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消し炭皇女、毒も魔力も国ごと飲み込まさせていただきます ~ミセス・アナコンダ~【改稿版】  作者: 大背戸智


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第9話 解毒

偉大に思えた人物も、ぶつかってみたらそうでもないことが多い


最初の一合で、力量の差は明らかになった。


金属が噛み合う音が空の村に響く。


ラピスの剣が大きく弾かれた。


腕ごと持っていかれ、足が土の上を滑る。



「遅い」



グレイルの剣が横薙ぎに走った。


ラピスは辛うじて受ける。


弾かれる。


また受ける。


また弾かれる。


剣の腕では、勝負になっていない。



「姫様」



ジークの低い声が隣から届く。


「まだよ」

「ですが、あれでは——」

「ラピスが立っているわ」


ラピスの肩へ剣の腹が叩き込まれた。


鈍い音がした。


体が地面へ転がり、土煙が上がる。


供回りの騎士たちが笑った。


その笑い声の中でラピスは地面へ手をつく。


膝を立てる。


そして、もう一度立ち上がった。



(そうよ。立ちなさい)



グレイルの眉が動く。



「これが精一杯か。お前は昔から何一つ持っていない」



ラピスは答えず、剣を構え直した。


踏み込む。


弾かれる。


倒される。


それでも、また立つ。


騎士たちの笑い声はいつの間にか消えていた。



「なぜ立つ」



グレイルが初めて問いかけた。



「才能も力もない。誰からも期待されなかったお前が、なぜ私に逆らう!」



ラピスの口の端から血が落ちる。


それでも青い瞳は濁らなかった。



「私には、信じてくれる人たちがいます」

「平民どもが剣の代わりになるとでも?」

「なります」



言い切った。


どんな剣より折れない声だった。


ジークの手が柄から離れた。


助けに出るためではない。


ラピスの選択を見届けるために。


「くだらん」


グレイルが両手で剣を構えた。


空気が変わる。


今までとは違う。


本気で弟を斬る構えだった。


踏み込みだけで砂が弾ける。


ラピスが剣を受けた瞬間、両膝が折れかけた。


歯を食いしばって耐える。


もう一撃。


また一撃。


背中が家の壁へぶつかった。


逃げ場はない。


グレイルが剣を振りかぶる。



(今)



私の足元から影が伸びた。

黒い蛇の輪郭が音もなく地を走り、グレイルの足首へ絡みつく。



「なっ——」



影が触れた場所から魔力が流れ込んできた。


熱い。


けれど深みがない。


香りばかり強くて、中身の薄い酒のようだった。



(見た目ほどではないわね)



グレイルの足から力が抜ける。


剣先がラピスを外れ、地面へ突き刺さった。


その一瞬をラピスは逃さなかった。


剣を跳ね上げる。


グレイルの手から武器が飛んだ。


続けて足を払い、兄を地面へ伏せる。


首元へラピスの剣が突きつけられた。


静寂。


風だけが誰もいない村を通り抜けていく。


ラピスが一瞬だけ丘の茂みへ目を向けた。


私は知らない顔で空を見上げた。



(何かしら)



自分でも、少しだけ白々しいと思った。


「勝負ありです、兄上」


ラピスの足は震えていた。


それでも、立っていた。


「認めん!」



グレイルが地面へ手をついたまま吠える。



「今のは何かの魔法だ! こんな勝負が認められるものか!」

「認められます」



低い声が村の入口から届いた。


白髪の老人が一本の杖をつき、ゆっくりと歩いてくる。


痩せた体。


飾り気のない衣服。



けれど、グレイルの供回りよりも大きな存在感があった。


その手には分厚い法典が抱えられている。



「シュバルツ……卿」



グレイルの顔が青ざめた。


「国王陛下の名代として、この勝負を最初から見届けました」


シュバルツ卿が法典を開く。


「王族間の決闘は、双方が口頭で条件に同意した時点で成立する。王国法、第三百十二条」

「そんな法律は聞いたことがない!」

「なお、第三者の助力を禁じる条件は交わされておりません」

「そんな理屈が通るか!」

「通ります。三百年前からございます」



(なるほど。あの方の元にラピスは通い続けてたのね)



