すいません。私もご一緒してよろしいですか?」
「えぇ、いいですよ」
不満顔で許可する揺西に田崎は苦笑いするしかなかった。迷子から抜け出すためには仕方がなかったのだ。
「いやぁ、まだ二度目だっていうのに、裏路地の営業に回れって言われて…」
最初の出会いから2週間後の再会で、さらにホッとした田崎だったが、その手にはハンカチがあり、流れ出る汗を拭いていた。
噴き出る汗は恥ずかしい迷子になってからか、暑い夏だからか。それとも異様に向けてくる人々の視線のせいなのかは分からないが。
「…だから小一と歩きたくなかったんだよ」
「耐えるのみよ…揺西」
人々の視線はもちろん海値と揺西の間でご機嫌に歩く牛みたいな生物だが『その生物と共に歩く人達は何者なんだ?』と、ついでに向けられてしまう。
小一がただの牛だとしても街中で目にすれば注目を浴びるというのに…。灰色の長毛でポニーサイズとなればなおさらであろう。
外夢の町に住む者たちは外夢というモンスターがエネルギーを作っている事は常識でも、どんな姿をしているのか知らない。ましてや、外夢のクローンなど皆無であった。
だからこそ人々は目の前にいる奇妙な生物を見続けてしまう。
「迷うって…京都や札幌みたいに碁盤みたいに整っているのに?」
揺西の言葉に加えるならば、丸い町はピザに切れ目を入れたように8本の大道路が中央から外側に向かっている。
その大道路に沿って規則正しく縦横の道が作られ、建物がある。
「小一に後をつけられて、冷静に考えられなかったんです…」
「後をつけられたって変ね。だって小一君は塔の中で管理されているんですよ。そりゃ塔の中ならよく脱走しているんだけれど」
「良く脱走できるって…塔の奴らの管理の問題じゃないか…」
「ははは…でも、どうして私を追いかけてくるんでしょうね…」
頭をかき汗を拭く田崎の存在に、揺西の声に棘がある事を海値は気づいていた。
揺西は子供のように喜怒哀楽を表す。
何の関わりのない田崎に当たる様子に不快を思いながらも口にすることはなく、海値は左隣にいる小一に視線を向けた。
「ぶもぅ」
小一はそんな海値を慰めようとしているのか、それとも塔外脱走を開き直っているのかはわからないが、機嫌の良い泣き声をしていた。
塔に近づいた時、突然、揺西が足を止めて空を見上げた。
その姿はまるで人形の様に表情が消えて、それから訴えるように幼なじみに向ける。
「涙羽。呼んでいるのね」
「ああ」
「いってらっしゃい」
「…うん」
素直にうなづく揺西であったが小一の右隣に戻ると『海値』と小さく呼んだ。
「何?…」
小一の左隣にいる海値は素直に振り向き
「……。よ、揺西」
まっすぐ見つめる揺西がいた。海値の左隣にいる存在を無視してか、それとも釘をさしたのかは、わからないが。