誰も使わない法律まで磨いていたらしい。

最後の良心というより、最後の物持ちがいい人かもしれない。



「よって勝者は第三王子ラピス殿下。グレイル殿下には、先ほど同意された条件へ従っていただきます」

「ふざけるな! 私が次の王だぞ!」

「いいえ」



シュバルツ卿は法典を閉じ、別の羊皮紙を取り出した。



「こちらは五つの村へ火を放つよう命じた文書です。日付、村名、殿下の署名。全て揃っております」


グレイルが立ち上がろうとする。

その両肩を二人の騎士が押さえた。


「離せ! 貴様らは私の騎士だろう!」


返事はなかった。


命令に従い、村を焼いた騎士たち。


けれど今は、その命令を出した男を押さえている。



「王位継承権の放棄後、村焼きと不当徴税の罪を裁きます」

「でっち上げだ!」

「証言者もおります」



農民。


商人。


地方領主。


森の奥から避難していた村人たちが次々と戻ってくる。


誰もグレイルを恐れて俯かなかった。


全員がラピスを見ていた。


グレイルもその視線の先へ顔を向ける。


泥と血にまみれた弟が剣を杖代わりに立っていた。


「なぜだ……」


掠れた声が漏れる。


「なぜ、お前なんかが」


ラピスは剣を下ろした。


「僕一人では、何もできませんでした」


公の声から、いつもの僕へ戻っていた。


「でも、何もできないからこそ、人に頼ることを覚えました」


グレイルが騎士たちに引きずられていく。


最後まで喚き続けていた。


広場に静けさが戻る。


最初に膝をついたのは、昨夜の農民だった。


次に商人。


領主の老人。


それから一人、また一人と頭を垂れていく。


ラピスが慌てて両手を振った。


「待ってください。僕はまだ何も——」

「今、立っておられます」


農民が顔を上げる。



「それで十分です、殿下」



ラピスは言葉を失った。


私はその姿を見届ける前に丘へ背を向けた。



「姫様。最後まで見ていかれないのですか」

「今は、あの子の時間よ」



ジークが小さく笑う。


「それに、まだ仕事が残っているわ」


一つ目の毒は倒れた。


けれど、解毒は最後まで済ませなければならない。



***



その夜。


牢の中で、グレイルは鉄格子を掴んでいた。


「出せ! 私は第一王子だぞ!」

「元、でしょう?」



暗い廊下の奥から姿を見せるとグレイルの顔が引きつった。



「お前……何者だ」

「ただの辺境娘よ」

「嘘をつけ!」

「見抜くのが少し遅かったわね」



私は鉄格子の前で立ち止まる。


足元の影が揺れた。


グレイルが後ずさる。



「その目……その影……お前は、何だ」

「今さら本題に入るの?」



最後まで言わせなかった。


影が鉄格子の隙間を抜け、グレイルの足へ絡みつく。


魔力が流れ込んでくる。


昼に味見した時と同じだった。


大きく見せているだけで、驚くほど薄い。



「やめろ……私から、何を奪っている……」

「あなたが村から奪ったものに比べれば、随分と軽いわ」



魔力が尽きるまで、影は離れなかった。


グレイルの声が細くなる。


やがて膝をつき、そのまま床へ崩れた。


息はある。


けれど、もう誰かへ命令を下す力は残っていない。



(ごちそうさまと言うほどではないわね)



鉄屑を煮込んだ薄いスープ。


一つ目の毒は、そんな味がした。


廊下の奥で待っていたジークが私の顔を見る。



「姫様。もう、お済みですか」

「ええ」

「では、朝食までお休みください」

「今、食べたばかりよ」

「食事とは数えません」

「細かい男ね」

「大事なことです」



どこかで聞いた台詞だった。


私は思わず笑い、暗い牢へ背を向ける。


第一の毒——解毒完了。


けれど、この国にはまだ二つも残っている。


更新遅くなりまして申し訳ありません。

第1の毒が解毒されました。

王族なのに人に頼る。できない部分は人に任せる。

もし、ラピスが王になった時はどんな国ができるんでしょうか。


さあ、次回は2つ目の毒の解毒です。

次回は7/24更新予定です。

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